王子様ゲームと王子様
くじを握る四人の顔は、真剣そのものだ。なぜか、『王子様ゲーム』と呼称を変えたこの遊びは、蕗乃ちゃんの参戦によって空気を一変させた。『一度だけ個別に命令』という、よく分からない条件が追加されたからだろうか。
「王子様誰だ…あ、私だ」
最初に赤色のくじを引いたのは芽唯だった。…しかし、王様と比べるとダウングレードして言うように聞こえるのはなぜだろうか? 王様の命令よりは拘束力が緩いような気がしてならない。
芽唯は思案した後、にやりと笑って、「二番と三番はゲーム終わりまでずっと手を繋ぐ、で」と言った。くじを見ると、僕が三番だ。
「僕三番だ」
くじを皆に見せると、あからさまに、一人の表情が変わった。久瑠々先輩が狼狽している。蕗乃ちゃんは顔を赤く、エルヴィラは残念がっているから、どうやら久瑠々先輩が二番だったらしい。
「久瑠々先輩、どうぞ」
「ふぇ?」
「二番と三番は手を繋ぐんですから、はい」
僕は、久瑠々先輩に向かって手を差し出す。彼女はその手を見ながら、あたふたとして、目を白黒させている。だんだんと、恐る恐る左手を差し出そうとして、躊躇しているので、悪戯心が芽生えた。
僕は、さっと久瑠々先輩の手を取って、勝手に手を握る。久瑠々先輩は全く事態を飲み込めていないようだったけれど、数秒して、ようやく事態が飲み込めたらしく、口を開いた。
「な、なな…あ、演良さんと…お手を…!」
「これで大丈夫かな、芽唯?」
「うーん…でも、ちょっと、握り方甘いよねぇ」
「…はいはい、これでいい?」
「~ッ! こここ、恋人つなぎ…!?」
「うん、それでいいよ。…良かったですねえ、くるちゃん先輩」
芽唯が物足りなさそうにしていたので、指と指を絡み合わせる握り方、いわゆる恋人つなぎをしてみせると、芽唯は満足げに頷いて、サムズアップをした。久瑠々先輩を見ると、顔が真っ赤で、頭の上に煙も見えるほどだ。流石にやりすぎかな、と思ったけれど、ゲーム終了まではこれらしい。
エルヴィラと蕗乃ちゃんの反応はめっきり異なっていて、エルヴィラは「…羨ましい」と言って、物欲しそうな目を僕に向けている。一方で蕗乃ちゃんは、「あ、あんなに絡まりついて…まるで蛇かのようだ」と、僕と久瑠々先輩の手を凝視している。蕗乃ちゃんには刺激が強かっただろうか。渦中の先輩はと言うと、完全にフリーズしてしまっている。
「わ、わたくしの指と…演良さんの指が…」
「えっと、久瑠々先輩、まだゲーム続けられそうですか?」
「…ゲーム…と、当然ですわ! 私を誰だとお思いですの!? あ、あなた様の指と、ふ、触れあった程度のことで…私の心は一ミリも乱れませんわ!」
「へぇ~…じゃあ、もっと凄い握り方、してみます?」
呆けていた久瑠々先輩も、僕の一言で正気に戻ったらしい。ただ、心が乱れないなんて言われてしまうと、悪戯をしてみたくなる。ただ、やっぱり強がりだったようで、久瑠々先輩は
「…え、遠慮しておきますわ! べ、別にもう今でもいっぱいいっぱいとかそう言うのでは全くありませんから! 勘違いなさらないように!」
と答えた。それにしても、久瑠々先輩は少し強がりなところがあるな。
続いて王子様のくじを引いたのは、エルヴィラだった。彼女は、「…次は私。命令は…」といって、一分ぐらい思案した後、僕の方を見ながら口を開いた。彼女の眼差しは、まるで猛禽類のように鋭い。
「王子様と四番は…このゲームが終わるまで腕を組んで恋人つなぎ」
エルヴィラの命令を聞いた後、僕はくじを見る。番号は…三番だ。すると、蕗乃ちゃんが口を開いた。
「お、運命の番号は余の手元にあるな。では、王子様の命令だ、少々羞恥の感情もあるが、この狐が其方に寄り添うてやろう」
「…ではなく、互いに褒め合う。二個ずつ」
「…それは許容されし行いなのか?」
四番の札を勢いよく上げる蕗乃ちゃんを見て、エルヴィラは命令を付け加えた。かなりグレーな行いなので、このゲームをやろうと言い出した人物、芽唯に聞くと、芽唯は「うーん」と迷うそぶりを見せた後、口を開いた。
「…まあ、次からは無しって事で…」
「…すまない、私欲に走りすぎた。彩嗣と手を握りたかったから…」
「ふむ、その気持ちは分からんでもないから、余も強くは言えぬな。…して、では命令を遂行するとしようか。其方の良いところを二個、申すのであったな。ふうむ…」
蕗乃ちゃんは、腕を組んで考え始める。最初は、エルヴィラも心なしかわくわくとしていたけれど、蕗乃ちゃんの沈黙が続くにつれて、だんだんと焦り始め、そして二分程たって、一筋の冷や汗を流しながら、「…無理なら言わなくてもいい」と言った。すると蕗乃ちゃんは慌てた顔で、「そういうことではない」と話す。
「ただ、其方の良いところを見つけすぎてしまって…その、二個に絞る、と言うのが難しくてな…すまない、其方の気持ちを考えておらなかった」
「…そういうことなら、問題はない」
エルヴィラは平然としているけれど、少し顔が緩んでいるから、安心したらしい。確かに、褒めてと言って、相手が悩み始めたら不安にはなる。
「そうだな、強いて挙げるのなら…常に冷静沈着で理知的な点が第一だな。例えば、余も含めた大半が焦燥するような場面においても、其方は常に事態を正見する。そういったところには、助けられる」
「…そう」
「そして次に、その行動力だな。其方は静を体現したような人物に見えて、燃えさかる炎のような激情をもって動いておる。躊躇せずに危険に飛び込む姿、尊敬の念を向けざるを得まい」
「…そう、ありがとう」
「…わ、エルちゃん照れてる! 珍し~!」
「本当だ、エルヴィラ褒められて嬉しかったんだね」
「…照れてはいない」
「うーん…? 表情そこまで動いていますかしら…?」
蕗乃ちゃんの怒濤の褒めに、エルヴィラはかなり照れているらしい。彼女が照れる姿はかなり珍しい。僕は、どっちかというと女の子を照れさせるような言動を敢えてやっているけれど、エルヴィラには割と負けていて、僕が照れさせられることの方が多いからこれは意外だ。
「して、エルヴィラ。次は其方の番だぞ?」
「え、ええ…貴方の、褒めるところ…二個…」
エルヴィラは、蕗乃ちゃんに言われて考え込み始めた。ただ、彼女の場合、それはすぐに終わり、言葉を紡ぎ始める。
「先ず一つは、他者へ向ける優しさ。貴方は、いかなる時でも、他者を守ろうと動いている。…自身を省みないというのは悪くはあるけれど、いつも人を助けようとする優しさは、貴方の良いところだと思う」
「お、応…なるほど、これは照れるな…」
「そして二つ目は、貴方が、どんなときでも明るく振る舞うところ。周りが暗くなりそうなときであっても、貴方だけはいつも変わらずにいる。そうしたところは、とても凄いと思う。…他にも言えるところはいくつかあるけれど、総じて、私は貴方を尊敬している」
「…そ、そうか。悪い気は、せぬな…」
「あ、ふっきーちゃんも照れてる! これでおあいこだね」
「うん、こうして二人が仲良くなってくれるのは嬉しいな」
「…凄まじいですわね」
エルヴィラの言葉に、蕗乃ちゃんはにこにこと笑いながら、照れている。こうしているのを見ると、やっぱり蕗乃ちゃんは、年相応の普通の女の子だ。いつもは格好良いけれど、こんなときは可愛い。
互いに照れて、顔が緩んでいる二人を交えつつ、もう一度くじを引く。次に王子様になったのは、久瑠々先輩だ。
「あ、私ですわ。…こういうのは、何を命令すれば良いのでしょう」
「何でも大丈夫ですよ。あ、流石に公序良俗に反するのはアウトですけど…」
「…恋人つなぎは公序良俗に反している気も…は、そうですわ」
僕の言葉を聞いて、考え込んでいた久瑠々先輩ははっとした顔で、何かを思いついたらしい。そしてそのまま、勢いよく告げる。
「王子様に課せられた命は今ここで終了、ということで」
「それはなしでーす」
「芽唯さん!?」
久瑠々先輩は、僕と手を繋ぐ命令を解除しようと試みたが、一瞬で芽唯に却下されてしまった。愕然としている久瑠々先輩に、芽唯は笑顔で告げる。
「だって、命令取り消せたら楽しくないじゃないですか」
「…ぐう…」
「命令のとりけし以外でお願いしますね♪」
久瑠々先輩は再び悩み始めた。そんな久瑠々先輩を、芽唯は楽しそうに眺めている。たまに思うけれど、芽唯はどちらかというとSの方だな。そういえば子どもの頃も、よく弟の芽亜君をゲームで負かしていたっけ。その度に、芽亜君が僕に泣きついてきたんだよな、まあ僕もなかなか勝てなかったけれど。
「…では…一番は、二番と手を繋ぐ…でお願いしますわ。流石に、二人だけ握っているというのは恥ずかしいので…」
「あ、僕二番だ」
「えっ」
「一番は余か。…え、演良と、手、手を…これは真か…?」
引いたくじに書かれていた数字は、なんと二番だった。そして、蕗乃ちゃんが一番らしい。なんと、僕はこれから両手を握らないといけなくなる。
「あ、演良…そういうことだから…」
「ん。どうぞ、蕗乃ちゃん?」
「う、うむ、失礼する。…わ、大きい…」
「蕗乃ちゃんの指はすべすべだね」
「すべっ…」
蕗乃ちゃんの指の感触を伝えると、彼女は顔を赤くして押し黙った。そして、僕の手を見つめながら、ぼそっと、「余も…」と呟いた。
「余も、そっちがいい」
「そっち?」
「余とも、恋人つなぎをして欲しいのだが…駄目だろうか?」
「んーん、勿論。ほら、どうぞ」
「お、おお…これが、恋人つなぎ…すごい、演良の指と余の指が絡まり合って…これは、何と淫靡な…だが、不思議と悪くない」
指を絡ませると、蕗乃ちゃんは顔を赤くさせながらも、にんまりと笑って、満足げにしている。こうして彼女を喜ばせられることは羨ましいのだが、両隣に女の子が、しかもとびきり格好良い子と美しい人がいるものだから、なんだか僕まで緊張してきてしまう。そしてそれは、蕗乃ちゃんも久瑠々先輩も同じようで、横目に見る彼女たちの頬は、まるで紅葉しているかのようだ。
どことなく、恥ずかしくも心地よい気分になっていると、不意にぞくりとする視線を感じる。その主は、エルヴィラらしい。
「…彩嗣と手を握ってられるなんて…羨ましい…」
「…私はすぐにでも変わりたいですが。正直、脳がもうパンク寸ぜ…ごほん、高貴たるこの私が、殿方と手を繋ぐのは良くはありませんので!」
「なら交代して欲しい」
「…ま、まあ? ルールとして、命令は絶対ですし? 変わってあげたいのは山々ですが、流石に…ねぇ、芽唯さん?」
「…手繋いでたいならそう言えば良いんじゃないですか?」
「え、冷たい」
しどろもどろになっている久瑠々先輩に、芽唯は冷静に突っ込む。やっぱり、芽唯と久瑠々先輩は仲が良いのだろうな。
手を繋ぐという命令が遂行されたので、ゲームは次のターンに移る。用意されたくじを、四人はそれぞれ引いていく…のだが、ここで問題が発生した。
「…僕は、どうやって引けば良いの?」
「あ」
「…確かに、命令が絶対である以上は、彩嗣は手を出せない。…これは、詰み」
蕗乃ちゃんと、久瑠々先輩と手を握っているものだから、僕はくじを引くことができない。どうしたものかと悩んでいると、蕗乃ちゃんが「まあ、考えても仕方あるまい」と、くじを引きながら言う。
「余ったくじが演良のもので良いだろう。王子様は誰か──お、余だな。して、どう命令したものか…」
どうやら、蕗乃ちゃんが当たりを引いたらしい。残りのくじをちらりと見るけれど、僕が何番なのかまでは分からない。
考え込んでいた蕗乃ちゃんは、「さて、やるか」と言って口を開く。彼女の頭には、金色輝く狐の耳が生えてきていた。
「…これでは不平等だからな。余が、ここに安寧をもたらすとしよう。どれ、狐の感覚を研ぎ澄ませば…なるほど、了解した。王子様、否天妖の狐皇子が命じよう、この遊戯の終焉まで一番と三番は四番の膝に乗る!」
「…私が三番だ」
「わ、私いちばんだ!」
「私は二番ですわね。…と、いうことは」
「…え、四番僕?」
「は、狐の予知に外れなし!」
蕗乃ちゃんは、誇らしげに胸を張っている。…どうやら、手を繋いでいない芽唯とエルヴィラが、僕の膝の上に座ることになるらしい。
「…では、失礼する」
「わー、これ何年ぶりだろ…」
二人は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、遠慮がちに僕の膝上に乗る。これで、僕は右手を久瑠々先輩と、左手を蕗乃ちゃんとつなぎ、膝の上には芽唯とエルヴィラを座らせたことになる。
「お、重くない?」
「…大丈夫、彩嗣?」
「大丈夫大丈夫、まるで羽毛のように軽いよ。…ただ」
「ただ?」
「ものすっごい恥ずかしいね」
「あはは…」
実際に、右手には久瑠々先輩の、きめ細やかでさらりとした指の感触が伝わり、うっすらと横を見やると、久瑠々先輩の美しい瞳が伏し目がちに僕を眺めている。左手には、蕗乃ちゃんの、すべすべで肌触りがとても良い手の感触があって、彼女の瞳は情熱的に僕を見ている。膝の上には、芽唯の柔らかな脚と、エルヴィラのなめらかな脚が触れ、正面には、芽唯の少し照れてはにかんでいる顔と、まっすぐ僕を見つめる途方もなく綺麗なエルヴィラの瞳が見える。何処を見ても素敵な女の子で、どっからか花のような匂いまでしてくるものだから、僕はもう完全にショート寸前だった。
すると、満足げなエルヴィラが、「では次、と行きたいけれど」と言い始める。
「このような状態では、ゲームを続けるのは難しい。…だから、今個別命令をしよう。彩嗣、貴方が王子様」
「え…? それって、もしかして」
「…余らのうちの誰かに、直接命令を下して良いと言うこと」
「…私は賛成!」
「…私も、やぶさかではございませんわ」
「もちろん、余も賛同者だ」
「…多数決で、貴方は王子様になった。だから、私たちに、命令を下して欲しい。…どんな命令でも、問題はない」
エルヴィラが、僕にささやきかける。どうやら、僕は半ば強制的に、王子様にさせられてしまったらしい。
すると、四人が、僕に甘くささやく。
「なんだっていいんだよ、あくくん。手を繋ぐ以上のこと、例えば…ハグでもいいし~」
「…接吻だとしても、私ならできる」
「あ、演良がやりたいというのなら…余は、何だって受け入れようぞ!」
「さあ、誰を選ぶのです、演良さん? 私だって、どんなことでも受け入れますわ。なぜなら、貴方ですもの。さあ、お選びになって…?」
「ぼ、ぼくは…」
四人に誘惑されていると、突然、がらりと扉が開いた。そこに立っていたのは…
「な、なな…文芸部室で何やってんのよ!」
「…とりあえず、皆さん正座」
「…はい」
真っ赤な顔をした世々川さんと、青筋を立てて笑顔で怒る大丸さんだった。
これが、文化祭のバンドパフォーマンスの前に起きた一つ目の事件、王子様ゲーム事件だ。結局この後、僕らは大丸さんに大説教を食らうのだが、それはこの先に待つ二つの事件とは、然程関係はないことだ。




