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充電

 エアコンのリモコンを手に取る。ムニムニとしたシリコン製のボタンが、手のひらに吸い付いてきた。くるりと、暁人は手の中でリモンを回す。うまい具合に薄桃色の電源ボタンが、構えていた親指の位置にきた。



 ひんやりとした風を送っていたエアコンが静かになる。ゆっくりと動くファンは、一度完全に開いてからその口を閉じた。



 半分だけカーテンの開かれた窓から、薄っすらとしたオレンジ色の空が見える。昼間に目覚めた時は、土砂降りだった雨は上がり、分厚い雲は散り散りに濃いねずみ色に染まって空に漂っていた。

 電線に纏わりつく雫が、キラキラと西陽を反射する。まるでイルミネーションのように街を彩ったその光に、暁人はほんの少し胸を踊らせた。



 花火大会は、中止かもしれない。泣いている悲惨な顔つきのクマのスタンプと共に、友美からそんなメッセージが午前中に来ていた。

 暁人がまだ寝ていた段階では、夜の間まで降り続くとされていた天気予報も、嬉しいことにハズレ。雨雲は、早々に東の海上へと流れて行ってくれたらしい。



 真新しい服に袖を通し、パソコンの方に視線をやる。オンラインゲ―ムのトップメニューが、壮大なBGMを繰り返しながら秀才なデザインのタイトルを表示している。


 暁人は、なんとなくそのタブを閉じた。好きだったアニメのキャラクターが、寄り添いこちらを見つめてくる。中学の頃、ジュンと一緒に見たことを思い出す。



 剣士の主人公がヒロインのために戦う。死と隣あわせの世界で奮闘する世界観に大変興奮した。小説からテレビシリーズまで追いかけた。まだ、続いているこの作品を、まだジュンは見ているだろうか?



 趣味は変わってない。



 そう言っていたジュンと友美の言葉を思い出す。



 今度、映画版がある。もし、受験勉強に支障がないなら一緒に行きたい。そんなことを考えながら、暁人はパソコンの電源を落とした。

 シャットダウン中のアイコンが表示され、やがて真っ黒な画面へと切り替わる。

 慣れない服を纏った自分が映り込む。黒いロングシャツの襟が妙に翻っていた。


 右手で折れた襟を正す。買ったばかりの服にクセが着くのが、ちょっと嫌だった。顔を少ししかめながら、暁人は手のひらで折れ目を正すように押さえつける。



 ジュンに勧められて買った服は、妙にハードルが高い。腿のあたりまで伸びた裾の長さは、文字通り暁人の身の丈にあってないように思った。



 ファッション的にオシャレだとは思う。ただ、これを自分が着こなせているかと言えば微妙だ。

 暁人は、少し下がってパソコンの画面を鏡代わりに自分の姿を写す。両手を広げて見る。子どもっぽく、ファッションなどよく知らない幼子が、背伸びをしているようにしか見ない。

 おろしたてのジーンズがパリパリと硬い。首からぶら下がる革紐のネックレスが、ブラブラと左右に揺れている。



 はぁ、と肩を落としながら、ベッドに投げ捨てられた自宅の鍵を手に取った。



 誰もいない家を出ていく時は楽でいい。少なくとも暁人が帰って来る頃には、母と賢人はいるはずだ。

 鉢合わせることを考えると億劫な気持ちになる。


 母はともかく、賢人(けんと)はいい顔をしないことだろう。一週間ほど前に、賢人に掴まれた胸ぐらのあたりがズシリと痛む。振りかざされた拳は飛んでこなかったが、暁人の頬に確かな痛みを残している。


 食器を片付けている音が耳に響く。扉の向こうで、母はどんな顔をしていたんだろう。今、母の気持ちなど、暁人には想像も出来なかった。



 冷房の切れた部屋の温度がわずかに上がってきた。そのせいか、額が汗む。肌着代わりに重ね着しているTシャツを掴み、暁人は首元を扇いだ。ひんやりとした空気が、腹の方へと沈んでいく。

 スッとした心地のよい風に涼んでいると、枕元のコンセントで充電されていたスマートフォンが鳴った。出発しなければ行けない時間に、アラームをセットとしておいた。端末を拾い上げ、充電のコードを引き抜く。


 満たされない充電は、まるで人の気持ちみたいだと、暁人は思った。

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