化け猫の棲む村 その八-終-
「司くんはさ、したくないの?」
1つのベッドに横たわる2人。テレビを見ている司の胸に頭を乗せた凛が甘い声でそう言う。だが司はあえて凛を見ず、テレビから目を離さなかった。
「したいとは思うよ。でも怖い・・・・今こうしているだけで満たされてるから」
「確かにね」
「我慢させてるんだろうけど・・・もう少しだけ、あと少しだけ待って欲しい」
「少しって?」
「んー・・・・・・半年?」
「待てない」
「・・・3ヶ月」
「待てない」
「・・・・・・・・1ヶ月」
「無理」
「・・・・・・・・・・・・・・来週」
「OK!じゃぁ、来週の週末、ね」
こんな予約があるのだろうか。司は深いため息をつき、凛は苦笑する。そんな凛はそっと司の頬に手を置き、さすがの司も凛を見つめた。
「意地悪だったね・・・さっきのは冗談だよ。ちょっとからかっただけ」
そう言い、凛はぴろっと舌を出した。司はそんな凛を見て苦笑しつつ、瞳を見つめ続ける。凛にだけ芽生えた、再生された愛情。それに戸惑い、翻弄されてきた。好きだという気持ちは誰よりも強い。だが、その反面、強すぎるその気持ちが恐怖を与えているのもまた確かだ。本能の赴くままに動いて凛を傷つけないか、怖がらせないか、そんな不安も大きい。何より、記憶にはない過去のトラウマがその行為をさせまいと本能的にブロックしている事実を知らないのだ。だが、凛は変わらず愛情を表現し、司に見返りを強要することもなかった。自分だけに向けられたその愛を一身に受けている、それだけで幸せなのだから。それに、司を好いている人は多い。かといって司にしれみればそういう女性たちはただの女、人間の性別でしかない。特別なのは自分だけなのだ、その想いが凛の心を満たしていた。
「来週、してみよう・・・無理かもしれない、でも・・・・俺は、したいって気持ち、強くなってる」
その意外な言葉に凛の瞳が潤んでいく。体の繋がりが全てではない。心はちゃんと繋がっているのだから。
「無理しなくていいよ」
「そうじゃないよ・・・俺、凛を独占したいって思ってる。心も体も欲しいって・・・だから」
「いっぱい、愛情、伝わってるよ。だから、無理ならゆっくりでいい」
「わかった」
司は小さく微笑み、凛はずりずりと司の体の上を這うようにして顔と顔とを同じ位置にあわせた。そのまま優しいキスを交わす。
「ただ1つの不満は、出張中の連絡の少なさ、だね」
口元は笑っているが、目は笑っていない。さすがの司もドキッとした顔をし、そのまま視線を外した。
「今度はついていこうかなぁ」
「危険なことばっかだから、それはヤだなぁ」
「なら、こまめに連絡すること!」
「わかった」
「今度こまめに連絡しなかったら・・・・・・」
「し、しなかったら?」
「ずーっとついていく。北でも南でも、近くても遠くても。四六時中一緒ね」
「・・・・・・覚えておく」
凛がそう言えば確実にそうするだろう。べったりくっついてくるのは間違いない。危険も多い出張に凛を連れて行くことは出来ない。凛にしてみれば司が危険な目に遭う事は避けて欲しいが、司にしかできないこともあると理解して送り出しているのだ。司にしてみても、危険な除霊に凛を巻き込んでしまうことは避けたい。ならば、することは1つだ。
「絶対、ね」
そう言い、唇を重ねる。優しいそれはいつしか激しさを増し始めた、その時だった。
「まぶしいの!こっちは勉強してんのにいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ・・・・羨ましい・・・」
突然、勢い良くドアが開いたと同時にその声が飛んだ。慌てて離れる2人だが、霊力の高い美咲にしてみれば凛が司を想うと漏れる七色のオーラによってバレバレだ。
「ご、ゴメンなさい」
「まったく!それにお兄ちゃんもさ、私とだけ共感応できるようになったからって、携帯電話みたいに気安く使うの止めてよね!」
「いや、だって、便利だし」
「今度から無視してやる!」
「わかった・・・・・・じゃぁ、たまに、だけな」
珍しくしゅんとなる司に満足したのか、美咲は大きく息を吐くとボリボリと頭を掻いた。
「エッチするときはどっかのホテルでしてよね・・・・じゃないとバレバレだよ?」
最後にそう言い、ニヤリと笑ってドアを閉めた。美咲のいなくなったドアを赤面した顔をした凛が見つめ、司はやれやれという風な顔をする。
「きっと、ホテルとか行っても・・・バレちゃうんだろうね?」
「だろうな・・・」
2人は同時にため息をつき、ムードもなくなったためにテレビを消して寄り添うように寝転がる。いちゃつく気持ちはあっても美咲に筒抜けではそれも出来ず、しかたなくそのまま眠りにつくのだった。
*
東北での怨霊退治終了から4日後の今日、午前10時に信司から神殿に来るよう言われていた司と凛は、5分前にそこにやってきた来武と未来の姿に驚いていた。どうやらこちらも信司からの指示があったようで、4人はその意図が分からずに首を傾げながら神殿へと向かった。そこには信司が既におり、4人がその前に正座をする。今日は珍しく司も私服だ。腕組みをして正座する信司に何かしら不穏な空気を感じつつ、4人は神妙な面持ちで信司を見つめていた。
「で、何?新しい依頼でも来た?」
いつも空気の読めない司だが、今は違う。どこか緊張めいた雰囲気を纏っていた。
「それもある。が、その前に・・・・どうぞ」
話しつつ、左の方へ顔をやってそう誰かに告げた。途端に司と来武の目が点になる。そこにいたのは巫女装束に身を包んだあかりの姿だった。優雅な動きで信司の横に座ったあかりが丁寧に頭を下げる。未来と凛はそれが誰かわからずぽかーんとし、来武は苦笑して、司はうんざりしたような顔をしていた。どうにかして霊圧を消していたのだろうか、誰もあかりの存在に気づかなかったためにあかりは満足げだ。
「鳳凰院あかりさんだ。半年間、この神社で修行することになった。よろしく頼む」
「半年?お前・・・何考えてんの?」
「鳳凰院あかりです。半年間、ここで霊的なことに関する知識を得るために来ました。どうぞよろしくお願いします」
そう言って丁寧に頭を下げるあかりは司の言葉を無視して小さく微笑んだ。
「彼女はあの遮那さん同様、由緒正しい、5つの霊的な家の末裔でもある。司、来武君、よろしく頼むよ」
「よろしくって・・・お前、弓も引けたし、もういいじゃん」
「いろいろ教わりに来ました、来武さん。過去の知識等、よろしくお願いしますねっ!」
にっこりと微笑むあかりは完全に司を無視していた。困った顔をしつつ頷く来武を横目で見つつ、未来はじろっとあかりを睨んだ。
「あー、それと・・・・・言いにくいんですけど、半年の間であなたを連れて帰れるように努力します」
「はぁっ!何それ?」
「来武さんをお婿さんにするってこと。鳳凰院の血と、かつてカグラであった人の魂を持つ人の血が1つになるの。これこそ、鳳凰院家の復活よ!」
まったく考えが変わっていないあかりに対して来武は眩暈がし、司は笑いを噛み殺していた。凛はただ呆然としていたが、隣に座っていた未来がキレた音を聞いた気がしてそっちを見て、それが間違いでなかったことを痛感する。
「へぇ・・・こうあからさまに宣戦布告されちゃうとはねぇ・・・・・・らいちゃんは渡さない!」
鬼の表情の未来に薄ら笑いを浮かべたあかりが見下すような目を向けた。
「それは来武さんが決めること」
「じゃぁ、あんたが決めるな!」
「あなたもね、小娘!」
「小娘ってあんたもじゃん!」
「私は童顔ですが24歳です!」
「常識のない田舎女めが!」
「ムカァッ!鳳凰院の人間を侮辱したなぁ!」
立ち上がり、火花を散らす2人。おろおろする来武、爆笑する司。そんな様子を見つつ深いため息をついた凛はそっと近づいてくる信司に冷たい目を浴びせた。信司は一瞬ひるんだが、困った笑みを浮かべている。
「ってことで・・・・・よろしく。家の空き部屋に住まわせることになったから、さ」
「素直に、はいって言えない状況ですけどね」
「・・・・そうだね」
未来との諍いは信司も想定外だったようで、困った顔を喧嘩している2人へと向けた。宮子と遮那からの強いお願いもあって了承したものの、これは前途多難な顔合わせだ。
「これは初体験どころじゃなくなっちゃったなぁ・・・・」
深いため息をつく凛は結婚までそういった関係は持てない運命なんだと思いつつ、小さな微笑みを浮かべてみせるのだった。