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ファッションと王子様

 目覚まし時計が朝を告げる。休日だからいつもよりは少し遅いけれど、まだまだ朝の時間帯だ。鳥の鳴き声を聞きながらのびをして起き上がる。休日でも目覚ましをかけて起きる、というのを芽唯に言うと「えー、休日はじっくり寝たくない?」と言われたが、窓から芽唯の部屋の窓を見てみると──僕と芽唯の家は隣り合っていて、ちょうど互いの部屋が窓越しに見える──いつも通り、カーテンは閉まりきっている。

 さて、とりあえずはいつものようにランニングに出かけようか。そう思って着替えていると、不意に電話が鳴った。画面を見てみると、泉充(いずみ)からの連絡だった。受話器のマークをタップして出ると、いつものように軽快な関西弁が聞こえてきた。


『おう彩嗣(あづき)、こんな朝に悪いな』

「いやいや、ちょうど起きてランニングに出ようとしたところだよ」

『おー、土曜なのにようやるわ』


 僕が答えると、彼は電話口の向こうで嘆息していた。ただ、意外に彼は真面目な人だし、剣術の鍛錬を欠かさないらしいから、実際には彼も今日は朝から色々とやっていたのだろう。


「はは、まあ王子様だからね。努力は欠かさないようにしないと」

『ほーん。いやあ、ストイックやな』

「…多分、君の方が自分に厳しいと思うよ? 僕がこうして自己を磨けるのも、側に君みたいな好例があるからさ」

『…いきなり褒めんなや、照れくさい』


 電話口から彼の恥ずかしそうな声が聞こえてくる。こうして見ると、彼は結構おちゃらけているけれど、大分根は素直な方だ。


「それで、どうしたの泉充? 別に用事とかじゃ無くて話したいだけならそれでも良いんだけど」

『いや、そんな遠距離恋愛みたいなことせんわ。…いや、そのなぁ…』


 彼はそこで言葉に詰まった。頭をかきながら、躊躇している彼の姿が頭に浮かぶようだ。十秒ぐらい経ってから、決心したように彼は口を開いた。


『…ほら、俺ってさ、槇葉(まきは)ちゃんと、その…つ、付き合っとるやんか』

「うん、そうだね。とってもお似合いだと思うよ」

『お、おうありがと。…んで、まあその、一個、頼みがあってな?』

「うんうん、僕にできることならなんだって」

『いや、クリスマスにさ…まだ、あと二ヶ月ぐらいあるんやけど…その、デートすることになってな?』

「え、そうなの? 良かったじゃないか、おめでとう!」

『ほんで、それでまあ…行くとこが、ユスタでな?』

「へえ、いいじゃないか。カップルで行くと絶対に楽しいと思うよ」

『…まあその後飯行ったりとかするんやけど、とにかく問題が一個あるんよ』

「問題?」

『俺な…デート用の服、持っとらんねん』

「え、そうなんだ」


 泉充が、深刻な声で言う。なるほど、確かにデートに着ていく服が無い、というのは一大事だ。デートという場においての服装は大事だし、お洒落かどうかは別にしても、お洒落をしようとしたかどうかで、女の子からの印象はがらりと変わる。だからデートに着ていく服が無い、と言う泉充の悩みはもっともだ。ただ、一つ疑問が残った。


「…あれ、そしたらこれまでの大丸さんとのデートはどうしていたの?」

『ああ…それな』


 泉充が大丸さんと付き合ったのは、確か夏休みに入る前ぐらいだったはずだし、文化祭では一緒に巡っていたのを確認している。そこまで仲を深めてるのだから、これまでデートはしたことがあるのだろうけれど、どうして服が無いということになるのだろう。そう思っていると、予期せぬ答えが泉充から飛び出してきた。


『いや、実はさ…付き合ってから、まだ一回もデートしてないんよな、俺ら』

「…え? 本当に?」

『おん。いや、槇葉ちゃんはあんまり男女の仲に関する知識無いしさ…』

「…誘ったりはしなかったの?」

『…いや、付き合ってない頃はまあ誘えたけど、いざ向こうも俺のこと好きって分かったらさ? …恥ずいやん』

「…泉充…」


 まさか、あんなにイチャイチャしていた二人が、デートをしていなかったなんて。僕は驚きで、頭を抱えた。


『…いやまあ、俺も誘いたかったよ? …でもさあ、いざデートしよっていうとなるとな、案外出んのよ、声。…俺も、槇葉ちゃん初めての彼女やし』

「そっか。…分かったよ泉充、じゃあ一緒に、デート用の服買いに行こうか?」

『助かるわ! ほな、昼過ぎ…一時ぐらいに駅前集合でええ?』

「ん、そうしよう」

『ほな!』


 電話が切れる。しかし、思っていた以上に泉充は奥手だな。あの性格だから、女性、彼女にはぐいぐい行く方かと思っていたけれど、意外に純情だ。まあ、ぐいぐい行けるなら最近になっってようやく大丸(だいまる)さんと付き合うことにはならなかっただろうし、そう考えてみれば納得かな。


「…先に朝ご飯食べるかな」


 泉充と電話したことで、時間が中途半端になってしまった。今からランニングに出ても朝ご飯を食べるのが遅れるし、先にパパッと食べてしまおう。

 階段を降りていくと、リビングの方から良い匂いがした。おかしいな、今日はまだ料理はしていないのに…と思ってドアを開けてみると、父がキッチンに立っていた。はっきり言って、父がキッチンに立つところなど初めて見たから、かなり驚いた。


「…おはよう、父さん」

「…ああ、演良(あくら)。…食べるか? 一応、お前の分も作ったんだが」

「うん、じゃあ貰おうかな。父さんの料理、楽しみだな」

「…そう大層なものではない」


 父は、僕の言葉に顔を背ける。じゅう、と油のはねる音がして、良い匂いがする。飲み物を用意して席に座って待っていると、父が皿をお盆に載せて盛ってきた。トーストにべーコンエッグ、それにサラダだ。言ってしまえばとても簡易なものだけれど、父が作ったと言うだけで、心に来るものがある。


「…うん、美味しいよ父さん」

「そうか。…これは焦げてるな」


 父と一緒に朝食を食べる。父は無口だけれど、それも今日は、なんだか優しい。ゆっくりと食べて、ニュースを流し見していると、父が話しかけてくる。


「…演良。この前の文化祭、見に行ったが…まあ、悪くは無かったぞ。…私は、ジャズの方が好きだが」

「…そっか、ありがと、父さん」


 父にバンドのことを褒められて、少し嬉しくなる。今まで、あまり父は僕に興味が無いのか褒められることは少なかった。美術の課題で賞を取ったときも、学校の行事で良い結果を出したときも、父は「そうか」と一言いうだけだった。だから、今こうして、ほんの少しだけれど褒められたのは、嬉しかった。

 食べ終わった父が、コーヒーを飲みながら「一つ、言っておくことがあるんだが」と口を開いた。


「再来月から、私は一年ほど海外に行くことになる。…いつも通り金は送るから、そう困ることもないと思うが、まあ困ったら瑪奈川(めながわ)さんに助けて貰うと良い。…あの人は、私なんかよりよっぽどお前に親身だからな」

「…そっか。分かったよ、父さん」

「…皿は後で洗っておくから、水にだけはつけておいてくれ」

「ん」


 そう言って父は、部屋を出て行った。なぜか僕は、父の言った、僕に対して親身では無いという言葉を否定できずにいた。…はっきり言って、僕は父が苦手だし、父が好きかという問に、自信を持ってはいとは答えられない。ただ今日の父は、明らかに僕に寄り添おうとしていたし、もしかしたら、本当の意味で僕と父が親子になれる日もそう遠くはないのかも知れない。





 駅に着くと、ちょうど同じタイミングで泉充がやってきた。彼の格好は、無地の長袖に、ジーパンとラフだ。ただ、彼は背が高くスタイルが良いから様になってはいる。とはいえ、あれでデートに行くのは確かに憚られるな。


「こんにちは、泉充」

「おう、彩嗣。…お前、何か随分小洒落た格好やな」

「まあ、一つの見本になればと思って、芽唯と出かけるときの服で来たからね」

「ほーん。…なんかその言い方、俺口説こうとしてるみたいでいややな」

「ずいぶんな物言いだね。僕は別に、君とデートしたって良いよ?」

「気色悪い冗談やめえや、鳥肌立つわ」


 彼に冗談を言うと、彼は小気味よく返してくれる。打てば響くというわけでも無いけれど、泉充と話しているといつも楽しいから、彼との会話は好きだ。


「ほな行くか。…服屋ってどこあんの?」

「…どういう系統の腹か…というより、まずは予算を確認しようか、泉充。どれぐらいの値段を想定してる?」

「まあ、流石に一着は四桁がギリやろな。俺も槇葉ちゃんとのデートやったら滅茶苦茶お洒落したいけど、あんま金持ってないしな」

「だったら、ファストファッションの方が良いだろうね。最近は、安くても大分センスの良い服は沢山あるし、何より服の中では安いし。…それにしても、泉充」

「なんや?」


 僕の問に、泉充は首をかしげる。僕は先ほどの一言を聞き逃さなかったので、にやりと笑って彼に向けた言葉を発した。


「君はとっても大丸さんが好きなんだね? 『槇葉ちゃんとのデートは滅茶苦茶お洒落したい』なんて…聞いているこっちの顔が赤くなりそうだよ」

「な…!」


 僕がそう言うと、泉充は顔を赤くして、早口でごまかし始めた。


「いや別にそんなんちゃうわ! ただ、折角のデートなんやからお洒落したい思うんは普通やろ! 別に相手が槇葉ちゃんじゃ無くてもおめかしぐらいするし、ていうかダサく思われたくないとかあるやろ!」

「ふうん…でも、大丸さんは好きなんでしょ?」

「そんなん当たり前やろ! …あ」

「へええ~、当たり前なんだね。いやあ、大丸さんは随分愛されているんだなあ」

「くっ…こいつ…」


 泉充はしまったという顔で口を押さえ、睨んでくるけれどももう遅い。言質は取った。まあ、別にこれでいじりたい、というわけではないけれど、やっぱり僕も思春期だからこういったことに興味はある。


「ま。冗談は置いておいて、服見に行こうか」

「…別に冗談とは認めんで?」


 泉充の恨み言を無視しながら、僕らはファストファッションの店へと入った。やはり休日だからだろう、中は結構人が多い。ぶらつきながら、二人で店内を歩く。丁度秋口だからか、秋用の服が多いけれど、冬用の服も大分おいてある。


「…そーいや、ここは店員さんが話しかけてこんのやな」

「まあ、そういうのが売りのひとつでもあるからね。あ、そういえば泉充、一つ聞きたいんだけどさ」

「なんや?」

「大丸さんの、異性の服の好みとか…知ってたりする?」

「…あー」


 僕がそう聞くと、泉充は腕を組んでしばし考えた後、小さな声で「知らんな」と言った。


「うん、よー考えてみたら槇葉ちゃんの好み俺知らんわ。…え、やばない? 場合によったら地雷ふむやろ、これ始まっとるやんマインスイープ」

「…まあ、だろうね。とはいえ、別に服装の好みは話題にもあんまり登りにくいし、ここは識者に聞くのが一番だね」


 僕はそう言って、スマホで芽唯に電話をかけた。数コールの後、芽唯が眠たそうな声で電話に出る。


「あ、あくくん。おぁよ~」

「…もう昼だけれど、おはよう芽唯。あのさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なあに?」

「今、泉充と一緒に、泉充が大丸さんとデートする時用の服を買いに来てるんだ」

「え、そうなの? わ、楽しそ」

「それで、大丸さんの服装の好みとか、芽唯は知ってるかな?」

「あー…」


 そこで芽唯は考え込んで、そして絞り出すように答えた。


「うーん、確か、派手なのは苦手…みたいなこと入ってた気がするけど…何が好きかは言ってなかった気がするよ」

「そっか」

「まあでも、女の子としては正直好きな人が着てたら、よっぽどダサくなかったらそんなに問題ないと思うんだよね」

「まあ、結局はそうだよね。それじゃ芽唯、ありがとね」

「んー、ばいばい」

「はーい」


 電話を切って、「派手なものは好きでは無いかも知れない」と言うことを泉充に伝えると、彼は「ぽいな」と言って頷いた。


「まあ、槇葉ちゃんはそうよなあ」

「まあでも、女の子なら、よほど出ない限りどんな格好でも大丈夫、とは芽唯は言ってたよ。相手が好きな人ならね」

「そうか…うーん、どうしょうかな」

「まあやっぱり、色系統はあわせて、突飛な格好はしなければ、様にはなるよ」

「そんなもんか…」


 それから泉充はかなりの時間悩んで、結局無難に、マネキンの服を一式購入したのだった。確かに、その決断は先ず間違いは無いと思う。それに、次からは大丸さんと一緒に買いに行けばいいしね。


「いやあ、今日はありがとな彩嗣」

「礼には及ばないよ。まあそれに、僕も何着か買ったしね」

「あれ、そうなん? いつの間に」

「明るめの服そんなに持ってなかったからさ、欲しいと思ってたんだ」


 泉充と一緒に、袋を持って町を歩く。土日はかなり人通りが多いから、見通しが悪い。ただ僕はは喧噪がそこまで嫌いでも無いし、こうして歩いているのはそれなりに楽しい。すると、前の方で、一際大きな悲鳴が聞こえた。


「…なんや、とりあえず行ってみるか」

「そうだね」


 人混みをかき分け行くと、人だかりができていた。円のように人々が囲い込んでいる中には、一人の女性が、倒れ伏した周りの人間を冷たい目で見下ろしていた。その女性は修道服を着ていて、どうにも、一度出会ったあの人物を連想してしまう。


「ふん、もう少し鍛えてから出直して欲しいなあ」

「…あれ、姐さん?」


 すると、泉充が驚いたように口を開いた。そしてそれを聞いたのか、その女性は泉充を見て、目を見開いた。


「泉充じゃん、なんでここにいんの?」

「いや、それはこっちの台詞やわ」

「…友達とかいたんだ。ぼっちになってると思ってた」

「相変わらず一言多いわ…あ、そういや彩嗣、紹介するわ…これ、俺の従姉妹」

「これって言うなよ、あたしには立派な名前が…ってあれ? 君さあ、どっかで会ったよーな…?」

「…うーん、僕も見覚えが…あ!」

「…あー! あの、“Dolls”と一緒にいた!」

「あれ、二人知り合いなん?」


 瞬間、思い出した。目の前にいる女性は、キルループのメンバーで、蕗乃(ふきの)ちゃんを襲撃した、仮名波羅(かなはら)かなえとか言う人物だった。

 警戒する僕に、仮名波羅はへらへらと笑いながら話す。


「…改めて自己紹介しとこうか。あたしは仮名波羅かなえ、虎龍(こだつ)流剣術師範にして“剣聖”仮名波羅かなえ。よろしくね、彩嗣演良くん?」


 彼女の瞳が僕を突き刺す。ただ見られている、それだけなのに、僕は冷や汗が止まらなかった。

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