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可愛い子と王子様

 彩嗣演良(あづきあくら)は、泣き虫だ。子供の頃、両親が見えなくなったり、姉が姿を見せなくなると、すぐにわんわん泣いて手がつけられない─そんな子供だった。母と姉が彼の前からいなくなったその日も、彼はたくさん泣いていた。そうしてたくさん泣いた後、彼の性格は変わったのだった。

 きっかけはなんだったのか、彩嗣演良はほとんど覚えていない。ただ、二つだけ覚えていることがある。彼が目指したのは、物語に出てくるような王子様であるということ。

 もう一つは、“王子様”になるということは──誰かとの、約束であったことである。それが誰かは、今となっては分からない。



 きんこんかんこん、と音が鳴る。つまり、昼休みが始まったと言う合図だ。


「…つまり、こうしたいつ使うのかわからない知識も、我々の生活には必須であるということだ。ふむ、もうこんな時間か。少々遅延したな、礼─は無しでいいが、諸君、食べすぎて腹を壊すことのないように。あれは苦しいからな。では」


 都杜先生が、教材を持って教室を出る。真面目であると言う点もそうだけれど、時々冗談を言うユニークなところには非常に好感が持てる。


「いやー、金曜の午前なんか短く感じん? 一瞬やったわ。まぁ寝てたからやけど」

「寝てたからじゃないかな」

「いやー、授業って暇やん?」

「都杜先生の麗しい声を聞いていたら眠くはならなくないけどなぁ」

「えぇ…」


 からからと笑いながら、泉充(いずみ)が話しかけてくる。彼のジョークのセンスは抜群だが、もう少しだけ勉学に励むとなお良いと思う。数言、愉快な世間話を交わしていると、隣で何やらがたがたと音が─なんの音かはもう分かっているが─したのでそちらに目を向けてみると、案の定芽唯(めい)─世界一可愛い女の子─が数段重なった重箱を、可愛らしく取り出している所だった。彼女にとっての弁当がそれなのだが、弁当というにはあまりにも大きい。


「今日もぎょうさん食うなぁ瑪奈川(めながわ)ちゃん」

「んー、まぁ食べるの好きだしねえ」

「芽唯は楽しそうに食事をするから、その可愛らしい姿を長く見れるのは僕としても助かるね」

「もー、調子のいいことばっか言って〜」


 にこり、と笑う芽唯。少し空気が軽くなるような、柔らかな笑顔だといつも思う。


「いただきます」


 いつものように、空き教室で3人で昼食を食べる。例えば、不清潔なレストランで食事をするとなると、美味しく感じないだろう。食事をするとき、そのシチュエーションは重要であると言える。その点、今の環境は非常に良い。


「芽唯と一緒に食べるご飯は、いつもの倍美味しく感じるね」

「そんなこと言っても、唐揚げくらいしか出ないよ〜?」

「はは、ありがとう」


 愛唯が、唐揚げを箸でつまんで、僕の前に差し出す。そして、その唐揚げをそのまま食べる。俗に言う、「あーん」と言うやつなのだが、やっぱり芽唯に食べさせてもらうと何倍も美味しく感じる。


「ほんまお熱いなぁ。…あかん、なんかほうれん草が甘く感じてくるわ。しかし、いっつも思うけど、彩嗣の言動って独特やんな」

「僕は、王子様を目指しているからね。王子様は人を褒めることは欠かさないものだろ?」

「何言っとんこいつ」

「ちっさい頃から言ってたよね〜」


 にこやかに食事をしていると、扉が開いて、委員長─大丸(だいまる)さんがやってきた。大丸さんは、極めて理知的で素晴らしい女性だと思う。

「…瑪奈川さん、いつも思うのですが、その量の栄養はどこに…? 」


 確かに、と呟くと、愛唯もその通り、と言って首を傾げた。


「あなたは当人でしょう?」

「あっはっは、小丸ちゃんもこんだけ食うたら背でかなるんちゃう?」

「…小太刀(こだち)さん、私の名前は大丸槇葉(だいまるまきは)だと何度も言ってるでしょう…!」

「いや、まぁそやけど、大丸って言うよりかは…なぁ、彩嗣?」


 いつものように、大丸さんを揶揄う泉充。先ほど、彼は僕と愛唯を熱いと評したが、正直彼らの関係も十分に熱いと思う。


「いや、大丸さんの志はかなり大きいし、立派な人物という点では大丸というのは体を表しているよ。それに極めて理知的だ。…泉充、確かに素直になれない気持ちというのは分か…らないけれど、からかいと言う形で接するのはあまり良くないんじゃないかな」

「いや、素直じゃないことないけど」

 

泉充は目を逸らす。関係性が悪化するのは彼にとって好ましくないだろうから、むすっとしている大丸さんに少しだけ声をかけてみる。


「…大丸さんも、あんまり気を悪くしないで。泉充も、本心では大丸さんを尊敬しているけれど、彼は恥ずかしがり屋だからそれを表に出せないだけだから。ほら、大丸さんと一緒に学級委員長してるだろう?」

「は、はぁ…」

「─ちょ、彩嗣おまえ」

「な、泉充?」

「…まぁ、そーゆーことでええわ、もう」

「あはは、ぶっちゃけすぎでしょあくくん」


 顔を赤くする泉充、きょとんとしている大丸さん、笑っている芽唯。こんな退屈なほどに平和で、笑みが止まらないくらい楽しい日常が、終わらなければいいのになぁと、煌々と輝く太陽を見ながら思った。


 「あと10分ほどで四限ですね。私は教室に戻りますが、みなさんも遅刻しないようにお願いしますね」

「あー、俺も大丸ちゃんといっしょに戻ろかな」

「僕は芽唯がデザートを食べてからにするよ、それに…泉充も二人だと素直になれるだろうし」

「うっさ」


 予鈴が鳴って、大丸さんと泉充が教室に戻る。芽唯は、食べる速度は結構早いけれど、量が量なので割と長い時間食べていたりする。今日は、けっこう話し込んでしまったから、と言うのもあるのだけれど。

 芽唯は、甘いものがけっこう好きなので、いつもお弁当にデザートを準備してもらっている。今日は果物らしい。


「んー、りんご美味しい」


 りんごを食べて口角を上げている芽唯は相変わらず可愛い。


「ごちそーさまでしたぁ。それじゃ、戻ろっか」

「あ、ちょっと待って芽唯」

「どしたの?」


 首を傾げた芽唯に、準備していたものを見せる。心臓の鼓動がどんどん早まっていくのを感じる。王子様としては、あまり緊張するのは好ましくないけれど、一人の女性を誘うというのは、やっぱりどきどきする。


「ユスタのペアチケット?」


 ─ユスタ、ユーバースター・スターパークとは、この国でも随一の人気を誇るテーマパークで、有名な映画をもとにしたアトラクションや奇抜な発想の絶叫コースターで有名だ。


「うん。…その、まぁ、抽選で当たってさ。…一緒に、行かない?」

「うん、行く!」

「…っし」


 芽唯は、飛び跳ねて喜んでいるようだ。張り詰めていた緊張が、一気に解かれて、肩がストンと落ちる。そんな僕のことを、芽唯は不思議そうに見ている。


「どしたの?」

「─良かったぁ。断られたらどうしようかと…」

「えー、断るわけないじゃん」

「いや、まぁそうだけどさ。やっぱり、可愛い女の子を誘うのは緊張するからさ」

「“王子様”でも?」

「“王子様”でもね」


 昼休みは、笑い声と共に終わっていく。





 休日、ユスタの最寄駅は有り得ないほど混雑している。電車の中ですら、身動きが取れない程に─あるいは、何を掴まなくとも姿勢を保っていられる程に人がいるというのに、その人数が一斉に出口を目指して階段に殺到するのだから、もうとんでもないことになる。夥しい数の人が、ひとつの場所を目指して蠢く様は、まるで一つの巨大生物のようだと思う。


「うわぁ、やっぱ滅茶苦茶混んでるね」

「そうだね、まあ休日だからなぁ。ま、それぐらい楽しいってことだろうね」

「だよねぇ〜…わっ」

「大丈夫? 芽唯」


 人にぶつかってよろけたところを、あくくんが抱きかかえてくれる。ちょっと大袈裟だけど、こういうところはかっこいいと思う。


「チッ」


 私にぶつかった人は、舌打ちをして、私をジロリと睨むと人混みの中に消えてしまった。どこか気味の悪い目だった。


「…怪我とかしてない?」

「うん、大丈夫。今日は動きやすい格好で来たしね」


 私は、手を広げて今日の服を見せる。あくくんは、「可愛い服装だね」と、笑顔で褒めてくれる。今日出会った時も言われたし、その後も何度か、事細かに褒めてくれるから、その度に私は顔を赤くしているし、あくくんの方も、私を褒めた後照れくさそうに笑う。─王子様を目指しているけれど、私にとってあくくんは、もう既に、かっこよくてとても素敵な、王子様だ。


「じゃあ行こっか、芽唯」

「うん!」


 ─この日は、あくくんと私の、運命が大きく変わる一日になるのだけれど、私たちはまだ知らない。


「んー、結構並ぶね」

「110分待ちかぁ…まあ、その間芽唯と話せるから嬉しいけどね」

「ふふ、そうだね」


 私たちが並んだのは、このテーマパークでも一番人気のアトラクション、“モンスタージャンパー”と言うジェットコースターだ。非常にスピードが速い上に、レールの下をコースターが通るという唯一無二の特徴から、ユスタでも最強の絶叫系なんて呼ばれている。

 待っている間、何度も私たちの頭上をコースターが走り抜けていく。その度に、乗っている人の叫び声が、コースターの動く爆音に負けじと聞こえてくるので、緊張と、わくわく感が少しずつ高まっていく。


「うわぁ、すごいねぇ」

「うん… なんか、怖くなってきたかも知れない」

「あれ、あくくんって絶叫苦手だったっけ?」

「いや、苦手じゃないんだけど… さすがに、悲鳴とか聞いたらさ」


 あくくんが、苦笑いしながら話す。怖がっているあくくんは、新鮮で可愛く思える。いつも、私のことを可愛いと言っているあくくんだけれど、私にとってはあくくんも結構可愛い。

 話し込んでいる内に、とうとう私達が乗る番が近づいてきた。


「結構待ったね」

「うん…ちょっと、これは、怖いな」

「私は楽しみだなぁ」

「…芽唯は凄いなぁ」


 コースターに乗ると、しっかりとした安全バーが下がる。椅子は少し冷たい。隣に座っているあくくんを見ると、バーをぎゅっと握っている。


「それではー、行ってらっしゃーい!」


 係員さんの掛け声と共に、がたん、とコースターが動き始める。コースターはゆっくりと、上り坂を登り始める。絶叫が好きな私としては、この時間も、けっこう好きだ。

 コースターは頂上に辿り着く。一瞬だけ静止して、次の瞬間には、恐ろしい速さで降っていく!


「きゃああああ!」

「うわあああ!」


 とてつもない遠心力がかかったかと思えば、浮遊感で身体が安全バーに押し付けられる。かと思えば、上下が入れ替わっていたり──とにかく忙しなくて、とても楽しい。チラリと横を見ると、あくくんはとにかく叫んでいた。


「…あのコースターは楽しいけど二回目は乗りたくないな」

「えー、私は何回でも乗れるけどなぁ」

「芽唯は可愛いだけじゃなくて頼もしいなあ。…まあもちろん、芽唯が乗りたいなら、僕も何回でも乗れるけどね」

「じゃあ今から行く?」

「えっ」


 あからさまに強がっていたあくくんは、目を見開いて、ぶつぶつと何やら呟いている。眺めているのも楽しそうだけれど、流石に可哀想なので、冗談だと伝えると、ほっとした表情をした。


「芽唯はお茶目だね」

「次はもうちょっと落ち着いたのに乗ろっか」

「うん、そうしてくれるとかなり助かるかな。なんかさっきから、ちょっと膝に力が入らないからね」

「あはは、あくくんかわいー」

「…王子様は可愛いものじゃないけどね」


 あくくんは、決まりの悪い顔でふいっと横を見る。こうしたところを見ると、やっぱりあくくんは結構素直だなと思う。

 地図を見ると、ちょうど私たちの近くに、魔法映画「シノビウィザード」のエリアがあることが分かったので、そちらに向かおうと勧めると、あくくんも快く頷いた。


「あくくんはこの映画って見たことある?」

「いや、聞いたことしかないんだよね。一応、主人公とかぐらいは知ってるけど。芽唯は?」

「私もあんま見たことないんだよね。なんか、忍者で魔法使いっていうとっ散らかった設定なんだよね」

「らしいね…あ、そういえば、あそこの城、あれ原作者の人が自費で建設したらしいよ」

「へえ~」


 このエリアは、映画の再現フードがいくつかある。実は、ユスタにくると聞いてから、ずっと食べたかったものが一つあった。

 

「ねえあくくん、アレ食べたい」

「あれ? あぁ、“たつまきチュロス”。美味しいらしいよね」


 映画に出てきた、バネのように渦を巻いたチュロス。とても美味しいと評判で、いつか食べてみたいと思っていた。

 売店はそれなりに並んでいたけれど、回転率が高いのか、そこまで時間はかからなかった。


「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」


 店員さんの格好は、和服のようなローブにとんがり帽子と、特徴的だ。これも映画の再現なのだろうか。


「芽唯は何個食べる?」

「んー… 10個かな」

「じゃあ11個お願いします」

「はい、11個ですね。6270円になります」


 私が財布を出そうとすると、既にあくくんがお金を支払っていた。


「あ、食べ終わったら私の分出すね」

「いや、別に良いよ?」

「え、でも…」

「芽唯が喜んでくれるなら、別にお金なんてどうでも良─くはないけど、そんなに大事ではないし」


 …こういうところなんだよなぁ。ほんとうに。


「じゃあ、いただきます」

「いただきまーす… わ、美味しい! さっくさくじゃん!」

「ほんとうだ、かなり美味しい」


 一口食べてみると、一気に甘味が口全体に広がる。サクサクとした食感ながら、内側の方はほくほくとしていて、噛むたびにじゅわりと甘味が広がっていく。あまりに美味しくて、一息に4個ほど食べてしまった。もう少しゆっくり味わうつもりだったのだけれど。


「美味しー」

「あれ、芽唯。頬についてるよ?」

「え、どこ?」

「ちょっと待って…ん」


 あくくんが、私の頬に、触れた。その事がわかった瞬間、顔が熱くなっていくのが分かった。それも、ほとんど一瞬で。

 こういうことには、いまだに慣れない。それに、頬に近づいた時の、あくくんの顔。あんなに近くで、あんなに真剣な表情。鼓動が早まっているのが、自分でもわかる。


「取れたよ」

「…ありがと」


 あくくんの顔を見ることができない。やっぱり、恥ずかしい。

 食べ終わって、お互い無言のままで、歩き始める。少しだけど、どきどきが収まってきたので、横目にちらりとあくくんの顔を見る。心なしか、少し赤くなっているような気がした。


 気がつくと、夕陽が沈みかけ、橙色の空が、少しずつ青色に変わっていっていた。私達のすぐ近くにある、大きな池も、そんな空模様を水面に映し出していた。


「綺麗…」

「うん…それに、こんな綺麗な景色だと、芽唯はいつも以上に可愛く見えるよ」

「…そーゆーとこだよ、あくくん?」


 あくくんと、目が合う。綺麗な、目だなと思った。宝石のように光り輝く、瞳。この瞳を独占しているのは私なんだ─そう思うと、どこか心地よかった。


「ねぇ、あくくん─」



「“大発破”ァ」


 びりびりと、衝撃が身体を突き刺す。そう感じるや否や、轟音が鳴り響き─巨大な塊が、私の方に倒れてきた。


「芽唯!」


 あくくんが、私に覆い被さろうとする姿。それが、視界が真っ暗になる直前に見えた最後の景色だった。


 1分程だったろうか。煙が晴れた。ようやく、爆発か何かで、近くにあった建物が倒壊したとだと分かった。そして、あくくんが庇ってくれたから、私はほとんど何ともないのだということも。


「あくくん…?」


 私の隣で、あくくんは転んでいる。どうしたのだろうと、顔を見る。何となく、嫌な予感がするのを振り払って、肩を揺する。反応はない。声をかける。反応はない。口の前に、手を置いてみる。呼吸をしている気配はない。胸に手を置いてみる。心臓の脈動は、感じられない。手首を握る。脈はない。顔を、見る。生きている、気配がない。


「ねぇ、冗談だよね…? 私、そんな冗談は、よくないと思うな。それに、そんなの、王子様らしくないよ…? ねえ、答えてよ、あくくん」


 あくくんは、答えない。まるで蝋人形のように、静かだ。ただ流れる血だけが、動いている。

 死んじゃった。あくくんが、死んじゃった。


「んー、まだ生きてるやつがいんな。男の方は死んでるから…あー、なるほどなぁ。泣かせる愛情じゃないか」


 薄ら笑いを浮かべた男が近づいてきた。すぐに理解した。この男が─私から、あくくんを奪った、敵。


「─“メタリックメイド”。お前は、絶対に許さない」

「ッ! てめぇも、能力者か!」


 私は、“プレゼント(異能)”を発動した。目の前の敵を、斃すために。


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