第五部 【消えない想い】
第五部 【消えない想い】
「ワンワンフェスティバル?何それ?」
せっかくの日曜日に朝っぱらから年頃の女学生が家の中で何もせずにゴロゴロするのは一部の引きこもりか、オタクか、まどかぐらいだろう。いや、ある意味趣味に時間を費やしてるオタクの方が幾分マシであろう。
「2年に一回ある犬の祭りみたいなもんじゃ。これポストの中に入っとった。」
そういって祖母から差し出されたチラシを横着して寝返りをうつように手を伸ばしてまどかは受け取った。
チラシには『かわいい子犬とふれ合える祭典!気に入った子はその場でお持ち帰りも可!!』と書かれてある。
「ねぇ、ここにいる子達ってもらえるのかな?」
「いや、販売らしいけど普通にペットショップで買うよりかは安いらしいで。まどかが行くんなら私もついて行くんじゃが。」
「うーん・・・まぁ暇だしいっか。一緒にいこ、おばあちゃん。」
犬を見ればきっとポポロのことを思い出す、そう考えてあんまり気乗りしないのが正直な気持ちだったが、祖母の心遣いを邪険にしたくないと思ったまどかは行くことにした。
それを聞いてよっこらしょと言いながら祖母は立ち上がった。今年で80歳を迎えるまどかの祖母は、体がいうことを聞かないと最近口癖みたいに言うが、他の同世代のおじいちゃんおばあちゃんと比べると病気一つせず、腰もまっすぐで極めて健康体の理想的な年寄りだった。それというのも一緒に住み始めてわかったことだが、毎朝欠かさず6時に起きてラジオ体操を大音量で始めだすものだからゆっくり寝たい土日にも、決まってこの時間に一度目を覚ましてしまう。まぁまどかの場合はその後二度寝するわけだが。そして夕方には日課の散歩で一時間ぐらい島のあちこちを歩き回って夜の20時半にはすでに就寝してるのだ。こういう生活習慣が健康体たる所以だろうが、夜更かししたい年頃のまどかにとっては居心地が悪く感じることがあるのも事実だ。それでも遅くまで起きていても何も言わない優しい祖母がまどかは大好きだった。
ワンワンフェスティバルは本土の市街地にある自然公園で行われる。普段買い物などは島にあるお店で事足りるため、こういうイベントでもない限り二人で船に乗って本土にやってくることはない。
日曜日ということもあり船から降りると本土の港にはこれから島に行こうという観光客でごった返していた。昨今は特に外国人観光客が多く見受けられ、観光シーズンになるとここが日本だというのを忘れそうになるくらいだ。そんな光景に目もくれないあたり、まどかもすっかり宮島の住人になったということだろう。
この宮島口からワンワンフェスティバルの会場までは電車を使うことになる。広島の名物の一つでもあるこの路面電車は市内を中心にいくつかの路線が展開されており、広島県住民の主だった移動手段の一つで平日・休日に関わらず利用する人も多い。とはいえ時間は13時過ぎ、昼時はやはり人は少なかった。電車を降り、そこから歩くこと15分・・・見えてきたのはまるでパレードでも始まるかのようなやたらと着飾ったゲートでそこには大きくワンワンフェスティバル2021と書かれていた。
「うわぁ・・・すごく楽しそう!あ、あそこふれあい広場って書いてあるよ!」
そう言いながらまどかが指さしたのは、ゲートをくぐってすぐ左奥のグラウンドに円形状の大きな囲いがしてあるふれあい広場だ。中には小さな子供もいて恐る恐る触ろうとしてる姿が何とも微笑ましい。その光景を見てふとゆずのことが脳裏に浮かんだが、誘ったとしても来ないことは目に見えてるので考えないことにした。
近くまで行ってみると中には生後1年にも満たないようなチワワや柴犬などの小型犬が大半を占めており、こういう場には慣れていないのかやたら警戒して吠えるものもいれば疲れ果てて我関せずといった感じで熟睡している犬もいる。動物が大好きなまどかにとってこの光景を見てるだけでも気分転換になるはずなのだが、どこか満たされない自分がいることに気づく。
(・・・なんだろ、楽しいはずなのに・・・)
何でこんな気持ちになるんだろうと考えているときにふと祖母の視線が自分に向けられていることに気づく。
「・・・あっ!おばあちゃん、私もこの中に入っていい?」
その場を取り繕うように明るく言ってみせたつもりだったが、何かを察した祖母は優し気な表情を浮かべた。
「あんたはこっちの方がいいかもしれんね、ちょっときんさい。」
「・・・え?」
そう言って祖母はゆっくりとまどかの手を引いてふれあい広場とは逆方向、ドーム状の建物の方向に歩き出した。
このワンワンフェスティバルはいくつかのエリアに分かれており、屋外エリア一帯が先ほどのふれあい広場になっている。対して屋内では販売を中心とした区画になっていて、さらにそこから犬の種類別に分かれている。学校の体育館よりもずっと広いこのエリアに余すとこなしく配置されているあたり、かなりの種類の犬がこのイベントに参加しているのがわかる。
そんな中、祖母がまどかをの手をひき、連れてきたエリアは一つしかない。いうまでもなくポメラニアンである。もしかしたら、この選択はまどかにとって残酷だったかもしれないが、たまに寂しそうにするまどかの心の隙間を埋めてくれるのはこの犬だけなんだろうと考えた結果だ。あわよくば欲しがるなら飼うことにしようとまで考えていた。
まどかは手を放し何も言わずにゆっくりと囲いに近づいていく。その中には白毛や黒毛のポメラニアンが10匹ぐらい入れられていて、柵の前でしゃがんだまどかに一匹の白いポメラニアンが近づいてくる。ハッハッと言いながらまどかの目を見つめるその犬はこころなしか笑っているようにもみえる。
(・・・全く人の気も知らないで、この子は)
つられるようにまどかにも笑みがこぼれて、その様子を後ろからだまって祖母は見届ける。やっぱりまどかにはこういう子が必要なんだとわかったが、本人が言うまでは何も言わないでおこうと決めていた。
よってきた犬の頭をなでながら、まどかはポポロのことを思い出していた。
(・・・ポポロもこれだけ素直だったらもっと可愛かったのに。ううん、もしかしたらこの子もしゃべれたらポポロみたいになるのかな。)
見れば見るほどポポロのことを思い出してしまい、だんだんと目頭が熱くなってくる。死んだ子はもう帰ってこない。そんなことはまどかもわかっているが、たった一つ心残りがあった。どうしても伝えたかったこと、それが伝えられなかったことが彼女の心の傷となっていていまだに胸を締め付ける。それは例え新しいパートナーを見つけたとしても決して埋めることなどできない、まどか自身それがわかっていたからこそ、
「・・・行こ。」
とその犬を欲しがることもなく自らその場を離れたのだった。
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第五部 まだ続きます 2020/07/09更新