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怪奇現象解決ユニット  作者: 夏みかん
第一章
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化け猫の棲む村 その二

江戸時代の中期、この辺の地方では飢饉もなく平和な日々が続いていた。そんな中、長屋で1匹の猫を可愛がっていた娘が地主の息子に見初められて求婚されたのだ。だが地主の息子は評判が良くなく、金にも汚い男だった。娘はその縁談を断り続けたが地主と親戚になれるとあって両親が説得し、娘は泣く泣くその求婚を受けたのだった。ただ、条件としてその猫も一緒に住まわせるとして。地主の息子は若く美しい娘が手に入るのであればとそれを快諾し、結婚をした。だが男は酒を飲んでは暴れ、娘に暴力を振ったのだ。精神的にも肉体的にも傷つけられた娘は子供を産めない身体となり、地主からも役立たず呼ばわりされて虐待を受けていた。そんな娘の心を支えたのは猫の存在だった。男はそれが面白くなく、娘が眠っている間に猫を惨殺して鍋で煮たのだ。それを知った娘は発狂し、嘆き悲しみ、そして地主と男を呪ったのだ。猫の死骸の鍋を食らい、そのまま首を吊って死んだ。その後、男は別の女と結婚し、子をもうける。その子が40歳になった時、異変が起こった。息子は発狂し、突然死んでしまうという異変。そしてその子の長男もまた40歳で謎の突然死を迎えるのだ。やがて地主の家は没落して明治維新とともに滅んでしまったが、この村には祟りだけが残ってしまったのだという。40年に一度、猫と娘の呪いが村に舞い降り、40代の男性が必ず死ぬのだった。そして今年がその40年目に当たる。


「今現在、この村に40歳の男が2人おる。そのどちらかが、あるいは両方が呪いによって殺されるじゃろう。40年前はワシの力でどうにか被害を最小限に食い止めて呪いを退けたが、今のワシにもう力はない」

「で、俺たちがそれをやるわけね?」

「退けるのではなく、怨霊を浄化しろ、と?」

「本当は退けて欲しかっただけなのだが、遮那殿が司殿なら滅ぼせると言うものでな」


その言葉に露骨にめんどくさそうな顔をした司がお茶を飲む。余計なことを思う反面、その化け猫に興味を抱いたのもまた事実だ。


「化け猫というのは、どのような?」


地酒を飲みながら来武がそう尋ねる。柚希は説明を宮子に任せ、片づけを始めていた。あかりは来武の横にちょこんと座って宮子の話に耳を傾けていた。当然ながら化け猫の伝承は知っているが、詳しくは聞いたことがない。それに、鳳凰院家の跡取りとしては絶対に聞いておかなくてはならないという使命感もあった。


「猫、というよりは娘の怨念と猫のそれが同化したもの、かの。その強い怨念は長い時を経て暴走しておる」

「地主の息子だったから、恨みが土地に向いたんだろうさ」


そう言いながら無造作に立ち上がった司はトイレとだけ言って部屋を出ようとする。宮子はトイレの場所を案内するようにあかりに言い、あかりは渋々司を伴って部屋を出て行った。それを見た宮子がため息をつき、宮子の意図を知った来武は苦笑してみせた。どうやらあかりには聞かせたくなかった話のようだと気づいたからこその苦笑だ。


「あかりはこの鳳凰院の家を威厳のあるものに戻したいんじゃよ」

「この家も、あなたも、柚希さんもそういう濃厚な霊圧を持っています。可能性はあるのでは?」

「ないよ・・・この土地に2千年もいれば屋敷の住結界じゅうけっかいの厚さが強力なだけ。だからこの家に生まれた者にそれがおこぼれで宿っとるだけの話じゃ。ワシの力も衰え、柚希もあかりも、言い方は悪いがそなた程度の霊力と霊圧しかない・・・かつての鳳凰院にあった強大なものはもうない」

「だからこそ、化け猫の怨念を抑えきれなくなった」


来武の言葉にピクリと反応した宮子はにんまりと笑うとコップに残ったビールを飲み干した。来武もまた酒を飲む。体質的にあまり酔うことはない。父親もそうであり、これは血のせいだと思っていた。来武の恋人である蓬莱未来ほうらいみくも酒をたしなむが、すぐに酔っ払う上にかなり絡んできて乱れるために2人きりの時以外には飲ませないようにしていた。


「カグラ殿の記憶があるというのは本当かね?」

「はい。良くも悪くも全て・・・」

「そうですか・・・なら、全て話しましょう。あかりにも、聞かせる義務がある・・・からの」


苦々しくそう言うと同時に柚希がビールと酒を持ってくる。どうやら飲み明かす気なのか、ジュースも用意されていた。テーブルを囲んでいると司とあかりも戻ってくる。何故か赤い顔をしたあかりに対し、司の左頬には明らかに手のひらとわかる赤い跡が残されていた。憮然と座るあかりに対し、司はいつもと変わりがない。


「お前・・・・彼女にアレしたのか?」

「まぁな」

「アレ?」


柚希の疑問にますます顔を赤くしたあかりは俯き加減ながらキッと司を睨んでいた。


「あまりに胸がペッタンコだったんで、んでもしかして男かと思って触ったら、殴られた・・・どうやらその反応からして女みたいだな」


悪びれる様子のないその言葉に真っ赤になった顔を上げたあかりが司に蹴りを食らわせた。


「悪かったわね!ぺったんこで!」

「痛ぇなぁ・・・・でも気にするな、ウチの妹も高校生だけどそんな感じだよ」

「私はこう見えて24歳なの!」

「へぇ・・・凛より年上なのに・・・ぺったんこなんだ」

「死んでこいっ!」


見事な回し蹴りに畳を転がる司だったが、目をパチクリさせるだけだった。


「・・・・・・・あいつ、ああいうところが壊れてるっていうか、欠けてるっていうか、申し訳ないです」


何故か来武が恐縮して謝罪する中、宮子と柚希は声を殺して笑い、あかりは自分で酒を注いで一気に飲み干すのだった。



「40年前、ワシは化け猫の怨霊と対峙し、そして全ての霊圧を駆使して結界を張り、撃退をした」

「どっから来るの?」

「山、としかわからん・・・・何度も山に行ったが、わからんかった」


ちびちびとビールを飲みつつ化け猫に関する情報を出す宮子だったが、当時は父親もいて2人で撃退したということらしい。その怨念は強く、結界の中に化け猫を入れてお札の力で怨念を放出させて弱らせ、どうにか山へ返したということだった。


「そこまでの怨念を消滅させることはできるのですか?」

「できなくはない、だろうがなぁ・・・・アレは何か特殊だ」


来武の質問に表情を曇らせた宮子は一気にビールを飲み干した。百二歳という年齢を感じさせない飲みっぷりは見事としかいいようがない。重厚な霊圧が年齢を制御しているのだろうと睨む司にとって、宮子のこの若さの秘訣はいろんな意味で参考になっていた。司の霊圧は巨大だが、ここまでの厚みはない。数値で言えば司が80に対し、宮子のそれは40程度だろうが、厚みがある分、数値以上の力を持っているのだ。


「こんな連中に頼まなくても、私が倒します!」


沈黙の降りた居間にこだまするのはあかりの声だった。来武も宮子も難しい顔をするが、柚希はどこか困ったような表情を浮かべている。司はおつまみを食べつつぼけーっとした顔をしていた。


「あの弓・・・私が引きます!引いてみせます!」

「弓?」


来武も反応したあかりのその言葉に宮子の顔つきが険しくなり、柚希もまた怒気をまとっている。それを知っていながらあかりはじっと宮子を見つめた。


「弓ってなに?」


興味を惹かれたのか、司が場の雰囲気も読まずに宮子に詰め寄る。こういう場合は司の性格が羨ましいと思う来武は黙ったまま宮子を見つめた。宮子は少し顔を伏せ、柚希はあかりを睨んだままだ。そのあかりはとぼけた声を出した司の方へと顔を向けた。


「鳳凰院家に伝わる宝具、魔を封じ、魔を滅する弓、『魔封弓まふうきゅう』よ」

「魔封弓?魔封剣みたいだなぁ」

「5つの家に伝わる5つの宝具。鳳凰院に伝わるのが魔封弓なんじゃ。もっとも、今はもう司殿が持つ魔封剣とここの魔封弓しか残っておらんが」

「え?なんであんたが魔封剣を持ってるわけ?あれって神地王家の宝具でしょう?」


鬼の形相でそう言うあかりに対し、説明がめんどくさい司は来武を見やった。その顔にため息をつき、来武があかりに説明をする。神地王家から使い手として認められた上坂刃が封神十七式と共に司に伝授したこと。そして魔封剣が司の霊圧を認めたということまで。


「光天翼は使えないのかい?」

「使えないこともない、けど・・・・・どうやって発動するのかわっかんねぇんだよなぁ・・・凛が持ってるみたいなもんだしさ」

「凛?」

「ちょっと待って!あんた光天翼も?マジで?あんたがあのアマツ様の転生だから?」

「アマツ様って・・・・まぁ、そうなるな。でも使ったのは2回だけだよ。ってもさ、1回目はその後で死んじゃったけどな」

「死んだって・・・」


笑いながらわけのわからないことを言う司に心底呆れたあかりだったが、宮子は事情を知っているのか少し微笑んでいた。光天翼はこの宇宙には存在しえない高次元のエネルギーである。つまり、使用するためには命というこの世にあって見えないエネルギー、つまりは高次元のそれに近いもので補う必要があるのだ。


「んで、その魔封弓っての、見せてほしいんだけど」


司は宮子を見やり、宮子は頷く。同時に柚希が立ち上がって隣の部屋に行くと、神聖なる気を持った木の箱を持ってくる。柚希は箱を開き、中から翼を鏡面に配置したような形状の弓を取り出した。白い翼と黒い翼が異様な雰囲気を纏っている。


「これが魔封弓。ワシはおろか、柚希にもあかりにも引くことはできん宝具じゃよ」


つまりは鳳凰院家に伝わりながら、誰もこの弓に認められていないということか。


「引いてみればいい」


まじまじと弓を見つめていた来武にそう言い、宮子は小さく微笑んだ。引けるのならそれを使えという意味だろう。来武は丁寧な手つきで箱から弓を取り出す。魔封剣同様、弓自体からは何の霊圧も感じなかった。とりあえず白い翼を上にし、構えてみる。そして矢のないまま、弦を引いてみた。しかし弦はピクリとも動かない。どんな力を込めようとも、どんなに霊圧をこめようともダメだった。


「だめだ・・・やはり持ち手を選ぶらしい」


そう言い、来武は司に弓を渡した。


「だろうな」


そう言いながら司は弓を構え、弦を引いてみせる。するとその弦がギリギリと音を立てて引き絞られていくではないか。弦は弓に対して三角を描くようにしてピンと張られていったのだ。自分たちの知る限り、誰も弦を引くことが出来なかったために驚く柚希とあかりだったが、宮子だけは涼しい顔をしているのみだった。


「やっぱダメだな」


司はそう言うと弦を戻して弓を置く。何がダメなのかさっぱりわからない3人はきょとんとした顔をしていた。


「この弓って、弦を引いたら霊圧の矢が出る、よね?」


その言葉に一斉に宮子に視線が集中する。宮子はまじまじと弓を見ている司を見て優しい笑みをたたえていた。


「魔を封じ、神の一撃を持って悪しき魂を滅する・・・それが宝具。魔封剣は特殊じゃが、残る4つの宝具は皆持ち手を選び、その力と同調させて霊圧による武器へと変貌する。この魔封弓もまた然り。弦を引けば霊圧の矢が形成されて術者のそれと同調し、いかなる魔をも射る」

「魔封剣は持ち手の霊圧を増幅し、その刃は物質でありながら霊的な物へと変化する。十七式の術を増幅させたりね・・・特殊っちゃ特殊だよな。でもこの弓もとんでもないね」


魔封弓の真の力はもう数百年は開放されていない。ふさわしい持ち主がいないのと、弓自体が沈黙しているからだと宮子は説明をした。司ほどの能力者ですら不可能だったのだ、最早この弓を引ける者など存在しないのだろう。魔封剣は確かに特殊だ。太陽剣を再現しようとして作られた経緯があれど、太陽剣に近い存在であるのは間違いない。だが、この魔封弓はそういった感じはないのだ。あえて言うのであれば弓自体に仕込まれた霊圧と持ち手の霊圧を同調させた強力な矢を放ち、魔を滅するものでしかない。


「残りの3つは?失われたとはどういうことですか?」


来武の質問を聞きながらあかりもまた弓を引いてみるが弦はビクともしなかった。弦を引いた司が異常だと思えてしまう。


「我龍泉家の魔封槍まふうそう、幽蛇宮家の魔封斧まふうふ、そして竜王院家の魔封鏡まふうきょう。全て千年ほど前に失われておるよ。伝承でしかしらんが、大きな災いを滅するために使用されてそのままだというのぉ」


それら全てが魔封剣を持つ神地王家に対する対抗策だったという。強大な力を一箇所だけが持つことを恐れた、そう伝えられているが真相はわからない。


「弓も引き手がおらなんだら意味もないがな」

「私が引く!いつか引いてみせる!」


あかりがそう言い、じっと弓を見つめる。柚希は困った顔を宮子に向け、宮子もまた冷たい目をあかりに向けていた。来武はそんな視線を見つつ思案に暮れたが、司は欠伸をしつつジュースを飲んでいるのだった。

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