6話 リュミエールの真珠
イザベル視点です
天涯孤独になったわたしに救いの手を差し伸べてくださったのは、父方の遠い親戚にあたるリュミエール辺境伯だった。
リュミエール辺境伯といえば、魔族の棲む西の大地との国境を守護する王国屈指の名門貴族で、第3次降魔戦争で大活躍した聖女ベロニカ・リュミエールの末裔。
正直、わたしは自分がそんな有力貴族と遠いとは言え親戚関係にあることを知らなかったし、その話を聞いたときも信じられなかった。
そしてリュミエール家とわたしの間にはもう一つ縁があり、リュミエール辺境伯夫人は若い頃わたしの母の友人だったらしい。それももちろん初耳だった。
どこからか両親の死と、一人残されてしまったわたしの話を聞きつけた辺境伯ご夫妻は、わたしにリュミエールの屋敷でメイドとして住み込みで働くことを提案してくださった。
わたしからするともちろん願ってもない話というか、感謝してもしきれないほどありがたい話だった。
もう死ぬか、娼館で働くくらいしか自分には選択肢が残されていないと思ってたからね。
下位貴族の娘が上位貴族の屋敷でメイドとして働くことは決して珍しい話ではないし、しかもわたしは幼い頃から自分の身の回りの世話はほぼすべて自分でやっていたからお仕事の内容にも全く抵抗がなかった。
もちろんわたしは二つ返事で承諾した。他の選択肢がなかったというのもあるけど、断る理由がどこにもない素敵な話でもあった。
正直、両親が生きていたとしてもお願いしたかったくらいだよ。
父の家系がリュミエール家の遠戚だったことと、母が辺境伯ご夫人の古い友人だったことに深く感謝した。
…もしかしたらわたしが自分の親に関することで心から感謝したのはその時が初めてだったかもしれない。
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世の中そう甘くはない。うまい話には必ず裏がある。今回の話もたぶん例外ではないと思う。
なぜそう思ったのか。その理由は、これからわたしのご主人様になる方の評判にあった。
エリカ・リュミエール辺境伯令嬢。
年齢は確かわたしよりも年下のはずだけど、すでにいろんな意味で有名な方だった。名ばかりの男爵令嬢だったわたしもその名前を知っていたからね。
彼女が有名になった直接の理由はその美しさにあった。リュミエール家は見目麗しい方が多い家系ではあるが、彼女の美貌はその中でも別格との噂だった。
どれくらいすごいのかは会ったことがないから分からないけど、「リュミエールの真珠」という二つ名がついているくらいだからきっとよほど可愛いのだろう。
でも同時に彼女にはよくない噂もあった。それは、相当性格に難があるというものだった。
天使のように美しい我が娘を溺愛するリュミエール辺境伯ご夫妻にとことん甘やかされ、ものすごく気難しい性格に育ってしまっていると。
どこまで信用できる話かは分からないけど、彼女に仕える使用人は皆、精神的に追い込まれて1年持たずに屋敷を去っているという噂もあった。
で、わたしはそのエリカお嬢様の「専属メイド」というポジションに配属されることになっていた。
先日、彼女の専属メイドが退職したため、その後任だと。最初のうちはベテランメイドがサポートするから安心して良いという話だったけど…。
わたしは直感的に自分の運命を悟った。
きっとわたしは、エリカお嬢様に毎日のようにひどい目に遭わされるんだろうなと。
ついてない人間は、どこまでもついてないからね。世の中そんなものなんだよ。不幸なやつはいつまでも不幸。
「幸せになれるかどうかは自分次第」とか「不幸だと思うから不幸なんだ」とか、そういうことが言える人は本物を知らないだけなんだよ。
常に不幸であることを義務付けられていて、幸せになることは一切許されない運命の、わたしのような「本物」をね。
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覚悟はできている。
旦那様に拾ってもらえただけで、わたしは幸運なんだ。
拾っていただけたことに対する感謝の気持ちを忘れなければ、きっとどんないじめ・嫌がらせにも耐えられるはず。いや耐えてみせる。
…心の準備をしよう。エリカお嬢様に何を言われても、どんなことをされても、すべて受け入れよう。
この後のご挨拶でいきなり罵倒されるかもしれない。叩かれるかもしれない。でも大丈夫。わたし、自分の感情を殺すのは得意だから。
マーガレットさんに連れられてエリカお嬢様のお部屋に向かいながら、わたしはそんなことを自分に言い聞かせていた。
そして、運命の時がやってきた。
――コンコン
マーガレットさんによるノックの音が、わたしの耳にはやたらと大きく重く響いた。なんだかんだ言ってわたし、ものすごく緊張してるな…。
「お嬢様、イザベルさんを連れてまいりました」
「どうぞ、お入りください」
部屋の中から聞こえてきたのは、旦那様に教えていただいたエリカお嬢様の実年齢よりもかなり大人びていて、また落ち着いている印象の声だった。
そして、わたしの願望によってそう聞こえただけかもしれないけど、意外なことにとても優しくて慈愛に満ちた感じだった。
「…失礼致します」
わたしは一度深呼吸をして、なるべく音を立てないように気をつけながらお嬢様の部屋のドアを開けた。
今まで経験したことがないような緊張感と戦いながらゆっくりと入室したわたしを待っていたのは、この世のものとは思えないほど美しい少女だった。
ブクマと☆評価をいただけたことに対する感謝の気持ちを忘れなければ、きっとどんないじめ・嫌がらせにも耐えられるはず。いや耐えてみせる。