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ポポロ二アン  作者: ホシヨミ
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第四部 【転生】

第四部 【転生】


-2021年6月上旬(第三次芸予地震から一年と十か月後)-

「じゃあ『ポアロ』学校行ってくるから!帰ったらまた散歩ね!」

「ワン!八ッ八ッ」

(楽しみだ、はやく行きてえな、散歩!)

ポアロと呼ばれた黒毛のポメラニアンは主人の声に合わせてしっぽをフリフリしながら返事をする。

『早く帰ってこいよ、ゆず』と言いたかったが、言葉が話せない以上態度で証明するしかないのだ。

まだ生まれて八か月のポアロがこの家にやって来たのはつい一か月前のことで、そのときのことはポアロ自身よく覚えていた。ペットショップにやってきた一組の家族。最初はガラス越しで何を言ってるのかわからなかったが、定員に連れ出されポアロが差し出されたのが今の女の子、ゆずだ。なかなか手を出してくれないうえにこころなしか震えてるようにも見えた。そんなに俺がこわいのかと嬉しいような悲しいような複雑な気持ちのポアロだったが、恐る恐る差し出された手にようやく支えられるととりあえず警戒心をといてやろうと舐めてやった。最初はビクッとなったがしだいに笑ってくれるようになり、「この子がいい!」と言い出したときにはポアロ自身驚いたものだ。だが彼女がポメラニアンを選んだのには理由があって家族との会話の中でポアロがそれを耳にしたのはつい最近のことだった。彼女曰く、「私が犬を苦手だったせいで、まどかちゃんの家族を奪ってしまった。」ということらしい。もっともポアロにとってはまどかが誰なのかも、どういうことなのかもチンプンカンプンだ。のはずなのだが、なぜだか頭の中にそれがひっかかっていて忘れることができないでいた。いや、そもそもなぜ生まれたばかりの自分が人間の言葉を理解できるのか、今思えば最初にゆずがつけてくれたこのポアロという名も初めてよばれたような感じがしなかったのだ。

(まどか・・・か)

ゆずの口からその名前が出るたびに頭がちくちくと痛む。だからポアロは余計なことを考えるのはやめ、主人が帰ってくるまで惰眠を貪ろうと決め込んだ。


宮島から本土の高校まで船を使って通学するのは何もこの辺では珍しいことではない。ただ、当然のことながら悪天候で船が出ないこともあるわけだから毎朝天気予報のチェックだけは必ずしているゆずだが、中国地方では予報とは関係なく急に滝のように降ってくる雨もあるので折りたたみ傘は必須ともいえる。去年は最悪だった。朝の天気予報では晴れだったのに午後から急に天気が崩れ、荒れに荒れて船を出してもらえず帰ることすらできなくなったのだ。仕方がないので仲のいい友人宅に泊めてもらうこととなった。こういうとき友達がいてくれて本当によかったとゆずは心底思った。

船から降りてそこからさらに電車に乗って3駅分、そこが彼女の通う宮島桜ケ丘高校だ。島ではないのに宮島なのかと思うかもしれないが、この周辺のホテルや飲食店の名前にも宮島がついているあたり、この地域一帯が宮島という認識なんだろう。

「おはようございます!」

校門の前には生徒指導部の教員1名と生徒会役員が、風紀を正す意味でもあるのか登校する生徒一人一人に挨拶をしている。これだけでとても厳しい学校だというのがわかるが、生徒会役員も毎朝早くて大変だなーとゆずは苦笑いをして挨拶を返す。校門をくぐると、後方からダダダーと足音を立てて自分に接近してくる気配に気づく。もちろん長年の友人だからそれが誰なのか振り向くまでもなく理解していた。

「おはよー、まどかちゃん!」

振り向きながらそういうと、半ば自分に体を預ける感じで、

「おはよー!!」

と抱きついてくるのが最近よくある流れで、仲のいい女子高生達がよくやる微笑ましいコミュニケーション手段だ。

彼女はもともと両親と東京に住んでいた。しかし、二年前の地震の一件で家が倒壊した祖母が住み慣れた宮島にどうしても残りたいと聞かず、仕方がないので島に家も借りたが新しい生活環境だと何かと心配ということで中学卒業後広島の高校に通い、しばらく祖母と生活することを自ら決めたのだ。

もっとも理由はそれだけではなく、親友であるゆずと同じ学校に通いたいというのと、今はまだポポロのことが忘れられず少しでも多く、ポポロのところにいってやりたいという思いがあった。その思いを知ってか知らずか、まどかが同じ学校に通うことになったと知ったゆずは多いに喜んだ。しかもご丁寧に二年連続クラスまで同じになったものだからやはり何か縁があるのかもしれないと彼女は思っていた。

「そういえば、今日の一限目って生物に変更だったよね?」

「うん、宮本先生が体調不良っていってたよね、大丈夫かな?」

「さぁ・・・?あの先生なら大丈夫でしょ!(笑)」

まどかが陽気に笑うのをみて、ゆずもつられてそうだねと相槌をうち、クスリと笑う。

一緒にいると気持ちが楽になる、そう思わせてくれる彼女の楽観的なところがゆずは好きだった。だが今でもまどかに対しての罪悪感は残っている。私が拒否したせいで彼女の大切な家族を失わせてしまった、そのことが心に張り付いて一向に消えてくれようとしない。いや、消してはならない。だからせめて、彼女にこれ以上寂しい思いをさせないよう極力一緒にいよう、ゆずはそう誓った。ならばなぜゆずは今ポメラニアンを飼っているのか、その名前にポポロと名付けているのか。それはきっと彼女にとっての罪滅ぼしなのだ。忘れないように、そして同じことを繰り返さないように。このことはまだまどかにも伝えておらず、散歩してるとき見つかるのも時間の問題だろうとゆずも覚悟はしている。そのときに思ってることすべて打ち明けよう、ひそかにそう決心していた。


遊び盛りで勉強嫌いの学生にとっては一限目が一番憂鬱な時間帯だ。クラスでいかにも、という男子からはまだ9時過ぎかよ、という心の声が聞こえてきそうである。

まどかも勉強は嫌いなほうではないが、好きなほうでもない。だが成績も中学では上の下といった感じでどちらかというと優秀な類に入るので先生や親からも勉強に対して特にもうちょっと頑張れなどストレスがたまるような注意を受けたことはない。だからこそ、普段こんな明るいキャラでいられるのかもしれないと思うときがある。

「ーということで、先生はこの輪廻転生というのが現実にあるなら、本当に面白いと思う。信じる信じないは個人の自由だが、前世の記憶とか残っていたら体や脳は発育途上の子供で知識は人の一生分は持ってるわけだから、いきなり天才になれるかもな。」

ハハハと冗談まじりに授業をする先生の生物の授業はまどかの一番好きな授業だった。もともと知的好奇心が旺盛で、人前で話すことを全然苦ともしないまどかは積極的に手をあげて質問する。

「はい、先生!それって犬とか猫とかでも起こったりするんですか?」

「おお!いい質問だな、三枝。そいつに関しては先生もわからないが、魂ってのは人間以外の動物にもあるだろ?なら起こっても何ら不思議じゃないとは思っている。前世は犬でした!とかいう人がいたら面白いかもな。」

わからないことは見栄はって適当なことをいわず、ちゃんとわからないっていうところは好感が持てる先生である。それが逆に生徒から親近感を持たせてくれていた。

「そうですよねー、そうだったらいいなー。」

そう言いながら着席するまどかに、訝しげな表情をしている先生が今度は逆に質問する。

「ん、お前何かあるのか?そうなったらいい理由が。」

「あ、いえ!なんでもないんです。単純にあったらいいなーって思っただけなので。」

「そうか、そうだな。」

彼女が何を思ってそんな質問をしたのか、先生や周りのクラスメートは理解できなかったが、なんとなく想像がついたゆずは目を伏せる。あれは質問ではなく彼女の願望、そう思った


夕方のホームルームが終わると、クラスメートは部活に行ったり、バイトに行ったり、仲のいい友人と遊んだりなどそれぞれ思い思いのことを始める。まどかとゆずは担任に勧められたこともあり二人して生徒会執行部の役員として活動しているが今の時期はこれといって学校行事もなく、毎週木曜日にある定例会以外の日は早く帰れていた。

「ていうか生徒総会が終わってから私ら結構暇だよねー、何かこう・・・もっと学校に行くのが楽しくなるようなことやりたくない?」

「うん、確かに!今すぐ何かやるのは難しいかもだけど、それなら今年まどかちゃんが生徒会長に立候補して来年のこの時期何か企画してみたら?(笑)」

「あ、それいいかも!黒木会長見てたらすごく楽しそうだし。」

「決ーまり!じゃあ私は副会長に立候補してまどか会長を支えてみせます!」

と冗談っぽく敬礼して見せるゆずに二人は笑い合う。

(・・・やっぱり考えすぎかなー)

心の中で小さくため息をつく。

それというのも彼女は最近、ゆずの様子がおかしいと感じていた。学校にいるときやこうして一緒に帰っているときの接し方は普段と変わらないのに、休日に遊びに行ってもいいかと尋ねると『私の家以外なら』と言って、前みたいに家に入れてくれなくなったのだ。つい最近、一か月前ぐらいからだ。それはそうだろう。今彼女の家にはポアロがいるのだから。ゆずの心境としては、もちろんいつかは話すつもりではいるが今はまだ気持ちに整理がついていないこともあり上手く話せる自信がなかった。それに別の犬とはいえ、毛色が違うだけの同じポメラニアンだ。まどかにとって嫌なことを思い出させてしまうかもしれない、そんな気持ちが先走っていた。挙句の果てには今になって別の種類の犬にすればよかったなと思ってしまったこともあり、そのときほど自分を叩きたかったことはなかった。

だが、こういった親友の些細な変化を気づくあたり年頃の女の子は本当に敏感である。

「そうだ、ゆずちゃん!今から私の家に来ない?おばあちゃんも久しぶりに顔見たがってるし。」

「うん、行きたい!・・・でも、帰ってからちょっとだけやることあるし、17時半ぐらいからでも大丈夫?それともこの時間だともうお邪魔になっちゃうかな?」

やっぱり何か様子がおかしい。今までなら一度自宅に帰って家に遊びに来るなどめんどうなことはしなかった。何か隠してる、まどかは直感的にそう感じた。

「え、ううん。大丈夫だけど。何、今日出た来週までの課題、もう先にやっちゃうとか?」

それとなく探りをいれてみる。不自然さを感じさせることなく咄嗟の機転で情報収集できるのはやはりまどかは口が上手い部類に入るからだろう。

「・・・ううん。そうじゃないんだけど、ちょっと家族のことで。」

ゆずの表情が少し曇ったのを見てまどかはそれ以上追及しなかった。誰でもプライベートのことをずかずか聞かれるのはいい気がしないものだ、例えそれが親友でも。本当につらいことがあるのならいつか必ず話してくれる、そう信じることにした。

「オッケー!じゃあ私、家で待ってるから着いたら教えてね。」

「うん、なるべく早く行くね。」

二人は船を降りると手を振りながらそれぞれ別の方向へ歩き出した。


まったくこの子は・・・私の気も知らないで、と扇風機の前に陣取ってだらしなく寝そべっているポアロに口を出して言いたくなったが、言ったところでどうせ人間の言葉なんて理解できないし言うだけ体力の無駄だと思ったので、視線で訴えるだけに留めた。もちろん何の意味もない。ポアロはゆずの姿を確認するとそれまでだらけていた姿から一変し、急に立ち上がり、尻尾をふり回しながら愛想よく近づいてくる。

(犬なのに私に気づくのおそっ!ていうか何、このふてぶてしさ!)

まるで早く散歩に連れていけと言わんばかりに目で訴えてくる。犬が苦手だったゆずもこの愛らしい瞳にやられて今は何の抵抗もなく可愛がることができるようになったのだから、可愛い犬というのは本当に罪な生き物である。

「はいはい、今準備するからね。」

「ワン!」

(よっしゃー、やっと外に出られるぜ!)

とはいえ、ポアロも一日中家の中じゃ退屈で仕方ないのだ。唯一の救いはゆずの母親が専業主婦でずっと家にいることもあり、基本は家の中で放し飼いにしていることだ。せまいゲージの中だとそれこそストレスが溜まって病気になってしまうかもしれない。

「よし、行こっか、ポアロ。」

小さなバッグにビニール袋や水などを詰め込んだゆずは手にリードを巻きポアロを外へと連れ出した。


ゆずとポアロの散歩コースはといえば決まっていた。自宅から紅葉谷公園で徒歩でおよそ15分、往復30分弱がいつものルートだ。ゆずがここを選んだのは単に家から近くて手ごろな公園だったからという理由だけではない。もう一つの大切な理由、自分への『戒め』のためだった。ここにくれば嫌でもあの日のことを思い出す。

(・・・そう、これがあるから)

先に行こうとポアロを制し、ゆずが立ち止まって眺めていたのは、『ポポロの墓』と書かれた小さな墓標だった。

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