17話 夢を見ているだけじゃダメ
イザベル視点です
最近、わたしは毎日自分にどん引きしている。
自分が怖い。元々自分が清く正しい心を持った人間ではないことは分かっていたけど、ここまでどす黒い性格の女だとは思わなかった。
わたしに自分自身の性格の悪さを自覚させてくれた相手は、ケネス・ブライトン伯爵令息だった。
正直、彼の名前を口にすることも忌々しいと思っちゃうくらい、わたしは彼に強い敵対心を抱いていた。
理由は、彼がエリカさんに露骨に言い寄ってくるようになったから。
最初の1、2回はそこまで気にしなかったんだけど、彼がエリカさんに恋愛対象としての興味を持っていることを確信した瞬間、わたしの心は簡単に闇堕ちした。
まさに腸が煮えくり返る思いだった。止めどなく湧き上がる怒りに激しい嫉妬、強烈な憎悪と…明確な殺意。
冷静に考えると、彼は何も悪いことはしていない。というかエリカさんと同年代の男性である彼が、あれだけ美しく聡明で、しかも心優しいエリカさんに惹かれない訳がない。彼がわたしのように同性のみを恋愛対象として認識する人間でもない限り。
だから彼には一切非がないし、彼はある意味「人間として当然の行動をしているだけ」と言っても過言ではないんだけど…。
頭では理解できても、心が受け入れてはくれなかった。
今すぐにでも彼を排除して、二度とエリカさんに近づかせたくないという気持ちが止まらない。そして彼を排除するための具体的な方法までイメージできてしまう。
彼が療養生活を送っている屋敷の場所はすでに知っている訳だから、夜中彼の屋敷にレイスやファントムのような霊体系のアンデッドを送り込んで、静かに鼻と口を塞いで窒息死させれば良い。
元々病弱だから療養生活をしている訳だし、その方法を使えば死因は「謎だけど、おそらく心臓発作かなんかによる突然死」という結論になるだろう。
…そう。「排除したい」というのはオブラートに包んだ表現で、わたしは彼を「殺したい」と毎日のように考えていた。
彼がエリカさんのことを恋愛対象と認識して彼女に近づいているという、ただそれだけの理由で。
…自分がこんなにも嫉妬深くて、独占欲の強い人間とは思わなかった。そして自分の沸点の低さと強い攻撃性にもびっくりした。完全に危険人物じゃん。
今のところなんとか彼に対する殺意は我慢できているけど…。
いつまで持つかな、わたし。
自分の自制心や忍耐力に全く自信が持てない…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ブライトン伯爵令息の行動は、怒りや敵意とは異なる方向性でもわたしの心に深刻な悪影響を及ぼしていた。
彼がエリカさんに言い寄るようになってから、わたしの劣等感が爆発したのである。
どこからどう見ても、わたしより彼の方がエリカさんと相思相愛の恋人同士になれる可能性が高い相手なのは明らかだった。
わたしがエリカさんと結ばれるためにはまず、同性であるわたしをエリカさんが恋愛対象として認識してくれるかの確認からスタートすることになるから、入口のところにすでに高い壁が存在する。
そしてそれを乗り越えても次は周りをどう納得させるか、どうしても周りに認めてもらえない場合はどうするのかという難しい問題が次々と出てくる訳なんだけど…。
彼は「ブライトン伯爵令息」という身分の男性で生まれてきた時点で、「恋愛対象」を通り越していきなり「婚約者候補」にもなれちゃうんだよね。スタートラインがあまりにも違い過ぎる。
もしエリカさんがわたしと同じように、女性を恋愛対象とする人なら話は別だけど…。
わたしはそれを積極的に確かめることができる立場でもなければ、そんなことができる勇気もなかった。
だから現状、「エリカさんのお相手」という観点で考えると、わたしが彼に勝っているところは一つもないという結論になる。そしてわたしはそれに強い劣等感を抱いていた。
ということで、嫉妬と劣等感にとらわれたわたしは、しばらくの間、毎晩霊体系のアンデッドを彼のところに送り込みたいという気持ち(…つまり殺意)と必死に戦いながらただ涙を流すしかなかったんだけど…。
そんなわたしの心を救ってくれたのは、やはりエリカさんだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あのね?ベルさん…」
「…はい?」
ある日の昼下がり、エリカさんがわたしの顔色をうかがうような様子で声をかけてきた。
「私の気のせいならいいんですけど…もしかして最近、ちょっとだけ機嫌悪かったり…します?」
「…!い、いえ、そんなことはありません」
バレてたのか…。エリカさんの前では絶対に顔に出さないように気をつけてたのに。
「そう…?それならいいんですけど…」
「はい…」
か、会話が続かない。とても気まずい!こういう時どうすればいいんだ…!?
「えっと…私ね?前、ベルさんが私に言ってくれた言葉ですごく印象に残ってるものがあってね?」
「はい」
少し続いた気まずい沈黙を破って、エリカさんが何かを決心したような様子でまたわたしに声をかけてくれた。
「ベルさん、私がベルさんにして欲しくないと思ってることは、絶対にしたくないって言ってくれたじゃないですか」
「…はい」
「それ、私も一緒ですからね」
「…!」
「だから、もしベルさんが私にして欲しくないことがあるなら、遠慮なく言ってください。もちろん、ベルさんの立場からするとなかなか言いにくいとは思いますけど、そこは頑張ってちゃんと言葉にしてほしいです。言ってくれないと分からないこともあるからね」
「…エリカさん」
「でも今回のことはなんとなく理解してるから大丈夫。私もそろそろなんとかしないといけないなと思ってましたから、近いうちにちゃんと話をします。だからちょっとだけ待っててね」
「エリカさん!」
気がついたら、わたしは感極まってエリカさんのことを抱きしめていた。
当然、メイドとしては非常識な行動なんだけど…。心から溢れ出るエリカさんへの好意や愛情を抑えることができなかった。
逆にそのままエリカさんのことを押し倒さなかっただけ、よく頑張って自制した方だと思う。
そして言うまでもなく、わたしは今回のことでますますエリカさんのことが好きになってしまった。もう四六時中エリカさんのことだけを考えているといっても過言ではない。
でも先ほどのエリカさんの言葉が「エリカさんもわたしに恋愛対象としての好意を抱いてくれている」という意味ではないことはちゃんと理解している。
エリカさんはただ「エリカさんとブライトン伯爵令息が仲良くするのをわたしが嫌がるなら、なるべくそれを避ける。理由は分からないけど」と言ってくださっているだけなんだ。
わたしが「わたしとメイウッドさんが仲良くするのが好ましくないとエリカさんが思っているなら、なるべく彼とは距離を置く。理由は分からないけど」と考えているのと同じだよ。
だから、今回のことでエリカさんがわたしを恋愛対象として見てくださっていると考えちゃうのは早とちりだと思う。
…でもわたしはそれでもよかった。満足だった。
少なくとも今の話で、エリカさんがブライトン伯爵令息を恋愛対象として見ている訳ではないことははっきりと分かったから。
だからわたしはまだ夢を見ていられる。
…
……
……いやダメでしょ、イザベル。
もうあなた、エリカさんに近づく相手は本気で殺しちゃいたいくらいエリカさんに夢中じゃない。
だったら夢を見ているだけじゃダメだよ。身分や立場の問題があるから告白までは難しいとしても、せめてちゃんとアプローチはしようよ。
どの道もう、エリカさんがいないと生きていけない訳なんだから、想いを胸の奥に秘めたままにしておく理由も必要もないって。
エリカさんのことが好きで好きで仕方がないこと、そしてその「好き」は恋愛対象としての「好き」であること…。もっと表に出していこう。
当たって砕けろ、だよ…!!
ブクマと☆評価が欲しくてほしくて仕方がないこと、そしてブクマと☆評価が生き甲斐であること…。もっと表に出していこう。
当たって砕けろ、だよ…!!