浮かぶ学校と王子様
久瑠々先輩が光る機械に押し当てられたと思った瞬間、彼女の姿は光に吸い込まれて消えて行ってしまった。目の前に佇む青海さんと、間都樹と言われた男が、にやりと笑う。
「いやあ、こんな楽に行くとはね。ま、チュートリアルはこんなもんか」
「…久瑠々先輩をどこにやった…!」
「んー。ま、そのぐらいのハンデはあって良いか。…私は青海音、キルループの“いちばん”。こう言えば分かるでしょ?」
「キル、ループ…!」
「ま、アンタ確かウチの剣術バカともやり合ったんでしょ? そのときのことを思い出せば、ヒントは…」
「いい加減にしろ、青海。無駄に情報を提供してどうする」
ぺらぺらと喋りだした青海さんを、間都樹が制止する。彼は髪をかき上げながら、「…貴様らは面倒だな」と呟く。
「まあいい、さっさとここを出るぞ。…何故かは知らんが、ここに何人か近づいてきている」
「へぇ…君のお友達かな? えっと…EV08に、“Dolls”か。うん、良いね」
「…青海、間都樹…何の話をしているの? 説明しなさい」
しばらく放心して黙っていた久瑠々先輩のお母さんが、二人を睨みつける。まるで肉食獣のような威圧感を出しているけれど、二人は全く意にも介していない様子だ。
「アンタもアンタだな。来望家は世襲制だ。が、あのガキは随分不出来だったからな。うまく冷遇させて、他家に飛ばせば俺がここを乗っ取れた。そして、ようやくそれが成就するはずだったんだよ、俺の能力でな。…それを今更白紙に戻しやがって。何年前から準備してきたと思ってる、このクソアマが!!」
「危ない!」
間都樹が、懐から何かを取り出して、久瑠々先輩のお母さんに突き立てる。咄嗟に間に割って入ると、どすん、と衝撃と激痛が走る。流れる血にきらりと銀色の刃がちらついて、ナイフを刺そうとしてきたのだと分かる。彼は僕を見て、頭をかきむしりながら「このガキが」と言って、ナイフを捨てて後ずさった。
「てめえのせいで全部白紙だ。わざわざこつこつこつこつその女が娘に愛情を抱かねえよう洗脳してきたってのによ」
「…な、なにを、言って…?」
「…じゃあ、先輩が今まで悩んできたのも…ああやって苦しんでいたのも全部、お前のせいなんだな!」
「ああ」
「…この野郎!!」
僕は、彼に殴りかかる。…が、彼が「止まれ」と一言いうと、何故か急に殴る気が失せてしまった。
「何をした」
「“マスターマインド”。貴様の精神を操った」
「ちっ…」
「…いやあ、やっぱ君エグいね。キルループ来ない?」
「儲からないだろ」
「…うんまあ、よくよく考えてみれば私どっちかというと久瑠々様好きだったし、まあ普通に君嫌いだから一緒に仕事はできませんわな」
放心している久瑠々先輩のお母さんと、動けないでいる僕を尻目に二人は談笑している。すると突然、二人は窓の方を見て──とても大きい窓から、三人が一気に入ってきた。
「は、余参上!!」
「…来望がいない」
「あくくん、状況は!?」
蕗乃ちゃん、エルヴィラ、芽唯が一斉にやっ来ていた。動けないでいる僕を見て、蕗乃ちゃんは駆け寄ってきて「今解くぞ」と言い、僕に手を翳した。すると一気に体が軽くなって、動けるようになった。
僕らを見て、間都樹は苦虫をかみつぶしたような顔で「不確定要素どもが」とぶつぶつ呟いている。対照的なのは、明るく笑っている青海だ。
「あはっ、いいねぇ!それにしても、なんでここに来たのかな?」
「…思い出した。貴方は、猪谷が電話していた相手」
「…あー、そういやそうだ。…うん、オッケー。君たち、完璧だ!」
青海は、手を大きく広げて言った。
「じゃあ、今からゲームをしよう! プレイヤーは君たちだ! 私たちは今から──『杖』を取りに篷樋学園へと向かう! 君たちの勝利条件は、久瑠々様を取り返すことだ!」
「なっ──余らのアカデメイアだぞ! しかも、杖と言えば、魔学徒が追い求めていた、あの…!」
「勿論、それだけだとちょっと難易度は簡単だ! だから、時間制限を設けよう! ここにいる間都樹は、久瑠々様を消したがってるいかれヤローだ」
「…五月蠅い」
青海は、親指で間都樹を指し示しながら言う。彼女の甲高い声が、いやに頭に響く。
「つまり! 私たちが杖を回収した後に、コイツは久瑠々様を消す! それは私も望ましくないけどね! 私たちが杖を回収するより早く、久瑠々様へとたどり着け。それが、君らの勝利条件だ!」
「…学校に、行かせると思う?」
エルヴィラが、炎を手にともしながら青海を睨む。すると青海は異様な笑い声を出しながら、ふらふらと後ろに歩いた。そして彼女は、先ほど久瑠々先輩を飲み込んだ機械とぶつかる。
「いやいや、逃げる算段ぐらいあるよ。残念だったね、これはムービーなのさ!──まだ、プレイじゃ無い」
「…次相見えるときは、貴様らを消す」
そうして、彼らは光に飲み込まれ、機械と共に姿を消した。
「…今のは…彩嗣、来望は?」
「それが…」
僕は、三人にある程度の経緯を話した。もちろん、先輩のデリケートな話は隠して。すると三人は、怒りを露わにした。
「折角、先輩とバンドができるようになったのに…!」
「…よし、状況は飲み込めた」
「ではさっさと学園に行くべきだな。奴らが久瑠々を丁重に扱うとは考えがたい。故、すぐさまにも動くべきだ」
「だね。でも、どうやって学校まで行くか…」
「あ、あの…」
僕らが話し合っていると、久瑠々先輩のお母さんが、遠慮がちに話しかけてくる。見たところ、彼女は困惑の最中と言った様子だけれど、あまりの出来事に憔悴しているようだ。…他者のせいで、娘に愛情をもてなくさせられていたのを知ったのだから、随分辛いだろう。
「先ほどの様子を見て、貴方たちがなにか、特別な力のような持っているのが分かりました。もしかしたら、久瑠々もそうだったのではないですか?」
「…はい、その通りです」
「…私は、そんなことも知らなかったのですね。…皆様、お願いです。久瑠々を…私の娘を、取り返してきて下さい」
彼女は、深く深く頭を下げる。ぽつり、と涙がこぼれたのと同時に、僕は彼女に声をかける。
「頭を上げて下さい、お母さん。…大丈夫、久瑠々先輩は僕らが絶対取り返します。…だって僕は、王子様ですから!」
「…! お願いします…!」
彼女に約束してから、僕らは屋敷を出る。広い庭──ちょっとし他公園ぐらいには広い──に出たところで、エルヴィラが話し始める。
「…さて、私たちはすぐにでも学校に行かないと行けない。けれど、今から交通機関を使ったのでは到底間に合わない。そこで、私に案がある」
すると彼女は、芽唯にスマホの画面を見せる。不思議そうにのぞき込む芽唯の横から画面を見てみると、どうやら戦闘機の設計図のようだった。
「…え~っと、エルちゃん。これ、もしかしなくても…」
「…瑪奈川に、これを作って貰う。大丈夫、推進力は私がやる」
「…え~…」
エルヴィラの発言は予想外だったけれど、言われてみると理にはかなっている。芽唯もそれが分かったのだろう、ふうとため息を吐いて口を開いた。
「まあ、いつもなら突っ込むとこだけど…先輩のためだもん、ちょっと…頑張ってみようかな!」
そう言うと、芽唯は目の前に手を広げる。すると、金属が数多出現して、だんだんと組み合わさっていく。芽唯の額から、玉のような汗が噴き出す。こんなに真剣な彼女の表情を見たのは初めてだけれど──惚れ直すぐらいに素敵だ。
一分ぐらいだっただろうか、戦闘機が完成して、芽唯は息を切らしながらへたり込んだ。
「大丈夫、芽唯?」
「うん、流石に疲れたけど…大丈夫、完璧だよ」
「…すまない瑪奈川、ありがとう」
「よし、では──行こうか、皆の者! 久瑠々を──リーダーを奪還しに!」
「うん!」
僕らは、戦闘機に乗り込む。とはいえ、コックピットなんかもないから、ただ鉄の塊の上に張り付いているようなものだ。すると、最後尾に立つエルヴィラが、後ろに向けて炎を出す。炎は集まって、だんだんと細く、勢いが強くなり──そして、戦闘機が動き始めた。
「立ち乗りだから、速度は落とすけれど…十分もかからずに、学校まで行けるとは思う」
彼女の言葉を皮切りに、飛行機は宙に浮き──そして、僕らは空を駆けた。そして、雲を突っ切って、まっすぐ飛んで行く。そうして十分ほど、僕らは空を飛び続けた。
激しい暴風を浴びながらも、前を見据える。スマホの地図アプリで確認してみると、どうやらそろそろ学校だ。
「雲が邪魔だな…前が見えぬ。エルヴィラ、大丈夫そうか?」
「…ええ、流石に…疲れはするけれど、問題はない」
「…!雲が晴れ…え?」
「あ、あれ…何?」
「…余の見間違いでなければ、浮いておらぬか? 余らのアカデメイア…」
雲が晴れて、僕らの目に飛び込んできたのは──宙に浮かぶ、学校の姿だった。辺りの地面がえぐれてくっついて、物語に出てくる空に浮かぶ島のようになっている。
「…あれ、僕らの学校だよね」
「うん、いつも見てるし、地面にぽっかり穴開いてるし。…あれ、何か、聞こえるような…?」
芽唯の言うとおり、どこからか、かすかに歌声のようなものが聞こえてくる。目をこらしてみると、屋上の辺りに人影が見えた。遠目で、真っ暗だから顔も何も見えないけれど、かすかに聞こえる歌声とそのシルエットから、僕は直感した。あれは、久瑠々先輩だ。そして学校を浮かしているのも、彼女だ。
「…来望の能力は、それほど強力なの?」
「分からない。でも、この声は先輩の声だ。だから、多分先輩のやっている事な気がする」
「…うむ、余は其方を信じるぞ。だが、だとすればなぜ久瑠々はああやっているのか」
「まあ、直接聞けば良いんじゃない? エルちゃん、屋上に着陸できる?」
芽唯がそう聞くと、エルヴィラは炎を出したまま、自信なさそうに「飛び降りることになる」と答えた。多分、狙って行けるほどの精度はないのだろう。ただ、飛び降りるぐらいなら、簡単だ。
「まあ、そのときに考えよう。とりあえず今は、屋上の上空を目指して…あれ、何だ?」
ふと、嫌な予感がして下を見ると、何か大きな黒い塊が僕らが乗っている戦闘機めがけて飛んできた。それは、大きく翼にぶつかり──翼が無くなった。残された部分を見ると、まるで獣に食べられたかのようになっている。こんなことができるのは、一人しか知らない──と思う間もなく、戦闘機は大きく揺れた。直後、蕗乃ちゃんが尻尾を出し、芽唯とエルヴィラを巻き付け、そして僕にも尻尾が伸びる。しかし──
「演良!!」
無くなった翼のすぐ側にいて、すぐに落ちてしまった僕に、彼女の尻尾は届かなかった。声を振り絞って、彼女らに伝える。
「──屋上で、落ち合おう!!」
そして僕は、底の見えない暗闇へと消えていった。
☆
演良が落下した後、エルヴィラの助けも借りて、余達は無事に着地することができた。芽唯とエルヴィラは、どこか不安げだ。ここは、余が指揮を執るほか無いのだろう。一番修羅場に慣れているのは、余だからな。
「芽唯、エルヴィラ。ひとまず、屋上に向かうぞ。先ほど久瑠々らしき人影が見えたのは、東館のほうだった。ここからだと、ひとまず西館に侵入し、渡り廊下を渡って西館へと到達するが上策であろう」
「…彩嗣は」
「演良なら大丈夫だ」
「でも、あんな深いところに落ちて…」
やはり、というべきか。こうした場面で問われるのは、平常心だが、彼女たちはあまり慣れていない。当然と言えば当然だろう、彼女たちは普通の学生だ。というより、余の方がおかしいとも言える。ただ、今は非常事態。座り込んでいる二人に喝を入れるのが、余の役目だ。
「安心しろ。思い出してみよ、演良は今まで何度、苦境に立たされてきたか。そしてその度に、演良は立ってきた。其方達は、そんな演良の姿を好きになったのであろう? ならば信じろ、其方等の王子様を、な。」
「ふっきーちゃん…うん、そうだよね。あくくんが、こんなとこで死ぬわけ無いもんね!」
「…彩嗣なら、不可能も成し遂げる」
「さあ、その彩嗣はなんと言っておった?」
「…おっけー、ふっきーちゃん。行こう、屋上に!」
「…ええ」
二人は立ち上がった。その瞳は、しっかりと前を見ている。よし、これなら二人は大丈夫だろう。余も二人の姿を見て、心の奥底でよどんでいた演良を失う恐怖を、静かに掃き捨てた。
そして、西門の扉を芽唯の能力で開けて、中へと入る。夜だから真っ暗で、雁は非常口の灯ぐらいしかない。流石にこれは怖いなと思いながらも、勇気を奮い立たせて一歩一歩進んでいるとき、それは不意にやってきた。
「っ…伏せろ!」
「…っ、これは…」
「ふむ、避けるか。よいな、やはり君らは面白い」
目の前から、黒く歯を剥き出しにした口を付けた怪物が、凄まじい速度で飛んできた。間一髪で躱し、怪物に警戒していた余達の前に、一人の男が現れる。その男は、何やらスーツを着ていた。彼を見た瞬間──エルヴィラから、激しい怒りが感じられた。
「…ふむ、あの少年はいないのか。先ほどの私の攻撃で落下でもしてしまったのか。まあ良い、あのゲームオタクのノリは嫌いだが、敢えて言おう。私がこのゲームの最初のボス、インテリジェンス猪谷だ。ちなみに、インテリジェンスのネタは全て私が書いている」
「猪谷…!」
「ふむ、エルヴィラ・エイト。君にはあの日、ヘリから落とされた借りがある。私は、スカイダイビングやバンジージャンプはNGなんだ。そっちで売る芸人では無いし、リアクションが不得意だからな。やはり、その道のプロには及ばん」
「…文乃、瑪奈川。ここは、先に行って。合図をしたら、左側を」
「分かった。任せるぞ、エルヴィラ」
「ええ」
猪谷の言葉を無視して、エルヴィラは余達に作戦を囁く。それに応えて、余と芽唯はそのときをじっと待つ。
「…私も、貴方にはいくらか借りがある。ここで、互いに精算しよう」
「ふっ、ドラマ性があって面白いな。知っているか? 最近のコントは伏線回収が好まれるんだ。私は、勢いに任せたコントの方が好きだが」
「…そう、相変わらず、どうでも良いことを呟く。…“炎壁”」
「ほう、そうくるか!」
エルヴィラが、炎の壁を猪谷の四方に生み出す。しかしよく見ると、左の壁との間に隙間がある。余と芽唯は、一目散にそこを走り抜けた。
「ふむ、私と一対一か。あまりその判断は、受けが悪いぞ」
「…問題ない。あの日の私は、今の私よりも数倍弱いから」
「ふっ、よかろう。今一度、蹂躙してやる!」
後ろを振り返らずに、階段を突っ走る。走っていると、芽唯が息を切らしながら、訊ねてくる。
「ねえ、ふっきーちゃん」
「なんだ、芽唯」
「本当に、エルちゃん一人にして良かったの?三人でやった方が、安全なんじゃ…」
「応、それには二つ理由がある。第一に、余らは連携の訓練をしておらん。連携のとれぬ三人組より、一人の方が断然強い。続いて第二、これはスピード勝負だ。故、エルヴィラを残した。…当然、敵がいればその都度一人離脱だ。…すまんな、余にはこの程度の策が限界だ」
自身の不甲斐なさに歯がみする。もし司令がいれば、もっと良い策を考えられただろうか。今になって、彼奴に教えを請うておればと反省する。すると、芽唯が口を開いた。
「…ううん、私もそれが良いとおもう」
「助かるぞ、芽唯。…どうやら、次の敵のお出ましだな」
すると、目の前に一人の男が現れた。確かこの男は、久瑠々の屋敷で会った。おそらく、あのときの演良の金縛りは、此奴の能力。ならば、相対すべきは。
「芽唯! 行け!」
「えっ、あっ、うん!」
芽唯は、男の横をすり抜けるために走り始める。が、芽唯の走る道を閉ざそうと、男が立ち塞がる。
「行かせるわけねえだろうが」
「ふっ、狐の作る道に行けぬはないわ」
「ありがと、ふっきーちゃん!!」
余は、男を幻覚にはめる。数秒動けない男の側を、芽唯は走り抜けていく。そして、芽唯が暗闇に溶け込んだのとほぼ同時に、男が動き始める。
「ちっ…同業他社か。面倒だな、価格は独占の方が競争にならなくて良いんだが」
「ほう…其方、そこそこやるようだな。…が、余の前では其方など…電灯に惑う虫程度よ」
「…あっそう。悪いが、挑発には乗らないぞ?」
余は、構える。男はただ立っているだけのように見えるが、存外に隙は無い。此奴、そこそこできるな。
「では、征くぞ。久瑠々は、返して貰う!」




