化け猫の棲む村 その三
化け猫が降りてくるまであと3日。伝承にあるとおり満月の夜にやって来るのだ。旅の疲れのせいかあの後すぐに寝てしまった2人はあかりに起こされるまで泥のように眠っていた。とりあえず顔を洗い、朝食を取る。来武は電話にて現状を信司に報告し、さらには未来に連絡をとった。司は凛にラインをし、そのまま山の方へ目をやる。猫がやって来るという山が気になっていたからだ。
「神手・・・・凛が素っ気無いって怒ってたぞ」
「え?んんー・・・無事で元気ってラインしたんだけどな」
「それが素っ気無いっつーの」
苦笑し、同じように山を見やる。不思議な感覚があれど、それが何かまではわからない。霊圧もなく、かといって普通でもない。
「らいちゃん、今日は山登り、止めない?」
明らかにめんどくさいという態度でそう告げる。
「ダメだ。時間もないし、手がかりは欲しい。それにちゃんと下調べしないで危険な目に遭うと凛の雷が落ちるぞ」
「・・・よし、山に登ろう」
どれだけ凛の雷が怖いんだと苦笑する来武だが、その後、柚希に飲み物とおにぎりを依頼して山の地図を見つめた。かつて地主の家があった場所には何も感じられず、異様な空気のようなものが山から漂ってきているのは理解できていた。だが霊圧というほどのものではない。あくまで雰囲気でしかないのだ。
「んじゃ行くか」
「そうね・・・天気もいいし」
「ってかお前も行くの?」
「行っちゃマズイわけ?」
「足手まといになる」
「役に立つわよ!地元だし!」
「ふぅん。らいちゃん、ぺったんこ女が一緒だけどいいか?」
「・・・・・・・・・いいんでないか?」
股間を押さえてうずくまる司を見つつそう言った来武は仏頂面をしたあかりを見て深いため息をつくのだった。股間を蹴られたことは自業自得だと思う来武はあかりを促して歩き出す。股間を押さえつつ足をガクガクさせた司がそれに続き、山を目指して進んで行った。のどかな風景が広がっている。外灯すらまばらにしかない田舎は静かだ。農作業に精を出す中年男性に挨拶をしつつ山を目指す3人。
「昔はね、山の麓に神社もあったの。今は移転して村の外れにあるけど」
「その名残がこれ、か」
司は色も褪せた古い鳥居を見上げている。神聖さは感じないが、それでも何かしらの気は感じられた。3人は鳥居をくぐって山に入る。司は時々左手をかざすようにしながら方向を決めていった。
「あんた、さっきからそれ何やってるわけ?」
「霊圧を感じてるんだけど」
「手で?」
その左手にはめられた銀色の数珠が目を引く。霊力の低いあかりでもわかるほど司の霊圧は大きい。そんな司が身に着けている両手の数珠はあかりの興味を引くのに充分だった。
「俺の左手は霊的防御を、右手は霊的攻撃ができる。でも強すぎるんで数珠で制御してんの」
簡単にそう説明するが、あかりにとっては胡散臭いとしか思えない。だが、昨夜の魔封弓を引いた事実もあって全部を全部否定する気にはなれなかった。そうして一行は山の中腹まで来たが何もつかめず、少し開けた場所で一旦休憩を取ることになった。各自手ごろな石に腰掛けてお茶を飲む。
「化け猫ねぇ・・・・」
司がそう呟き、木で覆われた空を見上げるようにしてみせた。
「40年に一度現れるってか?おかしいよなぁ」
「何がよ?」
「そこまでの怨念があれば40年の潜伏期間なんぞ置かずに毎日来ればいいのにさ」
「こだわりがあるんでしょう?」
「恨みの塊にどんなこだわりがあるんだよ」
小馬鹿にしたようにそう言い、司は自分を睨んでくるあかりに笑みを返す。来武は確かに司の言う通りだと思うが、かといって宮子が何かを隠しているようにも思えずに腕組みをして考え込んだ。地主一家に対する怨念は達成され、その怨念が暴走して村の40代の男を呪い殺しに舞い降りる。だが、40代の男を皆殺しにするよりかは村人全てを呪い殺すほうが手っ取り早い。しかし何故40年に一度なのだろうか。何かしらの制約があるのか、それとも別の要因でもあるのか。
「山・・・・ねぇ」
司はそう呟き、欠伸をする。緊張感のない男だと思う反面、弓の弦を引いたということから興味は沸いていた。そう、何故か気になる存在になっているのだ。
「あんたさ、アマツ様の記憶は持ってないの?」
「ああ?あるわきゃねーし・・・普通前世の記憶なんてないだろ?」
「でも未生さんはあるんでしょ?」
「らいちゃんは変態だからな」
「おいおい・・・」
「憧れのアマツ様が現世でこんななんて・・・知りたくもない事実だったわ」
「知るか」
前世などに興味のない司は素っ気無くそう言って立ち上がる。ぐるっと山を見渡すが、違和感も不快感もなかった。ただ漠然とした妙な空気だけを感じている。司はそっと目を閉じ、それを開く。あかりはそんな司の顔を見て小さな悲鳴を上げた。司の瞳が金色に輝いていたからだ。司はそのまま森を見渡していく。
「我龍泉とこの覇王も遮那もこれが使えるのに、お前らんとこはできないのか?」
「わ、悪かったわね」
「ま、こんな力は無い方がいいけどな」
司はそう言い、目を閉じた。次に開いた時には黒目に戻っている。
「何もなし、か」
「どうする?戻るか?」
「それがいいね」
司に賛同し、来武も頷いた。そのまま元来た道を戻っていく。
「未生さんはさっきのあの目、使えないの?」
「霊視眼かい?使えないよ。俺は低い能力者だからね」
「カグラの転生なのに?」
「だからこそ、だよ」
その言葉に首を傾げる。アマツとミコト、そしてカグラの伝承は鳳凰院の家に伝わっている。文献もあり、あかりにとっては漫画や小説よりも面白く、興味を惹かれていた。だからか、2年前に裏出雲に出かけた際にアマツたちの生まれ変わりがいると聞いたときには歓喜したものだ。それなのに来武はともかく、司がアマツの生まれ変わりだというのはどうにも納得がいかない。もっと知的で聡明で寡黙、冷静なハンサムだと思っていただけにその落胆は大きかった。
「ミコトの生まれ変わりってご存知なんですか?」
「ご存知もなにも、神手の彼女で俺の友人だよ」
「え?」
「彼女もまたアマツを追って来たんだから当然でしょ?」
来武の言葉に呆けるあかりだったが、我に返るとキッと司の背中を睨んだ。
「同じ時代、同じ世代に3人が揃い、俺の前世の半分は消滅した」
「詳しく聞きたいです!」
「今晩でよければ、ね」
来武は急に立ち止まった司を見つつそう言い、司の横に立つ。
「どうした?」
「変な霊圧だ」
「変?」
「感じろ」
偉そうにと思うあかりをよそに、来武もまた神経を研ぎ澄ませて周囲の気配を探る。すると確かにかすかな霊圧が感じられた。不安定というか、波状のようなものを。だが邪悪なものではない。虚空を漂うような弱弱しい霊圧は不安定なため、司の能力をもってしても特定はできなかった。
「化け猫、ねぇ」
呟き、顎に手を置く。深く何かを考える司だったが、結局答えは見つからなかったのかそのまま山を降りていくのだった。
*
山を降りた3人はそのまま村を見て回る。怪しげな気配もなく、村は平穏そのままだった。結局、化け猫が降りてくるまでは何もすることがなくなったが、宮子の依頼で40代の男性が住んでいる家に結界を張る作業に取り掛かることにした。主に来武が作業をこなし、司はそれをぼーっと見ているだけだ。そんな司にますます不信感を募らせるあかりは来武を手伝いながら霊圧のコントロールなどを学んでいく。まだまだ霊能者としては未熟な来武だったが、弟子もどきが出来たことは嬉しいために手取り足取り丁寧に教え込んでいった。それを見ている司は未来がここにいたらと想像し、身を震わせた。一度は失った愛や恋という感情は嫉妬なども巻き込んでいた。しかし今は凛を愛するようになったことでそういった嫉妬などの感情も蘇り、理解出来るようになっている。だからこその身震いだが。
「よし、神手、仕上げを頼むよ」
来武がそう言い、あかりは苦々しい顔をする。見事なまでの結界なのに何故司に仕上げを頼むのかが理解不能なのだ。司はめんどくさそうに立ち上がると結界の中に入り、左手の数珠を取る。その左手を地面に当てると右手を左手に重ねるようにして添えた。そのままぶつぶつと祝詞を唱え、すぐに立ち上がった。
「ん、終わった」
「とりあえず、ってところだが対策はできたな」
「どうだろうなぁ」
その言葉にカチンときたあかりが司を睨むが、来武もまた司同様に腕組みをして何かを考え込んでいる。そんな来武を見たあかりが疑問を口にした。
「問題でもあるんですか?」
その言葉に来武も司もあかりを見るが、困った顔をするだけだ。
「ない、と言える。ただ、この化け猫事件には何か違和感がある」
「違和感?」
違和感とは何なのか、さらに詰め寄ろうとしたあかりだったがさっさと歩き出す司の方へと顔を向けた。
「ま、当日になればわかるさ」
感情のない声でそう言う司の背中を睨むが、来武もまた頷いているために何も言わなかった。そのまま会話もなく3人は家に戻ると各々くつろぎ、そのまま夕方を迎えた。全ては明後日になれば分かる、そう思うあかりだがどうにも落ち着かない。夕食まで時間があるために先に風呂に入り、そのまま来武のいる客間へと向かった。来武は読書をしており、同室である司の姿はない。これ幸いと、伝承にあるアマツの話を聞くことにした。
「前世の記憶って、全部あるんですか?」
その質問を聞きながら本を脇に置き、微笑む来武が頷く。その反応に表情を明るくしたあかりは寄り添うようにしながらその話に食い入るようにしてみせた。アマツの伝承は何度も読んで知っている。そう、5つの家に伝わるその伝承はあまりに有名なのだ。一通りの話を終え、来武は一息つこうとトイレに向かい、あかりはお茶を用意しに台所へと向かう。
「あんた、何してんの?」
台所に入ったあかりが脱力したようにそう口にし、呆れた顔をしてみせた。そこでは何故か夕食の支度をしている柚希の横に椅子を置き、それに座ってきゅうりをかじっている司がいたからだ。司はあかりを見るとにんまりと笑い、半分になったきゅうりをあかりへと向けた。
「ウメーなぁ、このきゅうり!いやぁ、ホントに!」
「・・・あっそ」
ついさっき来武から聞いたアマツという人物の人生。冷静沈着でありながら時々熱くなる性格をし、人のために自分の力を駆使して戦う最強の霊能者であった男、その生まれ変わりがこのバカみたいな男だとは信じたくない。むしろ来武の方がアマツに近い気がしているあかりにとって司の存在は自分の中の伝承を汚すものでしかなかった。
「田舎だからってことだけで片付けられない美味さがあるよなぁ」
しみじみそう言い、残るきゅうりを頬張った。そんな司を見て微笑む柚希にげんなりし、あかりはコップと麦茶の入ったボトルを持ってそそくさと台所を出て行ってしまった。そんなあかりの背中をぼけっと眺めている司を見た柚希は苦笑し、その手を止めた。
「ごめんなさいね・・・あの子はこの家や、他の4つの家に対して誇りを持っているの。それにあの伝承にあるアマツにもね」
「俺を気に入らない、嫌っている人は多いからね。ま、気にしないけどさ」
司にとって、アマツなどは過去の人物にすぎない。前世など信じてはいないが、アマツが前世であり、凛の前世がミコトであることも認めている。それは事実であり、記憶にはないが確かに自分がアマツであったという感覚は残っていたからだ。だからといってアマツと自分は関係ない。前世だろうがなんだろうが、アマツなどは過去の人間にすぎないのだから。それに心を壊してからの常識的なものも失ったかのような言動もまた人から嫌われる要素になっている。14歳の時に壊れた心、謂れのないレイプ犯のレッテルもあって友達などほとんどいなかった。それでも平気な司は確かに壊れているのだろう。だが、今は違う。恋人もいて、友人もいる。司は司で変化はないが、それでもそんな自分を受け入れてくれる人たちがいるのだから。
「あの子にとって自分の中に流れる血は誇り、アマツは憧れ。なのに私たちは今回の件であなたたちを頼った。それに憤慨し、憧れのアマツを前世に持つあなたに出会ったことでさらにそれを大きくさせてしまった」
「自分の血筋を誇りになんていいことじゃん。俺なんて呪ったね、こんな力」
「今も?」
「んー・・・今はもうそんなに呪ってないかな?ただめんどくさい仕事ばっか押し付けられるから、いらねーって思うけど」
「今回みたいな?」
司の言葉に優しく微笑みながらそう言う柚希ににんまりと笑う司はそうだね、とだけ口にした。正直な司にますます笑みを濃くした柚希は司という人物を好きになっていた。嘘のない言葉、心の中にあるものを素直に表現できるからこその好感だ。
「でも、今回は来てよかったかもね」
司はそう言い、笊の中にあったきゅうりを手にする。
「どうして?」
柚希は調理を再開しながらそう尋ね、司はきゅうりを頬張った。
「凄く嫌な予感がするから」
「嫌な予感?」
「ま、遮那からの依頼はどれもとんでもないモノばっかだからね・・・でも今回は嫌な予感しかしない。そんなヤツを相手にできるの、俺ぐらいなもんだしさ」
そう言い、司は柚希に微笑んでから台所を後にした。そんな司の背中を見つつ、柚希もまた口元に笑みを湛えたままだった。
「ホント、あかりのお婿さんになってほしいわね」
そうつぶやき、鼻歌を歌いながら見事な手つきで包丁を扱うのだった。