第1-2話 夏休み明け -side F- ②
「翠くん、席となりだね。よろしくね!」
クラス替えから一月半ほどが経過した五月中旬頃。2年D組では席替えがあり、彼女とは隣の席になった。
笹西光莉。クラス替え当初はお互いに席が離れていたことや、ほかのクラスメイトらとの絡みが多かったため、それまではほとんど会話をすることはなかった。
ストレートのロングヘアーに白い肌と大きな瞳が特徴的で、明るく天真爛漫な性格の今どきの女子高生というのが第一印象だった。
「光莉さんってバド部だっけ? E組の穂積さんとかたまに遊びに来てるよね」
「そうそう! あ、そっか、翠くん去年あのコとクラス一緒だもんね!」
「どう? バド部って大変?」
「うーん、まぁそれなりに疲れるけど、うちは大して強くないし練習もガチな感じじゃないから。あれ、そういえば翠くんってなに部なんだっけ?」
「俺? 俺はなんにも入ってないよ。だからすごいなって思って。ちゃんと女子高生やりながら部活もやってるの」
「えー!? 逆になにも入ってない方が不安じゃない? 友達とか作りづらそうって思わなかった?」
「あはは、まぁ実際友達多いわけじゃないからね。あいつらは仲良くしてくれてるけど」
また、運動部のノリが染み付いているのか、彼女にはやや無鉄砲なところがあった。
「うわ、大丈夫? もしかしてこの嵐の中自転車で来たの?」
「家出るときは晴れてたんだって! だからイケると思ったんだけどなー」
「……光莉さん、今日なんか三年生の卒アル用の写真撮るとか言ってなかったっけ? ほら、部活単位だかで撮るやつ」
「……! そうじゃん! どうしよ! 制服はユニフォームに着替えるからいいとして、髪ボサボサすぎだよね? 纏めて誤魔化せるかな?」
「あー……俺アイロンあるよ。携帯用の小さめのやつだけど……それでよければ貸そっか?」
「ほんと!? え、今日だけ借りてていい!? ってか、翠くん女子力高すぎない!?」
よく言えば裏表がなく、悪く言えば素直さ故に感情を隠すのが苦手。かと言って、取り立てて和を乱すようなこともしない。それが、彼女と話すようになって少し経った頃の印象だった。
同じく感情表現の豊かな聡子と比較すると、聡子が文化系のお転婆娘とするならば、光莉は体育会系のお転婆娘といったところだろうか。
最初はそのキャラクター性から聡子と衝突するのではとも思ったが、今のところ見ている限りではそのような様子もないし、二人で新作のドラマがどうだとか、話題の俳優がどうだとか話していることもちらほらあるようなので、特に私が心配するようなことでもないのかもしれない。
ただ、先ほどのように男子も交えての会話には、聡子の方はあまり加わらないことが多かった。もちろん、聡子が私とあまり距離を詰めないようにしているというのもあるだろうが、私がいるいないに拘らずそのようにしているため、根本的な理由は別にあるように思える。
おそらくだが聡子は極端な男子のノリが嫌いなのだ。それに対して、光莉の場合は男子のノリにも比較的柔軟に対応するタイプだ。そのため、男女複数人で馬鹿話をするようなときには、光莉はいて聡子はその場にはいないというケースが増えることになる。
SHRの最中、そのような分析に思考を割いていると、今は斜め前の席に座っている光莉が、ノートの切れ端を折り畳んだ紙片をこちらに渡してきた。広げてみると、『翠くんさっきなんか変じゃなかった? なんかあった?』と書かれている。どうやら、少なくとも光莉の目を誤魔化すことはできていなかったらしい。私はどう返事をしようかと再び思考に耽る。
そもそも冷静になって考えてみると、髪を切ってきたことで髪型と、顔の造作に似ているところがないわけではないが、タイプも微妙に違うし、人違いするほど似ているというわけではない。それでも私が彼女に真綾の面影を感じてしまうのは、きっとこの夏の出来事が尾を引いているということだろう。
夏休み前に私はルナとして真綾と知り合った。彼女と過ごすうち、中学時代に真綾と私の周りでなにが起きていたのか、なぜ私が同級生らから孤立することとなったのかを知ることになった。同時に彼女が私に好意と罪悪感を抱いていたことも。
やがて、真綾は私が私と恋人関係にあるという設定を知り、普通では有り得ない三角関係が生じた。そして真綾はそのことをきっかけに私への想いを断ち切ることとなる。
そうして、真綾にとってギクシャクした立ち位置にあった私は、晴れてもとの幼馴染という立ち位置に収まることとなった。
とはいえ、私と真綾の関係性がそれまでと劇的に変わった訳ではない。意図的に私を避けていたのがなくなり、駅で見かけたら一言二言交わす程度になっただけだ。傍から見たら、私たちを取り巻く関係性の変化は些細なものだろう。
それでも、その過程において感情を含めたそれらの情報を処理することは、私の脳内メモリを大量に要した。
だから、光莉に過剰反応してしまったのもそれが原因だろう。一週間もして見慣れてしまえば、きっとそれも薄れるはずだ。
そう結論づけて、光莉にいらぬ気を揉ませないような返事を考える。午後に提出する課題を忘れていたとでも返すのが無難だろうか。それとも、なるべく嘘にならないような内容が良いだろうか。
少し悩んだ後で簡単な一文を彼女の文字の下に書き綴ると、折り目のとおりに畳み直し、落とし物を拾うふりをして四つ折りの紙片を彼女に渡した。
『光莉さん、ショートカット似合うなぁって思って』




