バンド結成と王子様
少々遅れて申し訳ございません。現状は、この作品は毎日投稿を目標としています。
「と言うわけで、バンドをやりたいんだけど…皆、興味あったりする?」
「…バンド?」
朝、家から出てきた彩嗣は、開口一番にそんなことを口走った。隣の瑪奈川は、「いつの間に先輩とそんな仲に…」と驚いている。
「…来望と会ってみなければ分からないけれど」
「…だよねぇ」
「うーん、でも先輩めったに学校こないしなぁ」
瑪奈川から、部活の部長が不登校だ、と言う話は聞いていたが事実だったのか。しかし、学校に来ないこと自体の是非はともかくとしても、流石に部長の立場の人間は恒常的に学校に来た方が良いと思う。
「…仮に、バンドをやる場合、彩嗣は参加するの?」
「もちろん、先輩との思い出作りだしね」
「そう。…だったら、私は参加しよう」
「ほんと? 嬉しいな、ありがとう」
「…前々から、彩嗣とは一緒に何かやりたいと思っていたから。あと──私が断れば、彩嗣とその来望という女性は二人きりになる。それは、少し嫌」
「…照れるなあ」
彩嗣は、私の発言に顔を赤くしている。もし仮に、彩嗣と一緒にバンドをやるのが瑪奈川なら、身を引くことも考えるけれど、正直話を聞く限りではそこまで来望という人物に好感を持てない。
昔、子どもの頃に会っていた──と言う彩嗣は、嘘をついているようではなかったけれど、ただ、何かを隠して言うようにしていたし、少しだけ手が震えていた。例えば何か、強引に迫られたとか、そういった可能性も否定できない。彩嗣は優しいから、そうなっても女性を庇うだろう。だから、私が側にいて眼を光らせなければいけない。──もし杞憂だったら、そのときは、来望に謝ろう。
「エルちゃんやるんだったら私もやろっかな、でも私楽器やったことないんだよねぇ」
「大丈夫、僕もやったことないよ」
「…なぜバンドを提案したの?」
「うーん…ノリ?」
「えー…」
彩嗣の返答に、瑪奈川はがっくりと肩を落とす。まあ、彩嗣が半ば勢いで動いていることは今に始まったことではないし、そんなことだろうとも思っていた。ただ、音楽、と言うところが気にかかる。
「…その来望は、何か楽器は弾けるの?」
「もちろん。しかもさ、作曲までできるんだよ! なんたって久瑠々先輩は『ぐるりん』だし…あ」
「え?」
「…ぐるりん?」
「…これ、口止めされてたんだった…」
彩嗣は、しまった、と言って口を押さえるが、既に遅く、瑪奈川は「うそ!?」と声を上げ、私も考えが追いつかない。『ぐるりん』の曲は、最近聴き始めたけれど、『DEEP・OVER』『BLOOMS』『春と海と演劇』辺りはかなりはまっているから、まさかその人が私の身近にいたとは思いもよらなかったし、かなり驚きだ。
「彩嗣、それは本当なの?」
「いや、まあ、うん…そう、だね」
「へえ~、そうなんだ。たしかに、曲作ってるとか、匿名で投稿してるとか言ってたし、ぐるりんさんの曲目の前で褒めたら凄い嬉しそうにしてたけれど…まさか、ぐるりんさんだったとは」
「…それは、気づけたのでは」
「そうかも」
結局、三人で色々と、音楽のことについて話しながら歩いていると、校門前にリムジンが止まっていた。人だかりができていて、がやがやと騒いでいる。
「あれ…なんか、多いな」
「…なんか、予想つくんだけど」
薄々と、点と線が繋がっていくような予感がしたが、その予感は的中した。リムジンから、一人の女性が降りてきた。青い髪を揺らしながら、にこやかに「ごきげんよう」と挨拶する彼女に、周りは沸いている。ちらりと見えたその顔は、同性の私から見ても相当に美しいけれど、彩嗣と瑪奈川の反応は異なっていた。
「久瑠々先輩だ」
「あ、くるちゃん先輩」
「…あれが、件の来望か」
来望がこちらをちらりと見て、一瞬驚いた顔をしたけれど、彼女は踵を返して学校へと消えていった。
彩嗣と瑪奈川が、呆気にとられているようだ。なるほど、確かに久々の登校にしては手慣れている。名家の血筋という奴だろうか。ただ、やはりなんというか、あのような美人が、彩嗣と親密になっていたのは、少し複雑な気分だ。有り体に言えば嫉妬してしまう。
「…呆けてないで、教室へ行こう」
「あ、うん」
「…先輩、本当に学校に来てるんだ。あく君はやっぱり凄いな」
このとき、私は彼女のことを、『不登校だけれども、良家らしく品のある人間』だと思っていたけれど、その予想は、すぐに覆される。具体的には、放課後に。
「…え? 私が『ぐるりん』であること、言ってしまったんですの?」
「あ、その…はい、すみません。先輩が凄いって事自慢したくて」
「なっなな…口が軽すぎませんこと?」
「面目ないです」
「…もしかして、あのことまで言っていませんわよね?」
「…ええと、どのことでしょう?」
「私が、スト…どうでも良いですわ! とにかく、金輪際そのようなまねはしないでくださいな!」
世々川も文乃もいないということで、何故か文芸部室で、私と瑪奈川、彩嗣は来望と対面していた。最初は、極めて萎縮していて、「…あ、く、くるもちくるるです…」と言っていたので、あまり人付き合いが得意ではないのかと思っていたけれど、『ぐるりん』の事に言及したとき、彼女はかなり態度を変えた。かなり声は大きくなり、彩嗣に対して、語気が強くなっていた。
ただ、彼女の言いかけた、「スト」という言葉が、気にかかる。彩嗣が来望のことを言及したとき、僅かに見えた恐怖の感情、隠し事、それらが一本に繋がった。
「…ストーカー、と言おうとしたの?」
「…え、なんでそれを…あ」
来望の顔が、蒼白としていく。ただ、彩嗣は、気まずそうにしているけれど、その眼には優しさがある。
「…貴方は、彩嗣のストーカーだったの?」
「…はい、その通りですわ。言い逃れは致しません」
「そう。…まあ、それが聞けたら良い」
「え?」
「彩嗣との間で、話がついているのなら、問題はない。…まあ、リーダーとの間に蟠りがなければ、バンドに不和はないだろう」
「り、リーダー…?」
「バンドをやるんでしょう?」
「な、な…」
来望は、わなわなと震え始めた。
「あ、あなたも、バンドに…?」
「ええ。あと、瑪奈川も」
「うん、くるちゃん先輩となんか一緒にやりたかったしぃ」
「み、皆さん…ありがとうございます! 必ずや、成功させましょう!」
「はは、良かったですね、久瑠々先輩」
「ええ! 文化祭で、バンド…ちょっと陽キャすぎますけれど、皆で頑張りましょう!」
「ええ。…まあそれはそれとして、ストーカーの件の次第は聞かせて貰う」
「う…」
とにもかくにも、私たちの、文化祭のためのバンドはこの日、動き始めた。しかしながら、このバンドが、学校を大きく巻き込む大事件を勃発させることになるのだけれど、この時はそんなこととは露も知らなかった。
☆
あの一件以降、文芸部室はなぜか、演良達の溜まり場になった。とはいえ、世々川もそれは了承しているし、何より余が、演良と会える頻度が上がるから嬉しいので、些細な問題だ。
今日は、文芸部室に特に用はなかったけれど、何やら演良が話をしているようだったので、覗いてみた。すると、どうも儀式を行っているように見えた。
「…じゃあ、一番は二番をハグ!」
「一番私だ」
「二番は私。瑪奈川、手を広げて」
「え、ちょ、早くない?」
「…瑪奈川は、私とハグをするのが嫌?」
「え、そんなことないけど…」
「じゃあ早く。そもそも王様の命は絶対」
そこでは、机を囲んで座る演良と芽唯、エルヴィラ、それともう一人、恐らく上級生が、小さな、アイスにくっついているような棒を片手に騒ぎ合っていた。
エルヴィラが芽唯に言い寄って、二人がハグをしていた。…二人は演良のことを好いていたと思っていたけれど、どうなのだろう。それとも余が知らないだけで、普通の学生は同性同士でハグなんかするのだろうか?
「…これは、どんな催しだ?」
「あ、蕗乃ちゃん。部屋借りてるよ。今はね、王様ゲームやってる」
「…おうさまげーむ? 随分と珍妙だな」
「うん、えっとね…」
「待て。あてる」
余は演良の言葉を制して、おうさまげーむとやらを考察する。王子様、という言葉でないことから、演良考案のオリジナルな遊戯ではなさそうだ。先ほど聞こえてきた番号、それと命は絶対というエルヴィラの言葉。そこから導き出されるのは、つまり。
「棒を使ったくじで、王を引いたものは他者に命令でき、そしてそれは棒の番号でなければならない…違うか?」
「わ、正解。ふっきーちゃん凄いね!」
「ふっ、余は天妖の狐よ。人の子の嗜む遊戯など、このフォックス・センスが詳らかにしてくれようぞ!」
「…え、何ですのこの人? ちょっと怖いのですが」
余が胸を張って、賛辞を一身に浴びていると、上級生らしき人間が口を挟んでくる。彼女は、余を見て驚いたらしい。やれ、自己紹介といこうか。
「ふっ…余は、天妖の狐こと、魔法エージェント・文乃蕗乃! 嘗て闇の眷属との戦いに勝利し、この世界に安寧をもたらした者なり。そこにいる不撓の皇子・演良、金剛の女帝・芽唯、焔の破壊者・エルヴィラとは、光陰の戦争にて生死を共にした戦友にして同志である!」
「え~っと、つまり演良さんと芽唯さん、それにエルヴィラさんとお友達であると言う認識でよろしいのですか?」
「うむ。して、そこなる御仁は? 真名を隠したき事由があるのなら、この狐が世を忍ぶ假の名を与えてやらぬでもないぞ?」
「ええっと…私の名前は来望久瑠々ですわ、よろしくお願いしますわね、蕗乃さん」
「応、よろしく頼むぞ!…で、なぜ王様ゲームという遊戯を?」
「あ、それはね…」
余の問いに、演良は簡潔に答えてくれた。曰く、文化祭にて、この四人でバンドを組むのだとか。そして、その四人で親睦を深めるために、王様ゲームをやっているらしい。
提案者が誰かは知らないけれど、多分芽唯かエルヴィラだろうな。斯様なゲームであれば、自然に演良とふれあえる。なんだったら、手を繋ぐことすらできるというわけだ。これは、やらぬ訳にもいかぬ。
「ふむ…では、余もそのバンドに参加させていただけぬだろうか?」
「え、蕗乃ちゃんも?」
「ああ。実は余は、人形の館の訓練によって、音楽も多少可能だ。一応、音楽家として、闇に汲みせし貴族どもの会合に参加したこともあるしな」
「そうなんだ、それは心強いね」
「…まあ、なんだ。余も、普通の学生のように、文化祭を楽しみたいしな。それに、演良が好きだから同じ事をやりたい」
「なっ…」
四人は、顔を赤くしてる。…それほど、恥ずかしいことは言っていないつもりなのだが。
「そっか…うん、歓迎するよ蕗乃ちゃん。…あ、先輩どうでしょうか? 悪い人じゃないのは保証できるんですけど」
「うーん…」
すると、久瑠々は押し黙り、腕を組んで何かを考え始める。…流石に、つい先ほど見知ったばかりの人間が、自身の作るバンドに入るのは、抵抗があるのだろうか。
「…無理は承知している、仮に参加できぬとしても…」
「さすがに困りますわね」
「…で、あろうな」
「四人に比べて五人では、できる音楽の幅が、広がりすぎますから…どのような曲を作るか考えただけで、胸が躍って困りますわね」
「と、言うことは…」
「ええ、これから頑張りましょうね、蕗乃さん」
「…ありがとう、久瑠々! これからよろしく頼むぞ、ザ・ファイブ・ファンタスティック・フォックスとして」
「そのバンド名は認めませんが」
結果として、余はこの後、文化祭でバンドとして、壮絶なパフォーマンスをすることとなる。ただ、その前に二、三語るべき大事件がある。そしてその一つが、これだ。
「…では、余も王様ゲームに参加させて貰おう」
「お、いいねぇ~、いまくじ作るね」
「ありがとう芽唯。して、一つ思ったのだが…」
「なにかな?」
「…折角だから、呼称は王子様ゲームにしよう。あと、演良が王子様になったときは…一回だけ、個別指名を可としよう」
「え」
「なあに、この部屋に其方のことを嫌っているものはおらんし、余は其方と触れあいたいからな。どうだ、芽唯、エルヴィラ、久瑠々。やるか?」
すると、三人は覚悟を決めたように頷いた。
「もちろん!」
「とうぜん」
「やらせていただきますわ!」
「え、僕の意見は…?」
そして、余達のバンドにおける、一つ目の事件が巻き起こるのだ。




