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「ルチル、あんた今日でパーティーを抜けてちょうだい」

「は?」

 突然の言葉に思わず手が滑った。手にしていた竪琴が嫌な音を立てる。


 うるさいわね、と茶色い瞳を鋭く尖らせるのは、赤髪の女戦士アザレア。

「ちょっと、どういうことなの? これからダンジョンを攻略するんじゃなかったの?」

 そうだ、そうなのだ。私たちはダルカンの街の近くに新しくできたダンジョンを攻略しにきた。


「……そう。だから、邪魔。抜けて、あなた、中途半端」

 答えたのは、水色の髪と瞳をした少女ファラ。小柄な彼女は、見かけによらず凄腕の魔術師だ。



「悪いな、ルチル。その、君は本職じゃないだろう?」

 リーダーである、金髪碧眼のまるで王子様のような容貌のルーファスは、白い髪に金の瞳の一人の少女を伴っていた。


「ヒーラー……」

 白いローブを身につけた少女は、間違えようもなく神官ヒーラーだ。


 リーダーである剣士のルーファス、盾役タンクの戦士アザレア、パーティー最大の火力を誇る魔術師ファラ。そして、竪琴師なんでもやの私は、駆け出しの頃から共に旅をしてきた。今の私たちのランクはBだ。だが、最近みんなの怪我が増えて、私の回復は追いついていなかった。


「私じゃ、力不足ってこと?」

ごめん、とルーファスは目を伏せる。

短い言葉だけに、グサッと来た。

そっか。悔しいけど、比べたことはないが本職ではない私の回復は、神官ヒーラーには及ばない。


「わかったよ」

「そう言ってくれると助かるよ」

ルーファスはほっとしたように微笑む。


「ああそうだ、ルチル、この子に使えそうな装備は全部置いていってね」

アザレアの言葉にギョッとするが、パーティーとしての方針だと言われれば仕方ない。


着けていた指輪と腕輪、一番良いローブを渡す。

「これから、どうしよう……」


 追い打ちをかけるようにザザァと風が吹き、私の黒髪を嬲っていく。悔しい。青い瞳は涙が滲んではいないだろうか。それを見せないように、下を向く。

かつての仲間が去っていくのを見送って、ため息をついた時だった。

「仲間と揉めたのか? あんたもついてないな」


 少し離れたところから声をかけられてそちらを見ると、銀髪緑眼の青年が立っている。23歳くらいだろうか、19の私よりは年上に見えるが、若い。弓と矢筒を背負っているところを見るに、弓使いだろうか。

「……あなたも冒険者?」


嫌なところを見られてしまった。

「そんなところだ。あんた、近くの街まで来るときに商人の護衛をしていただろう? 俺も護衛として雇われていた」


「そうなのね。気づかなかったわ。ごめんなさい」

「しかしダンジョンの前に置き去りとは、ひどいことをする。あんた見たところ、後方支援だろう。街まで一人で戻れるか?」


「それは……」

はっきり言って不安しかない。

「俺で良ければ街まで送ってやろうか?」

それはありがたいけれど……


「私、報酬なんて払えないわよ」

値打ちのありそうなものは、先ほどかつての仲間に渡してしまった。

「あんたが払えないのくらい見ればわかるさ、まるで身ぐるみ剥がされたみたいになってるじゃないか」


 あらためて考えると私の格好は浮いている。酷い、と言い換えても良い。明らかにこのダンジョンの付近で着ているには不釣り合いな格下のローブに装飾品はなし。


「これも何かの縁だ。死なれても寝覚めが悪いからな」

「ありがとう。私はルチルよ。よろしく」


「俺はアルフレッドだ。短い間だが、よろしく頼む」

 彼は笑顔で手を差し出す。握り返しながら、私は久しぶりに向けられた温かい感情に、さっきまでとは別の意味で涙が溢れそうになるのをぐっとこらえた。


 


 ダンジョンの入り口から、街までは二日くらいかかる。命の恩人のアルフレッドさんに、そう長く時間を取らせては申し訳ない。私は、少しでも役に立とうと竪琴を鳴らして、身体強化、速度強化のバフをかけた。


「さあ、これで……身体は大丈夫? その、おかしなところがあったら言ってね?」

「大丈夫だ。いつもよりずっと身体が軽くて調子がいい」

アルフレッドさんは矢をつがえない空弓の状態で、つるを弾きながら答えた。

「それは、よかった」

ほっと胸をなでおろす。


 私たちは、森を抜けて街へと向かうため出発した。


「すごい」

私は、アルフレッドさんの強さに感嘆の声を上げる。

 彼は、光る矢をつがえ射る。その矢は、途中で割れ、不思議な曲がり方をして3体のゴブリンの頭に命中する。

「あなた、魔導弓の使い手だったのね」


 ソロで活動していたと聞いたので、ある程度腕がいいのだろうと予想していたが、想像を超えていた。魔導弓は、普通の弓より飛距離が自由と聞くけれども、彼のように自由自在に必中する矢というのはなかなか撃てないものだ。


「ああ。まだ遠いが、何か大きいのがいるな」

わかっている、と頷き返す。日が暮れてきた。夜は魔物の時間だ。カンテラに火を入れる。

 

 グルルルッといううなり声がして、半分腐った死体と化した狼が襲ってくる。私は、狼に魔法耐性低下デバフをかけた。リィンという澄んだ不思議な音。アルフレッドさんの魔法の矢だ。狼の身体はサラサラの砂となって崩れた。

 


もうすっかり日は暮れていた。暗い森の中に青白い光が浮かび上がる。これは——

「リッチか。また面倒なのが」


 賢者の魂が化けたものとも噂されるリッチは、魔法耐性がとても高い。普段ダンジョンの奥の方にしかいないリッチだが、賢人が死ぬとそれ以外の場所にも現れると聞く。

「ルチル、デバフを頼めるか?」

「はい」


「あいつの物理耐性と、魔法耐性を下げて欲しい」

アルフレッドさんに頷き返す。


 私は、身体強化バフに上乗せして、デバフをかけるため、竪琴をかき鳴らした。デバフの音はいつ聞いても嫌な音だ。

リッチがこちらに気づき、私を瞳のない目で捉える。


 ぞわっとした嫌な気配に、思わず身体が震えた。

アルフレッドさんは、どうするのだろうか。


「こちらだ。化け物め」

 彼は、矢筒から普通の弓使いが使う弓を取り出してつがえた。余裕の表情だ。それを見ていたら、震えが収まり、冷静になる。彼がいるのは頼もしい。


 アルフレッドさんのつがえる矢が白色に光る。

これは……魔力を流し込んでいる?


ビュッという風を切る音がする。一本、二本。

 次の瞬間、飛んでいたリッチは落ちていた。


「やったな」

 高揚感のままアルフレッドさんが手を出してきたのでハイタッチをする。

彼は、ヒュウっと口笛を吹いた。

「ルチル、あんたいい腕してる」


「ありがとう」

「戦ってた俺が言うんだから間違いない。俺一人だったら、4本は撃たないとダメなとこだ」

 目を輝かせて、褒めてくれる彼になぜか私の顔は熱くなる。

最近嫌な感情しか向けられていなかったからだろうか。心臓がうるさい。


その時、彼の腕に擦り傷があることに気づいた。

木々の間を縫うような戦闘だったからだろう。

私は癒しの唄を奏でた。


「回復も使えるのか」

傷の消えた腕をさすりながらアルフレッドさんが感心したように言った。

「なあ、あんた性格も悪そうに見えないし、見たところ腕もいい。パーティーで何かあったのか?」


彼は心底不思議そう問いかける。

 最近パーティーで怪我が増えたこと。回復が間に合わなくてみんなに迷惑をかけていたこと、新しい神官ヒーラーと入れ替わりに追い出されたことをぽつり、ぽつりと話す。アルフレッドさんは、顎に手を当てて難しい顔をして聞いている。


しばらくして、彼はいいことを思いついたとばかりに目を輝かせた。

「なあルチル、俺のパーティーメンバーにならないか? まあ、その、俺もパーティーにはあんまりいい思い出がなくて、最近ずっとソロだったんだが、あんたとなら組んでもいい」


「え?」

「どうだ?」

どう、と言われても……私で良いのだろうか。


「私は、器用貧乏で役に立てるか」

「何を言ってるんだ。あれだけのサポートをしといて。俺と組むのが嫌なら、ストレートにそう言えばいいのに」

「違うわ!」

 私は咄嗟に大声を出していた。嫌なはず、ない。

 さっきの戦闘中、彼は私の意図を汲み取って行動してくれた。きちんとデバフをかけた個体から倒してくれたのだ。初めての共闘だったと言うのに、長年いたパーティーよりずっと自然に戦えたと思う。

 それに彼は気が利く。さっきから、適度に休息を取ってくれていたし、速度ももっと出せるだろうに私に合わせてくれていた。


「それだけは、違う。決して嫌なわけでは。むしろあなたのような人とパーティーを組めたら、どんなにいいことかと」

「なんだ、フラれたのかと思って落ち込むところだった」

 彼は、ほっとしたように微笑む。

私は、痛感していた。この人は、そうとう腕がいい——あらゆる意味で。


「まあ、合わなかったらその時やめれば良いさ」

 じゃあ、よろしくな。と差し出された手を、私は握り返す以外の選択肢はなかった。



 街に着くと、私たちは手分けして食料品と薬品を買うことにした。

 アルフレッドさんが、お試しでダンジョンに挑もうと言ってきたからだ。ローブや装飾品も欲しいところだったが、私は収納袋マジックバッグを買ってしまったので、そんなに持ち合わせはない。


「いたいた。ルチル、終わったか?」

「あの、私こんな装備なんだけど、本当についていって大丈夫?」

彼はきょとんとした。


「大丈夫だろ? 装備なんてダンジョンで拾えば良い。ここで買ったらもったいない」

 それは、そうなのだけれど……私は先日の一件ですっかり自信を失くしていた。


「もし、私のせいでアルフレッドさんにご迷惑をかけてしまったらと思うとですね」

 もごもごと言い淀む。彼の腕を信用してないかのように聞こえてしまったかもしれないが、決してそうではない。

「大丈夫! そんなことはないし。もしそうなったら俺も同罪だ」

 明るく言う彼は本当に優しい人だ。

「私、頑張るから」

 彼の役に立ってみせる。私はアルフレッドさんに見えないように拳を突き上げた。


ハイファンタジーのような、異世界(恋愛)のような……。

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