表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

最後に見た雲は綺麗でした

作者: シェヴイ

            最後に見た雲は綺麗でした。

                               シェヴイ

 学校の屋上。手すり越しに北条春一ほうじょうはるいちがそこから下の街並みを見下ろしていた。しかし、まだそこから飛び降りることが出来ない自分がいたのだった。


「怖くねえんだけどな」


 春一はぼそりと呟く。別に今更死ぬのは怖くない。恐れてなんかいない。しかし、最後の一歩を踏み出せずにいたのだった。それはなぜだろうか。今まで育ててくれた親への罪悪感だろうか?友達が悲しむという心配だろうか?いや、それは違う。春一は分かっていた。自分が誰からも愛されていないことくらい。自分が生きてても仕方ないことくらい。


「分かっている、分かっているんだよ。結局は俺も死ぬ勇気なんてないんだよな。でも……でも後少しだけ勇気をください」


 彼は手すりに登るとぼそっと言った。


「最後に見た雲は綺麗でした」


 彼は呟いて空中へとダイブしたのだった。彼が手すりから飛び降りると時間がさかのぼっているように感じた。これは、人間が巻き起こす、一種の死にたくないという生存反応が働いて起きるものだろう。いわゆる走馬灯ってやつだ。彼は過去の事を思い出していた。楽しかった思い出。悲しかった思い出。そして、嫌でも思い出す彼の自殺をしようとした理由。それを思い出していた。数年前の初夏。彼が高校に入って慣れてきたころに遡る。


「おーい春一」

「んーどうしたの、とも」


 ともと呼ばれた山下知宏やましたともひろは、中学生の頃からの友達だ。入学式が終わって、席が後ろだったため知宏が春一に話しかけたのが仲良くなったきっかけだった。そこから彼らは意気投合してずっと一緒にいるのだった。


「次の体育だけどさバスケとドッジーボール選択どっちにするの?」

「俺はドッジーボールかな。正直どっちも面倒くさいけど、ドッジーボールのほうがまし」

「あー確かにそれは分かるわ。じゃあ俺もドッジボールにしようかな。ていうかなんでバスケとドッジーボールなんだろうな。普通そこはバレーとバスケだろ」

「そんなの原せんだからに決まってんだろ。アイツはセンスが変わってるからさ。まあとにかく目立たないようにやろーぜ。目立つと面倒くさいからさ」


 彼が肩をすくめて笑う様子を見ると、春一もそうだなと言って笑った。原せんと言うのは原先生の略称だ。彼は今は珍しく某テニス選手みたいな熱血的な先生で割と鬱陶しい感じの先生だが、ちゃんと頑張っている生徒は評価してくれるため、そこまで嫌っていない生徒も結構いる。そして、それは愚痴こそはこぼしていたが春一とともも同じだった。彼らはそこそこ頑張ってそれでも目立たないように、心に誓って着替えて体育の体育館に向かうのだった。準備体操をして二班に分かれる。


「はいはい、じゃあ、バスケは裕子先生。ドッチボールは俺が担当するぞ」

「げっ、ドッチボール原せんじゃん最悪」


 知宏はそう言うと嫌そうな顔をする。体育の先生は男女担当で二人いて、選択したどちらかの競技に割り当てられるのだが、裕子先生は原先生と違って優しくていい先生である。


「別にいいじゃんね。試合で頑張ればいい話なんだからさ」

「まあ、そうなんだけどさ」


 知宏に言われても春一は納得のいかない顔をしていた。彼はドッチボールを本気でやるなんて馬鹿馬鹿しい。ただ痛いだけだ。そう思っていたのだった。しかし、原先生の時には本気でやるしかない故に知宏は嫌そうな顔をしていたのだった。そして憂鬱の状態で試合になった。アウトになった数は微々たるものでどちらが負けてもおかしくないような状況だった。


「今のアウトかよ。まじか当たっているのか」


 アウトになった知宏はそう悪態をつきながら外野に出た。外野にいる春一は内野に戻される。元々外野にいる人は試合後半になると内野の中に戻ってこれるというルールがあるのだ。そこで敵チームのボールを投げようとしてる人小池浩二こいけこうじは次に春一を見てにやりと笑ってみせた。


「さあ、次はオマエだな。お友達同様冥府に送ってやるぐへっへっへっ」


 なんて悪役のようなセリフを吐いてボールを片手でハンマーを投げるみたいにくるりと一回転をして反動をつけると思いっきり投げて来た。勢いよくうなりをあげて春一を襲うボール。因みに投げた彼は中学の頃は野球部のエースで投げたボールの威力は半端ないだろう。春一は運動神経こそは悪くないが、平均くらいなため彼の戦力差は某RPGで例えるとスライムと勇者のレベルである。格が違うのだ。そんな春一が当然浩二のボールをよけれるわけがなくもろにボールを受けてしまった。しかし、当たったのは顔面。ボールが当たって意識が朦朧とする中で、彼はドッチボールのとあるルールを思い出した。


(そっか、そういえば顔面に当たったらセーフだっけ、じゃあ、今はこっちのボール?このまま投げたらアウトを取れる?)


 意外と衝撃の直後に痛みはすぐ来るものではないため、当たった直後、頭の中がフル回転していた。体制を大きく崩して体が自由落下する中考えた事は、地面に叩きつけられた衝撃で覚醒作用が働いた。倒れた瞬間ボールを持って素早く起き上がると、今出せる全力の投球で浩二にボールをぶつけた。普段の彼ならあっさり取れていたボールだっただろうが、不意を突かれた彼はボールを取ることが出来ずに落としてしまった。浩二は悔しそうな顔をして外野に出た。

 

「やるじゃないか。まさかあの浩二をお前が倒しちまうなんて考えられないぜ」

「すげえな。春一」


 普段話しかけてこないクラスメートが春一の事を囲んでたたえてくる。その様子に春一はまんざらでは無かった。そしてふざけて冗談を言う。


「ま、まあね。俺が本気を出せはこんなもんよ。任せてくれって」

「お、言ったな。まぐれのくせに」


 そう言ってチームメイトと賑やかなやり取りをした。浩二は割とガタイがよくて喧嘩慣れしているところがあってガキ大将みたいな振る舞いをしていたのもあるが、意外な春一が倒したのもあったためみんな彼を祝福したのだ。そこから彼がよくみんなにいじられるようになった。しかし春一はそんな周りの待遇が嫌ではなかった。いじられるというのは裏を返せば周りにそれだけ自分の存在が認識されているという事。彼はそのような待遇が悪くないと思っていた。ある日部活で知宏に聞かれた。


「なあ、お前本当に大丈夫なのか? だんだん奴らのいじりがエスカレートしていると思うんだけど、そろそろやめろって言ってもいいんじゃないか?」

「うん? もう、なにをそんなに心配をしているんだ知宏。俺は大丈夫だよ。これは奴らなりのいじりだと思っているし」

「そうか? まあ、お前がそういうなら無理強いはしないんだけどさ……やめてほしくなったら無理をせずに言うんだぞ」

「分かっているよ。もう知宏は心配症なんだな。子供じゃないんだから心配すんなよ。お前はお母さんかよ」


 そういうと春一は笑ってみせた。知宏はこの心配が杞憂ならいいんだがなと思いこの事について言及するのをやめたのだった。そしてとある日曜日。春一が宿題を終わらせてネットサーフィンをしてる時だった。


「そういえば、知宏がSNSについて教えてくれたよな。ちょっとやってみようかな」


 春一は現代っ子にしては珍しくそういうのに対する知識が薄かった。彼はネット検索をかけると、知宏に教えてもらったIDを検索に賭けた。すると、彼は様々なサイトで書き込みをしているようで、バァーっと色々なサイトの書き込む履歴が出てくる。そのばからしいやり取りを見てくすくすと笑っていた。しかし、書き込みの中に他のサイトとは違う異様な空気を放つサイトが、一つだけあった。春一は怖いもの見たさだろうか。そのサイトを開けてしまったのだ。そのサイトは学校の裏掲示板だった。その中には色々な人の不満や悪口が書かれてあって、それは春一の悪口も書かれてたのだった。しかも、それは知宏のIDでも書かれてあった。それを見て彼は動揺を隠せなかった。信じられない。まさか一番自分に寄り添ってくれてると思っていた、自分の親友が自分の悪口を書き込んでいるという事実に。冷汗が止まらなかった。しかし、自然と読み進めてしまう。下まで読み進めていくと最後にこう書かれてあった。それを見て目を見開いた。


『春一なんて死んでしまえばいいのに』


 そこで書き込みの制限になっており、書き込みは終了していた。呼吸が苦しい。動悸も早くなっていると感じた。彼はもうそのサイトを見れないようにブロックをして寝たのだった。それから彼が何もなかったように学校で振る舞うのは大変だった。こうして気さくに話しかけてくれる人でも裏ではああして自分の悪口を言っているかもしれない。そう思うと怖くて仕方がなかったのだった。いつも近い皆の声が遠く感じた。断線したイヤホンのようにぷつぷつと聞こえるような気がして仕方がない。


「俺、このまま生きていても仕方ないのかな」


 彼はそう思って、授業を受けている途中外見ていた。すると春一に似た姿の人がいたのに気づいた。それは春一の姿を見ると歩いてどこかへ行ってしまった。


「え……ど、どういう事」


 春一は、先生にトイレと嘘をつくと慌てて階段を降りて行った。あれは紛れもなく自分だと確信していた。毎日鏡で見ている自分の姿だ。見間違えるはずがない。でもどうして、自分が見えたのだろう。階段を降りると昇降口へと向かった。その陰が向かった方向的にはこちらについているはずだと思ったのだ。しかし、きょろきょろと辺りを確認してもどこにも姿は見当たらなかった。


「気のせいだったのかな」

「こら、そんなところで何をしているんだ。まだ授業中だろ」


 靴を履いて校庭に出て行こうとしたら校舎の見回りをしていた先生に見つかってしまった様子で、春一はすみませんと謝るといそいそと逃げるように教室へと戻った。いくら探しても見つからないし、きっと幻覚でも見ていたんだろうと踏ん切りをつけた。最近疲れていたのもあるだろう。それからやっぱりあの掲示板の最後の言葉が頭の中でよぎった。


「生きている意味ってなんだろう」


 彼はそう思って、屋上で深い嘆息をついた。しかしそんな自分に勇気なんてものはない。


「でも、もし勇気がだせるなら」

 彼はそう思って手すりに登ったのだった。






「ふっざけんなよ! 全然大丈夫じゃないだろ。何が平気だ嘘ばっかりつきやがって」 


 知宏はそう言うと煮え切らない態度で病院で寝ている春一を睨みつけた。彼はあの後投身自殺の未遂で緊急搬送されて、今も意識が戻らない状況だった。彼は最近春一の様子がおかしいのに薄々感づいていた。しかし、彼が大丈夫だと言っていたから強く言及はしなかった。まさかこんなことになるとは思わなかったのだ。


「ごめんな。お前の気持ち分かってやれなくてでも、でもあれは俺じゃないんだよ」


 そもそも、ハンドルネームが一つとは限らないのだ。何故表でも使っているハンドルネームを、わざわざ裏でも同じものを使う必要があるのだろうか。あれは、IDを見ていたクラスメートが勝手に知宏のハンドルネームを悪用しただけだったのだ。あれはクラスメートの、浩二を中心に春一の事をよく思っていない連中の仕業だった。春一が自殺未遂を行ったことで、警察の調べが入ると何度もIDを変えた形跡もあり、数人がIDを変えて投稿しているのが分かった。


「春一は、クラスメート皆の事を敵だと認識して疑心暗鬼になっているのかたしれないけど、意外とお前の事を悪く思っていないやつはいるんだぞ。あれからお前のいないところでも、春一って喋ってみると意外と気さくで面白いよな。っていう話題が出てくることもあったんだ。お前はお前が思っている以上に人望が厚く皆に愛されていたんだよ。お前の事をみんな友達だと思っていたんだ。春一が屋上から飛び降りた時に、みんな血の気を変えてお前を心配していたんだ。だから……だからさ早く戻って来いよ。そしてまた変な冗談を言えよ。春一」







 「……俺は死んだのか」


 春一はそう思ってゆっくりと目を開けた。しかし、そこは街頭のない暗い街並みみたいで、彼はそこに一人立っていた。しかし、一つ水晶玉のような球体が現れその中にみんなが泣いている様子が映し出された。


「皆が泣いている。早く戻らないと」

「やめとけよ」


  歩き出したが後ろから誰かに声をかけられた。聞き覚えのある声。いつも聞いてる声。そうそれは自分の声だった。驚いて春一が振り返った。そこには自分の姿がいたのだ。それを見て春一は言う。


「お前、お前は誰なんだ」

「そんなの、お前が一番分かっているはずだろう。俺は俺だ。春一のよく知っているなまあ、影の春一と名乗っておこう」

「俺の人もう一つの人格とでも言いたいのか。でも何しに来たんだ」

「そんなの決まっているだろ。お前が現実世界でいじめられて辛いのを助けに来たんだ」

「助けにきただと……? それは一体どういうことだ」


 そう春一がオウム返しをするがもう一つの影を名乗る春一は軽くいなした。そして言う。


「お前がこの世で生きるのが辛そうだから死なせて楽にしてやろうと思ったんだよ」

「辛そうだと。お前に一体何が分かるって言うんだ」

「分かるよ。だって俺はお前でお前は俺だ。お前が考えている気持ちに人一倍敏感なんだよ。お前が気持ちを隠しているつもりでも本当の気持ちはごまかしきれないんだ」


 心の暗い、暗い奥の気持ち。本当は隠していた気持ち。それを聞いて春一は自分の胸に手を置いて考える。


「そうだな。確かにもう死んだほうがいいのかもしれないな」


 もうここには自分の居場所なんてものはない。きっと俺がいなくてもみんな元気にやっていくだろう。だったら死を受け入れたほうがいいのかもしれない。春一はそう思ったのだった。しかしその瞬間。


「春一!!!」


 急にまばゆい光と叫び声が聞こえて来て驚いて目を開けると思わず驚いてしまった。


「知宏。みんな」

「春一!!!死ぬな戻ってこい!!!」


 そこにいたのは春一といつも仲良くしていたクラスメートのみんなだった。彼らは泣きそうな顔で春一に呼びかけてくれていたのだ。彼らは啖呵を切って叫ぶと急いで春一のもとへと駆け寄ると泣きながら抱き着く。影の春一はその様子をじっと見ていた。


「これでお別れなんだ」


 そう呟くと彼は影のほうへと行った。そして影の春一を抱きしめると言った。


「ありがとう。こんな俺を心配してくれて。でも大丈夫……俺はみんなに十分愛されてる。心配しなくて大丈夫だよ。だから君とはお別れ」

「そうか」


 春一が泣きながら言うと影はふっと笑って消えて行ってしまった。知宏はその様子を見ていたが消えた後に彼に近づいて言った。


「死んだら許さないから。だから……だから早く戻ってこい」

「おう、すぐ戻ってくるわ」





 あれから数日が経った。春一は意識を取り戻してだいぶ回復傾向にあった。


「全く、いきなり何をしでかしたと思ったよお前は」

「ごめんごめん。でも真っ暗な空間の中でお前らが呼ぶ声が聞こえたんだ。そしたらまだ死ねないって、そう思った」

「みんな意識がないお前に手を取って呼びかけていたからな。医者も意識が戻ったのは奇跡だって言っていたぞ。もうじき退院できるのか」

「来週には退院できるって。すぐに学校に来れるようになれるよ」


 知宏はそうかといって外を見た。そして言う。


「ほら、春一外を見ろよ。いい天気だぞ」

「本当だいい天気だな」


 彼はそう言うと窓を見て呟いたのだった。


『最初に見た雲は綺麗でした』

                    完

今回は間に合いました。苦手なヒューマンドラマでしたが、楽しく書くことが出来ました。ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これぞ青春って感じで良いと思いました。 いじりって実は辛いことあるよね。 [気になる点] 話の展開がやけにあっさりしてるなって感想です。 そもそも、自殺するほど精神が追い詰められている人間…
2019/12/02 00:29 退会済み
管理
[一言] ×ドッジーボール、ドッチボール 〇ドッジボール 主語が変わる長い一文は、二文に分けた方がいいです。 >奴らなりのいじり いじりじゃないという意味の「なり」になるので、別のポジティブな表現…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ