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相場さんが、小さく息を吸った。
「……甘江田君」
名前を呼ばれて、胸の奥がひくりと鳴る。
相場さんは俯いたまま、視線を上げない。
「先に……謝らせてください」
その声は、思っていたよりも静かだった。
「迷惑をかけました。
怖い思いもさせたし、不安にもさせたと思います。
本当に、ごめんなさい」
頭が、ゆっくりと下がる。
深く、深く。
俺は何も言えなかった。
言葉を挟んでいいのかも、わからなかった。
「こんなことをしていい理由なんて、ないです」
それでも、相場さんは続けた。
「でも……どうしても、話しておきたかったんです。
ちゃんと、伝えないまま終わるのが、怖くて」
ぎゅっと拳を握りしめて、ようやく顔を上げる。
「私、ずっと……甘江田君のことが、好きでした」
はっきりとした言葉だった。
逃げも、誤魔化しもない。
「最初は、ただの憧れでした。
優しくて、誰の話もちゃんと聞いてくれて。
春香の隣にいるのが当たり前で……それが、すごく羨ましかった」
相場さんの視線が、一瞬だけ春香に向く。
そして、すぐに俺へ戻った。
「春香と付き合ったって聞いたとき、祝福しなきゃって思いました。
頭では、ちゃんとわかってたんです」
声が、少しだけ震える。
「でも……無理でした。
置いていかれるみたいで、何もできなかった自分が、悔しくて」
唇を噛みしめてから、吐き出すように言う。
「私、最後に一度だけでいいから、ちゃんと向き合ってほしかった。
誰かの彼氏になる前じゃなくて、好きな人として」
その言葉が、胸に重く落ちる。
「だから……間違ってるってわかってたのに、こんなやり方を選びました」
相場さんは、もう一度頭を下げた。
「卑怯で、最低だと思います。
それでも……」
ゆっくりと、顔を上げる。
「好きでした。
今も、好きです」
その目は、潤んでいた。
それでも逸らさず、まっすぐ俺を見ている。
「返事は、いりません。
期待もしてません」
小さく、笑った。
「ただ、ちゃんと伝えたかっただけです。
好きだったってことも、傷つけてしまったことも」
その場に、静寂が落ちた。
春香は何も言わない。
ただ、少し離れた場所で、黙って見ている。
俺の胸の中は、ぐちゃぐちゃだった。
怒りも、戸惑いも、理解しようとする気持ちも、全部が混ざっている。
それでも、相場さんの言葉が嘘じゃないことだけは、はっきりとわかった。




