15話 夢の続き
イザベル視点です
終わった。すべてが終わった。わたしの幸せな夢は今日で終わった。
やはりわたしには不幸が義務付けられているんだよ。わたしがずっと幸せでいることは許されないんだ。
ダメなやつは何をやってもダメ。不幸なやつはいつまでも不幸。世の中そんなものなんだよ…。
でもこれからどうしよう。わたし、このままリュミエール家の屋敷においてもらえるのかな。おいてもらえたとしても、わたし耐えられるのかな。
他の人にはどう思われても、何を言われてもかまわないけど、エリカさんに嫌われたり蔑まれたりすることは……。
うん、無理だね。きっとわたし、耐えられない。
どうしてこんなことになっちゃうんだろう。どうして絶対に人に見られてはいけない場面を、一番見られたくない人に見られちゃうんだろう。
わたし、なんでこんなにもついてないんだろう。
「あの…聞こえてます?ベルさん」
「…えっ?」
放心状態だったわたしは、心配そうな表情でわたしの顔を覗き込むエリカさんの姿を見てやっと我に返ることができた。
我に返ったところで、今の状況でわたしにできることは何もないけどね…。
「ごめんね、驚かせちゃって。でも大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」
そう言いながらエリカさんは、パニック状態に陥っているわたしを安心させようと思ったのか、わたしのことを優しく抱きしめてくれた。
うん、これなら大丈夫かも。何がどう大丈夫なのか分からないけど、エリカさんが大丈夫とおっしゃるならきっと大丈夫なんだと思う。
エリカさんの体温を感じられたことで、わたしは絶対的な安心感に包まれ本当の意味で我に返ることができていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結論から言うと、本当に大丈夫だった。何もかも大丈夫だった。
落ち着きを取り戻したわたしは、自分がネクロマンサーの力を持つことや、グランフェルト山脈にアンデッドを召喚して国境警備を勝手にお手伝いしていること、メリッサは古くからの付き合いで彼女がその国境パトロールの実働部隊を率いてくれていることを告白した。
エリカさんは目の前にメリッサがいるにもかかわらず、全く動揺することも怯えることもなく真剣にわたしの話を聞いてくれた。そして信じられないような言葉をわたしたちにかけてくれた。
エリカさんは、ネクロマンサーに対する偏見や嫌悪感を一切持っていないとのことだった。わたしがネクロマンサーだからといってエリカさんとわたしの関係が変わることは絶対にないと断言してくれた。
そしてわたしたちが国境のパトロールや魔物の討伐に勝手に協力したことに深く感謝しているとのことで、もし必要ならいつでも喜んで協力するし、何か困ったことがあったらすぐに相談してほしいとまで言われてしまった。
あまりにも予想外の温かい言葉に、わたしはまたしても自分が夢や幻覚を見ているのかと疑ってしまった。
だって、今までの人生において、ネクロマンサーの力はわたしにとって忌々しい「呪い」だったから。
ネクロマンサーの素質を持って生まれたことでわたしは自分の親にも受け入れてもらえなくなり、それによって家族関係は破綻し、最終的に両親が二人とも命を落とすことにつながったわけだからね。
だから、誰かにネクロマンサーの力を持つことを受け入れてもらえるということは、わたしにとっては想像すらできないことだった。
でもエリカさんは受け入れてくれた。わたしがネクロマンサーだからといってわたしとの関係が変わることはないと言い切ってくれた。ネクロマンサーの力を使ってわたしが勝手にやっていた行動に感謝までしてくれた。
エリカさんの言葉は、わたしが生まれてはじめてありのままの自分を、自分のすべてを受け入れてもらえたことを意味していた。しかも、一番受け入れてほしかった人に。
心のどこかでは無意識にこうなることを望んでいたかもしれないけど、正直あまりにも非現実的で想像したこともないような話だった。
『あの…あたしが話しかけても大丈夫ですか』
「もちろんです。どうぞ」
『ありがとう。…どうしても気になってしまって』
「はい。なんでしょうか」
『エリカさんは、あたしが怖くないの?あたしの姿を見てると「死んじゃうかもしれない」って気持ちになったりしません?』
「あ、いえ、正直めちゃくちゃ怖いです。今も「死ぬかもしれない」って思ってますし。…でもメリッサさんはベルさんの使い魔なんですよね?」
『はい。そうです』
「だったら大丈夫。ベルさんと心が繋がっている方が私に害をなすはずがないから。私が今、死の恐怖を感じてるのはたぶん人間としての本能だと思いますけど、私はその本能に打ち勝てるくらいベルさんのことを信頼しています」
『なるほどね。…ふふ、確かに女神か天使かもね』
「…はい?」
『何でもない。…エリカさんのおっしゃる通り、あたしがエリカさんに害をなすことは絶対にあり得ないから安心してくださいね♪』
わたしが愛する人に自分のすべてを受け入れてもらえた喜びに酔いしれている間、これまた信じられないことにエリカさんはメリッサと仲良く話をしていた。
わたしはネクロマンサーだからその感覚が分からないけど、普通の人間はデュラハンに近づくと本能的に死の恐怖を感じてしまうという。
だから今、メリッサの目の前にいるエリカさんは強烈な死の恐怖に襲われているはずなんだけど…。
エリカさんはその「人間としての本能的な恐怖」に打ち勝つことができるほど、わたしのことを信頼してくださっていると。
…そっか。
そうなんだ…。
そう……。
その瞬間、自分の心の中の何かが崩れる音がした。何が崩れたかは自分でもよく分からない。
もしかしたら幼い頃から自分を守るために築いてきた心の壁かもしれないし、もしかしたら辛うじて残っていたわたしの理性かもしれない。
確実なのは、もうわたしはエリカさんがいないと生きていけないということと、受け入れてもらえるとしてもそうでないとしても一生エリカさんのことを想い続けるだろうということ、そして何があっても絶対に彼女から離れないだろうということだった。
きっとわたしの気持ちは、その瞬間に取り返しのつかない領域に入っちゃったんだと思う。
もうわたしの世界のすべてがエリカさんで、わたしはエリカさんのためだけに存在していると確信したからね。
うん、これなら大丈夫かも。何がどう大丈夫なのか分からないけど、読者様がブクマと☆評価をつけてくださるならきっと大丈夫なんだと思う。