9話 少しでも恩返しがしたい
イザベル視点です
わたしがリュミエールの屋敷で働くようになって半年が経った。
この半年間のわたしの生活は…怖いくらい幸せだった。
相変わらずエリカさんは全力でわたしを甘やかしてくれる。そして旦那様や奥様、エリカさんのお姉様でいらっしゃるクラリスお嬢様も皆様優しく、また他の使用人の皆さんとの関係も良好。
あれだけエリカさんに贔屓されているわけだから、他のメイドでそれが面白くないと思っている人もいるんだろうなと勝手に思い込んでいたけど…。
仲良くなった何人かの先輩たちに話を聞いてみると、どうやらみんなの反応はその逆らしい。
使用人たちの間で頭痛の種だったエリカさんの行動がわたしの登場以来、嘘のように改善されたことから、わたし自身は何もしていないにもかかわらず、わたしに対して友好的な人が多いと。
わたしとずっと一緒にいればエリカさんは他の使用人たちにとって無害なわけだし、わたしも楽しそうにエリカさんに仕えているから「もうエリカお嬢様のことはイザベルさんに任せた、どうぞ二人で末永くお幸せに」という空気らしい。
理由はともかく、わたしを敵視する相手がいないということは本当にありがたいことだよ…。
…本来は一番の味方であるはずの実の母から敵意のこもった冷たい視線を飛ばされてたわたしに、こんな未来が待っているとは思わなかった。
これが夢ならどうか永遠に目が覚めませんように…!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最近わたしは、自主的にちょっとした秘密のお仕事をはじめていた。
そして今、その仕事に関して現場からの報告を受けるためにリュミエール家の敷地内の北端にある池に来ていた。
小さい林の中にある綺麗な池だけど、夜は真っ暗になるから誰も来ないんだよね。だからちょうどいいんだ。
『ここ数日は特に目立つ動きはなかったわ。数も一週間前よりはだいぶ減ってきたし。しばらくは心配ないんじゃないかしら』
「そっか。…よかった。お疲れ様。頑張ってくれてありがとうね」
『こちらこそ♪やっぱり戦わせてもらえるのが一番楽しいわ。ふふ』
そう言って妖艶な笑みを見せたのは、わたしの数少ない友人の一人であるメリッサだった。
体のラインが強調されるタイトなドレスに身を包み、池の近くにあるちょうど良い高さの石に足を組んで座っている姿がとてもセクシー。
顔立ちや雰囲気も「色気が爆発している」感じの艶やかな大人の女性だけど…。それでも彼女に性的な魅力を感じる人間はおそらくほとんどいないと思う。
普通は彼女を見たら性的魅力よりは恐怖や絶望を感じるだろうね。
なぜなら、彼女は自分の妖艶な顔立ちの顔…というか頭を左手に持っているから。
…そう、メリッサはデュラハンだった。10歳の時からわたしの話し相手になってくれているデュラハンが彼女である。
そしてわたしは彼女にリュミエール辺境伯領と魔物の棲む西の大地の国境となっているグランフェルト山脈のパトロールと、リュミエール領に近づこうとする魔物の駆逐をお願いしていた。
わたしが最近はじめた秘密のお仕事とはその国境パトロールのお手伝いのことである。
もちろん、彼女一人にその仕事をすべてお願いしているわけではないよ。いくら彼女が最上級のアンデッドでもそんなことは無理だし。
だからわたしは、召喚した約千体のアンデッドを彼女に隷属させて、彼女にはアンデッドで構成されたパトロール部隊のリーダーとして動いてもらっている。
「楽しんでくれてるならよかった。でも無理はしないでね?何か必要なことがあればいつでも言って?」
『相変わらず優しい子ね。使い魔のアンデッドに「無理をさせたくない」ネクロマンサーはきっとあなただけよ。ふふ』
「…メリッサは大切なお友達だから」
『ありがとう。…じゃ、あたしそろそろ戻るわ』
「うん。落ち着いたら今度ゆっくりお話しようね」
『ええ。楽しみにしてるわ』
その言葉を最後に、メリッサの全身を禍々しい黒紫の霧のようなものが包み、次の瞬間、彼女の姿は音もなく消えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしがメリッサにグランフェルト山脈のパトロールをお願いしようと思ったきっかけは、二週間前に発生したある騒動だった。
元々リュミエール辺境伯領は世界中の魔物の本拠地といえる西の大地から近い割には、魔物の出現による被害が少ない地域だった。
その理由はグランフェルト山脈で活動する精鋭部隊である「グランフェルト・レンジャー」と、「光の壁」と呼ばれる、魔法によって作られた巨大な防波堤の存在だった。
しかし、その両方が正常に機能しているにもかかわらず、最近は魔物の動きが非常に活発になっていて、領内に魔物が降りてくる回数が増えているらしい。
そして二週間前、比較的大規模な魔物の群れが領内に出現して被害が出てしまったことにより、一時期リュミエール辺境伯領が非常事態になるという騒動が起きた。
その騒動を見たわたしは、自分が持つ力が役に立つかもしれないと考えた。
ネクロマンサーの力を使えば、リュミエール家の屋敷にいながらグランフェルト山脈にアンデッドを召喚することができる。
そしてグランフェルト山脈ならアンデッドの大群がうろついていても別に不自然ではないし、そもそも誰も気にしない。
召喚したアンデッドをわたしではなくメリッサに隷属させて、彼女に国境のパトロールと魔物の駆逐をお願いすれば、わたし自身がやるべきことは遠隔でのメリッサのサポートのみ。
…うん、やらない理由がないね。少しでもエリカさんやリュミエール家の皆様に恩返ししたいしね。
という感じの軽い気持ちで始めたわたしの秘密のお仕事は、メリッサが嬉々として魔物を駆逐してくれているおかげで、非常にうまくいっていた。
たった二週間で魔物の勢いはだいぶ弱まってきたらしいし、毎日命を狩ることができているメリッサもデュラハンの本能的な欲求が満たされているのかとても楽しそう。
これからもずっと続けよう、これ。
…少しでもエリカさんのお役に立てているといいな。
「楽しんでくれてるならよかった。でも無理はしないでね?何か必要なことがあればいつでも言って?」
『では、ブックマークと☆評価をちょうだい…?』




