「残念。バレバレです」~気付いた時にはもう遅い──。隣の席のS級美少女の机の下に潜り込んでいました。……どうしてこうなった?
「ひょっとして変態さん? 残念。バレバレです」
「まっ、ちが──」
その瞬間、俺の高校生活終了のチャイムが脳裏に鳴り響いた。否定の余地のない状況に言葉を失った──。
高二の春。桜散る四月──。
卒業まであと二年近くもあるというのに、とんでもない事態に陥ってしまった──。
朝のHR前、担任がいつ来るともわからないガヤガヤした教室の隅、窓際最奥の席とその隣の席で静かに事案は発生した──。
これは恋愛マスターを自称するうちの妹が発案した作戦だった。
俺は隣の席のクールビューティーこと学園のマドンナ。葉月さんと話すきっかけが欲しかった。
クールで近付き難い雰囲気のためか、彼女のまわりはいつだって静かだった。まるで避暑地を流れる川のように──。
そうして妹から発案されたのが『消しゴムころころ転がしちゃおう大作戦』だった。
消しゴムを落とす、拾う。なんてことないクラスではありふれた光景。しかし、消しゴムは作戦名通りにコロコロと転がり葉月さんの足下に着地。
夜な夜な作戦の成功を祈って、妹と消しゴムを丸くする作業に没頭した。これが仇となった──。
まさかこんなにもころころ転がるなんて。
教室の床を舐めていた……。
そこから先はもう、いま目の当たりにしている惨劇というわけなのだが……。
俺は葉月さんの机の真下に潜り込んでしまったんだ。
殆ど無意識だった。
消しゴムを拾う。ただ、その一心で──。
「ふぅん。違うの? 否定するんだ? いいよ。なら、そういうことにしといてあげる。これはひとつ貸しね」
しかし不思議なことに、高校生活終了のチャイムは鳴らなかった──。
「貸し?」
的を得ない彼女の言葉に思わず聞き返してしまう。
「そ。学校生活。なにが起きるかわからない。教科書忘れる、体操着忘れる、お昼忘れる、お金忘れる。そんな時、キミを私は脅す……じゃなくてお願いをする。十回ね。いい?」
夢にまで見た憧れの葉月さんから、とんでもない言葉が飛び出してきた。
「ちょっとまってて。いまポイントカード作るから」
そういうと手帳から厚紙を取り出し、女子力高そうなカラフルペンなどでちょっとした工作を始めた。
なにがいったい、どうなっているんだ?
とりあえず返事をしてみた。
「あ、うん」
「意外と素直なんだね。わざと消しゴム落とすくせに」
彼女は手を動かしながらこんなことを口にした。
思い返してみれば、消しゴムを落とす際のことをなにも考えていなかった。
いったいどんな落とし方をしたのか、考えると穴の中に埋まりたくなった。
ゴールと言う名の葉月さんの足下を狙って、転がした。俺は馬鹿か! ああ馬鹿だな!
妹と夜な夜な考えた作戦の抜かりを認識するも、時既に遅し──。
「いや、そ、それは……」
「それわ? なに?」
こちら側をみることなくポイントカードとやらを作りながらも、その聞き方からは何処かイジらしさを感じた。
「なんでもない……」
「ははっ。なにそれうける。認めちゃうんだ」
でも不思議と会話をしていた。
隣の席になってから数週間。朝の挨拶すら交したことはなかったのに──。
「ハイできた。これね。キミは今日からわたしを十回助ける。おっけい?」
「いえす」
英語で聞かれたからなのか、俺の返答も英語になっていた。彼女のペースに完全に乗せられている。と、言うよりも掌握されているような気がした。
「やっぱり素直だな~。なんか使いづらいかも。でもまあ、いいか」
使いづらい。……あ、使いづらい!
扱いづらい!
いや違う。使いづらいって言ったよな……。
こうして話してみると、俺が思い描いていたクールビューティのイメージとは全く違った。
無口でおしとやか。
耳を澄ますと草原のせせらぎが聞こえてくる──。そんなイメージを勝手に描いていたんだ。
でもそれは、幻想だったのかもしれない。
◇ ◇
さっそくその日のうちに三度も助けるハメになった。
でも意外と良心的で休み時間にそのことを教えてくれる。
しかし、結構ギリギリで。予鈴のあとに。
「あっ、数学の教科書忘れてた」
「貸すよ」
「え、いいの?」
なんだ。しらじらしい。俺に拒否権はないはずなのに。
「だってそういうあれだろ?」
「べつにこれくらい。授業中寝たフリしてればいいし」
「だめだ。ちゃんと勉強しろ」
「はーい」
まったくもう。
さらに。
「あらら。やってしまった。体操着ないや」
このときばかりは視線を感じた。
「ほらよ」
「え、いいの?」
そういえばさっきもこのセリフ聞いたな。
しらじらしい。
「だってお前、仮病でサボる気だろ?」
「まあ、そうだけど」
「なら着ろ。俺は隣のクラスの奴から借りてくるから」
「ふぅん。ちょっとこれはポイント高いかも」
「じゃあポイントカードにスタンプいっぱい押してくれ」
「それとは別」
「けちんぼめ!」
なんだかんだ普通に話せていた。
今朝までおはようの一言すら言えなかったというのに──。
ただ、思い返してみると、しょっちゅう体育を休んでるイメージがあった。まさか、体操着を忘れていたから? そんな疑問は抱くよりも前に、今日この日の出来事を持ってして答えを見つけていた。
クールに見えて割と普通。
そして、忘れん坊──。少し、だらしない──。
隣の席に居たのに、いままで気付かなかった──。
なんだかそのことに後ろめたさを感じるとともに、いままで憧れと羨みそして好きという感情を懐きながらも、見ようとしていなかった自分にひどく腹が立った。
そうしてその気持ちが、俺を突き動かした──。
その日の放課後。帰りがけを呼び止めた昇降口でのこと──。
「明日の持ち物とか全部書いといたから、朝家を出る前に確認すること。それからこれ、俺のIDな。通話越しでさらにもう一度確認するから電話してこい」
女子にメッセージアプリのIDを書いた紙を渡すのなんて初めてのことだったから、小っ恥ずかしさで少しぶきっちょな言い回しになってしまった。
「なんでそんなこと?」
「お前! 忘れ物が半端ないんだよ!」
それはふいに、無自覚な彼女に対して思わず出てしまった言葉だった。
俺の中の葉月さんはこんなだらしない女なわけがない。クールでおしとやかでビューティーで──。
考えれば考えるほどに、自分に腹が立った。
「なんなの? パンツ見ようとしたくせに、偉そう」
「わ、悪い」
「じゃあいいよ」
「え、なに?」
「見事、スタンプを十個集めた暁にはパンツを見せてあげましょう。なんならあげるし。二千円で」
俺は言葉を失った。
もうすべてがぶっとんでいた。既の所で首の皮一枚、保っていた俺の中のクールビューティ葉月さんのイメージが崩壊した瞬間でもあった。
でも、ひとつだけどうしても気になることがあった。それを聞かずにはいられない。
「どうして二千円なんだ?」
言葉にしたあとで、本当にどうしようもないことを聞いてしまったなと後悔をした。でも、気になる──。
「普段履いてるのがそれくらいの値段のやつだから。なんならブラもあげるよ? 新しいの買えば済むし」
意外とリーズナブルなんだな。
って、そうじゃないだろ。いや、欲しくないと言ったら……いやいや。だめだろ! 俺!!
絶対にだめだろ!!
「買うわけないだろ!」
「あ、そう。パンツ見ようとした割には意外と紳士だね。もとより売る気なかったからいいけど。試すような真似してごめんね。これはちょっとポイント高いよ」
は、ハニートラップ……!!
「あ、当たり前だろ!」
「でも、スタンプ十個集めたら、お礼として考えといてあげる」
……………………………。
あれ。なんだろうこれ。
二千円で俺がパンツを買いたいって流れになってないか?
「えーと。誤解しないでね。あくまでお礼も兼ねて一石二鳥ってことだから。そこんとこだけは履き違えないで。わたし、そういうこと気軽にする女じゃないから」
「お、おう」
やっぱりそんなことになってる!!
二千円なら……ある。あるぞ。財布の中にある!
あるあるある! ある!!
って俺!! だめだろ! だから!!
「ははは。うけるねキミ。欲しいなら素直に欲しいって言えばいいのに。顔に出てるぞ~」
そう言うとおでこをツンッとしてきた。
今まで思い描いていたクールビューティとのギャップから、俺の恋心は枯れてしまうのかと思った。
実際、枯れたのかもしれない。
でも、いま目の前で笑う彼女の姿を見て、俺の心はトキメキを感じた。
笑うと、こんな顔するんだな──。
◇ ◇
そして、その日の帰宅後。
色々あり過ぎて疲れてしまったからなのか、帰ってすぐに自分の部屋のベッドに仰向けになっていた。
天井を見つめ、ボーッとする。
ボーッとしているはずなのに、葉月さんのことが頭から離れない。
「あ、ポイントカードにスタンプ押してもらうの忘れてた」
明日押してもらえばいいか。
などと思うも、空白のポイントカードを見ると心が安らいだ。
俺と彼女を繋ぐたった一枚のカード。
スタンプが十回押されれば終わりの関係──。
「空白、良いじゃんか──」
◇ ◇
などと浸る間もなく、
「ちょっとお兄ちゃんどういうこと?!」
ものすんごい勢いで、ノックもなしに俺の部屋を開けたのは妹の夏恋だった。なにやらご立腹な様子だ。
「ほう! れん! そう! ほーれんそうだよお兄ちゃん!!」
ああ! そうだった!
この作戦は恋愛マスターを自称する妹の提案だった!
しかし妹はまだ中学二年生。
ありのままを話すのはあまりにも刺激が強過ぎる。兄としての理性がNGを突き立てる。
「え、だめだったの?」
「そんなことはないぞ! そんなことはないんだけど……」
俺が寝転がるベッドに腰掛けると心配そうな眼差しを向けてきた。
昨晩の俺たちはノリノリだった。
来たるべく明日という戦場に備えて、消しゴムを擦って丸くしたもんな。
「ねえお兄ちゃん聞いてる?!」
「おう、聞いてるぞ。妹よ」
「でっ? でっ? どーなったのっ?」
目を輝かせながら聞いてくる妹に言葉が詰まる。
パンツの話は言えないとして、そしたら何を話せばいいのか。
………………………………。
あれ。パンツで始まりパンツで終わったな。
「どしたのお兄ちゃん?」
あれっ。おっかしーな。
パンツを覗いたと誤解されて、十回脅されることになって、ポイントカードをもらってそれを集めると二千円でパンツが買える。
今日一日の出来事を要約するとこんな感じか。
んん?
いやいや。パンツを切り離せば良いだけだろ!
「えーとな。消しゴムを拾ってもらったお礼に、なんでも言うことを聞けカードをもらった」
妹に急かされたせいか、脈絡のないことを言ってしまった。
「何言ってるのお兄ちゃん?」
「ごめん妹よ。お兄ちゃんもよくわからなくなってキチャッタ」
どうしたって今日の出来事の一部始終の背後にはパンツがある。それを省いてしまったら、ちょっともうワカラナイ感じになるのは必然──。
「お兄ちゃん落ち着いて! はいっ、どぉどぉ! すぅはぁーだよ! すぅはぁー!」
言われるがままに深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「さんきゅー妹よ。これをみてくれ」
言うよりも見せたほうが早し!
ということで、ポイントカードを渡した。
《がんばってスタンプを十個貯めなさい》
「意外と可愛らしい字だね。クールビューティーっぽくなぁい!」
「そそ。話してみるとクールビューティではなくて普通の子みたいな感じだった」
「え、お兄ちゃんそれまじで言ってるの?」
「うんまじ。超まじ」
「なるほど。クールビューティとは仮面の姿。……これは作戦を第二段階に移行する必要があるね!」
妹はノリノリだった。
「でもこれさ、スタンプ貯めたら終わっちゃうね」
さすが恋愛マスター。目のつけどころがシャープだね!
「やっぱりそう思う?」
「そりゃとーぜんでしょ。こうやって線を十字に引けば四十個になるよ?」
「おおナイスアイデア!!」
「ふふっ。とーぜん!」
「あはは!」
「あははは!」
とりあえず笑ってみせたけど。
「っていいわけないでしょ。お兄ちゃん馬鹿なの?」
「いや妹よ、そのツッコミを待っていた」
とうぜんこんなことが許されるわけはない。
「真面目な話、スタンプを押される状況をひたすら回避。これに尽きるでしょ!」
さすが恋愛マスターを自称するだけのことはある。
「だから言うことを聞いちゃダメ!」
「それはちょっと、難しいかな」
「どうして? お兄ちゃんなにか悪いことでもしたの?」
うんした。しちゃった。パンツを覗こうとした。
…………………………………。
……………………。
結局、すべてを話すことにした。
そうして、話し終わると妹はバサッと立ち上がった。
「ちょっと待ってて。今履いてるパンツあげるから!」
どうしてこうなった?
「お兄ちゃんがそんな変態さんになってるなんて気付かなかった。妹として恥ずかしいよ……。だからわたしのパンツで我慢して。外では静かにしてて!!」
「まてまてーい!」
「だって買うんでしょ? 買っちゃうんでしょ? ダメだよ!! わたしのならタダであげるから。だからお兄ちゃん……だめぇー!!」
心の中で二度目のどうしてこうなったを唱えるのだった。
◇ ◇ ◇
翌日、登校してすぐの朝一番。
済んでしまったことは仕方ないと、ポイントカードにスタンプを押してもらおうとした俺は驚くべき返答をもらった。
「押さないよ?」
「…………え?」
「だってお願いなんてしてないじゃん? 忘れたって言ったらキミが進んで貸してくれたんだよ?」
…………………………。
た・し・か・に…………!
「そうだな」
「そそ。キミがイヤだなーって思うような時の十回なの」
「なるほどな」
こりゃ一本取られたわ。
とはいえ確認しなかった俺に落ち度はある。
それにこの十回がなくならない限りは──。
そんな邪な感情は抑えようとしても抑えられるものではなく。言いくるめられているような気がするも、俺にとっては都合が良かったりする。
空白は、守られた!
などと心の中でガッツポーズをした──。
◇
そんな日々が続いたある日、ついにポイントカードにスタンプがひとつ、押されてしまう事態に直面した──。
昼休みの校舎裏。葉月さんは珍しく人目を気にしていた。そうして、とんでもないお願いをされてしまう──。
「そのお願いはさすがに聞けないよ」
「そっか。じゃあもう、ポイントカードなんてあっても意味ないね。それ返して。おしまいにしましょう」
それは思いもよらない言葉だった。
でも確かに、断るってんじゃポイントカードの意味なんてない。
「わかった! やるよ。やればいいんだろ? どうなっても知らないからな!」
「キミは本当にわかりやすいね。じゃあ、お願いします!」
ニコッと笑うもその笑顔からはどこかいじらしさを感じた。
葉月さんからのお願いとは、恋人のフリをすることだった。
クールビューティな葉月さん。
その近づき難い雰囲気から、話し掛けてくる人なんて殆どいない。隣の席の俺が挨拶すらできないほどに、分厚いを壁を感じずには居られない存在だった。
イケメン・陽キャ・パリピの三銃士でさえも敬遠するほどに。
しかし、ここ最近。
隣の席の俺と談笑しているためか、男子たちが近付いてくるようになった。
体育の授業で葉月さんが俺の体操着を着ていたことも、一部では変な噂がたった。
そうして訪れたのは告白の嵐!
人によっては二度三度告白しに来る者まで現れた。葉月さんは珍しく困ったような感じだった。
責任は俺にある。のだが、こんなお願いをハイそれと聞けるわけもなく。スタンプを引き換えに承諾する形となった。
ただ、その日を境にスタンプが押される機会は増えていった──。
◇ ◇
「こ、恋人同士ならキスくらいできるだろ!」
昼休み。俺と葉月さんがご飯を食べていると、パリピがこんなことを言ってきた。
まさかにも、こんなことを言うやつが居た事には驚きだが、それくらい俺が葉月さんと付き合うことは、現実味に欠けるのだろう。
当然俺はこんな話を承諾できるわけもなく、またひとつ、スタンプが押されることになった。
頬へのファーストキスとともに、大切なスタンプの空白が埋まってしまった。
それはまるで、終わりへのカウントダウンのように思えた。
◇ ◇
それからも、スタンプはどんどん押されていった。
──林間学校。
夜中に二人で抜け出し夜空を見に行った。
──文化祭。
校内ベストカップルに選ばれた。
──夏の夜。
二人でした手持ち花火大会。
いろんなことがあった。
あくまで付き合っているフリという大前提がある以上、本当の恋人のような行為をする際はポイントカードに頼らざるを得なかった。
そのたびに、俺の初めてと引き換えにポイントカードの空白は埋まっていった。
そうしてついに、最後のスタンプを押すときが来てしまった──。
その日は三者面談があって、葉月さんは進路のことで親と揉めたようだった。
葉月さんは独り暮らしをしているけど、その実、親とは仲が悪いようだった。お父さんは大きな会社の社長で、言ってしまえば葉月さんは令嬢のような子なのだ。
「ぎゅってして」
それはふいに、静かな階段隅で言われた。
「ちょっ、おま! それはダメだろ。だって俺ら恋人のフリしてるだけだし」
「なら、ポイントカード出して」
葉月さんは素っ気なくそう言った。
出せるはずがなかった。
だってもう、スタンプは九つ押されている。残る空白はひとつだけ。
いくつもの季節をポイントカードとともに、葉月さんと過ごしたというのに、これがなくなったらふっとどこかに消えてしまうような、そんな不安は今も尚残ってる。
いつだって、俺たちの間にはポイントカードがあった。
それでも俺は、思ってしまったんだ──。
今ここで、抱きしめなかったら壊れてしまうんじゃないかって。
そう思えるくらいに、普段は余裕のある葉月さんが弱々しく見えた。
だから俺は抱きしめた。
これが最後と知りながら──。
「どうしてキミが泣くのかな?」
ほとんど無意識だった。
溢れだす涙をとめることができない。
「どうしてかな。あれ……わかんないや……」
嘘だ。
全部わかってる。俺はもっと、この関係を続けたかった。
「そっか。キミは本当に、不器用な人だね」
そう言うと、優しく抱きしめてくれた。
そのまま、俺は涙が枯れるまで泣き続けた──。
伝えたい言葉をなにひとつ言えずに、俺たちは別れた──。
◇ ◇ ◇
「おっ兄ちゃーん。ご飯できたってママーンが言ってるよーん」
なんのことなしに、ノックもせずに妹が俺の部屋に入ってきた。
俺はボーッと天井の染みを眺めていた。
「どったのお兄ちゃん? モード・黄昏を開眼させちゃったのかな?」
「あぁ悪い夏恋。学校帰りに買い食いしてきちゃったから夕飯はパス」
バタンと俺の部屋のドアが閉まる音がした。
気を利かせて出ていってくれたのかな、なんて思ったのだが、
「目、腫れてるじゃん。どしたの?」
事もあろうか夏恋はベッドに腰掛けていた。
恋愛マスターを自称するうちの妹は、なんでもお見通しのようだった。
それから仕方なく今日の出来事を話すと、夏恋はニヤリと笑った。
「くよくよしなーい! さあ、お兄ちゃん消しゴムをまん丸に削るよ!」
元気ハツラツな様子に、正直困った。
今はひとりになって、天井の染みを眺めていたいのに。
「それは、また今度な」
「善は急げだよ! この機を逃したら本当に終わっちゃうよ?」
本当にという言葉に、俺は食いつかずにはいられなかった。
「まだ、終わってないのか?」
「とーぜん! というか、やっと始まるんだよ。葉月さんはお兄ちゃんのことを待ってるとみた!」
なんだって……?
自信有りげな夏恋の様子をみるに、嘘はついていない。何よりうちの妹は恋愛マスターだ。
「信じていいのか? これ以上辛いことがあったらな、お兄ちゃんは風に流れて何処かに消えちまうかもしれないぞ?」
「恋愛マスターの妹を信じなさい!」
「わかった!! でも消しゴムなんて削って何に使うんだ?」
「そんなの決まってるじゃん! 消しゴムころころ転がしちゃおう大作戦、2ndシーズンだよ! ここからまた、始めるんだよ!」
「それはさすがに、無茶なんじゃ?」
「ノンノン! いい? 次はパンツなんかせがんじゃダメ。スタンプ十個貯めたら、君に伝えたいことがある! とかそんな感じのやーつ!」
「なっ──」
せがんだつもりはない。
でもそういうことになっていたのも事実。
こんな無茶苦茶な作戦が通るとはまさかにも思えない。そんな俺の様子を見かねてか、妹は俺に肩ポンをしてきた。
「掛け違えたボタンを元に戻すんだよ。お兄ちゃんが欲しいのはパンツじゃない。そのことを、今度はハッキリ言ってやるんだ!! 絶対うまくいく!!」
その言葉を聞いて、ハッとした。
あぁそうか。そういうことだったのか……!
いつだって俺と葉月さんの間にはおパンツ引換券があった。
そう。ポイントカードじゃない。
あれは、おパンツ引換券だったんだ。
ポイントカードとしか思ってなかったから誤解していたんだ。あれはスタンプを十個貯めたらおパンツと交換できる、そういうやましさ満点の歪なもの。
それを根底からやり直す!
だからこその2ndシーズン!
さすが恋愛マスター!
「わかった!!」
元気な声で俺が返事をすると夏恋は「フッ」と鼻で笑った。その余裕な様子からは作戦の成功は手中にあると確信した。
俺たちは夕飯を食べるのも忘れ、消しゴムをまん丸にする作業に没頭した──。
◇ ◇ ◇
そうして翌日。
俺はまた……消しゴムを落とす──。
今回は彼女の足下に狙いを定め──。
そりゃっ!
コロコロと転がる。昨晩、妹と擦ってまん丸にした消しゴムは思いの外、コロコロとコロコロコロコロと転がり続けた。
そしてそれは、葉月さんの足下を通過する勢いだった。
やってしまったと思った。
と、その瞬間!
消しゴムは葉月さんの上履きに当たった。
あれ……?
さっきまでそこに脚はなかったのに……。なんだかそれはとってもデジャヴのような、そんな気がした。
そして──。
「残念。バレバレですよ?」
そう、ひと言だけいった彼女の顔は意地らしくも可愛げのあるものだった──。
もう一度、また。
ここから、始まる──。
今度はおパンツ引換券ではなく、君に好きと伝えるためのポイントカードを──。
最後までお読みくださりありがとうございました……!
他にも色々投稿しておりますので、良ければ作者マイページよりお読みいただけると嬉しいです!
最後に……!
★評価をしてくださると嬉しいです!
★ひとつでもふたつでも構いませんので(੭ ›ω‹ )੭