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文化祭と王子様

 文化祭は二日に渡って行われる。幸いなことに、皆ちょうど予定が開いていたから、皆で文化祭を回ることにした。


「ふむ…このような催しに参加するのは初めてだな」

「私も、こうしたイベント事に参加するのは初ですわね」

「…私も、文化祭は経験したことは無い」


 どうやら、蕗乃(ふきの)ちゃんに久瑠々(くるる)先輩、それにエルヴィラは、文化祭を楽しむという経験が無いらしい。


「あれ、そうなんだ?」

「まあ、余は闇の軍勢との戦いに明け暮れておったからな」

「…流石に、文化祭は…陽すぎますので…」

「…あまり、興味がわかなかった」


 確かに、皆は文化祭を楽しめるような環境にはいなかったかもしれない。少し暗い顔で話す三人に、笑いかけて言う。


「へえ…だったら、今日はその分一杯楽しまないとね!」

「ふ、言われずとも」

「…まあ…皆さんと一緒なら…」

「…ええ」

「よし、じゃあ行こー!」


 笑顔で頷く三人に向けて、芽唯(めい)が告げる。いつも明るい芽唯は、こういうときは本当に頼りになる。

 芽唯はパンフレットを広げて、クラスの出し物や、ステージの順番、出店なんかを見ながら、うきうきと眺めている。そして、顔を上げて、きらきらとした眼で僕らを見て「それじゃあ最初は~」と言った。


「お化け屋敷に行きます!」

「えっ」

「…お化け屋敷かぁ」


 その単語を聞いて、僕は思わず顔が引きつる。正直なところ、びっくり系とグロテスクなものは苦手なのだ。ホラーは然程苦手でもないけれど。とはいえ、高校生のお化け屋敷だから、そこまで怖がることも無いだろう。横を見ると、久瑠々先輩は顔面蒼白になっていて、随分と怯えているらしい。対照的なのが蕗乃ちゃんとエルヴィラで、エルヴィラは「…ふみから楽しいと聞いている」とうきうきしているし、蕗乃ちゃんに至っては随分とテンションを上げている。


「ふっ、なるほど。それはまさに余向きであるな。何を隠そうこの狐、化生の類いなのだ。お化け屋敷など、余にとっては庭も同然よ!」

「…随分元気ですわね」


 はっはっはと高笑いをしている蕗乃ちゃんを、久瑠々先輩が恨めしそうに見る。すると蕗乃ちゃんは、首をかしげながら「そこまで恐怖を覚える程か?」と聞くが、久瑠々先輩は「だって…」と言い始めた。


「学生のお化け屋敷ですから、ホラーテイストよりも驚かしの方が主流でしょう…? 私、不意に襲い来るものに弱いのですわ」

「…久瑠々先輩、分かりますそれ」

「まあとりあえずいってみよ!」


 そこまで気が進まない僕と久瑠々先輩を引っ張りながら、芽唯がお化け屋敷へと向かう。随分乗り気だ。そういえば、芽唯は昔からこういうのが好きだったな。…何度か連れ回されて、偉い目に遭ったこともあったような気もする。

 半ば引きずられながら歩いていると、一つの教室の前で、列ができているのが見えた。列の最後尾には和服を着て、三角の布をつけた人が「お化け屋敷」の看板を持っているのが見えた。血糊が所々に付いていて、着物も何カ所か破れていて作り込みが凄い。かなり頑張ったのだろう。

 五人で並ぶと、仮面をつけた人に「二人組か一人でお願いしますね」と言われる。


「うむ、そうか…では、どう分かれようか?」

「うーん…まあ、グーチョキパーで良いんじゃ無い?」


 芽唯の提案に従って、それぞれが腕を出すと、僕と芽唯、蕗乃ちゃんと久瑠々先輩、エルヴィラということになった。エルヴィラは最初から「じっくり見たいから一人が良い」と言っていたので、少し嬉しそうだ。僕としては、皆ともそれぞれ行ってみたい気持ちはあるけれど、まあ仕方が無い。


「では、まずは余と久瑠々だな! 行くぞ久瑠々、阿鼻叫喚に包まれし物の怪の巣窟へな!」

「どうして貴方はそう怖がらせるような物言いをなさるのですの!」


 楽しみそうにしている蕗乃ちゃんと、ずっと怯えていたのが遂に怒りに振り切ってしまった久瑠々先輩が一緒に入っていく。このお化け屋敷は一組ずつしか入れないから、彼女たちが出てくるまでは待ち時間だ。すると、中から「いやああ! どうして追ってくるんですの!?」「はっ、そう来るか! 愉快愉快!」と正反対の声が聞こえてくる。どうやら、蕗乃ちゃんはやっぱりホラー系にはかなり強く、そして久瑠々先輩はこういうのが苦手らしい。


「…久瑠々先輩、凄く怖がってるね」

「ねー、すっごい楽しそ~」

「…期待に関しては同感」


 芽唯は、久瑠々先輩の叫び声を聞いて嬉しそうにしている。やっぱり芽唯は攻めっ気がある。芽唯のお母さんも芽唯のお父さんを尻に敷いている感じだったから、まあお母さんに似たのだろうな。

 一分も経たないうちに、二人は出てきた。出てきた久瑠々先輩は蒼白な顔つきで、平然としている蕗乃ちゃんの腕にしがみついている。二人が仲良くなってくれて嬉しいな、と微笑ましく思っていると、次は僕らの番らしくドアが開いた。


「じゃあいこっか、あくくん」

「だね」


 二人で一緒に教室の中に入ると、勢いよくドアが閉まった。壁の近くの机には、「ここは殺戮の館…人形から逃げて脱出しろ」と書かれたノートの切れ端と、血糊が手形のようになっている懐中電灯がおかれている。


「おー、大分凝ってるねぇ。これ持って進めって事かな?」

「そうだろうね。じゃあ、僕が持つよ」

「…いやあ、私でしょ。あくくん、小学生の時にお化け屋敷で気絶したじゃん? 落としたら危ないよ?」

「…随分昔のことを持ち出してくるね」


 芽唯の言うとおり、僕は一度、お化け屋敷で気絶したことがある。あのときは確か、芽唯の家族と一緒に行ったのだったか。芽唯の弟の芽亜(めあ)君に聞いた話だと、気絶した僕を引っ張って出てきた芽唯を、芽唯のお母さんが少し説教したものだから、芽唯はふてくされてしまったらしい。


「おー、暗いねえ」

「ほんとだ…うわっ!」


 芽唯と歩いていると、突如目の前から血まみれの手が飛んできた。びっくりして、こけそうになると芽唯が支えてくれた。


「…やっぱりあくくんホラー苦手だよね~」

「いや、まあ…うん…」


 しっかり立ち上がって、歩こうとすると、右手をそっと握られる。見ると、芽唯が握ってくれているらしい。


「こーしたら大丈夫?」

「…ありがとね、芽唯…ひゃっ!?」


 すると今度は、真横の仕切りが爆発した。思わず飛び退いて、芽唯に寄りかかる形になる。


「わ、あくくんカワイイ声出すじゃん」

「…いや、今のは驚いただけで…来ると分かってたらそんなに驚きはしないよ」


 体の震えを抑えながら前へと進んでいく。すると曲がり角があり、片方は大体小学校高学年ぐらいの背丈の人形がちょこんと椅子に座らされていた。


「…あれ絶対動くよね」

「えー、意外と動かないかもよ?」

「ま、まあどっちにせよ、動くかもと思っている時点で驚きはしないよ」

「ほんとかなぁ」


 人形に背を向けながら、曲がり角を曲がる。四歩ほど動いた辺りで、かたかたと背後から音がする。嫌な予感がして後ろを振り向くと、先ほどまで座っていたはずの人形は立ち上がって、包丁を握ってこちらを見ていた。目があるべき部分は、ぽっかりと穴が開いているけれどまるでこちらを覗いているかのようだった。


「おおー! すっごい、どうやって動かしてるんだろ」

「な、なんか嫌な予感が…」


 かたかた、と揺れる人形。そしてわずか数秒後、それは動き出し、凄まじい速度で僕らの方に迫ってきた。


「うわああ!?」

「わ、追ってきた!」


 芽唯と一緒に走る。無我夢中で走って、曲がり角を曲がると、それ以上人形は追ってこなかった。息を切らしながら見てみると、もう後は出口だけだ。ほっとしながら歩いて行くと、ドアを開ける直前、右から血まみれの腕が飛び出してきた。思わず後ずさると、その腕には「懐中電灯はこちらに」と書かれた紙がはっつけてあった。


「最後まで楽しかったね!」

「…芽唯は強いね」

「えー? でもあくくんも可愛かったよ?」

「…くっ、王子様らしくない…」

「あはは」


 芽唯と一緒に教室から出ると、外では蕗乃ちゃんと久瑠々先輩が待っていた。蕗乃ちゃんが、手を振りながら話しかけてくる。


「お、どうだった芽唯、演良(あくら)

「いやまあ、怖かったかな」

「すっごい楽しかったよ!」

「…演良さん、味方は貴方だけですわ」


 げんなりとした久瑠々先輩が、仲間を見つけたような目つきで眺めてくる。ただ、びっくりはしたけれど楽しめはしたかな。そう言うと、久瑠々先輩は「…そうですか」と言って窓を眺めた。随分とやられたようだ。

 入口を見ると、エルヴィラが静かに入っていくところだった。彼女は、こちらを見つけて手を振りながら教室に入っていった。


「エルちゃんどっちかな?」

「うーん…まあ、あんまりびっくりはしないと思うなあ」

「そうか? 案外、エルヴィラは怖がりかも知れぬぞ? ほら、今にも悲鳴が聞こえてくるであろう…」


 話していると、不意にガチャリと戸が開く。そこに立っていたのは、平然とした顔で──そして、どこか残念そうな顔をしたエルヴィラだった。


「え、はや!」

「…まあ、悪くは無かった」


 驚いている僕らを見て、エルヴィラはため息をつく。どうやら、あまりお気に召さなかったらしい。


「…正直に言えば、あまり…まあ、壁が爆発するのは好みだった」

「あー、あれはびっくりしたよ、僕も」

「有無、流石の余もあれには意表を突かれた。…しかし、あれはどうやったのだろうな? 学校で火薬は使えぬだろうし…」

「でも私はあの人形が一番好きかな、やっぱり動きが無いとね!」

「…皆さん、元気ですわね…」


 お化け屋敷の感想を言い合いながら移動していると、喫茶の文字が見えた。どうやら、カフェをしているクラスがあるらしい。久瑠々先輩が「いったん休憩がしたいですわね」と言い、皆が賛成したので入ってみることにした。


「いらっしゃいませ! 五名様ですね!」

「…こういうのはメイド喫茶というテンプレがありますが、結構普通ですのね」

「…服飾係が頑張りすぎて予算超えて…メイド部分禁止になったんすよ…」


 久瑠々先輩の何気ないつぶやきに、店員の係の人が答える。なるほど、道理で内装が結構凝ってあるわけだ。

 席に着いてメニュー表を開いていると、隣の席から誰かの声がする。どうやらカップルらしく、互いに食べさせあっているようだ。ただ、どこか聞き覚えがある声──というより、もう完全に彼らの声だった。


「ほら、あーん」

「…いや、ちょっとはずいわ槇葉ちゃん…」

「私も恥ずかしいので! さっさと食べる!」

「あ、あーん…うん、槇葉(まきは)ちゃんに食べさせて貰うと何でも美味いわ」

「…ふふ、全くいつも調子の良いことばかり言うんですから、泉充(いずみ)くんは」


 やっぱり、泉充と大丸(だいまる)さんだ。見たところ、二人の距離はもう大分縮まっているらしい。ラブラブカップルと言い換えてもいい。…流石に、そっとしておこうと思って、僕らは静かに聞き耳を立てる。ただ、なぜか泉充は気づいたらしく、振り返って「は? 彩嗣(あづき)?」と聞いてきた。


「な…なんでおんの?」

「いやまあ、文化祭だし…あ、大丈夫、二人が『あーん』してたのは見てないから…あっ」

「見とるやないか」

「…瑪奈川さんにエイトさんも…御覧になったのですか?」

「ええ。見ていて結構楽しかった」

「…うんまあ、『イチャイチャしてるな』とは思ったかなぁ」

「…くっ」


 僕らに気づいた二人は、顔を真っ赤にしている。そして、「…まあ、しゃーないな」「…ですね、公衆の面前では控えましょう」と言って出て行った。


「凄かったね、二人とも…ねえ、あくくん?」

「…凄まじかったね、彩嗣?」

「ふむ、なかなか興味深いな、なあ演良?」

「『あーん』ですか。随分面白そうな戯れですわね、演良さん?」

「…どうして皆こっち見てるの?」


 四人が、期待に満ちた瞳で僕を見てくる、これは、もしかしなくても僕に「あーんしろ」と言うことなのだろうか。


「ほら、言ってたじゃん? ステージ成功したらご褒美くれるってさ」

「…褒美の内容は決めていなかったはず」

「で、あれば余らにも決定権はあると言うわけだな」

「ということで演良さん、『あーん』、お願いいたしますわ!」


 結局押し切られて、僕は4人分、『あーん』させる事になってしまったのだった。


「はい、芽唯。あーん」

「…ん~、三割増しで美味しい!」

「はは、そっか」


 まずは、芽唯。目を瞑って口を開けている芽唯を見ると、まるで危ないことをやっているかのような気持ちになる。スプーンでアイスをすくって、芽唯の口に持って行くと、スプーンを通じて芽唯の口の中が一瞬伝わる。こうして間近で見ると、芽唯はやっぱり可愛らしい。桃色の髪を揺らして美味しそうに味わっているのを見ると、こちらまで気分が明るくなる。


「エルヴィラ、どうぞ」

「…うん、彩嗣に食べさせて貰うと美味しい」

「それは良かった」


 エルヴィラの綺麗な瞳に見られながら、チーズケーキを口まで持っていく。小さな口で、上品にケーキを食す彼女の姿はとても綺麗だ。眺めていると、不思議そうに首をかしげてきて、その仕草がとても素敵だった。


「はい、蕗乃ちゃん」

「…ほお、これが演良の味か。美味だな」

「僕の味じゃ無いけど、ありがとね」


 プリンをすくって、薄目を開けながら僕を見て口を開けている蕗乃ちゃんに食べさせる。もぐもぐと咀嚼している彼女は、にこりと笑って、僕を見る。その表情はとっても格好良くて、金色の髪と瞳が輝いて見えた。


「どうぞ、久瑠々先輩」

「…少し恥ずかしいですが、貴方に食べさせて貰うのは悪くはありませんわね」

「それは良かったです」


 久瑠々先輩は、少し臆病そうな顔で、僕がパフェを食べさせるのを待っている。優しく、そうっと口まで持って行くと、彼女は驚いた顔をしながらも、笑顔で口を閉じた。とても品があって、かのぞの食べる姿はとっても美しい。


「…それじゃあ、これでご褒美は上げたって事で良いのかな?」

「もちろん!」

「…ええ、満足」

「ふっ、なかなかに良かったぞ」

「私は、少し納得いきませんわね」


 僕の問いかけに、三人は満足げに頷いているけれど、久瑠々先輩が不満を口に出す。至らないことがあったのかな、と不安になっていると、彼女が僕が食べようと思っていたモンブランを指さして、「なぜなら、まだ」と口を開いた。


「私たちの方が、演良さんに『あーん』していませんもの!」

「…お~、流石くるちゃん先輩!」

「なるほど、確かに一理ある」

「良いことを言うではないか久瑠々。では、演良に饗してやろうか!」


 久瑠々先輩の発言に、芽唯とエルヴィラ、蕗乃ちゃんが同意したことで、結局僕は代わる代わる彼女たちに『あーん』して貰うことになったのだった。





 文化祭が終わった帰り道。世々川さんと一緒に帰るという蕗乃ちゃんと別れて、僕と芽唯、エルヴィラに久瑠々先輩は並んで校門へと向かっていた。すると、校門のすぐ側の道路に、黒いリムジンが止まっている。


「あ、ウチの車ですわね」

「やっぱりお金持ちですね、久瑠々先輩の家って」

「何度見ても、あれには慣れないな~」

「そうだ、皆さん乗っていかれます? 送りますわよ?」

「え、良いんですか?」

「勿論ですわ」


 そうして、僕らは先輩の好意で、家まで送って貰うことになった。リムジンの椅子は、とてつもなくふかふかで、車中泊も苦ではなさそうだ。


「うわ、凄いなこれ…」

「あ、テレビあるじゃん!」

「…ここには冷蔵庫もある」


 中は、ちょっとした部屋ぐらいには色んなものがある。そして何より、動いている車とは思えないほどに、ほとんど揺れが無かった。


「じゃあ、また」


 先にエルヴィラの家について、エルヴィラが車を降りる。彼女を見送ってからリムジンは発車し、そして僕と芽唯の家の真ん前に着いた。まず最初に芽唯が降りて、僕も降りようとしたところを、彼女に引き留められる。彼女は、僕の手を握って話し始める。


「ねえ、演良さん。本当に、ありがとうございました。おかげで、忘れられない思い出ができたと思います」

「そういえば、思い出作りでしたね」


 彼女に言われて思い出す。すると先輩は、顔を上げて僕を見る。とても真剣な彼女の表情、僕を突き刺すような瞳。ぞっとするほどに、美しかった。


「けれど、一つ訂正いたしますわ。私は最後に思い出を、と言いましたが…最後にするつもりは毛頭ございません」


 彼女の眼差しは、僕を見据える。まるで、内心まで見透かされるような、そんな視線だった。


「ねえ、演良さん。私は、貴方のことをお慕いしております。…本気で貴方を堕としますから、覚悟していて下さいね?」


 そう言って彼女は、僕の手の甲に、口づけを落とした。彼女の唇は、とても柔らかかった。放心状態で車を降りた僕に、彼女は優しく笑いかける。


「それでは演良さん、ごきげんよう!」


 彼女がそう言うと、ドアは閉まって、リムジンは走り去った。僕はただ、小さくなっていく車のシルエットと手の甲を交互に見比べて、そして彼女の言葉を思い浮かべていた。

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