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お出かけと王子様

 僕は、日常が好きだ。朝起きて、あまり仲が良いとは言えない父と会話をして、幼馴染と友達と一緒に、話しながら学校に行く。授業中にこっそりと寝ている友人と、彼を起こそうと苦心する別の友人を眺めながら、授業を受ける。昼休みには、楽しく笑いながら、ご飯を食べる。放課後は、笑って家に帰る。時折、休日にどこかに遊びに出かけたり、下校するときに寄り道して、キッチンカーのスイーツを食べたりする。そうやって、いっぱい笑って、時々泣いて、なんてことない普通の日々を、特別な日々にしていく。そんな日常を送るのが、僕は大好きだ。

 だから、蕗乃ちゃんにも、そんな日々を過ごして欲しい。普通に友達と登校して、普通に授業を受けて、普通に部活をして、普通に下校したら、後はなんだってできる。そこには、命を失う危険もないし、血を流すこともない。ただ普通に笑って生きて、普通に恋をして。そんな日々が、蕗乃ちゃんにはあるべきだ。


「だから、“Dolls”を解体してください」

「…君の言いたいことはよく分かる。が、脅威が現実にある以上、それはできない」


 “Dolls”のリーダーらしい、司令という人──見た感じ、小学校高学年に見える──は、僕の言葉にぴくりと眉をひそめた。それから、冷たい眼差しで僕を見ながら、「我々には大義がある」と続けた。


「魔学徒は、現在の人類文明の破壊を目論んでいる。それに対抗する組織は我々だけだ。確かに、僕も11才、年齢的には子どもだ。F2──文乃も、学校に通っている。そんな境遇の少年少女を、生死も危うい現場にかり出すなど狂気の沙汰としか言い様はないだろう」

「だったら…」

「だが。我々以外に、奴らに対抗できる組織は存在しないんだ。なにしろ、魔学徒は国家に根を張っている。奴らの数を二人にまで減らすことはできたが、依然それは続いている。つまり、非公認の、それも極小規模の組織を持って撃滅せねばならない」


 司令と名乗る少年は、口を固く結んで、防止で顔を隠す。その言葉の節々から、彼もまた、苦悩しているのだと分かる。

 けれど、だったらなおさらだ。こんなことは、学生に背負わせて良い宿命じゃない。


「…だったら、僕が協力します」

「一般人に協力を願うほど、僕らは落ちぶれては──」

「落ちぶれているでしょう!」


 僕は、大きな声を出して司令の話を遮る。彼も、蕗乃ちゃんも、目を見開いて僕を見る。


「指導者も、現場で戦うエージェントも! 蕗乃ちゃんから聞きました、今戦えるエージェントは二人だけ。けれど、魔学徒の生み出す魔獣は毎日のようにどこかで人を襲う。そのせいで、魔学徒の所在の捜索に人員は割けない! だから、ただ目の前の敵を倒していくしかない。そうやって、徒に時間と資源と、人間を消費していくだけ。…この有様を、どう考えれば落ちぶれていないと言えるんですか」

「…そんなこと、言われなくても分かっている」

「いいえ、分かってません」


 司令は、僕を睨みつける。彼の眼光は突き刺すようで、はっきり言って怖い。あんな小さい子が、あそこまで威圧を出せるものだと感心してしまう。ただ、こちらも引き下がれない。今ここには、大人は一人もいないのだから。


「蕗乃ちゃんは、泣いてましたよ。魔学徒と戦うエージェントなんて、彼女一人が背負うには重すぎる。だから、蕗乃ちゃんは泣いていたんだ。でも、必死にそれを抑えて、恐怖に耐えて、でもほとんど拠り所はないままで。そんな運命、顔所が背負うのには重すぎる。蕗乃ちゃんは、本当は、物語が好きで、格好良い口調の、普通に恋する女の子なんだ」

「演良…」


 蕗乃ちゃんが呟く。僕を見る彼女の瞳には、一筋の涙が見えた。司令は押し黙っていたが、どん、と机に拳を打ち付けて、口を開いた。


「…だからなんだ! じゃあ文乃を解雇して、一人のエージェントだけで魔学徒と戦えとでも言うのか!」

「貴方もだ。その手、その年齢にしては細すぎだ。帽子を深く被るのも、顔色を見せたくないからでしょう。その隈、ろくに眠れてないんでしょう。そんな若さで、口先一つで人を死地に送り込むなんて、君にはまだ早すぎる」

「…だったら、どうしろって言うんだ。大人達は、誰も助けてくれないじゃないか…なのに、僕らは」


 司令は、そこまで言うと、深く椅子に座り込んで、手で顔を覆った。すすり泣くような、しゃくり上げる声が聞こえる。蕗乃は、困惑した様子で、「司令…」と呟いた。

 きっと、彼も蕗乃と同じだったのだろう。使命という言葉で、自分を無理矢理納得させて、運命と受け入れた振りをして、心を殺して生きてきたんだ。子どもだけで、悪人と戦うなんて、そんなのはおかしいのに、声を上げることもできなかったのだろう。蕗乃も司令も、弱音を吐きたくて仕方がなかったんだ。けれど、見て見ぬ振りをすることもできなかったのだろう。

 だから、こんな不幸は、僕が止めなければいけない。なぜなら僕は、王子様だ。椅子に座る司令の側に近づいて、膝をついて、同じ目線になる。涙を拭って、怪訝な顔でこちらを見る彼に、僕は告げた。


「大丈夫、僕がいる。…魔学徒を、全員倒そう」

「…え?」

「そうすれば、君たちはもう、戦う必要はなくなる。だよね、蕗乃?」

「まあ、そうだが…」

「どうやって。僕らでも無理だったんだぞ」

「…大丈夫。なんとかなります」

「どこに、その根拠がある。ただの哀れみだろ?」


 司令の声はか細い。つい先ほどまでの、年不相応な威圧的な声色ではない。けれど、今の弱々しい声の方が、きっと彼にとってっは自然なのだろう。


「根拠ならある」


 僕は、そこで立ち上がって、二人を見回す。二人とも、怪訝そうな、不安な顔で僕を見る。けれどそんなものは意に介さず、胸を張って、言葉に出した。


「僕は、王子様だ。不可能なことなんて、ない」

「…はっ、そうであったな」

「…なんだよ、それ。馬鹿らしいな、はは」

「いや司令、それが此奴の場合、あながち冗談とも言い切れぬのだ」


 すると、司令は立ち上がった。かなり椅子が大きかったのか、あまり目線は変わらない。彼は、帽子を取りながら言った。


「分かった。貴方の言うことを、信じましょう。これから、“Dolls”は最後のミッション、“魔学徒掃討作戦”に入ります。…彩嗣演良さん、あなたには協力をお願いしたい。できますか」


 そう言うと、司令は頭を下げた。先ほどまでの高圧的な態度とは打って変わって、かなり礼儀正しい。蕗乃はかなり意外だったのか、「あの司令が、頭を…?」と驚いている。すると、頭を下げたまま司令が話し始めた。


「貴方の言ったように、僕はまだ子どもです。だから、もう演技はしないことにしました」

「司令よ、そちらの方が余は好ましいぞ。其方は、少々頭でっかちなきらいがあったからな」

「…頭を上げてください。お願いされなくたって、僕は首を突っ込みますよ」

「そう、か。はは、貴方は厚かましいですね」

「…口の悪さは素なのか、其方」


 結局、“Dolls”と僕とで協力して、魔学徒最後の二人──ユーファとフレキと言うらしい──を、倒すことになった。ちなみに作戦は、「文乃はそこまで切れ者でないし部外者が作戦を立てられるとも思えない」とのことで、司令──夢川弓月(ゆめかわゆづき)と最後に教えてくれた──が立てることになった。そして、“Dolls”のアジトから出て、僕は蕗乃ちゃんと話しながら、夜道を歩いていた。


「いやはや、其方は頼りになるな」

「そりゃ、王子様だからね。あ、そうだ蕗乃ちゃん」

「ん、なんだ?」

「次の休み、一緒にお出かけしようか」

「……へ?」





 お出かけ。お出かけ。お出かけ。その言葉が、頭の中をぐるぐると回る。デートなのか? いやそのようなことはないだろう。そんな逡巡を何度も繰り返して眠れなかった。ただ、今までとは違い、眠れなくても、不思議と気分は晴れ晴れとしていた。

 香恋に、男にお出かけに誘われたという旨を伝えると、なぜか「ついにアンタが男と…」といって感慨深い表情になっていた。そして、「男と二人きりならほぼデートよ」と言って、色々と話してくれた。


「とりあえず、アタシと出かけた時みたいな雑な服装やめなさいよ」

「…雑ではなかったと認識しているのだが」

「雑よ。まあ、別にあれもラフで良いけど、その男とプライベートで出かけるのは初でしょ? じゃあおしゃれな服装で行きなさい。いい、顔が良くてもダサいと点数低いの。とにかくお洒落していけば、なんとかはなる」


 服が特にないと返すと、香恋は驚愕し、放課後にブティックを何軒も連れ回された。幸い、読書以外に趣味はなかったので金は余っており、購入することはできたのだが、服というものは何故ああまで高価なのだろう。香恋は「デート用の服なんか何着も持つもんよ。デートの経験? 高校生ならあるでしょ」などといっていたが。


「…下着を買う必要はなかったな」


 着替えながら、全身鏡を見て思う。香恋に乗せられて買ってしまったが、正直、デートでもないような気はするし、まして他者に下着を見せる場面が来るとも思わない。

 黒を基調としたコーデは、以外と自身でも悪くない。これを演良に見せるのが楽しみだ、と思いつつ、時間ギリギリで慌てて家を出る。なぜか、今日だけは、「行ってきます」という言葉が自然に出てきた。

 待ち合わせ場所について辺りを見回すと、演良は既に来ていたらしく、手をポケットに入れて壁にもたれかかっていた。余の前で見る演良は、いつも溌剌としていたので、いまのように少し気怠げな彼は新鮮で、魅力を感じる。


「あ、蕗乃ちゃん! ──私服も似合ってて素敵だね」

「そ、そうか。それは良かった」


 流れるように、演良は余を褒めてくれた。はっきり言って、とてつもなく嬉しいのだが、余は狐なので、できるだけそれは表面出さない。狐は奥ゆかしい生き物なのだ。

 改めて演良を見てみると、白いシャツとデニムという、全然派手でもなく、ぱっと見ラフなように見えて、けれど彼が着るものだから、余にとっては輝いて見えた。──制服だと幼く見えるのに、私服だと大人びて見えるのは、なんというか、ずるいな。


「それで、此度はどこを目指すのだ? 余は、お出かけとしか聞いていないが」

「えーとね、色々行こうと思ってるんだけど…とりあえずは、眼鏡屋かな」

「眼鏡屋?」

「うん。ほら、蕗乃ちゃんの眼鏡、壊れちゃったでしょ? このまえの、仮名波羅と戦ったときに」

「言われてみれば」


 そういえば、あれ以来視界に違和感があった。なるほど、眼鏡が壊れていたのか。あまり気にしないから分からなかった。


「まあ、助けてくれたお詫びもかねて、眼鏡をプレゼントしようかなって」

「…眼鏡は高価な贅沢品だぞ。流石に受け取るわけには…」

「いいからいいから、ほらレッツゴー!」

「ちょっ」


 遠慮する余に対して、演良は知らぬとばかりに、余を引っ張って歩き始める。そのとき、演良は手を握ってくれた。ごつごつとして、少し硬い手。なによりも、余の手を包み込めるほどに大きい。なぜだか、手を握られているだけで、心が軽くなる心持ちがした。

 人混みを抜けて、繁華街を歩いて行く。五分ほど歩いたところで、眼鏡屋に到着した。


「それじゃあ、選ぼうか。蕗乃ちゃんは、何か好きな形とかある?」

「好きな、形…」


 言われて、ふと考える。余に、そんな好みは存在しないからだ。眼鏡なんて、視力が程良くなればよいとだけ思っていたから、今まではいつも適当に、目についたものばかり選び取っていた。ただ、そんな答えをするのは、流石に余でも駄目だと思う。そして、好きな形と考えて、一つだけ、浮かんできた。勇気を出して、その答えを、口に出す。


「…演良の」

「うん?」

「演良の、好きな形が良い」

「…っ」


 余が答えると、演良は黙った。そして、手で顔を覆って、「…反則」と小さな声で呟いた。あまり良い答えではなかったのかと思い、聞いてみると、彼は激しく首を振って「そんなことないよ!」と否定した。


「誠心誠意、選ばせていただくよ!」

「あぁ、うむ…」


 眼鏡屋に入って、演良は真剣な眼差しで、眼鏡を見始めた。まず最初に、丸いレンズで、細い金色のフレームのものを手に取った。


「これとか、どうかな。少し柔らかい印象になると思うんだけど、髪の色とフレームの色が同系統だから…」

「…どうだろうか」

「うん、すっっごい似合ってる! 格好良いんだけど、でもちょっと可愛くて…凄いいい感じ」

「そうか…悪い気は、しないな」

「じゃあ次は、これ。こっちは、逆に大分大人っぽいけど…」


 演良は、次にレンズが長方形で、黒色のフレームを選んだ。かけてみると、演良は「大人っぽい~」と褒めてくれた。それから、数個試してかけた後、演良にどれが一番似合っていたのか訊ねてみると、うんうんと唸りだした。


「うーん…どれも甲乙付けがたいけど、やっぱり一つ目の奴かな」

「…では、それにしよう」

「いいの?」

「うむ。言っただろう、余は其方の好きなものにしたいと」

「…そっか」


 結局、余は丸い眼鏡に決めた。視力の測定やらを済ませて、おおよそ一時間半後にできると言われたので、余と演良は近くのカフェに入った。

 期間限定という響きにつられ、余は名前がやたらに長いフラペチーノを頼み、演良も同じものを頼んだ。飲んでみると、かなり甘ったるい。余は甘いものがある程度好きだけれど、少し甘過ぎるように感じられる。演良も同じようで、互いに「…ちょっと失敗かな」などと話して、笑い合った。


「…どうだった、蕗乃ちゃん?」

「どう、とは」

「楽しかったかな~って。正直、僕だけが盛り上がってた気がしないでもないからさ」

「そんなことはない。というよりも、演良の楽しむ姿を見るのは、余にとっても楽しい」

「そっか。…それは良かった」

「…演良は、何故余を誘ったのだ? お礼、というわけでもないだろう?」

「うーん、お礼の方も本当なんだけど…」


 演良は、照れくさそうに頭をかいて、一口フラペチーノを啜ってから、もう一度話し始めた。


「その、日常っていうのを、蕗乃ちゃんに楽しんで欲しくってさ」

「日常?」

「うん。これまで、蕗乃ちゃんは心安まる日がなかった、って言ってたでしょ? それってさ、ちょっともったいないと思うんだよ。だって、学校生活とか、友達と遊ぶのって、とっても楽しいんだ」

「…けれど、余はそれを知らないし、今更、できる気も…」

「そう、それ!」


 余の目の前に、演良の人差し指が突きつけられる。演良の顔は、笑っているけれども、真剣そのものだった。


「“Dolls”で戦う事がなくなったら、蕗乃ちゃんは日常を楽しめるようになるでしょ? でも、楽しむ経験がなかったら、それって難しいでしょ? だから、今日は“楽しむ”事の予行演習なんだ。…なんて、お節介だったかな」


 そうか、演良は、余のことをそこまで想っていてくれるのか。そう思うと、心と顔が、少しずつ暖かくなっている。照れくさそうに笑う彼への思いが、益々募っていく。


「…ありがとう、演良。今日は、楽しかった。十二分に、楽しめた」

「そっか、それは良かった。でも…まだまだこれからだよ!」


 言うと、演良は余の手を取った。それから、余と演良は、日が落ちるまで遊んだ。…これまでの人生で、いちばんと言っていいほど、楽しかった。

 家に帰ってきて、ふらり、とベッドに倒れ込んで、演良と撮った写真を眺める。


「今日は、楽しかったな…」


 その日は、今までで始めて、幸せな夢を見た。結局、下着はあまり意味がなかった。

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