プレゼントと王子様
「“ソード”“スピア”」
「“発破”!」
私が撃ち出した剣と槍が、奴の能力で防がれる。恐らく、彼の持つ能力は、爆発。自身の体を爆発させているのではなく、あくまで掌を通して空気を爆発させているらしい。
私の能力─“プレゼント”は、“メタリックメイド”。鉄を作り出す能力。金属でできてさえいれば、大抵の物は創造できる。
「…よく見ると、あなた朝にぶつかった人だよねぇ」
「あ? あー、んな事あったっけか。悪いが、女子供の顔なんざ一々覚えちゃねんだよな」
「…品性ゼロじゃん。“アサルト”!」
よく見てみると、この男の姿は見覚えがある。朝、私にぶつかってきた人だった。悪い予感がしたのは、このことだったのかもしれない。
アサルトライフルを出現させて、奴に向かって放つ。
「蜂の巣になれ!」
「チッ“大発破”」
奴の両手から、巨大な爆炎が上がる。
「…近代兵器ぐらいじゃあ、俺には勝てねえよ」
「そう。空気を爆発させる程度の“プレゼント”にしては、大きなことを言うんだね」
「テメェ爆発の怖さ知らねえだろ、人類で一番の脅威が何か知ってるか?」
男の後ろで、爆発が起こる。男の姿が消えた。一瞬にして。
「どこに」
「─爆弾だよ!“炉弩爆指”!」
男は、私の後ろにいた。男が手を伸ばし、爆発が起こる。私のすぐそばで。
「いくら能力者とはいえ、差は歴然だ。何せ俺は、キルループで鍛えているからなぁ」
「…で?」
「ッ!?」
男は驚愕した顔をしている。鉄を背中側に出現させて仕舞えば、この男の爆破は防げるらしい。
「賭けだったけどね。…あなたの能力が、私より下でよかった」
「…舐めたこといってんじゃねえ」
「“アサルト”“ショット”“ロケット”“ソード”“スピア”“アックス”…“ラッシュ”!」
「な!? くっ、“発破”“発破”“発破”ァ!!」
私が今作り出せる、全ての武器を、敵に向かって射出する。男は、爆発を繰り返すが、物量には耐えきれない。
「がはっ…」
「“カノン”」
大口径の砲を出現させ、男に向ける。
「…あくくんを殺したこと、絶対に許さない」
「…チッ、強い奴もいんじゃねえか、社長…」
口径が大きければ、発射時の音も大きい。轟音と共に、銃弾が、男の体を貫く。
この男を殺しても、気は晴れない。何か、大切なものを失ったような気はする。もちろん、私にとって一番大切な王子様は、もう既に喪っているけれど。─それでも。
「仇は、とったよ… あくくん」
あたりを見ると、悲惨な光景が広がっている。泣き叫ぶ人、燃え上がる建物。もう、空は暗くなって、月が輝いている。
「…月、か」
月を見ると、あの日のことを思い出す。あくくんと私の、大切な思い出。
確か、小学校の─3年生の頃だったろうか。家が近く、年も同じだった私とあくくんは、幼い頃から友達だった。最初に会った時は、今みたいに王子様じゃなかったけれど。
彩嗣家と、瑪奈川家でキャンプに行った時だった。私たちは家族ぐるみの付き合いだったから、一緒に行くことになった。
夜。私は、あくくんと弟と一緒に、山の中に入って行った。弟は、その時虫取りが好きだったから、昼の間に仕掛けた罠を見に行ったのだ。
今思うと、子供だけで行かせることをお母さんが許していたのだから、あの森は小さなものだったのだろう。けれど、その時の私にとっては、とても大きな迷宮のようだった。上を見ると、大きな木に空が埋め尽くされ、下には草が生い茂っていた。いつもと違った場所だからだろうか、私は気がつくと逸れてしまっていた。
「あくくんー、めあくんーどこ…?」
二人と逸れてから、少しの間は二人を探していたけれど、子供の体力だ、すぐに私は蹲ってしまっていた。その時は空も曇っていて、ほとんど真っ暗だったから、途方に暮れて、木の根っこの方で座って泣いていた。
「誰か、助けて…」
そんな時に、あくくんは、まるで王子様の様に現れたのだ。
「助けに来たよ、お姫様」
「あくくん…?」
あくくんが、泣いている私に手を差し伸べてくれた。そしてその時、雲が晴れて、月の光があくくんを照らした。まるで、宇宙からのスポットライトのように。
その時からあくくんは、私にとってたった一人の、王子様だった。
今となっては、何も知らないかのように、輝いている月に、思うところがないわけではないけれど。
「…あくくんは、覚えてる? あの時も、こんな…夜だったよね。あくくんは、いつも王子様になりたい、なんて言ってるけどさ。…私にとっては、あくくんはずっと、王子様だったんだよ。泣いてた私を見つけてくれた、あの日からさ。」
あくくんの体は、もう冷たい。あくくんは、何も答えてくれない。当然だ、もう死んでいるのだから。けれども、次の瞬間には、ひょっこりと起きて、いつものように可愛いって、言ってくれないかな、なんて思ってしまう。
「こんなことなら、告っとけばよかったなぁ」
ざわり。背筋が震える。足音と、血の音。背後で、した。それは、つまり。
「あの世でしろよ、クソガキが」
まだ、生きていた。ぐちゃり、と音がする。
☆
真っ白な、空間。何もない。確か、今日は、ユスタにいたはずだ。それで、僕は、確か。
「瑪奈川芽唯を、助けたはず。だよね?彩嗣演良」
「あなたは…? ずいぶん、綺麗な身なりをしているけれど」
目の前に、小学生ぐらいの、子供が現れた。どこか、見覚えがあるような気がする。けれど、僕に金色の髪をした、雪のように白い肌をした子供の知り合いは、居なかったはずだ。
落ち着いてみると、周りも変だ。真っ白だけれど、ところどころに、刃物が刺さっているし、なにやら大きな穴が空間に浮いているし、上の方からは、血が垂れている。あまり、気持ちのいい景色ではない。けれど、どこか、それは綺麗だと、思った。
きになる?、と子供が言う。もちろん、気にはなる。けれども、今の気がかりはそこではない。
「…僕は、死んだんですか?」
「…」
子供は、目を伏せて言う。ぎゅっと手を握って。
そうか、僕は死んだのか。自分が死んだと言うことなのに、どこか他人事のように感じられた。実際のところ、まぁ、あんまり現実感はない。そして同時に、強烈なまでに、自身が死んだと言う現実は理解できていた。
「あの世って、あったんだなあ」
「いや、ないよ」
僕の感嘆を、彼はすぐさま否定する。とても、軽い口調で。
「…じゃあ、ここは? あの世じゃないなら、何なんでしょうか」
「ここは、まだ、生死の狭間だ。正確に言うと、僕と君の共有する仮想概念領域なんだけど、まあ難しいことは抜きだ。…さすがは、あいつの魔法だな」
最後の方は小さくてよく聞き取れなかったけれど、どうやらここはあの世とかではないらしい。それはつまり、まだ死んでいないということなのか。少年に聞くと、どうやらその通りで、ぎりぎり死に切ってはいないらしい。けれども、それも時間の問題で、今は魂がしがみついている段階らしい。
「じゃあ、どうにかすれば生き返れる。…どうすれば、僕は生き返れますか」
「…君は、どうして死にたくないんだ? 生きていても、良いことがないかもしれないのに? 友人に看取られるのは、幸せなんじゃないか? 世の中には、無様に死んでいく人間なんていくらでもいるのに」
死なたくない理由? そんな物は、決まっている。僕が、王子様になるって誓ってから。ずっと、芽唯は、僕にとってはお姫様のような存在だ。きっと僕は、彼女のことが好きなのだろう。それが、恋愛なのかどうかはわからないけれど。だから、答えなんか決まっている。
「愛する人を悲しませる王子様なんて、この世にいる訳がないでしょう?」
「…だよね」
子供は、少し笑った。そして、僕に近づいて、僕の心臓のある辺りを触って、口を開いた。
「安心して。君は死なない。…あいつからのプレゼントが、きっと君を助けるよ」
子供がそう言うと、彼の姿は消えた。そして、真っ白な空間が、一気に真っ暗に変わって、今度は一人の少女が現れた。
少女は、僕をみると驚いた顔をした。けれども、すぐに無表情になって、どこからかプレゼントボックスを取り出して、掲げた。
「貴方に、“プレゼント”をあげる。名前は、“アンリミテッドアンデッド”」
そう言うと彼女は、箱のリボンを解く。中から、赤色のもやのようなものが飛び出してくる。そして、それは僕の体の中に入ってきた。
どくん、と心臓が動き出す。頭の中に、情報が流れ込んでくる。僕が貰った、“プレゼント”の名と能力の情報だ。
そして、後ろに引っ張られるような、あるいは、後ろが下になって落っこちてゆくようなそんな感覚を覚えながら、急速に意識を失っていった。
薄れゆく意識の中で、少女が最後に放った一言だけは、なぜかはっきりと聞こえた。
「ボクに会ったら、よろしくね」
目が覚めたら、僕の目の前で芽唯が泣いていた。そして、その向こうで、芽唯に手を伸ばす男の姿が見えた。
咄嗟に、芽唯の前に出てその手を掴む。ぞっとするほど冷たかった。
「おはよう、芽唯」
「あ、あ…あくくん!」
芽唯を泣かせちゃったな。あんまり、王子様としては女の子を泣かせるのは好みじゃないんだけど、まあ死んでたししょうがない。
あまり泣いているところを見るのは良くないな、と思い、芽唯から目を背けようとした時、それが目に入った。芽唯についた、傷。怒りが自身の心を支配していくのが、はっきりと分かった。
「あなたか?」
「あ?」
僕は、目の前の男を全力で殴った。腕から変な音がして、血も出たけれどそんなのは気にならなかった。
芽唯の身体に、傷をつけた。それを許すなんて、王子様ではない。この男は、もう大嫌いだ。
「芽唯の体に傷を負わせるなんて、絶対に許さない」
「強者が弱者に蹂躙されるなんざ当たり前だろが」
「…強いだの弱いだの、そういうのはテーマパークの外でやってください」
「ガキが一丁前に説教を垂れるなよ」
起き上がった男が、僕に向かって手を伸ばす。そして、発破と叫ぶと、爆発が起こる。
「あくくん!」
「はっ、うるせぇガキどもだが…やってやったぜ。これで今日の殺人数は38! いよいよ俺も『いちばん』になれ…!?」
爆発が僕の身を包む。まるで全身に熱した鉄の塊を押し付けられているかのような熱さと、押しつぶされるような痛みが身体中を迸る。けれど、芽唯を傷つけられた怒りの前では、こんなもの些細だし、実際に能力の関係上些細なダメージだ。
「うるさいな。あんまり嫌いな人の声は聞きたくないんだ」
「なんで生きてる?」
「さぁ? 貴方の力が弱いからなんじゃないか?」
「てめぇ…!」
もちろん、爆発されても何も無かったのは、僕の持つ“プレゼント”が、死なない能力だからだけれど、この男は頭に血が昇っていてそれに気づけていない。
「芽唯、待ってて。とりあえず、あの人なんとかしてくるから」
「…あくくん」
さっき感じた、手の冷たさ。そして、この男の攻撃方法。直接触ってから爆発させることをしてこない。辺りの景色をちらりと見ると、あれが目に映る。しめた、このままいけば、滅茶苦茶痛いし辛いけど、この男を無力化出来るはずだ。
「子供2人殺せないなんて、愉快な能力ですね」
「…てめえは惨殺だ!」
男が、怒髪天といった様相で、僕を睨んで大声を出す。
…なんと言うか、凄く幼稚に見える。もしかしたら、この人にも悲しい過去があって、彼を凶行に及ばさせるに十分な悲劇はあったのかもしれないけれど、果たして学生に煽られて本気になるものだろうか? おかげで、作戦を実行し易いのはありがたいけれど。
「できるものなら、してみてください」
僕は、男に向かって近づいていく。
「さあ、どうぞ。あなたの能力では、どれだけやっても僕は殺せませんが」
「いちいち癪な野郎だな、てめぇはよ…!」
男が、僕に向かって何度も爆破を仕掛ける。僕は、それをただ受ける。ただ受けて、ただ前に進む。
「なぜ死なねぇ…!」
「“王子様”は、死んではいられないんだ」
前に。前に。死ぬほど熱いし、死ぬほど痛いし、死ぬほど辛い。けど、死なないから進む。だんだんと、男が後退りしていく。あと少しだ、あと少しであそこに辿り着く。そこまでさえいければ、僕の勝ちだ。
怒っていた男は、段々と怯え始めている。心なしか、技名─必要なのだろうか?─を言う声も、震えているように聞こえる。
「怯えているんですか?」
「ふ、不死身のバケモンかよてめぇ!?」
「…化け物は貴方だ。大勢殺して。…ほら、もう僕の間合いだ。殺されたくないのなら、大技の一つでも出してみなよ」
「こ、殺してやる! “超々天爆鏖”ィ!」
今までとは比べ物にならない気配。けれど、僕の頭は不思議と冴えていた。彼の一挙一動が、はっきりわかる。どう動けば良いのか、どこを狙えば良いのか。まるで線をなぞるように、体が勝手に動く。最善の方法で。
「倒れるのは、あなたの方だ」
全力で、顎に掌底をぶつける。武術なんてやってこなかったから、酷いものだろうけれど、隙だらけのこの人にならば、通用する。
「がはっ…!?」
そして、男はのけぞり、足を滑らせ─後ろにある、池へと落っこちた。
ぼちゃん、と大きな音がする。仮説の通りならば、これで彼は無力化出来るけれど。
ぼこぼこっと、大きな泡が出てくる。一気に息を吐いたようだ。まあ、多分、ちゃんと溺れてくれるだろう。
「ふぅ… 慣れない事、するもんじゃないね」
力が抜けて、倒れ込んでしまった。そのまま寝転んでみると、もう夜だ。星が煌めいている。
「あくくん、あいつは…?」
声をする方を見ると、芽唯だ。…なんだか恥ずかしいところを見せてしまったので、とりあえず状態を起こす。あんまり、寝転んでいる姿は見せたくない。面映いから。
「とりあえず、池に落っことした。たぶん、もうそろそろ気絶するんじゃないかな。死ぬ前には引き上げるつもりだけど」
「…池に?」
「うん。ほら、彼の能力って、手で触れた“空気”の爆破っぽかったでしょ? その分、体の耐久が異常なんだ。だから、爆発させるモノがなくて、耐久無関係に溺れる水中に押し込んだらどうかと思ったんだけど、正解だったみたいだ」
「…あくくんは優しいんだね。私は、殺そうとしちゃったし」
芽唯は、項垂れてぽつりと呟いた。けれども、多分芽唯が殺されてたなら、僕も冷静ではいられなかったかもしれない。
「…僕のために怒ってくれてありがとう、芽唯。それに、“王子様”には悪人を殺すなんて大それたことはできないよ、僕にできるのは…」
僕は立ち上がって、芽唯に手を差し出す。
「お姫様を、笑顔にさせるぐらいだよ」
「…あの時と同じだね。あくくんはやっぱり、かっこいいなぁ」
芽唯の手を引く。じんわりとした温かさが、少しだけ心地いい。
何を言うでもなく、見つめあって。そして、ほとんど同時に、抱き合った。
「心配したんだから。死んじゃったんだって」
「ごめんね。でも大丈夫。僕はもう死なないよ。“王子様”は死なないんだから」
「うん…」
「それに、芽唯は笑ってる姿が一番可愛いんだから。泣かせるなんて、絶対しないよ」
「…やっぱり、あくくんに可愛いって言われるの、嬉しいな」
「はは、ならこれから何度だって言うよ」
その時感じていた、早まる鼓動が、僕のものなのか芽唯のものなのかはわからない。けれど、多分、僕らは互いに、互いのことが好きなんだと、そう思った。
「それじゃ、帰ろうか」
「うん…まあ、警察とか病院とか色々あるんだろうけど」
「あ、そっか。…はぁ、家に帰るの何時くらいになるかな」
「あ、私のお母さんは朝帰りでも良いって言ってたな」
「…はは」
「…まったく、おせっかいだよねぇ」
「そうだ、芽唯。ちょっとあげたいものがあるんだけど」
「なあに?」
僕は、側に転がっていた鞄の中から小さな紙袋を取り出す。ユスタのマークがついた、可愛い装飾がされている。勿論、芽唯の方が断然可愛いのだけれど。
「これ…ラスキーのキーホルダー?」
「そう。ほら、芽唯好きだったでしょ?」
「うん…ありがとう、大事にするね!」
ラスキーは、とある映画のキャラクターで、もふもふとした犬のような愛くるしい姿が人気だ。芽唯が結構好きなキャラクターで、芽唯がラスキーの着ぐるみに抱きついていたときなんかはもう、可愛すぎて気絶するかと思った。
「あと、その、嫌だったら、全然良いんだけどさ…」
「うん?」
「その、それ、僕とおそろい、なんだよね。いや、なんかプレゼント贈っといて自分も同じの買っておそろいにするのってなんかちょっと気持ち悪いと思うんだけれど、その、ペアで売ってて…なんか、こういうの、いいなって思って」
「…あはは、そんなの気にするわけないじゃん」
「…そっか、よかった。芽唯は可愛いだけじゃなくて優しいね」
静寂が、僕ら二人を包む。芽唯がどんな顔をしているのか、恥ずかしくて見ることができない。けれど、その声──勿論声も可愛い──を聞くに、嬉しそうにしていると思っても、いいのかな。