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8話 覚めない夢

イザベル視点です

 わたしがリュミエール家の屋敷で働くようになってから1か月が経った。


 結論からいうと、初日のエリカさんとのやりとりは夢でも幻覚でもなかった。


 わたしが一週間の新人研修を終えて正式にエリカさんの専属メイドになってからも、エリカさんの友好的な姿勢は全く変わらなかった。


 最初、幸せな気分にさせてから一気に地獄に叩き落す作戦かなと一瞬でも疑ってしまったのが申し訳なくて死にたくなるくらい、エリカさんはいつもわたしにとても優しかった。


 いや、「とても優しい」という表現で片づけるのは失礼かなと思っちゃうくらい、彼女はわたしにあらゆる配慮や心遣いをしてくれている。


 正直「甘やかされている」とか、「贔屓されている」という表現がよりしっくりくる。


 そのことは、わたしが二人きりの時に彼女のことを「エリカさん」と呼んでいることからも分かる。


 メイドのわたしがご主人様である彼女を「エリカさん」と呼ぶことなど本来はあり得ない話なんだけど…。成り行きでそうなってしまった。


 なぜそうなったかというと、ある日、エリカさんがわたしに「二人きりの時はエリカと呼んで」迫ってきたから。


「かしこまりました。では、エリカ様とお呼びしますね」

「…違います。「エリカ様」じゃなくて「エリカ」でお願いします」

「…はい?」


 そう言われた時は、一瞬耳を疑った。「今お嬢様、わたしに自分のことを呼び捨てにしなさいと言ってるの?冗談だよね…?」と。


「ほら、私言ったじゃないですか。私のこと、実の妹だと思って可愛がってほしいって。妹に対して「エリカ様」は不自然でしょ?」


 冗談じゃなかった。…でも「実の妹」はさすがに恐れ多いですよ、お嬢様。


 それにお嬢様は、13歳とは思えないほど大人びた方ですから、仮に本当に姉妹と思って良いとしても「妹」よりは「姉」に近い存在な気がします。


 …いや違う。そういう問題じゃないよね。


「…ありがとうございます。そんな風に思ってくださるのはとても嬉しいです。…しかし、さすがにお嬢様のお名前を呼び捨てにするわけには…」

「お嬢様本人がお願いしてるのに?」

「…申し訳ございません」

「…そう。まあ、ちょっとまだ早すぎたかもね。わかりました。じゃあ、まずは「エリカさん」でいいですよ。それならいいでしょ?」


 いやよくないでしょ。どこのメイドが自分のご主人様を普通のさん付けで呼ぶんですか。無理ですよ…。


「……えっと」

「いや、悩まなくていいから。二人きりの時に「お嬢様」とか「エリカ様」って呼ばれてももう返事しないので、よろしくお願いします」

「…かしこまりました。エリカ…さん」


 お嬢様…いやエリカさんは、わたしが自分のことを「エリカさん」と呼んだことに満足されたのか、彼女が嬉しい時に必ず見せてくれる目を細めた可愛らしい笑顔になっていた。


「はい。よくできました、イザベルさん♪」

「…あの」

「はい?」

「もしよろしければ…」

「はい」

「…その、わたしのことは「ベル」と呼んでいただけませんか」


 なぜわたしがそんなことを言い出したのかはよくわからない。少なくてもそれまでわたしのことをベルと呼んでくれる「人間」は誰もいなかった。


 でもその瞬間、エリカさんにはぜひわたしのことを「ベル」と呼んで欲しいと心から思った。


 もしかしたらわたしは、エリカさんと「単なる主従」ではなく、より特別な関係になりたいという不遜で傲慢な気持ちを、そのときからすでに抱き始めていたのかもしれない。


 でもエリカさんは、わたしの言葉にとても嬉しそうで、その瞬間からわたしを「ベルさん」と呼んでくださるようになった。


 ……呼び捨てでいいのにな。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 エリカさんの天使エピソードは他にもたくさんある。


 たとえば、わたしがうっかりティーポットを倒してしまい、エリカさんの太ももに熱々の紅茶がかかり彼女が火傷をしてしまった時のこと。


 言うまでもなく信じられない大失態で、本来なら重い罰を受けたり、解雇されたりすることも覚悟しないといけないような話だった。


 実際にわたしはそれを覚悟し、「どんな罰でも受けます」と言いながら何度もエリカさんに謝罪したんだけど…。


 エリカさんは穏やかな笑みを浮かべながら「どうか気にしないでください。失敗は誰にでもあることですから」といい、その場でわたしを許してくれた。


 そして泣きながら繰り返し謝罪するわたしを優しく抱きしめてくれた。


 しかもわたしの不注意によってエリカさんが怪我をしたことを公にしたくないようで、紅茶はエリカさんがこぼしたことにしてほしいとまで言ってくれた。


 わたしはもちろん「そんなことはできません」とお伝えしたんだけど…


 エリカさんが「…そうですか。となると私、火傷の治療は受けられませんね」と言って譲らなかったので、結局彼女が火傷を負った原因がわたしだったことは二人だけの秘密になった。


 …彼女の火傷が軽傷で、痕も残らないようなもので本当によかった。そうでなければ、きっとわたしは自分のことを許せなかったはず。


 そしてエリカさんは、わたしに信じられないようなプレゼントもしてくれた。


 何をもらったかというと、エリカさんが大事にしていたお気に入りのネックレス。


 他愛のない会話の中で、わたしが特に深い意味もなく自分がアクセサリーの類を一つも持っていないことをお伝えしたことがきっかけだった。


 そのことを聞いたエリカさんは「私の一番のお気に入りのものをあなたに持っていてほしいから」と言いながら、自分のネックレスをわたしに贈ってくれた。


 そのネックレスはプラチナ製のチェーンに珍しいバイオレットサファイアのチャームを組み合わせた高級品で、エリカさんの髪の色と瞳の色をイメージして作られたオーダーメイドの製品とのことだった。


 当然、わたしはそんなものはもらえないと何度も遠慮したんだけど…。


 エリカさんは「もらってくれないと拗ねる」と言いながら半ば無理やりわたしにそのネックレスをつけてくれた。


 さすがにそれ以上遠慮するわけにもいかなかったので、わたしは彼女に何度も御礼を言い「一生大切にします」とお伝えした。


 実際にわたしはその瞬間から一度も彼女からもらったネックレスを外していないし、これからも死ぬまで…いや死んだ後も外すつもりはない。


 生涯このネックレスはつけたままにして、棺桶に入る時もそのままにしてもらうんだ…。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リュミエールの屋敷でのわたしの生活はずっとそんな調子だった。


 エリカさんは女神と天使と聖女とを足して良いところだけをさらに3倍にしたような方で、彼女と過ごした1か月はすでにわたしにとってそれまでの15年間よりも遥かに価値のある時間になっていた。


 あっという間にエリカさんのことを心から慕うようになったわたしは、彼女の性格に関する悪い噂は、彼女のあまりにも恵まれた容姿に嫉妬した人間たちによる誹謗中傷が原因だったんだろうと勝手に結論づけた。


 そしてそのようなことをした人間たちに強い憤りを感じた。


 …が、少しずつ仲良くなってきた先輩使用人たちの話によると、どうやらそうではないらしい。


 エリカさんの性格は、わたしが屋敷にやってきた時期とほぼ同じくらいタイミングで激変したらしい。それこそ別人になったと言っても過言ではないくらい。


 そして先輩たちの中にはわたしが専属メイドになったのがエリカさんの突然の変化の主な理由だと思っている人が多いらしく、わたしに「何をどうやったのか」と質問をしてくる先輩までいたけど…。


 理由が全く分からないわたしは正直に「初対面からとても優しい方だった。昔のお嬢様を知らないからわたしはなんとも…」と答えるしかなかった。


 というか過去のエリカさんの性格に本当に難があったとしても正直わたしとは関係のない話だし、今のわたしはエリカさんが何を言い出しても無条件で彼女の味方をするから、正直昔の話はどうでもよかった。


 少なくともわたしにとっては、エリカさんは最初から女神で、天使で、聖女だったのだから。

作者は「してくれないと拗ねる」と言いながら半ば無理やり読者様にブクマと☆評価を要求してきた。

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