4話 お嬢様と呼ばれたくないんです
ベルさんがリュミエールの屋敷にやってきて約1か月が経った。
私はとにかくイザベル・ファーストの姿勢で、彼女がリュミエール家に馴染めるよう全力を尽くしていた。
正直、我ながらこの1か月は最高の対応をしてきたと思う。
ベルさんが寂しい思いをしないようにあらゆる手を尽くすと同時に、暇さえあれば「私は敵じゃないよ」「だから殺さないでね」アピール。
二人きりの時はベルさんをまるでお姫様のように扱っていて、時々自分でも「これ、もうどっちがメイドか分からないな」と思っちゃうくらい。
二人きりの時のお姫様扱いにベルさんはいつも恐縮しまくってるけど、当然ながらやめるつもりは全くない。
だって、私たちの関係は表面上「お嬢様とメイド」だけど、実際には全然違うからね。
彼女がいてくれないと私は18歳までしか生きられない訳だから、ベルさんは私にとって自分の生殺与奪の権を握っている女神様であり、死神でもあるんだよ。
そりゃ尽くすよね。媚びるよね。主従逆転なんて当たり前だよね。だって彼女がいないと私、生きていけないんだもん。
言っておくけど、死ぬのって本当に辛くて苦しいからね。命を落とす瞬間、世界のすべてが崩壊するわけだから。
死んだことがある人にしか分からないと思うよ、あの苦しみは。
だから私、もう二度と早死にしたくないんだ。
ということで今日も私は、ベルさんに好かれるために全力を尽くす。今度こそ生き残るために!
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この1か月いろいろと頑張ってきた中でも、私が「うまくやったな」と自分で高く評価していることが三つある。
一つ目は新人メイドちゃんがお嬢様に心を開くきっかけとなる典型的なイベントを完璧にこなしてみせたこと。
仕事で失敗した新人メイドをお嬢様が笑顔で許して優しくフォローするってやつね。
私たちの場合は仕事ではなく、私が強引に誘った二人だけのお茶会で彼女がティーポットを倒してしまって、熱い紅茶が私の太ももに少しかかって私が軽い火傷をしたというイベントだったけどね。
ベルさん、顔面蒼白になって泣きながら謝ってきたんだよね。「どんな罰でも受けます」とか言ってさ。
もちろん罰なんてとんでもない。許す!無条件で許す!全面的に許す!
痕が残るような怪我でもなかったし、仮にそうだったとしても全然大丈夫!
というか、ベルさんがうっかり倒してしまいそうなところにティーポットがあったことに気づかなかった私が悪い!
…ベルさん、あなた一周目では私をゆっくり嬲り殺してるからね。あの時の苦痛と恐怖に比べれば、軽い火傷なんてどうってことないんですよ。
ということで、私は穏やかに微笑みながら「どうか気にしないでください。失敗は誰にでもあることですから」と、全くもって私らしくないことを言ってベルさんを安心させ、ついでに彼女を優しく抱きしめてあげた。
そして紅茶は私が自分でこぼしたことにしてほしいとお願いし、「そんなことはできません」と言い出したベルさんに対して「…そうですか。となると私、火傷の治療は受けられませんね」と脅して無理やり私の意見を通した。
多少恩着せがましい感じではあったけど、ベルさんに寛大なところは見せられたと思うし、二人だけの秘密ができたという点でも素晴らしい対応だったと思う。さすが私。
そして二つ目は、これまたオーソドックスなものではあるけど、プレゼント作戦に成功したことだった。
ベルさん、男爵家出身なのにアクセサリーを一つも持ってないことが偶然判明してさ。
これはチャンスと見た私は、すぐに自分が持っているアクセサリーの中で一番のお気に入りで、ほぼ毎日身につけていたネックレスをベルさんにプレゼントすることにした。
ちなみにプラチナ製のチェーンに珍しいバイオレットサファイアのチャームを組み合わせた高級品で、私の髪の色と瞳の色をイメージして作られたオーダーメイドのやつね。
ベルさんにはそのネックレスをプレゼントする理由を「私の一番のお気に入りのものをあなたに持っていてほしいから」と説明したんだけど…
本音は「この先、私にムカつくことがあっても、私をイメージしたそのネックレスを見て少なくとも一度は殺すのをためらってほしい」というものでした。すみません。
ベルさんは何度も遠慮していたけど、私が「もらってくれないと拗ねる」と言いながら半ば強引に彼女にネックレスをつけてしまった時点で私を説得することを断念し、プレゼントをもらってくれた。
ちょっとうるっとした目をして「一生大切にします」って言ってたし、実際にその日から毎日必ずつけてくれているから、プレゼント作戦も非常にうまくいったと評価して良いだろう。
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三つ目はお互いの呼び方に関するものだった。お気づきの方もいると思うけど、私、彼女のことを「ベルさん」と呼ぶようになったんだ。
どうしてそうなったか。それは私が「二人きりの時はエリカと呼んで」と彼女に迫ったからである。その時の会話を回想してみよう。
「かしこまりました。では、エリカ様とお呼びしますね」
「…違います。「エリカ様」じゃなくて「エリカ」でお願いします」
「…はい?」
「ほら、私言ったじゃないですか。私のこと、実の妹だと思って可愛がってほしいって。妹に対して「エリカ様」は不自然でしょ?」
「…ありがとうございます。そんな風に思ってくださるのはとても嬉しいです。…しかし、さすがにお嬢様のお名前を呼び捨てにするわけには…」
「お嬢様本人がお願いしてるのに?」
「…申し訳ございません」
「…そう。まあ、ちょっとまだ早すぎたかもね。わかりました。じゃあ、まずは「エリカさん」でいいですよ。それならいいでしょ?」
「……えっと」
「いや、悩まなくていいから。二人きりの時に「お嬢様」とか「エリカ様」って呼ばれてももう返事しないので、よろしくお願いします」
「…かしこまりました。エリカ…さん」
「はい。よくできました、イザベルさん♪」
「…あの」
「はい?」
「もしよろしければ…」
「はい」
「…その、わたしのことは「ベル」と呼んでいただけませんか」
…はい、ということで私たちは二人きりの時「エリカさん♡」「ベルさん♡」と呼び合う親密な仲になりました!
単なる主従じゃないよ、私たち特別な関係だよ!ってことが分かりやすく伝わるよね。
ちょっと強引すぎた気もするけど、ベルさんはとても遠慮深い性格だからこっちからグイグイいかないと仲良くなれないんだよね。
あと正直に言うと、私、なるべくベルさんに「お嬢様」と呼ばれたくないんだ。
一周目でも二周目でも人生の終盤で「もう遅いですよ、お嬢様」という決め台詞を言われちゃってるからね。そしてその直後に殺されたし。
だから「お嬢様」という呼び方、ちょっとトラウマなんだよね…。
…私のトラウマはどうでも良いとして、いずれにしてもこの1か月間の私の働きは合格点をあげても良いレベルだと思う。
ベルさん、最近は笑顔を見せてくれることが少しずつ増えてきたしね。
実は彼女、一周目でも二周目でもほとんど笑顔を見せることがなかったからね。彼女が笑顔になれているのはもう全面的に私の努力の結果としても過言ではないと思う。
…
……
……うん、こういうところだよね。私、すぐ調子に乗っちゃうんだよ。
ダメだよ、エリカ。ちょっと結果が出てるからって気を抜いては。命がかかってるんだから真面目にやれ。
ブクマと☆評価を入れてくれないと私は生きていけない訳だから、読者様は私にとって自分の生殺与奪の権を握っている神様であり、死神でもあるんだよ。