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5/6

5(完)

 いつまででも寝ていられる気がする。柔らかい寝台ベッドは久しぶりで出たくない。

寝転がりながらアルフレッドさんはどうしているだろうかと思う。

 昨日の醜態は恥ずかしい。でも、そろそろ起きないとおかみさんが掃除をしに来てしまうかも。

ノロノロと顔を洗って着替え終えると、控えめにドアが叩かれる。


「ルチル、アルフレッドだ。起きてるか?」

「はい」

慌てて荷物をまとめてドアを開けた。


「おはよう。眠れたか?」

「はい」

私の顔は多分昨日泣きすぎたせいで酷いのだろう。

一瞬だったけど、彼の顔が心配そうに歪んで、それからいつもの笑顔を浮かべた。


「まだ居てくれてよかった。一度外に出て戻ってきたんだ。その間に、ルチルが居なくなってたらどうしようかと思った」

 大分心配させてしまったらしい。彼の優しさは心地よい陽だまりのようで、抜け出せない底なし沼のようでもある。


「食事は?」

 私は首を振る。今はとても食べられそうになかった。

「大丈夫。ギルドに行くんでしょう?」

「ああ、今朝先に一度顔を出してきたんだが、マスターが俺と一緒にダンジョンを踏破した人物にどうしても会いたいと言ってな」


「え? ギルドマスターが?」

「ダンジョンについて、聞きたいことがあるらしい」



  私たちは大通りにあるギルドまでやってきた。色あせた看板の下をくぐると、中で談笑していた一団から、好奇の視線が飛んでくる。

 竪琴を抱きしめて怯んだ私の背に、アルフレッドさんの大きな手が添えられる。

「ギルドマスターに来るように言われてたんだが」

「はい、お待ちください」


しばらくして、二階に通された。大きな机の前にギルドマスターらしき男性が座っていて、向かいに椅子が二つ置いてある。

「まあ、座んな。俺がギルドマスターをやってるもんだ。あんたがアルフレッドと一緒にダンジョンを踏破したって言うお嬢さんかい? 中はどうだった? どんな風に戦ったんだ?」

「はい」


 私は、ダンジョンの中でアルフレッドさんがどんな風だったかを話した。

 ああだった、こうだった。彼の鮮烈な戦闘は忘れられない。思わず熱く語ってしまう。

 話が終わるとマスターは言った。

「なるほどねぇ。確かにあんたのサポートは優秀だ」

「え?」

 アルフレッドさんがいかにすごいかを語っていた私はびっくりする。自分が何をしたかなんて一言も言ってない。


「アルフレッドはあんたの言う通り戦ったんだろう? こいつからも聞いてるから裏は取れてる。もっとも、あんたが語るそいつの方が数倍格好いいがな」

 あんたがどう思っているかはよくわかった、と、にやりとマスターは笑った。

慌ててアルフレッドさんの方を見ると、彼は耳まで真っ赤になっている。私は頬に熱が集まるのを感じた。


「で、だ。話を戻すが、あんたの話が本当なら、いくらこいつが超人でも、いつものこいつの倍くらいの能力がねぇと無理な戦い方だったぜ?」


「あんたにいい知らせと悪い知らせだ。あんたは、竪琴持ってるし、竪琴師のルチルで間違いねぇな」

「はい」


「まずは悪い知らせの方からだ。あんたには、前のパーティーメンバーから実力虚偽申告の疑いが出されている。そこで、俺はあんたを見かけたら、降格するかどうか試験を受けさせることにしていた。そして、いい知らせだ。俺はあんたの話を聞いて、昇格するかどうかの試験も並行して行うことにした。もし結果がまあまあだったら、そのままのランクだな」


どうする? 受けるか? とギルドマスターは聞いてくるけど、私に選択肢はない。一択だ。

「受けます」

言い切った私にギルドマスターはいい返事だ、と笑う。


じゃあ、30分後試験を行う。待ってろ、と言い置いて1階に降りるように促される。


 私は不安だった。

もし、私が降格したらアルフレッドさんはどうなってしまうんだろう。彼まで虚偽の申告をした疑いをかけられてしまうのだろうか。


「大丈夫、ルチルなら出来る」

 アルフレッドさんは冷たくなっている私の手に手を重ねる。彼の温かな手に包まれて、ほうっと知らず詰めていた息を吐いた。


その時だった。

「なんだぁ? 人嫌いの光弓士様ともあろうやつが、色仕掛けで落ちたのか?」

下卑た声が飛んでくる。見れば剣士らしき大男が立っていた。


「あんた、よく見たら噂の竪琴師さんじゃないか。前のリーダーは良かったか? こいつの方が良いのか? 俺ならもっと……」

 男が、私の肩に触ろうとしてくる。何を言われているのかはわからないけれど、ものすごい嫌な感じがした。

「黙れ。それ以上言ったらその口二度と使いものにならなくしてやる」

その手は私に触れる前に、ブリザードを背負ったアルフレッドさんに叩き落とされた。


「なんだと! てめぇ」

「なんだ? 喧嘩か? ロバート、そいつと喧嘩するならちょっと付き合え。そしたら特例で、とことんやらせてやる」


「本当か、マスター」

ローブをまとった女性を連れたマスターが顔を出す。待たせたな、とこちらを向いて言った。


「ルチル、アルフレッド、ロバート、表に出ろ」


 なんだなんだ? 喧嘩か? 面白い、何が起こるんだ? と、野次馬が騒いでいる。


「これより、試験を行う。Bランク冒険者、ルチルの力を測る試験だ」

おおー、と声が上がる。


「今から、このギルドで魔術の講師をしているメラーニャ先生が、アルフレッドにデバフをかける。アルフレッドとロバートには、その状態で素手で戦ってもらう。その状態からサポートに入り、アルフレッドを勝たせられたらルチルのランク昇格、負けたら降格だ」


 いいねぇ、どっちが勝つか賭けようぜ。周りは口々に好き勝手な言葉を言っている。私は、アルフレッドさんを巻き込んではいけないと口を開こうとしたけれども、ギルドマスターの方が早かった。


「では、はじめ」

 マスターの掛け声とともに、両者が飛び出す。ロバートというあの大男が初めに仕掛けた。アルフレッドさんはひらりと身を躱す。しかし、メラーニャ先生が呪文を唱えると、ぐっと動きが鈍くなった。それを見逃さず、ロバートが一撃を入れる。アルフレッドさんは受け身を取ったけれども、身体がありえない位置まで下がっている。


「やっちまえ、俺はお前に賭けたぜ、ロバート」

歓声が上がる。


 これは、何だろう。魔法には詳しくないが、重力強化、吹き飛ばし強化だろうか。私は、竪琴を鳴らして、身体強化、速度強化をアルフレッドさんにかける。


 にやりとアルフレッドさんが笑い、ロバートの懐に飛び込んで腹を蹴った。

「てめぇっ、大人しく殴られてろ」

 ロバートが、吠える。そのまま、戦闘は続いてく。アルフレッドさんが、やや優勢に見えたが、両者は拮抗していた。


 どうにか、どうにかしなくては。私はアルフレッドさんの身体強化を重ねがけし、ロバートに物理耐性低下のデバフをかけた。アルフレッドさんがそれを見逃すはずはない。仕掛けに行く。高く跳躍し、一瞬ロバートが彼を見失った隙に空中から身をよじって回し蹴りを放った。


頭を蹴られたロバートは吹き飛んで、呻いている。


「よし、そこまで。三人ともよくやった」

「大丈夫? アルフレッドさん」

私は、回復の旋律メロディを弾きつつ、彼に近づいた。


「回復、ありがとう。久しぶりに割とやられたから助かる」

「よしよし、お前ら、それは後だ。ほらこっち来い。ルチル、ギルド証を出せ。アルフレッド、お前もだ」

 私たちは、慌ててギルド証を渡す。マスターは受付のお姉さんにさっと渡してしまう。しばらくして、返ってきたそれには……


「Aランク、ただし特殊条件の下、Sランク?」

呆然と私は呟く。

「特殊条件ってのは、そこに書いてあるだろう? アルフレッドと組むことだ。アルフレッド、お前はルチルと組んだらSSSランクだ」


 野次馬たちは一瞬静まり、それからわあぁぁっと歓声を上げた。



「やったなお嬢ちゃん!」

 知らないおじさんに話しかけられて、どうしたものかと困っていると、アルフレッドさんが手を引いて少し拓けたところまで誘導してくれた。


「お前ら、正式に組んではいなかったよな? どうするか方針が決まったら言ってくれ。一応手続きがあるからな」

マスターの声が飛んでくる。


「アルフレッドさん、ありがとう。もう手を離しても大丈夫よ?」

 私たちの手は繋がったままだ。

「嫌なのか?」

「そんなことは、ない……けど」

 とてつもなく、恥ずかしい。だって、こんなに大勢の前で手を繋いでいるなんて。彼は上機嫌だ。これは離してくれなそう。

「それより、改めて言おう、俺とパーティーを組んでくれないか?」

振り仰いだ私は、次の瞬間、それに気づいてしまった。彼の耳はうっすら赤く染まっている。


 彼も、恥ずかしいのだろうか。それでも、私の手を離さないでいてくれるなんて、勘違いしてしまう。だって、私は——

「今日は、ううん、違うわね。今日もありがとうアルフレッドさん、私でよければ……是非」

 弾き出された答えは、意外でも何でもなく、けれど、認識すれば羞恥心が増す。


 野次馬たちが、口笛を吹いて騒ぎ立てている。


 彼だけは、信じられる気がする。そして何よりもっと一緒に居たかった。ここでさよならなんて、絶対に嫌だと思った。それだけは間違えない。


 私は、握られた手にそっと力を込めて、彼の手を握り返した。




 それが、一年前のことだ。以来私は、ずっとアルフレッドさんと旅をしている。

彼とは、喧嘩をすることもあったけれども、その手を取ったことを後悔したことは、一度もない。

 いつからだろう。私たちは、お互いを意識しあっている。

それでも、打ち明けないのは、この旅が楽しいからだろう。


「こないだの街は、魚が美味かったな」

竪琴をつま弾きながら、そうね、と頷き返す。

 流れ者の私たちだけれども、定住することに憧れはある。最近、彼はこうして街の感想を言うようになった。


「さて、次に行くか」


私は、立ち上がる。


「ルチル、あんたは最高のパートナーだ」

不意に彼が眩しそうにこちらを向いて言うから、私は彼に向かってとびきりの笑みを浮かべる。

「あなたと出会えて良かった」


 きっと、もっとずっと私たちの旅は続いていく。

けれど、居心地のいい街に出会えたら告げるのだ。

あなたが好き、この街で暮らそうと。


ルチル目線はここで終わります。番外は、元パーティーメンバー視点になります。

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