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EP.1 戦隊ピンクは今日も泣き叫ぶ(2)

 ――お隣さんが可愛すぎて、毎日がしんどい。




「おやすみなさい、ユリウスさん」


 黒髪をさらりと流し頭を下げた彼女は、くすぐったそうに微笑みながら、隣の部屋へ戻っていった。

 ユリウスはそれを見届け、静かに扉を閉めると――もう耐えられないとばかりに、握り拳で玄関の扉を叩いた。


「あぁぁあぁあああ可愛いーーーー」


 手土産程度の焼き菓子だったのに、あんな風に喜んでくれるとは思わなかった。

 こちらこそありがとうと、彼女の両手を握りしめ跪きたい。一個とは言わずもう百個くらい献上したい気分だ。


「相変わらず、差がひどい」

「優花ちゃんに見せてやりたいわ」


 弟のノアと姉のイレイヤが、後ろで好き放題言っているけれど、それはお前達もだろうとユリウスは思う。故郷の星にいる部下や民には到底見せられない姿で、全員がほぼ毎日悶えているのだから。


「優花ちゃんのフリフリエプロン、想像以上に可愛かったわ。システムのトップ画面はこれにしないと」

「姉上、私にも後で送っておいて下さい」

「連写してたのに足らないのかよ」


 そうだが何か、と開き直れば、ノアの呆れ果てた溜め息が響き渡った。



 隣人の桃瀬優花は、今日も今日とて、可愛らしかった。

 嬉しそうに微笑みを浮かべたり、恥ずかしそうに頬を赤らめたり、唇を尖らせ可愛らしく拗ねてみたり……駄目だ、語彙が全て“可愛い”にしか繋がらない。

 おまけに今晩は、レースをふんだんにあしらったエプロンを着ていた。姉、よくやってくれた。

 平常を装い彼女の隣に立っていたが、内心ではずっとその小柄な身体を後ろから抱きしめてやりたいだとか、白く細い項に噛み付いてやりたいだとか、いっそこのまま此処で暮らして欲しいだとか、そんな事ばかり考えていた。煩悩まみれも甚だしい。邪な欲望が、彼女には全く伝わらなかった事が幸いである。


 いくら隣人とは言え、少し無防備が過ぎるように思う事も多々あるけれど、全面的な信頼を寄せてくれているという現れだとも言えるのだろう。

 出会ってから一ヶ月ほどだが、とても光栄な事だと、ユリウスは心から喜んだ。


「――さて、優花ちゃんとの時間を堪能したところで。行くわよ、愚弟達」


 その信頼を裏切り、彼女に嘘を吐き欺し続けている事が、心苦しい。





 優花にはけして見つけられないよう、クローゼットの奥に隠した扉から、地下へと進む。ありふれた住居の風景の部屋とは打って変わり、そこには地中の冷たい空気と薬品の香りが充満している。嗅ぎ慣れた香り、そして慣れ親しんだ冷ややかさだ。

 仮住まいの住居とは真逆の、薄暗い広大な空間には、鉄黒色の設備がひしめき、壁や床には太い配線が巡る。それを照らし出す、等間隔に並ぶ蛍光緑の照明は、不気味な輝きを宿しているように見えた。


 地球のものとは違う、故郷の文明に満ちた地下施設――そこが、ユリウス達の本拠地であった。


 毅然とした足取りで進み、壁に掛けられた巨大なモニターを起動させる。しばらくし、そこに映し出されたのは、血の繋がった父親であり、上官である総司令の姿だった。


『――ご苦労、報告を聞こうか。グリムビースト、ヘルクイーン、ダークナイト』

「はッ」


 モニターに向け、姿勢を正し、儀礼を取る。


 ――これが、心優しい隣人、優花にはけして明かせない、真実であった。

 現在、地球の特殊戦闘部隊が戦っているヴィランには、三体の幹部が存在している。

 グリムビースト、ヘルクイーン、ダークナイト。

 それらは、戦闘形態へ変じた、ノア、イレイヤ、ユリウスであった。



 生まれ育った星は、武力に秀で、戦略兵器の開発に重きを置く、いわゆる軍事国家である。近隣の星々からは恐れられ、純粋な強さは追随を許さない。だがその反面、自国の食糧生産や娯楽文化といったところは弱く、戦力ないし技術を提供する代わりに食糧事情を解決している一面があった。ほとんどは“話し合い”によってつつがなくまとまるが、そうならなかった場合には――力によって首を縦に振らせるまでだ。

 そして、辺境に浮かぶ小さな田舎星、地球と呼ばれる小惑星を見つけた際、これまでのように“話し合い”を求めた。

 そしてその結果は、現在の有様が全てを語っている。

 田舎星の日本なる国で、オーブという技術により超人的身体強化を果たした対ヴィラン特殊戦闘部隊ヒーローと、剣を交わしていた。


 ……片田舎と思っていたが、戦闘部隊の装備は一級品で、ユリウス達を驚かせた。同等とまでは言わないが、それでも幹部を相手に凄まじい力を発揮している。

 しかも、この地球という星、アニメや特撮物といった独自的な文化が異様に発達しているらしい。特に日本という島国はとりわけ豊富で、あっさりと日常として受け入れている。事実、ユリウス達とヒーローが戦った後は瓦礫と化すのに、数日後には元通りである。しかもそれで金を稼いでいるというのだから、この国の人間の生態は訳が分からない。物静かな地味な外見をしていながら、順応能力が異様に高い、実にしたたかな種族である。



 かくして現在、幹部三名は地球へ下り、アパートを装った地下施設を拠点にし作戦行動を取っている。

 これもひいては、あの憎き戦闘部隊ヒーローを屈服させるため……――。



「今日は肉じゃがなる料理をいただきました」

「めちゃくちゃ美味しかったです」

「お父様に食べさせてあげられないのが残念ですわ」

『お前ら、毎回お隣さんからの夕飯報告があるんだが、それいるのか?!』



 ――屈服させるためであったが、最近は戦わなくともいいかなと思い始めている。



 戦闘部隊との戦いが辛いなどという、軟弱な理由ではない。

 隣人、桃瀬優花氏だ。



 表向きは小綺麗なありふれたアパートに偽装しているが、この建物や敷地は全てユリウス達の活動拠点である。当然、管理人など全て架空のもので、入居者なども受け入れるはずがなかった。

 しかし、そうとは知らず、のこのことやって来た希望者があった。齢十九の若い娘、桃瀬優花である。

 下見にやって来た彼女を見て、すぐさま他と違う匂いを嗅ぎ取った。あの戦闘部隊の関係者かもしれない。幾多の戦いにより研ぎ澄まされた直感が、確かにざわついたのだ。そんな人間を、みすみす逃がす手もない。

 ならば、いっそ、懐柔してしまおう。情報源として、あるいはこの星での無自覚な協力者として、手懐けてしまえばいいのだ。

 都合のいい事に、彼らの顔はこの星において、非常に見目麗しいものとされている。振る舞いもそれらしく変えれば、若い娘くらい、容易く落とせるだろう。


 ――ユリウスも、イレイヤも、ノアも、当初はそう思っていた。

 今となっては、過去の事である。

 桃瀬優花がやって来た初日に、全ての計画が狂った。


 そもそも、地球の一般市民における生活文明が、ここまで旧時代的とは思わなかった。自国の技術の高さが裏目に出てしまい、自前の機材はまったく役に立たない。仕方ないのでエネルギーだけを使い電化製品を使おうとすると、ことごとく爆散してしまう。

 早い話が、地球の暮らしに、まったくもって不慣れであった。

 自国の軍事用レーションなどで腹を満たしていたいたが、数日も続けば飽きてしまう。腹さえ膨れればいいと半ば自棄になっていたところ――桃瀬優花が、チャーハンを盛った大皿を持ち、引っ越しの挨拶にとやって来たのだ。

 可能性の段階だとしても、いわば敵側の人間。そんな女からの手料理など、何が入っているか分からない。分からないというのに、気が付けば両手で受け取り、三人であっさり完食し、あっさり魅了された。

 それ以降、夕食のおすそ分けを通じ彼女と親しくなり、彼女の穏やかな人柄に日々触れていくにつれ、今では夕食を共に取るまでになってしまった。


 女一人を落とすどころか、女一人に落とされてしまった。

 自国では恐れられてきた幹部全員が、完璧に胃袋をがっちりと掴まれたのだ。


 後で教えてくれたが、彼女は当初別の場所で暮らす予定であったが、何でもそこが到着したその日に目の前で爆発し消え去ったらしい。事故だろうか、憐憫を禁じえなかった。

 だが、結果としてここに来られて、ユリウス達と出会えて良かったと、彼女は微笑んでいる。

 過酷な修練を超え、鋼鉄の如き精神を手に入れたはずだったのに、健気な笑み一つで心臓が破裂しそうになった。ユリウスだけでなく、ノアやイレイヤまでも。


(……この任務が終わったら)


 彼女を、優花を、故郷の星へ連れて帰りたい。

 武力と兵器に秀でているが、地球のような色鮮やかさと豊かな娯楽の少ない星だ。華やかさとは無縁なあの世界に、彼女が居たら、どれほど幸福だろう。……いや、幸福のあまり、きっと毎日瀕死になっているだろうなと、ユリウスは胸の内で笑みをこぼす。

 気難しく尊大な性格の(イレイヤ)と、苛烈な本性を秘めた(ノア)が、ああも無邪気に懐き、好意を全開にしている。あのような姿は、なかなか見た事がない。既に気分は、義理の妹、または義理の姉なのだろう。


 もしも、そう伝えたら、優花は受け入れてくれるだろうか。


(――いや、どうだろうな)


 さすがに夢を見すぎかと、ユリウスは薄く自嘲を浮かべる。


『ダークナイト……ユリウス』

「……ハッ」

『ともあれ、ヒーローの関係者と思しき、件の隣人を懐柔しているのならば、それでいい。その関係を保ち、けして気取られるな』

「……無論です、閣下」


 もちろん、既にそんな気はないし、むしろ懐柔されているのは間違いなくユリウスの方である。

 けれど、心の中が変わったとしても、立場も状況も、何も変わってはいない。ヴィラン幹部、ダークナイトなのだ。


「兄さん……」

「ユリウス……」

「ですが、我々と交戦するあの戦闘部隊を片付ける事こそ、我らの最大の責務。よい結果を伝えられるよう、尽力いたします」

『……うむ、期待している』


 モニターの向こうで、総司令は鷹揚と頷く。通信が切られ、巨大なモニターは静かに明かりを落とした。



 ……なんにせよ、今もっとも攻略すべきは、対ヴィラン戦闘部隊である。

 頭部を全て覆うヘルムを装着し、純白の装束に身を包んだ、あの人間達。さっさと片付けなければ、とユリウスは忌々しく思う。

 それぞれが持つオーブの色から、レッド、ブルー、グリーン、ピンクと呼び合う彼らの中で、特に腹立たしいのは先陣を切り向かってくるレッドだが……それとは別に、やり難さをひしひしと感じさせるのが、もう一人いる。

 唯一の女性隊員である、ピンクだ。

 毎回毎回、攻撃はせず、ただただ悲鳴を上げ、逃げ惑っては蹲っている。戦士としての心構え云々の以前に、甚だ見苦しい。完全に戦場とは場違いな、一般人そのものだ。そのくせ、盾としての能力は最強を誇り、容易くユリウスの攻撃を跳ね返してくる。泣き叫んでいるだけのピンクのくせに、だ。非常に屈辱である。

 そして、これがもっとも納得いかないのだが――何故いちいち、隣人の優花を思い出させるのだろうか。

 隣で暮らす優花は、荒事に手慣れたユリウスとは正反対に、とても家庭的で優しい人柄だ。関係者の可能性があったとしても、さすがに戦闘部隊ピンクのはずがないというのに、あれを見るたびことごとく優花の姿が浮かんでしまうのだ。彼女の方が、匹敵するものなど無いほどの聖母……いいや、女神だというのに。


 今日の戦いでも、盾役として最強のピンクに阻まれた。あれからしばらくの間、心の中で暴風が吹き荒れていたが、値引きセールでたくさん買ってしまったとはにかむ優花のおかげでいとも容易く復活した。彼女のおかげで、忌々しい戦闘部隊ヒーローと戦えているようなものだと、近頃自覚している。



 ……優花に告げられたら、どれほど楽になれるだろう。

 関係者である事を知りながら近付き、ヴィラン幹部である事を秘匿し、騙し続けている身で、安堵も許しも求めてはならないのだけれど。


(それでも、私は)


 せめて彼女だけでも守りたいと、ユリウスはこの日も行き場のない感情に焦がされた。




 ヒーローと剣を交えるヴィランの幹部、ダークナイト――そんな本性を隠したユリウスは、敵の星で、恋をしていた。

 懐柔目的で側へ置いておきながら、その朗らかさと優しさから離れがたくなってしまった、心優しい隣人の優花に。





「……それにしても、優花さんの手料理にケチをつける輩がいるとは。なんという事だ」


 しかも、礼の一つもしない? 頭がおかしいのではないか。彼女の手料理は、惑星一つ差し出すのに値するというのに。


 そんな不届き者は、どうやら幼馴染みの、それも男らしい。昔からそうだと言うのなら、ますますとんでもない輩である。自分よりもずっと前から彼女の美味しい手料理を食べておきながら文句など、許しがたい。というか、全力でその立場に変わりたい。

 妬ましさと羨ましさが、ユリウスの臓腑の奥で、どろどろと熱く煮えたぎった。


「もしもその幼馴染みとやらが判明した場合は、塵一つ残さず、潰してくれる」


 醜悪な嫉妬で美貌を歪めるその姿は、冷酷なヴィラン幹部ではなく、ただの一人の男であった。



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