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EP.2 ヴィラン幹部の賑やかな夜(1)

2020.09.28 更新:1/3


思い立って執筆しました。

ヒーロー稼業と関係ない話に仕上がりましたが、楽しんでいただけたら光栄です。

 ――ああ、なんて幸福な風景だろうか。



「あ! 優花さん、これ、すごくおいひい!」

「本当……お肉なのに、あっさりしてるわね」

「甘辛いタレがいいですね」


 橙、紅、青――それぞれ異なる色彩で毛先を彩る、美しい銀色の髪。肌理(きめ)の細かい肌は乳白色を宿し、光を纏ったように眩しい。

 そんな人間離れした美貌を持つ神達が、今、目の前で大輪の笑顔を咲かせている。

 自分が作った夕ご飯を、美味しそうにもりもりと食べながら。

 間近で見つめる優花の頬は、だらしなくテレテレと緩みきっていた。


 今日もお隣さん――ノアくん、イレイヤさん、ユリウスさんは、こんなにも美しい。


「良かった。れんこん入りの鳥つくね、お口に合って」


 今日も今日とて、優花の憤懣(ふんまん)は爆発した。特定の人物に向ける荒ぶる感情をそのままに、勢いをつけ蓮根を擦り下ろし、鳥ひき肉に投げ入れこねまくり、バッチンバッチンと音を立てタネを成形した。つくねというか、ミニハンバーグのようなサイズ感になってしまったが……好評のようなので一安心だ。


「どうやって作るのですか」

「れんこんを擦り下ろして、余った部分は粗みじん切りにして、一緒に焼いてあります」

「細かいのねえ、繊細だわ」

「とりつくーね……ニッポンはすごいなあ。すごく美味しい」

「こんなに美味しい夕ご飯をいただけて、幸せですね」


 隣には、イレイヤ。正面には、ノアとユリウス。

 完璧な布陣で並ぶ微笑みを浴び、この幸福感の中で消し飛んでもいいと本気で思った。ああ、今日もこの人達のおかげで、私は生きていける。


「そう言ってもらえて嬉しいです……あ、おかわりどうですか? 盛りますよ」

「あら、良いのよ! 愚弟たちは勝手に食べるから、気にしないで。それより、優花ちゃんも食べてちょうだいな」


 隣に座るイレイヤは、おもむろに鳥つくねを半分に割ると、ぷすっとフォークで刺し、優花の口元へ差し出した。


「はい、あーん」


 ひいい! まさかの、あーんがきた!

 優花は大いに狼狽えたが、イレイヤの甘やかな赤い瞳にはキラキラした期待が満ち溢れている。これを裏切るような事は、出来るはずがない。優花は意を決し、フォークの先端をぱくりと口に含んだ。

 その瞬間、イレイヤのハリウッド女優の如き豪奢な面立ちに、幼い少女のような笑顔が無邪気に咲いた。


 はあああああああ……今日もイレイヤさんは美し可愛い……! 無理……!


 などと思っていると、ガタッとテーブルが激しく揺れた。振動に驚き顔を戻すと、目の前に座るユリウスが何やら凄まじい圧を伴う微笑みを浮かべていた。


「姉上」

「あらやだ、良いじゃない別に~。ユリウスったらそんな顔して」

「一体どんな顔ですか……。優花さん、嫌だったら、そう言っても大丈夫ですからね」


 呆れたような仕草も、なんと絵になる事か。思わず見惚れてしまいそうになりながら、首を横へ振った。


「い、いえ! あの、嫌じゃ、ないですから」


 年の近い友人のように、仲良くなれたようで、嫌な事なんて一つもない。

 現に今、頬が緩みきったまま、なかなか戻らないでいる。自分で作ったものだというのに、普段の五百倍程度は美味しく感じているくらいなのだから。


「はあああああ……本当にもう……」

「可愛いが過ぎるんだが……」


 上機嫌に料理を食べていたはずの三人が、それぞれ天井を仰いだり、突っ伏したりと奇行に走り出した。その唐突に動かなくなってしまうのは、一体何なのだろう……。不思議な光景を眺めながら、優花も箸を握り直した。


「さ、イレイヤさんも!」

「え?!」

「え、じゃないですよ。お返しです」


 皿の上の鳥つくねを丁寧に半分で割り、箸で摘まむ。空いている手を添えつつ、慎重に隣に座るイレイヤへ差し出した。


「さあ、どうぞ! あーん」

「ごちそうさまですわ……」

「何故?!」


 両手をそっと合わせ合掌の形を作ったイレイヤの頬には、満ち足りた微笑みがふわりと綻んでいた。


 そして、優花は気付かなかった。「イレイヤさん、食べて下さいよ!」「もうお腹いっぱいですわ……」「何で急に!」と大騒ぎするその正面で、ユリウスが「私にもしてくれないだろうか」と両目を爛々と光らせ訴えている事に――。



◆◇◆



「今日もありがとうね、優花ちゃん」

「また明日!」

「おやすみなさい」


 三人の朗らかな声に見送られ、優花は隣の自宅へ戻った。

 足が軽い。身体も、心も、あったかくて、すっかり疲れなんて吹き飛んでしまった。


 今日も今日とて、ヴィラン幹部と特殊戦闘部隊の戦いがあり、優花は戦隊ピンクとして不本意ながら戦場に立っていた。半ば騙されるような恰好で連れて行かれ、強引にピンクに任命されてからというもの、毎日が絶望だ。腹の底から泣き叫ばない日は、思い返せば、無かったような気がする。大体何かしら叫んでいる。

 今日なんて、スタイル抜群だが毒花のような妖艶さを振りまくヘルクイーンに、またも目敏く発見され、リーダーのレッドを無視し執拗に攻撃されまくった。ピンヒールの連続蹴りが爆速で炸裂し、全身が酷く痛い。それだけでも辛いというのに、リーダーのレッドは助けてくれるどころかピンクもろとも吹き飛ばしてきた。

 なんかもう、締めてやりたい――優花は心から思った。


 平々凡々の自身が、このような非日常に身を置くなんて、やはり信じられない。

 それもこれも、全ての原因は、戦隊レッド――幼馴染み、赤羽一哉にある。

 あれと再会してしまったのが、運の尽きであった。いつか絶対、ピンクなんて辞めてやるんだから。


 無意識の内に握り拳を硬く握り締めてしまい、優花はすぐさま振り解く。いけない、せっかく素敵なお隣さんと楽しい夕ご飯だったのだから、一哉の事など考えないようにしなくては。

 憎たらしいほど整った顔をする、精神年齢は中学生なあんぽんレッドを、記憶の端っこへ蹴り飛ばす。あれとは正反対な、たおやかな美しさに溢れたユリウスを思い浮かべれば、怒りは瞬く間に鎮静化していった。


(ふふふ……今日も喜んでもらえたなあ)


 このアパートに入居してから、夕飯を共にしたり買い物に出かけてみたり、とても良くしてくれる素敵な隣人。銀色の髪に、乳白色の肌、白目の部分は黒単色に染まり、その中央で輝くのは煌びやかな金色の瞳。人離れした美貌が表す通り、彼は地球人ではなく異星人だが、だからといって偏見は持っていない。しかし、詳しくは聞いた事はないが、きっとヒエラルキーの上位に属する生まれだろうと想像をしている。何となく、一般人とは異なる香りを感じるのだ。

 だから、これはきっと、叶わない恋として終わる。

 想うだけで精一杯の優花は、彼の姿を脳裏に描き、密やかに微笑む。美味しいと言ってくれるだけで、戦隊ピンクを今日も続けられるのだ。



 次は何を作ろうかと、一人浮かれながら、バスルームへ向かう。壁に掛けられたシャワーのヘッド部分を取り、水栓のハンドルをキュッと捩じるが……なにやら、湯どころか水すら出てこない。


「……あれ? おかしいなあ」


 キュッ、キュッ、とハンドルを何度も動かし、開閉を繰り返す。やはり、出てくる気配がない。

 昨日までは普通だったのに。困ったなあ、不調?

 眉を顰め、シャワーヘッドの部分に顔を近付ける。その時、顔の正面に寄せたヘッドから、勢いよく冷水が噴き出した。


「ギャアアアー! つ、つ、つめた……!!」


 容赦なく顔面から浴びせられ、身体を滑り落ちていく残酷な冷たさに、たまらず悲鳴が飛び出す。大慌てでハンドルを掴んだが、その瞬間、水栓本体からポーンッと外れてしまい……――。





 隣人、桃瀬優花を見送った後、すぐさまユリウスとイレイヤ、ノアの三人は、秘密の地下施設に赴いた。巨大なモニターに映る総司令――実父へと、今日の報告をするためだ。


「――それで、今日はれんこんの鳥つくねなるものをいただきました」

「れんこんという野菜を擦り下ろし、鳥ひき肉と一緒にこねて焼いた料理らしいです」

「お野菜が入って、あっさりと食べられましたわ。この美味しさを、お父様と共有できないなんて」

『だから、お前ら! 毎回、毎回、お隣さんからの夕飯報告は必要ないのではないか?!』


 軍の長だけでなく、一惑星の王を務める父へ、三人は声を揃え「必要です」と至極真面目に言葉を返した。


 父上、そんな事を言いますが、優花さんの手料理を食べたら人生が七色に輝き出しますよ。今までの食べてきたものが、使い古した靴底ぐらいに感じるでしょうに。


 少なくとも、ユリウスはそう信じて止まない。


『はあああ……お前達は、地球に送り込んだ我が星の先兵――その心を、忘れてはおるまいな』

「もちろんです。我らは誇りある兵、侵略の徒である事……忘れてはおりません」


 特殊戦闘部隊と争う、ダークナイト、ヘルクイーン、グリムビーストである事を、忘れた事など一度としてない。

 そして、地球人の女性体に好まれるこの容姿を用いて、特殊戦闘部隊の関係者と思しき隣人、桃瀬優花の篭絡が課せられている事も。


 忘れようなど、出来るはずがないのだ――。


『ふむ、ならばよい。お前達は、私の優秀な後継者であり、私の手足。常に冷静に動くよう……――』



 ――ビーッ!! ビーッ!!



 蛍光緑の光が浮かび上がる薄暗い地下施設に、鼓膜を突き抜けるようなけたたましい警報が鳴り響く。

 それは、この建物やアパート周辺に、何かしらの破損が起きた場合に鳴り響く音だった。

 表向きは郊外のアパートを装っているが、この星で活動するための大切な拠点が地下にあるのだ。当然、仮の姿である建物に注意を払い、何が起きてもすぐさま察知出来るよう手が加えられている。


 これまで、この警報が鳴り響くような事態は無かったのだが……。


『何事だ』

「建物の何処かで破壊があったようです」

『なんとッ…………ちょっと待て、偽装目的のアパートとはいえ、どうしてそんな軟弱な設計にした?』

「地球基準の方が良いかと思いました。大丈夫、上が爆散しても、下は無傷ですわ」

『えぇぇ……そういうリアルさは別に必要は……』

「まあそれは置いといて、警報は何処からか調べてみませんと。ノア」

「ただいま確認中……敵が来たって感じじゃないみたい……って……あア?!」


 ノアの声が、不自然に飛び跳ねる。モニターに映し出されたアパートの見取り図に、該当箇所を示す赤い光が点滅していたが、それを確認した瞬間、ユリウスは両目を見開かせた。


「ここ、優花さんの……――」



 ――キャアアアアアアアア!!



 絹を裂いたような甲高い悲鳴が、地下施設の遠くから、しかしはっきりと響き渡った。

 考えるよりも早く、ユリウスはモニターに背を向け、疾走していた。


「ちょ、ユリウス?!」

「あー?! 兄さん、待ってえ!」


 進行方向にあった機材を派手に蹴り飛ばしたため、別の警報が鳴り響いたが、ユリウスは立ち止まらなかった。エレベーターのボタンを拳で叩き、即座に乗り込んだ。


 ユリウスらしかぬ冷静さを欠いた姿に、モニターの中の総司令は言葉を失い呆然とした。


『…………あれは本当に、私の子、ユリウスか? あんなに取り乱すユリウスは、父さん、初めて見たぞ?』

「恋はなんとやら、ですわ」

『え、恋?!』

「そんな事より、私達もこうしちゃいられないわ! ノア、優花ちゃんに何かあったんでしょう」

「ええっと、そうなんだけど……警報が鳴ってる場所が、その……」


 警報を告げる赤いランプの示す先は、心優しき隣人、桃瀬優花の自宅。

 しかし、その点滅している肝心の場所というのが……――。


「……愚弟ーーーー! お待ちイイイーーーーー!!」


 正しく把握したイレイヤもまた、モニターに背を向け猛然と駆け出していた。


『……ノア、あの二人は、大丈夫なんだよな……?』

「そりゃあもちろん! あ、ごめん父さん! 僕も行かないと!」


 ノアは手早く警報を切り、手抜きの敬礼をすると、掛けて行った姉と兄を追いかけた。

 暴風の如き速度で行ってしまった子ども達の豹変ぶりに、総司令は一人「私の自慢の子ども達は、本当に大丈夫だろうか……」の不安をこぼしたが、その声は地下施設に空しく木霊しただけに終わった。



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