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書店

帰りの電車はいつもより少し混んでいた。

沙依は座ることをせずにドアーの横に立って、窓の外の流れてゆく景色と耳から流れてくる歌声に想いを寄せる。

 自宅のある駅に着いたのは夜八時半をまわっていた、お母さんはもう帰って来てるかな? いつも残業で遅い母の疲れた顔に気がついたのも、ここ最近だった。

 少し遠回りになるけど帰り際に本屋に寄って参考書を見て帰ることにした。一年の頃は授業をサボることもあったので、遅れている分を何とかしたかった。

 今までの友達との付き合いを絶ってから時間だけは沢山あった。商店街を抜けて少し歩いた路地に小さい本屋がある、万引きを繰り返していた沙依は地元の本屋で行けるお店はそんなに多くはなかった、出入り禁止を言い渡されたり入るだけで後をつけてずっと見張られたりするお店が多い。

 自業自得の結果なのだが、やっぱり気分はよくは無い。

 今から向かう本屋は、性格の悪そうなお婆さんが店番をしていて、あからさまに私を見て見張っている、逆にそのあからさまな所が沙依のお気に入りだった。


 書店の明かりが見えて来て、玄関先に人影が三つ見えた。

一人はいつものお婆さん、そろそろ腰もながり始めて来ているのですぐにわかった。沙依は何度、あのお婆さんに怒鳴られたか分からない、取って無いのに怪しいと怒られ、立ち読みを怒られ、エロ雑誌の前に立ってただけで、お前にはまだ早い! と怒られた。その割にはいつ行ってもちゃんと無表情で「いらっしゃい」と迎えてくれる。

 決して、二度と来るな! とか出禁にしようとはしないお婆さんで沙依は好きだった。

 もう一人は若そうに見える……。目を凝らしてよく見ると、菫恋のように見えた、その隣は母親だろうか? 懸命に頭を下げているかと思えば、菫恋の頭をバシっと叩き、頭を抑えて、強引に下げさせていた。ヘッドフォンを外して、近寄って行くと少しずつ会話が聞こえて来る。

「本当に、こんなみっともない こと二度としないで頂戴!」

 そう怒鳴り声がして菫恋は車へと連れて行かれる、自分では歩く気力も無いようで引っ張られるままに車の側面に体をぶつけた。

 菫恋は今日沙依と別れた時のままの部屋着とラフな格好だ。菫恋が外出するにしては珍しいと思った。

 沙依は足を止めて、成り行きを見守っている。

 何の気なしに菫恋が振り返り、沙依と目があったので笑顔で小さく手を振った。

 菫恋はそれを一瞥して目を伏せる。菫恋には笑顔も、泣き顔もなく、感情が無くなったような冷たいゾッとするような目をして車に乗り込んで行った。

「目合ったと思ったけど……」

 沙依は走り去って行く菫恋の乗った車が見えなくなるまで見送って店に入った。

「こんばんはぁ」

「いらっしゃい」

「さっきの子、どうしたの?」

「……」

 まぁ、余計な話はしないよね。特に私とは。

 菫恋ちゃんのあの感情の無い目。あれは私が見て来た万引きで捕まった人のする失敗した後悔の目とも、叱られるのが嫌で拗ねるような目とも違う。感情の起伏のない人の目をしてた。自分がしたことに、まるで興味がないような目だった。大丈夫かな菫恋ちゃん。


 とりあえずは漫画の新刊が出てないかをチラチラと確かめつつ、参考書の棚は余程学生が来ないのか、店の奥の奥へ並べられていた、古文を手に取って、内容を見る。自分が躓いている辺りが掲載されているのもを探す。

「あの子、知り合いかい?」

「え? うん。クラスメート、すごい人気者なんだよ、あの人。友達いっぱい居てさ、私なんかとは正反対」

 お婆さんの方を見ないで、参考書を探しながら会話する、どの道客は沙依しかいない。

 あ、これなんか良いかも。一三百円か……。参考書って意外に高いな。

 一瞬教科書で何とかなるかと考えた、値段はどれも同じぐらいなので、仕方ない! これに決めてレジに持って行く。

「あの子ね、あたしに分かる様に本を懐に入れたんだよ。めんどくさいったらないね。あんた少し気にかけてやんな、友達なんだろ?」

「うん。でもどうかな、私に出来ることなんか何もないよ」

 婆さんは本を見て、それから沙依の顔をじっと見る。

「じゃ、千八百円」

「なっ! ちょっと!」

 ギロっと沙依を睨む。

「あんたは、特別付けが溜まってるからね」

「付け?」

 そう言ってお婆さんは、引き出しからノートを取り出して、沙依の盗んだと思しき書籍や文房具の記録を引っ張り出した。

「うえぇ、ずっとノートつけてるの? これ本当に全部私? めちゃくちゃ有るんだけど」

「それは分からん」

「はぁ? 他の奴の分まで私が払うの?」

「利子利息と言う現実」

 沙依は目頭を押さえて、唸った。


 あの夜菫恋を書店で見かけてから、三週間が過ぎていた。沙依の経験では万引きが見つかった翌日には必ず学校で職員室が生活指導室に呼ばれるのだけど、菫恋を見ていてもそんな様子はなかった。

 あのお婆さん警察にも学校にも報告してないのか、良かった菫恋ちゃんはまだ運をもってる。

 翌日以降の菫恋はいつもと変わらない様子で、クラスのみんなと楽しそうに談笑している、相変わらず沙依は菫恋に話しかけないし、菫恋も沙依には話しかけない。

 ただ、学校の外でも、会うことは無くなっていた、以前はいつものスーパーの駐輪場で菫恋が待っていることが多かったが、今は見かけることもなく。沙依の日常はそれ以前に戻ってしまったようだった。携帯を取り出してみても、菫恋からの連絡は来ていなかった。

 少しひがんでいる気が自分でもしているけれど、クラスの現状からして、沙依から連絡をするのはためらいがあった。些細なことがきっかけで迷惑をかけるかもしれないし。

 まぁ、仕方ないね。

 沙依の席は教室の真ん中の列の真ん中。外を見るには遠く、誰かと喋るには絶好のポジションなのだけど、何せ相手がいない。休み時間は大抵、ヘッドフォンで音楽を聞きながら、伏せって寝る。

 窓が開いているようで、教室に暖かい風が入ってくる。心地い。教室がシンっと静まり返っていると思えるほど、風が誰にも邪魔されずに沙依の元へやって来る。

 ふと目を覚まして本当に教室に誰も居ない事に気づく。

「……。次なんだっけ? 社会科教室……? 急がなきゃ遅刻だ」

 ため息まじりに誰も居ない教室で授業の教科書を準備する。少し前なら遅刻だからって、慌てて教科書を準備することなんて無かった。今でも別に勉強することが好きなわけではないが。

 本当にこれで正解だった? 前の方が友達もいて、毎日が楽しかったんじゃない?

 そんな疑問が浮かぶ、前ならそもそも誰かが、起こしてくれたはずだ。

 ……寂しいのかな、私。

 暗雲が垂れ込んでくる、黒い霞がかかって息苦しいくらいだ。

 どうしよう、めんどくさい。

 教室を移動しないと授業を受けられない、わかっていても、立ちあがる気が起きなかった。でもこのままここにいるのは嫌だ。

 自分の太ももをバンバンと叩いて、感覚を取り戻そうとする。

 ダメだ! 何か目標を持たないと、自分の過去に飲み込まれそうだ。憂鬱に飲み込まれそうな心に鞭打って、立ち上がる。思わずため息が漏れる。

 大丈夫。まだ歩ける。

 教室を出て社会科教室まで移動だ、授業はすでに始まっていて廊下には生徒は誰も居なかった、授業を進める先生の声が各教室から僅かに聞こえる。

 足は自然と早足になった。

 いつもは素通りしてしまう進路資料室のプレートが目に入って足を止める。

 進路か……。


 教室のドアーをなるべくそっと開けて。遅れて教室に入ると後ろの席はすでに埋まっていて、開いているのは教団近くの前の関だけだった、沙依は授業を受けるクラスメートの脇を通って、開いた席に座った。沙依に気がついた先生は出席簿の沙依の欄に遅刻のチェックを入れる。

「綾瀬、お前最近は遅刻してもちゃんと授業出てくるようになったな。その調子でがんばれよ」

 沙依は返事の代わりに黙ってうなずく。

 授業が再開され、先生が板書に気を向けると、後ろの方から、クスクスと笑い声がして「何いまのー」「キモい……」そんな声が聞こえて来た。


 昼休みになるとみんな仲の良いもの同士でお弁当を広げる人や、購買に買いに行く人、もちろん一人でサッと食事を済ます人がいて、沙依もお弁当を広げる。

 昼食の終わった人は休み時間を、喋ったり、ゲームしたり、横になったり思いおもいに過ごす。

男子数人がデュエルしている、「俺のターン! ドロー」沙依はそれを見て団地の子達を思い出していた。笑顔で溢れてたことだけが思い出せる。

 懐かしい。今でもあるんだ。

 今日は珍しく母親が代休で沙依のお弁当を作ってくれた。休みの日くらいゆっくりしてたら良いよと言ってるけど、自分のお弁当を自分で作っている沙依は、今日のお弁当はとても楽しみだった。

「ごちそうさまでした」

 ご飯を済ませてすぐに教室を出る。さっき気になった進路資料室に行ってみる気になっていた。資料室には各大学の資料や、オープンキャンパスのスケジュールなど、必要なことが張り出され、必要に応じて資料を取り寄せることもできる。

 これと言う希望もないが、沙依は目についたものを手に取って眺めた。

資料室には二・三人の生徒が既に来ていて、熱心にと言うよりはパラパラとめくって色んな大学があることを知りたいと言った感じで見ている。

 携帯を取り出して彰人あきとにDMを打つ

 【進路っていつ頃決めた?】

 その一言だけを送って、資料に目を戻す。沙依が手に取ったのは、求人票の棚だった。

 図書館ってのがある。漫画なら得意だ!……あ、資格がいるのかダメだな。事務職ってどんな仕事なんだろう? 知らなかったけど色んな仕事があるんだな、販売、事務、IT、私にも出来そうなのって……。私に出来ることって何だろう? 手に持った求人票を棚に戻して振り返ると、棚に短大、大学のラベリングが大きく書いてあった。

「大学……」

「大学かぁ……」

 パンフレットを手に取り中を見る。

 へー、数学科なんてのがある……。代数学? 【マイナスにマイナスを掛けるとなぜプラスになるのか。小学生以来の疑問に代数学は答えを与えます】

 おおーー! 思ってた! 面白そう! 知りたい、知りたい!

 代数学っていうのか、帰りにお婆さんとこ寄って本探してみよう。

 沙依はパンフレットを戻して、再び求人票に向かう。

 まずはどんな仕事があるのか知らないと自分の出来ることも分からないし、興味が湧く仕事があるかもしれない。

 求人には、条件が書いてあるが月給だけみても仕方ないことだけはわかる。

 ああ家から通えた方がいいな。病院の受付業務とか良さそうかも。未経験OKとか書いてあるし。よし、夏休みにバイトしよ! バイトしてお金もらって、自分のお金で恋音のライブに行って、そう考えると働くって今より良いかも。

 今まで仕事つったら、万引きに繰り出す車でリーダーが「今日の仕事は……」とか言ってたくらい、あれを仕事とは言わないだろうし、とても人に胸を張れることではないし、バイトもしたことがないからしてみたい。

 よく見るとアルバイト求人も出ていた。


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