名家と王子様
夏休みが始まって数日経ったある日、僕らは久瑠々先輩の別邸に集まっていた。文化祭は、夏休み明け、九月末の開催だから、休みの間に練習をしておこう…という魂胆だ。
「さて…では、各々の役割を決めましょうか。五人ですから…ギターがお二人、ベースギターはお一人、そしてドラムとキーボード…に、なりますわね」
「む…久瑠々よ、肝心なことが欠けておるな」
「そうですか? 何も不備はないと思うのですけれど」
「…バンド名が決まっておらぬ。名は重要であろう?」
「…あー…まあ、一理はありますわね」
「ということで、まずはバンド名を議題として会議を行おう」
蕗乃ちゃんの一言で、まずはバンド名を決めることになった。各々が一つずつアイデアを出し、そこから選ぶ…という形式となった。あまりこういうネーミングセンスはないけれど、どうにかこうにか考える。
五分ほど経って、皆思いついたらしく、久瑠々先輩がどこからか持ってこさせたホワイトボードに、各々書き始めた。
「では、言いだした余から…余の思い浮かべし名はこれだ!」
彼女は、胸を張って、ホワイトボードを指し示す。そこには、まるでフォントを使ったかのように格好良い文字で、「宿命のガンダルヴァ」と書かれていた。
「ふっ…蛇をも屠る半神の楽士隊…余等五人には、実にふさわしき名であると言えるであろう」
「…がんだるば?」
「ある国の神話に出てくる音楽隊のこと」
「お、博識だなエルヴィラ」
芽唯の疑問に答えたエルヴィラに、蕗乃ちゃんは嬉しそうな顔で眺める。すると、久瑠々先輩が口を開いた。
「…バンド、というには仰々しすぎません事…?」
「…うーん、僕的にはもうちょっと可愛い系が良いかな、皆がいるんだから」
「…どういう意味?」
「ぐっ、感触は悪いな。まあ良い、では次だ」
「じゃあ私!」
芽唯が手を挙げて、ホワイトボードに名前を書き付ける。蕗乃ちゃんとは打って変わって、丸みを帯びた可愛い文字だ。
「『ゆるふわばんど』!」
「…私は悪くないと思う」
「…芽唯らしいね」
「うーん…それだと曲調が固定されませんか?」
芽唯のバンド名は、芽唯らしくて可愛いけれど、あまりバンドっぽくはないように思える。すると、芽唯は「そっか~」と言って項垂れた。
「次は私」
エルヴィラが立ち上がって、芽唯からペンを受け取ると、まるで印刷されたかのような正確で綺麗な文字で、『MFAKE』と書く。
「やはりこう言うのは分かりやすい方が良い。全員の頭文字を繋げたので良いだろう」
「…なんかつまらん」
「…え?」
鼻を高くする彼女に、蕗乃ちゃんが言い放つ。エルヴィラが驚嘆しながら、「…どういうこと?」と問い返す。
「いや、発想は良い。だがまあ…折角なのだから、其方の思いがもっと溢れたものがよいな。それは少し、無機質な気がするぞ」
「…無機質…確かに、わかりやすさしか考えていなかった」
「まあ、考えた上でのそれならば、文句も言わないが…まあ、一度考えてみても良いのではないか?」
「…そうかもしれない」
蕗乃ちゃんに言われて、エルヴィラは座って考え始める。場を繋ごうと、「次は僕で」と言って、ホワイトボードに案を書く。僕の案はシンプルで、「PRIN☆CESSs」だ。
「芽唯も、エルヴィラも、蕗乃ちゃんも久瑠々先輩も、お姫様なので、もうこれしかない!」
「うーん…いや、お姫様って言ってくれるのは嬉しいのですが…」
皆の反応は芳しくない。お気に召さなかったのだろうか、と思っていると、芽唯が口を開く。
「…それあくくんがいる意味なくならない?」
「…あー…まあ、それは…」
「…彩嗣が女装するような印象を受ける」
「な!?」
エルヴィラの一言に、芽唯は目を輝かせ、蕗乃ちゃんは「おお」と感心し、久瑠々先輩は「じょ…!?」と顔を真っ赤にしている。流石に、僕に女装は似合わないのでは、と言うと、四人は微妙な顔をした。
「…あくくん、なんかいけると思うんだよなぁ」
「うむ、筋骨隆々といった顔立ちでないことは確かだな。…こうして見ると、やり方次第ではあるが…」
「お、王子様がお姫様に…そ、そんなことってありですの?」
「…皆、そうは思っていないらしいけれど?」
エルヴィラが、僕を見て首をかしげる。ただ、流石に、多少やるのは構わないけれど、ステージに出て、というのはかなり恥ずかしい。
「いや、学校行事でそうするのは、恥ずかしいかな。それに、僕はあくまで王子様だし」
「…学校行事では?」
「うん、まあこう、知り合いしか居ないようなときなら、まだやっても良いかもしれないけれど」
「え、まじ? 二言はないよ?」
僕の一言に、芽唯がぎらりと目を光らせる。まるで猛獣のような気配を漂わせながら。その圧に負けて、僕はしぶしぶ、「また今度ね…」と答えた。
「ふふふ…服もメイクも持って行くからねぇ~…完璧にしてやんよ」
「瑪奈川、頼んだ」
「まあ、古くはヤマトタケルもまた、女装によって敵を謀ったということもある。ある意味では女装もまた、王子様らしい営為と言えるかも知れぬな」
「あ、演良さんが女装すれば、お姫様に…いやでも、そうなったら私は王子様…? はわわ…」
皆は、僕の女装に浮ついているらしい。そこまで楽しみにするようなことなのかな。どうせ僕がやっても、微妙な感じになるだけだと思うんだけど。
うわごとを言っている久瑠々先輩に、「最後は先輩ですよ」と言ってペンを渡すと、彼女は咳払いをしながら、「では、僭越ながら…」と言って書き始めた。水性のペンで書いているはずなのだが、まるで筆で書いたかのように美しい。そこには、「Grave」と書かれていた。
「グラーヴェ、という言葉は、荘重を意味します。そして、メトロノームにおいては、最も遅いテンポを指し示します。…ゆっくり、されども着実に、皆様で成長して行ければ…と思い、この名を提案いたしますわ」
「おお…さすが歌手ですね、凄くそれっぽいです」
「…なるほど、これが感情を乗せると言うこと」
久瑠々先輩の発案は、とても良いもので、皆呆気にとられていた。それもそのはず、彼女の言葉には、強い思いがあったから。すると、エルヴィラがおもむろに立ち上がり、そしてホワイトボードに書き付ける。
「『宿命のゆるふわプリングラーヴェ』…というのはどうだろう。…私は、皆の思いが全て詰まった名が良いと思う」
「…わあ、全盛りだ」
「エルヴィラらしいね」
エルヴィラの考えたバンド名は、これまでのアイデアを全てあわせただけの、ある意味でヘンテコだったけれど、それでもどこか、僕らを惹きつけた。
そして、それぞれのバンド名で、多数決を取ることになった。結果、全員一致で、エルヴィラの案に決定した。
「それじゃあ、僕らのバンド名は…『宿命のゆるふわプリングラーヴェ』で!」
「うん、なんかまあ、私たちっぽいよね!」
「…だな!」
「…なるほど、まあ…曲のジャンルは、大体思い浮かびましたわね!」
こうして、僕ら「宿命のゆるふわプリングラーヴェ」の活動が始まった。
☆
「さて…では、行きましょうか。1,2,3…!」
来望の言葉にあわせて、私はスティックを打ち付ける。正確に、メトロノームを脳内で刻みながら、されども、気遣い、周りにあわせながら、打つ。前を見ると、ギターを彩嗣と来望が弾いている。二人の顔は真剣そのもので、きらりと汗が光る。
そんな二人を横目に、瑪奈川は半ば必死にベースを弾いている。そして側では、格好付けながらも、かなり正確に、文乃がキーボードを奏でている。
「…ふぅ、皆さんとっても良くなってきてますわよ!」
「…いやー、でもけっこーミスっちゃったあ」
「そうですね…ちょうどこのところ、運指が難しいですから…」
来望は、親切丁寧に瑪奈川に教えている。…これまでの間、あまり良い印象は持っていなかったけれど、全く間違いだったらしい。
「ふっ…狐は音楽にも秀でる。余に任せると良い」
「…貴方もいくつか音を間違えていた」
「なあっ…が、否めないな。余も、それは自覚しておる」
間違いを指摘されて、文乃は項垂れながらも、にやりと笑っている。すると、瑪奈川に教え終わったらしい来望が、「蕗乃さんは…」と、指摘し始める。
「少々ばかり、勢いが先行していると言いますか…もう少し、リズムを抑えてください。ところどころ、そのせいで波長が合わないところがありますから」
「む…そう、だな。確かに、自身に酔いしれすぎていた。有り難い意見だ、久瑠々。其方は余の見込んだとおり、音楽の賢者…いやさ、楽聖よな」
「そ、それほどまででも…」
文乃に褒められて、来望はにやついている。彼女はそこまで素直ではないけれど、態度にはよく出る。私とは大きな違いだ。瑪奈川や彩嗣が言うには、私も分かりやすい方らしいけれど。すると、その彩嗣が、楽譜を見ながら、来望に「久瑠々先輩、聞きたいことあるんですけど…」と言うので、来望が「なんでしょう?」と言って、彩嗣の方に行く。
バンド名を、私の案である「宿命のゆるふわプリングラーヴェ」にしたところ、来望が改めて、各々の担当を決める事を提案した。
「まず、久瑠々先輩はボーカルギターでお願いしますね」と彩嗣が言い、来望以外は異存がなかったので、来望がボーカルギターに決定した。来望は「陰キャには無理難題…」と言って抗議したが、彩嗣が「折角リーダーなんですから」と言って、何とか宥め賺した。そして、来望は「もう一人のギターが演良さんなら…」と条件を出し、それを彩嗣が快諾したことで、二人がギターに決まった。正直なところ、割と嫉妬してもいるけれど、まあ仕方のないことだ。
その後、「リズム感覚は恐らくエルヴィラが一番だろう」と彩嗣が言ったので、私はドラムをやることにした。その後、キーボードとベースが残ったが、文乃が「全ての調律のマスターとなるのは余がふさわしい!」と言ったため、ギター彩嗣・来望、ベース瑪奈川、ドラム私、キーボード文乃、と言う形式になった。休みの間、何度も日程を合わせて練習したことで、私たちは次第に上達している。
「やってますね~、お嬢様方!」
がちゃり、と練習部屋の扉が開いた。お盆に人数分のグラスを乗せて、スーツの人物が部屋に入ってくる。彼女は青海音という、来望の教育係らしい。なぜか、彼女の声には聞き覚えがあるけれど、何処で聞いたのだろうか。
「いやー、仲良し五人で集まって、しかも一人は男というメンバーで文化祭バンド…いやあ、乙女ゲーかよ、て思っちゃいますねえ」
「…相変わらずゲームがお好きですね、音」
「ええ勿論! …しかし、ご友人方もお疲れ様っす」
彼女は、ヘラヘラと笑いながら、私たちに話しかけてくる。彼女に例を言って、恐らくとてつもなく高価であろう茶を飲みながら、彼女に応じる。
「いつもありがとうございます。青海さん」
「いやあ、最近の学生は礼儀正しいっすね! 私の頃なんて、もう皆大人に突っ張ってましたよ」
「…あなた、時々不良自慢しますわよね」
そうですか、と青海は言いながら、彼女はどこかしみじみとした眼差しで、来望を見る。
「それにしても、久瑠々様、よかったですねえ。こんなに素敵なご友人に恵まれて…」
「音?」
「いやあ、昔っから思ってたんすよ、この人大人になってもずっとぼっちなんだろなって…それって悲しいじゃないっすか」
「音?」
「ま、冗談っすけど…」
「…冗談かどうかは私が決めますのよ?」
青海は、深いお辞儀を、私たちに向けてする。
「皆さん、ありがとうございます。久瑠々様の味方になって下さって」
「…当然ですよ、僕は王子様なので!」
「まあ、なんだかんだ部活の先輩だしねえ」
「…私にとっても、来望は信頼できる先輩」
「ふ、孤独なものによりそうは狐の御業よ!」
「…みなさん…」
「…あざっす。んで、そんな皆さんに私からプレゼントっす」
そう言うと、彼女はどこからか、菓子の載った盆を取り出した。そこには、見るからに高級そうな菓子が、沢山載っていた。
「まあ、練習に身を入れるのも良いっすけど…ひとまず、ティーブレイクはどうッスか?」
それから私たちは、とても美味しい菓子と茶を楽しんでから、練習をして、それから解散した。
☆
僕らは、練習のため、久瑠々先輩の家を訪ねた。それから、インターフォンを押した。いつもならここで、久瑠々先輩の控えめな声が聞こえるのだが、今日は違っていた。
「あー…とりあえず、入って下さいっす」
聞こえたのは、青海さんの声だ。彼女の声に従って、僕らは庭を歩いて、ドアの前まで行く、すると、ドアの前に、青海さんが立っていた。
「えーと、久瑠々先輩は?」
「うーん…今日は、いらっしゃらないっすね」
「え…あ、風邪とか、ですかね?」
神妙な面持ちをした青海さんに、芽唯が焦りながら聞く。けれど、青海さんの口から出た答えは、全く別のものだった。
「本邸に…久瑠々先輩のお母上に呼び出されました。もう、この別邸にはおられません。…申し訳、ありません。もう、彼女は皆様の前に姿を現すことはないでしょう」
「え?」
「…バンドも、やることはできないと思います」
芽唯は、愕然とし、エルヴィラも、言葉を失っている。蕗乃ちゃんは、蒼白として、「そんな、ことが…」と呟いている。
「…学校は、どうなりますか」
「今まで、進級もぎりぎりと言った様子でしたから…退学、させられるかもしれません」
その言葉を聞いたとき、僕の腹は決まった。そしてこれから、「宿命のゆるふわプリングラーヴェ」の、第二の事件が幕を開けることとなる。




