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転校生と王子様

 朝から烏が鳴く道を、芽唯(めい)と二人で歩いて行く。学校に通うときは芽唯と二人で行くのが、小学校からの習慣だ。高校になってもこうして一緒に登校できていることはかなりうれしいし、こうして並んで歩く度に、受験を頑張ったあの頃の自分を褒め称えたくなる。


「それにしても、昨日は大変な目に遭ったね」

「うん。でもまあ、一応、楽しくはあったよ。それに、これ、貰えたし」

「あ、それ…スマホに付けてるんだ」

「うん。おそろだしね」

「…だね」


 芽唯のスマホに付けられたキーホルダーを見て、嬉しくなると同時に、ほんの少し照れくさくなってしまって、最小限の返事しかできなかった。芽唯も芽唯で、何やら静かに、僕の方を眺めている。僕が照れているとき、いつも芽唯はこうやって、僕のことを楽しそうに見ている。

 からからと回る車輪の音が、僕らの静寂を切り裂く。


「おはよう、彩嗣(あづき)瑪奈川(めながわ)ちゃん。どしたんそんなに顔真っ赤にして」

「あ、泉充(いずみ)

「おはよう、小太刀(こだち)くん」


 自転車登校の泉充が、自転車を押しながら歩いてきた。何やら、いつもよりもそわそわしている。


「なんか、明るそうだね、泉充。なにかいいことでもあった? 大丸(だいまる)さんと」

「なんで大丸さん限定やねん。いや、なんか転校生が来るらしいんよ」

「そうなのか、共に学ぶ仲間が増えるのは喜ばしいね」


 しかし、転校生が来るということに何故そこまでうきうきしているのだろうか、と思っていると、すぐにその答えは分かった。


「その感性はよく分からんけど、転校生女の子らしいんよな。…わくわくしてくるわぁ」

「あぁ…そういうこと。…泉充、あまりそういうことを女の子もいるときにいうのは良くないんじゃないかな。君の意見そのものを強く否定するわけではないけどさ」

「…まあお前はそういう奴やわ」


 ため息を吐く泉充。女の子が転校してくると聞いて浮き足立つ気持ちも分かるけれど、あまりそれを芽唯の前で言うのは憚られる。しかし、大丸さんのことをにくからず思っているのに、どうして泉充はこのようなことを言うのだろうか。─まあ、分からないわけではないけれど。


「ん…瑪奈川ちゃん、なにそのもふもふのやつ」

「あ、これ? これねぇ、あくくんからのプレゼントなんだぁ」

「へぇ。お前も隅に置けんなぁ。あ、これラスキーか。妹がよう見とるわ」

「うん。二人でユスタ行ったんだけど、そのときに買ってくれたんだぁ」

「ほんほん、二人でユスタに…二人でユスタに!? あの!? カップル人気ランキングで最近ウィリーアイランドの牙城を崩したユスタに!? 二人きりで!? 彩嗣と!?」


 泉充が、かなり大げさに驚く。あまりに驚いたので、自転車のベルを鳴らしてしまい、近くの電線にともっていた雀が飛び立った。そこまで驚くことでもなくないか、と思ったけれど、大丸さんと泉充が二人切りでユスタに行っていたと聞かされたと思うと、なる程これぐらいは驚くだろうか。


「まあ、泉充の言うとおりだよ。僕は、芽唯と二人で、あのユスタに行った」

「そうか… なんか俺、お前のこと急に大きい見えてきたわ」

「あはは~」


 世間話を話していると、もう校門の前だった。自転車置き場に自転車を置きに行った泉充と別れて、先に教室に向かうと、クラスのみんなは転校生のことを話しているようだ。

 ざわざわとしている教室も、予鈴が鳴れば次第に静かになり出す。しーんとした教室に、都杜先生が入って来た。


「諸君、朝のホームルームの前に、一つ連絡だ。今日からこのクラスの人数が一人増える。…まあ既に聞いているだろうが、転校生だ。無論、そのようなことはないだろうが、まあ排斥はしないようにな。あと、質問責めもそれなりには自重しろ。それでは、転校生の──エイトだ。入れ」


 ドアが開いて、一人の少女が入ってくる。窓から入ってきた風に、銀色の髪をなびかせる彼女を見たとき──なんて綺麗なんだろうかと、そう思った。


「…エルヴィラ・エイト」

「エイト、君は最後列から二つ目の、空いている席に座れ。彩嗣の隣だ。…まだ分からないか」

「…もう宜しいですか」

「ああ」


 エルヴィラさんが、こちらに向かって歩く。その凛とした佇まいが、どうにも綺麗に映った。

 隣の席に、カタンと座る。鞄から、いくつかの筆記用具を取り出すと言う、なんてことない所作だけれど、しかしそれが、僕の目を奪う。

 一、二点の連絡があって、ホームルームが終わる。次の授業までには休み時間があるから、少し、エルヴィラさんに話しかけた。にこやかに話せば、それなりには仲良くなれるだろう。


「エルヴィラさん、宜しく。あ、ファミリーネームの方がよかったりするかな」

「…別にどうでもいい」

「そう? ならエルヴィラさんだね。…しかし、エルヴィラさんは、随分綺麗な女性だね。まるで宝石を眺めているかと思ってしまったよ。まあ、宝石よりも綺麗なのだけれどね」

「は?」


 …いきなり、嫌われてしまったかもしれない。



 翌る日。芽唯が日直なので、いつもより早めに登校した。いつもなら教室には誰もおらず、朝練に勤しむ運動部の人たちのかけ声と、鳥の鳴き声ぐらいしか聞こえないような静寂に包まれているはずだけれど、一人だけ、静かに席に座っていた。エルヴィラさんだ。誰もいない教室に座っているだけなのに、妙に心を惹かれると思って眺めていると、エルヴィラさんがじろりとこちらを睨む。それと同時に、芽唯に脇を突かれた。


「ジロジロ見るのはよくないと思うな」

「…確かに不躾だったね。謝ってくるよ」


 エルヴィラさんの方に近づいて、話しかけてみた。


「…何か?」

「いや、ついつい綺麗なものだから眺めてしまってね。ごめん、悪気はないんだ」

「そう。どうでも良いからどこかに行って」


 エルヴィラさんは、退屈とばかりに窓の方を眺め始めた。世間話でもしようと思ったのだけれど、あまりそう言う空気でもないらしい。


「いやぁ、怒らせちゃったよ」

「─そりゃそうでしょ」

「…芽唯も怒らせてしまったかな?」


 芽唯が、じとっとした目でこちらを見る。普段、可愛いと言っている僕が、その芽唯の前で女性を褒めると言うのは確かに軽率だったかもしれない。


「ごめんね芽唯」

「…知らない」

「可愛いって褒め言葉は芽唯にしか言わないからさ。どうか機嫌を直してはくれないかい、お姫様?」

「…もう」


 芽唯は恥ずかしそうに目を逸らした。客観的に見るとかなり軟派な言動だったから、まあ仕方ないけれど、心なしか僕らを見る─実際には見ていないけれど─エルヴィラさんの纏う雰囲気も、どこか冷たいように感じられた。



 エルヴィラさんが転校してきてから一週間。昼休みにご飯に誘ったり、移動教室の際に誘ったり、色々と話しかけてみたのだが、大抵の場合、


「私に話しかけるな」


と言われてしまうのが続いていた。正直なところ、僕はあまり精神が強固ではないから、そこそこ気は沈んでいる。…ただ、「私に関わらないほうがいい」と一度だけ言われたことは、妙に引っかかっていた。


 「結局、一週間か。随分振られっぱなしやな」

「いやあ、何回か話しては見てるんだけどね。結構無視されちゃったよ。…容姿をいきなり褒めるのは良くなかったかもね」


 いつものように昼食をとっていると、自然と話題はエルヴィラさんのこと─厳密に言えば、僕からのエルヴィラさんへの扱い─に移る。あれから一週間、何度かエルヴィラさんに話しかけたのだが、あまり良い対応はされていない。どのような人間かも知らないのに、綺麗だと褒めたのは、あまり良くなかったのだろうか。


「まあ、王子様っていうよりただの軟派ものだもんね」

「瑪奈川ちゃん声ひっく、激おこやん」


 芽唯が、怒った声で言い放つ。顔は笑っているけれど、目は笑っていないというような文言は、時折小説や漫画なんかで見るけれど、それはこう言うことなのかもしれないな、と冷や汗をかきながら思った。


「ごめんね芽唯。…でも、怒ってる芽唯も可愛いね」

「まぁたそういう事…まぁいいけどさ」


 顔を赤くしてそっぽを向く芽唯。やっぱり可愛いなあと思いながら、唐揚げを頬張る。


「まあ、なんとか仲良くなってみるよ」

「しかし珍しいな。お前って別にそんなに誰にでもガンガン関わらんやろ」

「まあ、人付き合いが苦手な人はいるからね。そう言う人に関わるのは、王子様としては良くないから」

「…正味、エルヴィラちゃんも煙たがってるんちゃうか? なんでそこまで話そうとすんの?」

「そうだね、彼女が心から拒絶しているなら、僕も話しかけないよ。けど、なんて言うかエルヴィラさんは、怒ってはない…んだと思う」

「怒ってない? どー言うことや」

「彼女は、本当に僕─というか、他人に興味がないんだと思う。けどさ、それってなんか、勿体無いと思うんだよ。偶然、おんなじ学校で同じクラスになれたんだから。友達とかじゃなくてもさ、まあ、聞こえてくる話題に、少し頬を緩ませるぐらいは、楽しんで欲しい。王子様的にね」



 昼休みが終わって、教室に戻ると、もうすでにエルヴィラさんは着席していた。何人かの女子が、エルヴィラさんに話しかけた後、その場を離れていった。その人達─笹原さんに話しかけてみると、どうやら冷たくあたられたらしい。


「いやあ、色々話しかけてみようと思ったんだけどさ、『あなたに興味ない』って言われちゃって」

「…エルヴィラさんは人付き合いが苦手なのかもね。それか、転校してばかりで気が立っているのかもしれないけれど」


 彼女は、シャイな人なのかもしれない。とはいえ、転校生の人とも仲良くしようとするというのは、良いクラスだと言えるのだろう。


「彩嗣くんもかなりきつかったもんね。まあアレは半分彩嗣くんも悪いけど」

「…やっぱり容姿を褒めるのはある程度距離を縮めてからの方が良かったかな」

「そりゃそーでしょ、私らは大体彩嗣くんがどんな人かは知ってるけど、初対面だと面食らうって、“王子様”は」


 ため息をつきながら、笹原さんが言う。


「そうか。でも、人は褒めたいしなあ」

「まあ頑張ってよ」

「うん、ありがとう。笹原さんはいつも優しくて尊敬してしまうな」

「…最後のは聞かなかったことにしとくね」


 笹原さんとの話が終わったので、自分の席に戻る。エルヴィラさんは、静かに座っていた。


「エルヴィラさん、お昼は何を食べたの? ちなみに僕はお弁当なんだけど」

「何も食べていない」

「へえ、少食なんだね」

「ええ、何も食べてないの!? お腹ペコペコで死んじゃわない!?」

「…死なない」

「死にはしないと思うなあ」


 芽唯が、話に入ってきた。食べることが大好きな芽唯からすると、彼女の昼食を食べていないと言う発言は重大な問題らしい。


「エルヴィラさん…ご飯は食べないとだめだよぉ…!」

「そ、そう…」


 エルヴィラさんの方をがしっと掴んで、真剣な表情で語りかける芽唯。あまりに迫力があるので、エルヴィラさんも少し戸惑っているようだ。なんだか、感情を露わにしているエルヴィラさんを見るのは初めてのことのような気がするなあ。


「…エルヴィラさん、そう言う顔もするんだね。でも思った通り、どんな表情でもエルヴィラさんは綺麗だよ」

「…あなた達は、どうして私に関わるの?」


 エルヴィラさんが、怪訝な顔で─今までよりも感情を露わにして、僕に問う。言われてみると、確かに自分でもよくわからない。勿論、泉充に語ったことも確かだけれど、それよりももっと、自己満足な理由があるような気がする。


「…うーん、まあせっかく同じ学校に通ってるんだから、仲良くはなりたい、ってのが動機なんじゃないかな」

「うん、私も同じだよー。私、友達と話すの好きだし」

「…それは、“普通”?」

「普通って?」


 エルヴィラさんが、僕らを見て問いかける。あの綺麗な瞳で、ちゃんと僕らを見てくれたのは初めてだ。


「…学生なら、普通は友達を作るもの?」

「うーん、まあ大体の人は友達がいるような気がするけど、とはいえ普通っていい切ってしまうのもあまり良くない気がするね。…でも、仮に友達を作るのが普通じゃなかったんだとしても、僕はエルヴィラさんとは友達になりたいかな」

「…それは、どうして」

「だってエルヴィラさんは綺麗だからね。僕の心を奪うほどに」


 …綺麗だから、友達になりたい。そんな下心を、本人に打ち明けてしまったことに少し後悔してしまう。


「…だとしても、私にはあなた達がわからない。私のように無愛想なのは放っておけばいい」


 エルヴィラさんはそう言って、黙ってしまった。─今までとは違って、なんだか悲しんでいるように見えた。芽唯を見ると、どうやら僕と同じことに気がついているのか、少し辛そうな、そんな顔をしていた。

 それから、どうにも話しかける気がしなくて、結局、別れの挨拶も言えないままに──昨日までは返事をされなくても必ず挨拶をしていた──放課後になってしまった。


「なんか、もやもやする〜」

「うん。…やっぱりあれは、エルヴィラさんの真意ではないんだろうな」

「だよね。…はぁ、あんな顔してたらほっとけないよ」

「僕も同じだ。思うに、彼女は辛いことがあったりしたのかもしれない。それで、壁を作ってる。…勿論王子様だから、そんな壁は壊すけれど」

「うん。それに、昼ごはんは絶対に食べるべきだし…!」

「気迫が凄いね。それでも芽唯は可愛いなぁ」


 街路を歩きながら、芽唯と話す。感情を露わにする芽唯を見ると、可愛いという感情が溢れてくるけれど、それを抑えながら、エルヴィラさんのことについて考えを巡らす。「放っておけばいい」というあの一言が、どうにも脳裏を離れない。それに、あの時の悲しそうな顔。彼女が何かを抱えているのだろうと思うと、居ても立っても居られないような焦りを感じてしまう。一人の人の、心ぐらい、王子様なら救って見せなければならない。そんな理想と現実のギャップが、僕の心を締め付ける。


「とにかく、明日からは、今までよりも何にかこう、接し方を…なんか、焦げ臭い?」

「…嫌な匂い」


 一瞬、何かものを焦がしたような臭いがした。芽唯も同じらしい。


「火事…? あっちの方か、行ってみよう」

「うん!」


 臭いのする方に駆け出す。段々と、焦げ臭さは強まっていく。曲がり角を曲がると、そこは、思った通りに火事が起こっていた。ただ不思議なことに、火は一人の女性を取り巻くように燃えていて、その周りには二人の男性がいた。さらに不思議なことに、その炎を一目見た時、僕は、綺麗だと思った。そして、その女性は。


「火事、か…電話、を…?」

「…その声…彩嗣演良と、瑪奈川芽唯…?」


 エルヴィラさん、だった。


「エルヴィラさん! とにかく、そこにいたら危ない!」

「あくくん!」


 僕は、エルヴィラさんに、手を伸ばしながら近づく。なんにせよ、この火中にいるのは危険だ、早く助けなければ。けれど、僕の手は、他でもないエルヴィラさん自身によって振り払われた。


「…だめ、私に近づかないで!」

「エルヴィラさん…?」

「あくくん!」


 エルヴィラさんが手を振るったとたん、炎が一気に強くなった。残り二人の人は、片方が転んでいて、片方が座っていた。その人の怯えた顔と、この火を見て、僕の脳は一瞬で答えを出した。この炎は、エルヴィラさんの炎だ。


「私に近づいたら、あなたまで燃える」

「…なぁんだ、そんなことか。…芽唯、そこの二人を頼める?」

「うん。…エルヴィラさんはお願いするね、あくくん」


 芽唯は、二人の男性を引きずって、火から─僕とエルヴィラさんから離れていく。こういう時、芽唯はいつも、僕よりも冷静だったりする。昔から、泣き虫なのは僕の方だった。


「…何を、するつもりなの」

「エルヴィラさんを、助けるつもりだよ」

「やめて。私に近づくと、優しい貴方まで燃えてしまう」


 エルヴィラさんが、こちらを睨む。けれど、僕は歩みを止めない。王子様ってのは、いつだって自分勝手なのだから。

 近づくと、炎と煙に邪魔されてよく見えなかったエルヴィラさんの顔が見える。泣いているようにも見えるけれど、涙も蒸発するほど熱いから、よく分からない。


「…エルヴィラさんは、炎を出すことができるんだね」

「あまり、私に感情を昂らせないで…」

「…もしかして、あんまり自由に動かせなかったりする?」

「やめて、それ以上近づかないで」


 炎の勢いが、どんどんと強くなっていく。けれど、歩みだけは、止めない。


「…それにしても、エルヴィラさん。貴方の炎は、とても綺麗なんだね」

「やめて‼︎」


 エルヴィラさんの手をとる。すると、一際大きな炎が、僕を包み込んだ。


「…結構、熱いね。こんな時でも他人の心配をできるなんて、エルヴィラさんは、本当に凄いよ。…そういったところも含めて、貴方は綺麗だ」

「彩嗣、どうして」

「ああ、僕も能力をもってるんだ。まあ、死なないだけなんだけれど。それでも、君が能力をちょっと、使い過ぎちゃったときに、身体を張って止めるぐらいならできるんじゃないかな」

「死なない、能力…」

「だからまあ、僕を傷つけちゃう心配はそんなにしなくて大丈夫。さあ、一旦ここから出よう。酸欠になっちゃうからね」

「…ええ」


 エルヴィラさんの手を引いて、僕は燃えていない方向へと歩く。エルヴィラさんの手は震えている。…女の子の手を勝手に握ってしまったことは、後で謝らないといけないな。

 火から出ると、芽唯が心配そうにこちらへ駆け寄ってきた。


「エルヴィラさん、大丈夫⁉︎」

「瑪奈川…」

「うん、エルヴィラさんは大丈夫だと思うよ。だ…この火、どうにかしないと…」

「私に任せて。えい!」


 芽唯が、薄い鉄板を出して、パタンと倒す。炎を押さえつけて、消化したらしい。「冷たい奴出したから大丈夫だと思うよ」というので、少し離れて、消防に電話をした。

 それから、何か火事が起こって、上から鉄板が降ってきたと説明すると、不思議な顔をして、「君たちは帰っても良いよ」と言われた。

 それから僕たちは、エルヴィラさんと一緒に、少し歩くことになった。


「…そういえば、エルヴィラさんはどうしてここに来ていたの? 買い物とか?」

「ノートとかを買おうと思って、探していた」

「なるほど、エルヴィラさんは勤勉だね。…ん、芽唯?」


 ふと芽唯に目をやると、何やら喫茶店の前で、立ち止まっていた。聞いてみると、芽唯が振り返って、眼をキラキラさせて話し始める。


「ここ、すっごくパフェが美味しいってテレビで特集してたんだ! ずっと前から行きたくて…その、行ったらダメかなぁ」


 なるほど、確かにテレビで“話題! ガチで美味いスイーツ特集6選!”として紹介されていた。しかし、喜んでいる芽唯はとても可愛い。この上、とてつもなく美味しいらしいパフェを食べた時の芽唯を想像すると、もう、可愛さで僕は、やられてしまうのかもしれない。


「うーん、美味しい!」

「芽唯が喜んでるの可愛い!」

「…なにをしているの?」


 結局、パフェは芽唯を非常に喜ばせる程度には美味しく、そして僕はその可愛さに荒ぶってしまった。エルヴィラさんは、パフェを頼まなかったけれど。

 パフェを食べ終わって、紅茶を飲みながら、僕らはエルヴィラさんに話を聞く。正直、こちらを先にすべきだったと反省しながら。


「それで、不良に絡まれて、火が出ちゃったんだ」

「ええ、私は、感情が昂ってしまうと意思に関係なく炎を出してしまうから。…その、怖くて」

「うん、それは怖いよ」

「そうか、じゃあ学校でのことも、仲良くなって傷つけてしまうのが怖かったんだ。エルヴィラさんはすごく優しいんだね」

「…私に近づきすぎると、そういったリスクがあるから。初めから、仲良くならない方がいいかと思った」


 エルヴィラさんは、俯く。確かに、僕だってそんな力を持ってしまったら、今の友達とは離れるだろう。


「それで、エルヴィラさんは仲良くはなりたいの?」

「…私は、笑っていたい。笑って、学校に行きたい。…でも、私には…」


 そう話すエルヴィラさんの手は、硬く握られていた。悔しいのだろう。彼女もきっと、友達と仲良く話して、馬鹿をやるような学校生活を送りたいんだ。だったら、王子様がやる事なんて、一つしかないのだろう。


「…それじゃあ、まずは僕らと友達になろう」

「…さっきも言ったように、それは」 

「大丈夫!僕は、言ったけれど不死身だし、芽唯も能力を持ってるしね」

「うん、私の力は金属を生み出すぐらいの力だけどねぇ。まぁ、咄嗟に自分守るぐらいならよゆーだよ」

「そういうことだからさ。みんなといきなりは無理だろうけれど、僕らと友達になって、そして能力を制御できるようになって、みんなと友達になったら大丈夫だよ」


 エルヴィラさんは、目を見開いて。そしてそれから、俯いた。


「…どうして」

「うん?」

「どうして、貴方は私にそこまでするの? 学校での私は、貴方を遠ざけて、決して良い対応を貴方にしなかった。なのに、なぜ?」

「もちろん、僕が王子様だから。困っている女の子をほっとく事なんてできやしないさ。それに、エルヴィラさんは綺麗な人だから、仲良くなりたいんだ。…この答えじゃ、だめかな?」

「…そういうのは、照れるからやめてほしい」


 エルヴィラさんは、窓の方を眺めた。その口角は、確かに上がっていて、そして耳が、ほんのりと赤かった。


「彩嗣、瑪奈川。…私も、パフェ食べたい。実は、さっきは我慢してたから」

「…! エルヴィラさん!」

「ふふ、私もおかわりしちゃおっと」


 結局その後、エルヴィラさんと少し世間話をして、パフェを待って。そして、パフェが運ばれてきて、二人は笑顔でそれを頬張った。


「うーん、二個目もおいしい〜!」

「…本当だ、とても美味しい」

「芽唯の笑顔可愛い! エルヴィラさんの微笑み綺麗!」

「だから、それは何?」


 その日食べたパフェの味は、これまでの人生で一番と言ってもいいぐらいに、最高に甘かった。

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