美しい少女と王子様
「いやー、緊張するねぇ」
「ふむ、弱気だな。…まあ、分からぬでは無いが。というか、ここの学生ってこんなに多かったか?」
「…父兄も参加しているから、学生だけではない」
「…しかし、ステージは自由参加であろう。それに有志の演舞で、ここまで人が集まるものか?」
舞台袖から、緞帳が降ろされたステージを眺める。今はちょうど休憩時間だが、それでも幕の向こうには、かなりの人が座っていて、がやがやとした喧噪も大きい。蕗乃ちゃんの言うとおり、僕らがやるのは有志でのステージ参加になるから、いってしまえば観覧者はたかが知れている。だからこそ、それほど緊張せずにできる、と思っていたのだけれどその予想は大きく外れてしまったらしい。
とはいうものの、芽唯もエルヴィラも、目に見えて緊張はしていない。蕗乃ちゃんも、困惑してはいるものの、ぺらぺらと楽譜を見るだけの余裕はある。そして僕も、大勢の前で何かをすることに慣れているわけでは無いけれど、王子様なのだから臆病ではいられない。即ち、この状況下において、最も緊張している人物は、舞台裏の隅っこで体育座りでガタガタ震えている久瑠々先輩になるわけだ。
「いや聞いてませんわこんなの人多すぎじゃありません? え、嘘でしょ別に部活でも何でも無いし強制参加でも無いのにこれはなんでいや普通に無理ですわこれは陰キャにはきつすぎませんこと? いやもう三桁人数確実にいるではありませんの恐ろしいが過ぎるでしょうが…」
「…先輩なんか壊れたラジオみたいになってる」
「…『ぐるりん』の登録者は100万人越えていたのだから、緊張する理由はないのでは」
エルヴィラの指摘に確かに、と納得していると、不意に久瑠々先輩が振り返って、こちらを睨む。
「ネットとリアルを同一視しないで下さるかしら…? 別に登録者より少なかろうが多かろうが人前でやるのは心理的ハードルが高いんですの!」
「…そ、そう。すまない」
久瑠々先輩に詰められたエルヴィラは、珍しくたじたじになっている。確かに、久瑠々先輩の表情には鬼気迫るものがある。けれども、ずっとこのままではパフォーマンスができないし、どうするべきか。思案に暮れていると、芽唯に脇腹を小突かれる。
「どうしたの、芽唯」
「いやさ、流石にこのままだとくるちゃん先輩何もできないし…もういっそ、“俺様”で何とかしなよ」
「え、今? 流石に、ノリが違くないかな」
「えー、でもくるちゃん先輩あれ好きだし…ていうか、破壊力やばいから…まあ、緊張はほぐせるんじゃ無いかな」
芽唯はにやりと笑って、僕をせかす。話を聞いていた蕗乃ちゃんは、「あ、あの恐ろしいものを」と怯えている。別に、ちょっとかっこつけただけなのだけれど、そこまでなのかな。なんだか釈然としないけれど、芽唯の言うことだしやってみる価値ぐらいはある、のだろう。僕は髪をかき上げながら、久瑠々先輩の方に近づく。ぶつぶつと呟いている彼女は、僕の接近に気づいてはいないようだ。
「いやもうこんなの声震えまくりですしピックも握れませんし音程外しまくりますしピッチも乱れまくりですわ不可能すぎます…」
「…なあ、久瑠々」
「ふぇっ!? あ、演良さん?」
「…そんなに不安か?」
彼女は、顔を白黒させている。
「え、あ、その」
「…だったら、俺が忘れさせてやるよ」
「わ、忘れさせるってどういう…?」
彼女は顔面蒼白でありながらも頬を赤くさせていて、かなり追い詰められているらしい。ただ僕の方も、正直何をすれば良いのか分からない。ほとんど勢いだけで始めたようなものだから、何をするかも決まっていない。しかし、迷っているのも格好良くないから、とにかく勢いでごまかすしかない。
「…なあ、久瑠々」
「ひゃ、ひゃい! あ、顔、近…」
「目、瞑るなよ。ほら、もっと近くでお前の顔見せろ」
僕が顔を近づけると、彼女は目を瞑ってしまったので、低い声で囁いて目を開けさせる。そしてそのまま、もうほとんど鼻がくっつくぐらいの距離まで近づいて、彼女と目を合わせる。ここまで近くで見ると、まるで宝石のような彼女の瞳に、僕が映る。瞳越しの僕は、なんだか悪そうに笑っていた。
「…はっ、心臓の音聞こえてんぞ。そんなにドキドキしてんのか?」
「だ、だってぇ…こ、こんなに顔…これもうガチ恋距離ですわよ…」
「…へぇ。じゃあ、俺の顔と大勢の観客、どっちが緊張するんだ?」
「へ?」
「俺の顔より、観客の前に立つ方が緊張するか?」
「いや、その、それは…勿論、演良さんの顔、ですけれど」
「…だったら、演奏できるよな?」
「え、いや、でも」
「…仕方ねえな。うまく演奏できたら、ご・ほ・う・びやるよ。欲しいだろ、俺のご褒美」
「は、はい! やらせていただきますわ!」
「よく言えたな。じゃ、やるぞ?」
「はい!」
首をぶんぶん縦に振る彼女を見ながら立ち上がると、彼女はやる気満々といった様子で立ち上がった。やっぱりこうして女の子に接するのは緊張するし苦手だな、と思いながら芽唯達の方を見ると、三人は皆異なる反応をしていた。蕗乃ちゃんは手で顔を覆い隠しながら「あれは無理…」といってへたり込んでいるし、芽唯はにやついている。対照的なのがエルヴィラで、どこかむすっとしながら、文句を言いたげに僕を見ている。
「えっと…どうしたのかな、エルヴィラ?」
「…来望が妬ましい。あと、彩嗣は絶対普段通りの方が良いと思う。それは偉そう」
「偉そう…いやまあ、言われるとどうにも否定できないな」
「あと、私にもご褒美が欲しい。不平等だから」
「あー…うん、分かった良いよ。でも、内容まだ考えてないけど」
僕がそう言うと、彼女は口角を上げこそしていないものの、露骨に顔色を明るくしながら、うきうきと「…そう、楽しみにしておく」と言った。すると、僕らの会話を聞いていた芽唯と蕗乃ちゃんも、いつの間にか近づいてきて、「私にも欲しいなぁ~」「余も欲しているのだが?」と頼み込んできた。
「分かった! ステージ終わったら皆にご褒美あげる! だから頑張ろう!」
「やったぁ~」
「ふ、俄然楽しみになってきたな!」
僕らがやる気を出していると、係の生徒から、声がかかる。どうやら、あと五分ほどで始まるらしい。僕らはそれを聞いて、配置につき始めた。そして、照明が落ち、幕が上がっていく。
「それでは、続いての演目は『宿命のゆるふわプリングラーヴェ』さんによるライブです! よろしくお願いします!」
司会の声と共に、照明が付き、僕らをスポットライトが照らす。僕は、目の前においてあるマイクに向かって話し始めた。
☆
彩嗣に友達とバンドやる、と言われてわざわざ見に来たけど、随分とまあ観客がおるもんやな。ウチの文化祭は出店なんかも盛んやし、こんなに人が集まるんは珍しいな。
「いやあ、彩嗣目当てなんかな」
「…まあ、彩嗣さんは人気らしいですし、瑪奈川さんもエイトさんも美人ですからね。文乃さんも、同学年の女子に人気と世々川さんが言っていましたよ」
「へえ、そーなんや。まあ、結構格好いい系の子って、女子人気高いってのはよく言うしな」
「そうなんですか?」
「いや、適当」
「…もう、そんな事ばっかり言って」
隣に座っとる槇葉ちゃんをからかうと、槇葉ちゃんはため息をつきながら、冷たい目で見てくる。槇葉ちゃんは可愛い系やけど、こういう時はクールなんよな。まあ、こういう目で見られたらちょっと興奮するって彩嗣に言ったら、「…泉充は独特だね」とやんわりと引かれたから公言はせんけど。
ただまあ、今日集っとんのは、来望久瑠々言う人の影響もあるんやろうな。遠目に見たとき、ばり美人やったし。まあ、槇葉ちゃんに比べたら流石に、やけど。そんなことを思って眺めてたら、槇葉ちゃんは「…何ですか?」と聞いてくる。
「いや、槇葉ちゃんは美人やな思って」
「なっ…ほ、褒めても何も出ませんよ?」
「うん? 別に下心とかや無いよ?」
「…はあ。…まあ、泉充くんも、格好良くは、ありますよ。言動は多少改善の余地ありですが」
「…ええ、そんなん言われたら照れるやん」
槇葉ちゃんが、そっぽを向きながら爆弾ぶつけてきたもんやから、つい顔が赤なって、そっぽを向いてると、段々辺りが暗くなってきた。そんで、幕が開いたと思ったら、ステージの上で彩嗣らがスタンバイしてんのが見えた。槇葉ちゃんと一緒に、ステージを見る。
「皆、お待たせ! 『宿命のゆるふわプリングラーヴェ』です! 自己紹介とか、色々したいことはあるけどまずは──一曲目、聞いてって」
そう言うと、彩嗣はギターを弾き始める。あわせて、エイトちゃんが静かにドラムを叩いていく。彩嗣の技量は素人目でも凄い方やけど、まあプロには及ばんな…と思ってると、隣に立ってた人──多分、来望久瑠々さんが、ギターを弾き始める。すると途端、彼女の音は会場に響き渡った。それまではざわついとった観客も、段々と聞き入りだして、まるで来望さんの音が全員を支配しているかのようやった。そして、瑪奈川ちゃんのベースと、文乃ちゃんのキーボードが合流して、じわじわボルテージが上がってく。
「それは、夢に落ちた日」
来望さんの歌声は、とてつもなかった。最近、俺もよう聞いとる『ぐるりん』って奴がおるけど、その人の歌声にも匹敵しとった。会場全体が呼吸を忘れるような、そんな演奏をして、一曲目は終わった。気づくと、聞いてるだけの俺らは息を切らしながら、そんで拍手を送っとった。隣に座っとる槇葉ちゃんも、目を輝かせながら拍手を送っとる。
拍手が一段落して、彩嗣が話し始めた。息切らしとるけど、随分楽しそうや。
「皆、ありがとう。一曲目、楽しんでくれたかな?」
彩嗣がそう言って、皆に聞く仕草をすると、観客の方から声が上がる。そして、彩嗣はうんうんと頷きながら、「それは良かった」と言って、にこりと笑いかけた。きゃあきゃあと歓声が上がって、そういえばアイツ顔良かったな、なんて思い出す。
「それじゃ、自己紹介行くよ! 僕は彩嗣演良、皆の王子様! そして、僕の隣にいるのが、このバンドのリーダーで、全曲の作詞作曲を務める、来望久瑠々です!」
「ど、どうも、ご紹介にあずかりました来望久瑠々ですわ。…えーっと、これは何を言えばいいのでしょう…?」
「ちょっと~、くるちゃん先輩しっかり~!」
横でベース構えとる瑪奈川ちゃんが茶々を入れて、会場が沸く。そんで、瑪奈川ちゃん、エイトちゃん、文乃ちゃん…ってふうに、自己紹介が続いて、ほんで二曲目が始まった。こんどは随分ポップな曲やった。
「…凄いな、彩嗣らは」
「…ですね、素晴らしいパフォーマンスです」
曲を聴きながら、隣に座っている槇葉ちゃんと少し話す。まるでテーマパークにいるかのような、そんな曲で、思わず踊り出したくなりそうや。
「さあ、何も怖くないから手を繋ごう♪…さて、皆さん。少し早いですが、次が最後の曲となりますわ」
来望さんの言葉に、観客からは「えー」と残念がる声が聞こえてくる。すると、「ごめんなさい、ですが最後は、一番の曲をお届けしますわ!」と言って、彩嗣にマイクを渡した。すると彩嗣は、急に悪そうに笑って、ひっくい声で話し始めた。
「最後の曲は、思いっきりロックに行くぜ! お前ら、俺様の格好良さに見とれすぎて…火傷するんじゃねえぞ? じゃ、行くぜ──」
思わず吹き出してしもうた。だってしゃあないやん、彩嗣があんなん、似合ってないにも程があるやろ。槇葉ちゃんなんか、「お、俺様って…」と、俯いて耐えとるし。ただまあ、会場には刺さった奴もおるらしく、きゃあきゃあと叫んどる奴もおったりはする。
「ったく…面白い奴やな、ほんま」
ひとしきり笑って、そんで俺は、最後の曲を楽しむことにした。
☆
会場の視線が、一点に注がれるのを感じる。後ろのエルヴィラはいつだって完璧で、そして蕗乃ちゃんのキーボードも、所々で盛り上げる。芽唯も、変わらずにベースを弾き続ける。そして僕は、隣の久瑠々先輩に圧倒されながらも、何とか食らいついて、そして歌い続けた。けれど、やっぱり久瑠々先輩は凄い、どうやっても追いつけそうに無いぐらいだ。
「Groooove!!」
久瑠々先輩のシャウトが、会場に響き渡る。圧倒されながら、僕も負けじと歌う。横を見ると、青色の髪をふるって、全身全霊で久瑠々先輩が歌っていた。
「お前だけ、見ててやるよ♪…はぁ、はあ…」
息が切れながらもなんとか歌いきって、最後にギターをかき鳴らす。すると、数秒、静寂が場を包んで──そして、雷が落ちたかのような壮大な拍手が、僕らに浴びせられた。
「ふぅ…演良さん」
「…久瑠々先輩」
隣に立つ久瑠々先輩と、目を合わせる。僕らの間に、もう言葉は要らなかった。互いに拳を突き出して、軽くあてる。汗をきらめかせて、青色の髪をたなびかせる彼女は、最高に美しかった。
「皆さん、ありがとうございました!!」
僕らは例を言って、頭を下げる。そして、そのまま照明が落ち、緞帳が降ろされていく。拍手は、緞帳が下りきってもしばらく鳴り止むことは無かった。──こうして、紆余曲折有った僕らのバンドは、最高の結果で終わりを迎えることになったのだった。




