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怪奇現象解決ユニット  作者: 夏みかん
第三章
22/23

天狗の願い(4)

得体の知れないオーラが村全体を包み始めていた。不快感、苛立ち、そんなものを与えてくるオーラに村人はただ戸惑うばかりだった。天狗の呪い、真実の伝承を知らない村人にすれば、今回の事件がどういった意味を持つのかはわからないだろう。そして貴船礼という人間の正体も。司はその目の前に立つ存在の異質さを感じ取っていた。人ではない、いや、限りなく人に近いモノとしか認識できない。最初に会った時から漠然とした感じでそう思っていた。しかし今ははっきりと分かる。彼はこの世界、この宇宙には存在しえないモノだということを。だからといって倒せないとも思えない。なぜならば、彼はまだ半分はこちら側の人間なのだから。


「さて、死になさい」

「凛に怒られるからヤだね」


子供じみたことを言う司にさすがの礼もムッとした顔を見せた。同時に右手をかざせば勢い良く司が吹き飛ぶ。風ではない、衝撃波でもない何かが司を突き飛ばしていた。それは霊圧の成す技ではない。あえて言うのならそれは超能力に近いだろう。地面を転がった司だったが、すぐにむくっと立ち上がるとにんまりと微笑んだ。吹き飛ばされる瞬間、咄嗟に『ふせぎ』と『たち』を使ったものの効果はなかった。だが、何かしらの手応えは感じていた。表現できない感覚的な手応えを。


「何も病気を治す、作物を蘇らせるだけの能力じゃない。再生するとは反対の能力もまた存在する」

「というと?」

「破壊だ」


礼はそう言い、不敵に笑った。天狗は人や動物の病を治し、枯れた作物を蘇らせた。それは再生能力だ。しかしその反対、破壊能力もまた確かに有していたのだ。礼が手をかざしたその瞬間、司の周囲を薄い黒い膜のような球体が覆った。咄嗟に『たち』と『穿うがつ』の術を発動させるが何の効果も成さない。十七あるどの術もその球体をかき消すことは出来ず、司はじっとそれを睨むように見つめるしかなかった。それを観念と取ったのか、礼は嫌な笑みを浮かべて両手を突き出す。と、膜が徐々に狭まっていき、司の体に触れるとそこから体内に侵食し始めた。だが重く苦しい気分になるだけで苦痛は無い。司は知らず知らずに涙が溢れ出し、心の奥底から死にたい気持ちが湧き上がってきた。もう死しか考えられず、かといってどう死んでいいかわからない。


「司!」


叫ぶ来武の声さえ遠くに聞こえるほどに。来武もまたあらゆる術を試すが全く効果がなかった。あの膜は霊圧とは違うまったく異質なものだったのだ、当然だろう。司の中の何かが生への執着に浸食してかき消していった。だが、何かが死を邪魔していた。死んではいけないと、何かが歯止めになっている。礼はそれを感じ取って念を強めるが、司の中に侵食した自分の意識が最下層で拒まれている、そんな感じがしていた。強烈な生へ欲求、それが死を邪魔している。司もまた同じだ。死にたいのに死ねないと思う。このまま死んで楽になりたいと願って止まないのに、それを拒んでいる何かがある。だから、その何かに意識を委ねてみた。それは意思だ。生きようとする意志ではない、別の強い意思。司の中にある生への執着に反応したその意思が最後の一線を越えずにいるのだ。それは侵食していたモノの意思。それは天狗の残した強い願望。


「ああ、そうか」


呟く司の口に笑みが浮かんだ。温かいモノが死を拒絶する。侵食していたはずの負の感情が押し戻される感触に礼は戸惑った。9つある能力のうち、5つは破壊を司るものだ。風化させ、砕き、そして死へと導く力。それらを総動員しても司の肉体も精神も破壊できない。いや、普通であればとっくに精神も肉体も腐って死んでいるはずだ。


「なんなんだ?」


徐々に光が視界を覆っていた。来武や大吾には見えない光り輝く七色の光が破壊の能力をかき消している。それは徐々に形を持ち、やがて4枚の翼となって司の背後できらめている。


「これは・・・・・・・同じ?俺と同じ能力・・・・いや、さらに上位の力?」


やがてその光が礼を包んだ。七色の光が赤く、青く、銀に、金に明滅してやがて消えていく。同時に礼の肉体もまた消えようとしていた。淡い光の粒子になって消えていく自分の体を信じられないといった顔で見つめるものの、それを止める手立てはなかった。


「これは・・・・」

「天狗さんが願ったのは元の世界に帰ること。ただ純粋に帰りたいと思う気持ちを持ち続けてきた。でもね、そいつもまたその女性を愛してしまったんだ。帰るべき力の使い方を思い出しても、それ以上にこの世界にいたいと願った、女性のそばにいたいって願ったんだよ」


きらきらと輝く肉体が徐々に薄れ、既に下半身はなくなっていた。しかしそれは消滅ではない、帰還である。


「あんたに侵食されてわかった・・・天狗さんは生きたかったんだ。彼女のため、そして、彼女のお腹の中にいた赤ちゃんのために」

「なんだと?」

「たった一度、だったのかは知らないけど、彼は父親になったんだ。けどね、そんな彼が死に際に望んだのは元の世界に帰ることのみ。死ぬことで戻れるのかどうかわからない。けれど、彼の彼女の傍にいたいという願望よりも帰りたいという願望が死に際で大きくなったんだ。だからこそ彼女はそんな彼の生きる意志を汲み取り、愛する人を殺した男を手なずけてその子を生み、育てた。いつか彼の血を継ぐ者が彼の魂を連れてそこに帰れるようにってね。その末裔があんただ」

「ああ、そうさ・・・俺はそれを5年前に知った、村と寺に伝わる伝承の食い違いを調べるうちに・・・そして半年前、九と十夜によって引かれ合った珠によって天狗の意思を覚醒させたんだ」

「だからあんたは10個の珠を集めようとした・・・帰還するために」


首だけになった礼は悲しげに笑った。世界を手に入れようとしたはずなのに、逆に世界を放棄することになろうとは思わなかった。結局、自分も珠に、天狗の遺志に操られていたのだろう。帰りたい、ただその想いを継ぐ者として。


「お前も、いつか帰るのか?」


礼はそう言って薄く笑い、そして消滅した。天狗の残した真の能力、それは帰還だ。礼は天狗として異世界に帰ったのだろう。そこがどんな場所かも知らずに。再びこの世界に戻れるかどうかもわからずに。


「帰るさ、凛の元に」


司はそう言い、薄く微笑んだ。


「俺はこの世界の人間だからな」


厚い雲から顔を出す月を見上げ、司は微笑んだ。絶体絶命の中にあって自分を救ったのは生きようとする意志、それはすなわち凛の元に帰るという意思だ。来武はホッと胸を撫で下ろし、それから同じように月を見上げた。結局、術は通用しなかったものの、結果として上手くいったとしか思えない。それが天狗の意思だったのかはわからないが、ますます世の中の仕組みを解明してみたいという欲求が大きくなるのを感じるのだった。



礼の消滅、いや帰還によってか、魂を吸い取られていた9人は目を覚ました。正確には珠を抜かれただけで、魂は滞留していたのだ。だが霊圧を超えた珠に依存していた魂によって肉体の奥底に追いやられた結果、生命維持能力としてその役目を果たしていたらしい。しかしこれは司の推測でしかないが、それ以外にこれらの事象を説明できる者はいなかった。一旦キャンプ場に戻った司たちは凛たちに事情を説明した。全ては住職であった礼の仕業であったこと、そしてその根底にあったのは天狗が元の世界への帰還を望んだこと、そしてその結末を。あまりに呆気ない結末にあかりはつまらなさそうにしていたが、凛は少し瞳を潤ませていたのだった。


「結局、10個の珠を回収して元の世界に帰りたかったってことね」


未来の言葉に頷くと、司はまだ温かさを残す炭の傍に腰掛けた。


「願っていたのは帰ることだけだからね・・・あの坊さんはその能力を使って悪さしたかったみたいだけど、珠にこめられた天狗の念は帰りたい、だから」

「来てしまったとはいえ、何もかも全てが違う世界にはいたくないものね・・・でも愛した女性を置いては帰れなかった」

「さっさと能力の使い方を思い出せばよかったんだろうけど、来たショックかなにかで曖昧になってたんだろう。結局、殺される寸前にそれを思い出して願ったものの、珠はバラバラにされて交わりを禁じられた」

「珠が元の1つに戻るのを恐れた村人のせい、か」


礼は自分のルーツを知り、十夜と九が惹かれあったことで珠が覚醒した結果、天狗の末裔である礼の中にある細胞がそれを思い出したのだろう。元の世界に帰るために10個の珠を集めるよう礼の無意識に働きかけた。だから礼は子供を殺さなかったのだ。礼が持つ欲求、10個の珠を揃えて完全なる肉体を取り戻すという野望は天狗の意識の奥底にあった帰りたいという強い願いに負けたのだ。


「悲しい話だけど、な」


司はそう言い、悲しげな笑みを浮かべてみせた。ただ帰りたい、その願いは自身が死んで数百年経った今、ようやく叶えられたのだから。



翌日、帰宅用意を済ませてからキャンプ場を出た一行はすぐに村へと向かった。結局、司たちは何かをしたわけではない。礼が珠を集め、完全なる天狗になろうとしただけの話だ。それでも九の貞操を守ることはできたが、全てを解決したのは天狗の意思なのだから。そうして10時過ぎに村に行けば、まだ大騒ぎの真っ最中だった。今回の事件の黒幕が住職であり、その住職は謎の消滅。さらには天狗の伝承の真相など、村の根底に関わることだけに皆の動揺も大きかったのは言うまでもない。6人が姿を見せると、すぐに集会所に連れて行かれた。一連の事件の説明を求められたのだ。昏睡状態にあった8人は目を覚まし、今は病院にいる。十夜と九に関してはすぐに目を覚ましたこともあって何の異常もなかったために集会所に座っていた。とりあえず壇上に上がった来武が事の経緯を説明しようとした。だが、そんな来武から司がマイクを奪い取る。笑みもなく、ただ冷たい目で集まった村人を見下ろすだけだ。そんな司を見やる村人の目は好奇心でいっぱいだった。


「その昔、天狗はこの世界に来た」


静かに、誰に語るでもなく司がそう話し出す。壇上に用意された椅子に座る5人もまた司の背中に目を向けていた。


「どうやって来たのかもわからず、言葉も通じなかった。それでも良くしてくれた村人に恩を返すため、彼はその能力を使った。それは本来、元の世界に帰るための力とも知らずに」


この世界に来たことによるショックだろうか、忘れてしまった力の本当の使い方と意味。だが、個々の使い方は覚えていた。だから彼は村に貢献する形でその能力を使ったのだ。


「やがて彼を世話する女性に惹かれていく。女性もまた彼に惹かれた。だが、そんな彼を妬む者もまた確かに存在していた。そんな中、彼と彼女は結ばれる。世界を超え、時空を超えて女性の体に生命が宿った」


その一線を越えれば、もう元の世界には戻れない。ただ戻ることだけを願っていた男にすれば、その希望を捨ててもいいと思えるほどその女性を愛していた。子供が出来た、それはもう故郷を捨てるに値するほどの喜びだったはずだ。


「だが、村の悪意がそれを破壊したんだ。彼を殺し、その女性を手に入れようとした者によってね。そして殺された彼の体内から出た能力の結晶を10人の村人で分け、その罪悪感を等分することで薄れさそうとした。また、女性が身ごもっていることを知らず、首謀者は彼女を妻にした。彼女は首謀者を恨みつつも子供のために頑張った。願うのは愛する彼の安らかな死、無事な出産、そして自分を娶った夫の死」


女性の生への執念は凄まじかった。そのせいか、彼の意思を受け継ぐ形でそれは残り続けた。だから司は死ななかったのだろうと思う。女性と天狗の想い、生きたい、帰りたいという強い信念があったからだ。


「やがて女性は男子を産み、そして夫には内緒で子供に真実を語り続ける。首謀者は偽りの伝承を残し、真実を自分たちだけで隠し続けた。もし10個の珠が1つに戻ることがあってはいけないと、お互いの交わりを禁じたんだ。それが村に残る伝承であって、また、10個の珠を継承した家に伝わる真実。どちらもまた天狗を崇める部分は同じだ。結末が違うだけ。それは覚えておいて欲しい」


村が大きく発展したのは天狗のおかげ、何より、未知なる力で守られた村に引っ越してくる者も多かったのは幸いした。10の家の子孫も今日まで交わることなく、今まで存在し続けられたのだから。


「けど、天狗の末裔は自分のルーツを知ってしまった。貴船礼、彼はどうやってか、それを知った。だから彼はその能力を返して欲しいと願った。元々は私利私欲、この世界を手にするためだろうけど、彼の中に眠る細胞が覚えていたのかもしれない・・・帰りたいという意思を」


全てを知り、礼自身の欲求と天狗の記憶が一致した。珠を集める、その一点のみで。


「そして、貴里十夜と貴布九が惹かれあい、珠もまた引かれ合った。それは礼の中の欲求をさらに大きくしたんだ。元々は珠と肉体は同じ場所にあったんだからね。十夜が九を求めたのも珠のせいだろう・・・恋心までは知らない。でも、彼が九を求めたのは彼女の愛と珠。十夜が愛を欲して魂が珠を欲する。でもね、九はそれを突っぱねた。九の意識が珠に勝っていたんだろう。十夜はその特殊な魂のせいでより珠に飲まれていたのかもしれないね」


そう言って集会所の後ろの方に離れて座っていた九と十夜を見たが、2人は前を向いたままだ。ざわつく集会所の中にいる何人かは2人を見るが、それでも2人はじっと司を見つめている。十夜は今でもまだ九を好いているが、逆に九はそうでもない。十夜が珠を失ったせいかはわからないが、九の中では十夜は友達でしかなかった。


「魂を抜かれた、正確には珠を抜かれた子供たちだけど、魂自体は別にあったから、礼が消滅してそれが覚醒している。心配ないよ、なんの異常もないし。礼は9つの珠を回収し、九の体を介して新たなる、それでいて10個の珠を受け継いだ最強の肉体を手に入れようとしていた。9つの珠を持つ自分の子供を1つの珠を宿した九に産んでもらうことでそれを可能としてたんだ」


九にとっては吐き気を催す話だ。小さい頃から面倒見の良かった礼はいなくなったと感じていた。5年前に礼は変わってしまったのだ。だから自分は礼を毛嫌いし、逆に礼を慕う十夜を疎ましく思っていたのだろう。しかし十夜は逆にそんな礼を尊敬していた。力の使い方を教わり、そして能力も開花させてもらった恩人だったからだ。恋愛相談はしたものの、珠を継承する2人の恋路は応援せず、諦めるよう諭していた。そう、野望を抱く前から。


「けどね、彼は9つの珠の力を開放しすぎたんだ。だから九の中の珠も反応し、あいつは肉体に残されていた強い意思に支配されてしまった。元の世界に帰りたいって意思にね」


最初から天狗が願ったのは帰りたいという強い意思。女性と出会い、それは薄れたものの根底にはそれが残っていた。だから彼は願い続けた。死に際に強く思った帰りたいという意思が自分の血を継ぐ者に、珠に受け継がれることを知らずに。


「結果、彼は帰還した。礼っておっさんの意思は無視、天狗さんの意思でね」


そこでざわつきが大きくなった。帰ったとはどういうことなのか、一連の騒ぎはただ帰還への下準備でしかなかったというのか。


「彼は帰ったんだ・・・本当のいるべき場所にね。ただそれだけのことさ」


司はそうとだけ言うとマイクを来武に渡して集会所を出て行った。そんな司に替わって村人から質問を浴びせられた来武だったがこういうことには慣れているのか、てきぱきと返事を返していく。出て行った司を追うように凛もまた集会所を出れば、木陰でたたずむ2つの人影を見つけて立ち止まった。それは司と九だった。大きな木の下で向き合う2人を、凛は建物の陰からじっと見つめるだけだ。


「住職は、礼は消えたのね」

「ああ。あいつは天狗のおっさんの替わりに帰ったんだ」

「元の世界に?」

「異世界なのか、異次元なのか、並行世界なのか、とにかく、故郷にね」

「そっか」


九はどこか寂しそうにしていた。それは礼を思ってか、それとも天狗を思ってか。


「数百年の時を経て、やっと帰れたんだ・・・坊さんの意思は無視だけど」


そこで司は小さく微笑む。つられてか、九もまた小さく微笑んだ。


「私ね、自分の名前が嫌いだったんだ・・・・九って9個目の珠の在りかってことでしょ?子供が生まれたら名前は変えられる・・・お爺ちゃんも、死んだ両親も九が付く名前だったみたいだし」

「在りかをはっきりさせるためだろうな。そうして珠と珠が交わるのを防いだんだ」

「勝手な話」

「だな」


司はそう笑い、遠くの景色へと目を向ける。のどかな風景、そしてただよう穏やかな気配。それはこれからも変わらないのだろう。天狗の愛した村への恩は、ずっと残るのだろうと思う。たとえ殺されようとも、自分の愛した人の眠る村なのだから。だから今でも未知のオーラが村を包み込んでいる。温かい、優しい光で。


「もう、私には特殊な能力なくなったの?」

「いんや。あんたには少し残ってる。坊さんが少し吸い取ったけどね・・・磨けばまた元通りだろうさ」


全てを奪えば完全なる肉体を得ることが出来ない。だから礼は九の中にあった珠の力を少しだけ吸い出した。最後の珠そのものは九の中に残っているだろう。そしてそれはずっと子孫を継承して残り続ける。いつか天狗が取り返しに来るかもしれない。あの礼の子孫となって、今度は彼がこの世界に帰還するかもしれないその時まで。


「じゃぁ、磨くよ。いつか誰かの役に立つように」

「いい決意だ」

「あんたのようになりたいから」


そう言い、九は悪戯な笑みを浮かべて見せた。司は少し驚いた顔を見せたものの、困ったような笑みを浮かべて九を見やる。そう言われるほど交流などなかったはずだ。


「俺のようになったら、ひんしゅく買うぞ」

「それでも、最後まできちんとやり抜くところは尊敬してるから」


自分がどんなに悪態をつこうが、司は嫌がりつつもきちんと解決に導いた。恐れず、ただまっすぐに。よその村の起こした忌まわしい事件が引き金であっても、自分には全く関係のないことでも。腹を立てつつも全てを解決してくれた恩は忘れない。そう、自分は天狗の珠を受け継ぐ者なのだ。恩は決して忘れてはならない。


「まぁ、頑張れ」

「うん、頑張る」


素っ気無い司とは違って嬉しそうにそう言い、九は右手を差し出した。苦笑を浮かべつつ、司はその手を握った。体温ではない温かさに九の心が温かくなった気がした。


「高校出たらさ、あんたに弟子入りするから」

「・・・・まさか押しかける気か?」


礼がいない今、自分の能力を伸ばせることの出来る人間は司だけだろう。それに、何故か少しだけ司という人間に興味が沸いていた。それが恋なのかはわからないけれど、九にとってはそれに近い感情でしかない。


「なんなら愛人になってもいいよ」

「悪いけど、俺は凛以外を愛せない・・・・凛にしか愛情はない」

「へぇ、そうなんだ」


はっきりそう言った司に離れていた凛が赤面した。逆に九は何故だかすんなりその言葉を受け入れられた。司の言葉に嘘は感じられないからだ。どんなときでも司は本当のことしか口にしない。それを知ったからこその思いだ。それに、そうまではっきり言える司が羨ましい。


「でも好きにさせたいって、そう思ったから、そっちもよろしく」

「弟子は取らないことに決めた」

「え~・・・いいって言ったじゃん!」

「言ってねーし」

「そう?」

「ああ」


そう言って笑いあう2人を見つめる凛の髪を風が揺らす。優しい風が涼しさを呼び、凛は目を閉じた。それは天狗の愛情を感じる、そんな風だった。

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