天狗の願い(2)
古い石畳の階段は、その歴史を記すように端が苔に覆われていた。陽光を遮る高い木による影響かもしれないが、それでも長い年月を変わりなく過ごしてきた存在感がある。所々で木々の間から漏れる明るい光が差し込む様は神々しいまでに見えた。日影のせいか、または清楚な空気のせいか、階段を上る一行はひんやりした空気にホッと出来ると感じていた。そんな階段を中ほどまで来たところで司が足を止めた。そして来武とあかり、美咲もまた立ち止まる。何かと思う未来が隣にいる来武を見上げた瞬間、階段の上の方に何かが飛び出してきた。思わず悲鳴を上げた未来と美咲、凛だったが、司は薄く微笑み、来武とあかりはじっとその何かを見つめている。それは紛れもなく天狗だった。赤い顔と鋭い目、何より長く太い鼻が地面と水平に伸びている。ややボロボロの着物は白く、黒い袴を履いたその姿は天狗以外の何者でもなかった。
「天狗・・・」
凛がそう呟き、未来がギュッと来武の腕を掴んだ。
「おっさん、このクソ暑い中でコスプレか?」
司が汗を拭いつつ先ほどと変わらぬ足取りで階段を上がっていく。不気味なその天狗に誰も動けない中で司は薄ら笑いをそのままで歩みを止めることはなかった。
『立ち去れい』
低くくぐもった声が森に響く。身を縮める未来と凛をよそに、美咲はきょろきょろし、来武はじっと司の動向を見つめていた。あかりは右手に霊圧を込めで臨戦態勢を整える。
「ヤだよ・・・立ち去れって、来たばっかだし」
ヘラヘラした笑みをそのままに司が天狗の手前2メートルで立ち止まった。同時に美咲とあかりが反応し、来武もまた緊張を帯びた目を天狗の向こう側に向けた。
「奥か!」
司はそう言うと笑みをかき消し、天狗を無視して一気に階段を駆け上がる。同時にあかりも駆け、来武が残った3人を制しつつ天狗へと顔を向けた。動揺をありありと出した天狗は来武と、走り去った司たちとを交互に見やっている。
「あなたが人間で、天狗の振りをしているのはわかっています。それよりも、奥で何か不穏な動きがあります」
ますます動揺を大きく見せる天狗は目の前の来武たちと自分を無視して階段を駆け上がった2人とを何度も交互に見るしかない。
「何があったの?」
「わからない・・・けど、歪んだ霊圧を感じた」
未来の質問にそう答える来武に美咲も頷いている。歪んだとは抽象的な表現であり、それがあっているとも言いがたい。なんとも形容しがたい霊圧だった。
「人の魂が歪められている、そんな感じ」
美咲の言葉に誰よりも動揺した天狗が階段を駆け上がり、それに来武たちが続いた。寺まではまだ距離がある中、不意に右側の茂みの向こうに天狗が向かう。そこには古い小屋があり、大昔はここが寺として機能していた場所だった。補修はされているとはいえ、小屋自体はかなりボロボロである。入り口は開け放たれており、中では司とあかりが倒れこんでいる少年らしき人物のそばにしゃがみこんでいる状態だ。来武たちがそこに行けば、司もあかりも神妙な面持ちで少年を見下ろしているだけだった。
「八矢っ!」
天狗がそう声を上げて少年に近づく。
「はや?」
「あの子の名前だろう」
美咲の言葉に来武がそう言い、それに反応して顔を向けた司がゆっくりと首を横に振った。
「そんな・・・・なんでお前が・・・・さっきまで家にいたのに・・・」
天狗がゆっくりと面を外すと、その下の素顔を涙で覆った中年男性がへたり込む。
「死んでるの?」
震えた声を出す未来に美咲がゆっくりと首を横に振った。
「死んでないよ・・・でも、魂がない状態。植物状態みたいなものかな」
「それって・・・・」
そう言いかけた未来を置いて来武が司の脇に立った。
「戻せるのか?」
「無理だ。魂自体が抜き取られてる。多分だけど、抜き取られて、どこかに吸われた印象って感じ」
その言葉に沈黙していたが、中年男性へと視線を巡らせる。
「この子は?」
そう問われ、涙を流す男がうなだれてしまった。
「貴先八矢・・・・私の甥です」
「で、先ほどまで家にいた、と?」
「俺があんたらを追い返す役目を背負ってここへ来る前、八矢は家におったんだよ」
「あなたの後を追ってきた可能性は?」
「ここへ来る道はあの階段だけ。他には獣道しかない・・・・それに俺はさっき来たばかりだ」
泣くしかない男にどうしていいか分からず黙り込んだ面々だったが、ゆっくりと立ち上がった司はそのまま小屋を出て周囲を見渡した。
「急に霊圧が現れたと思ったら、歪んだ感じになって消えた・・・妙というか、不思議というか」
「じゃぁ、この子は急に現れて、そして何かに魂を抜き取られたってことなの?」
怯えたようにそう言う凛に頷き、それから寺の方へと顔を向けた。凛もそうした矢先、向こうからやって来る袈裟姿のお坊さんが小さく頭を下げた。
「また、出ましたか」
その言いように凛は何も言えず、司は口元にかすかな笑みを浮かべて見せた。住職というにはまだ若い、30代といったところか。髪もあり、なにより今風の若者らしいあごひげもそこにあった。少し大きめの鼻が気になったものの、イケメンと呼ばれる部類には入るだろう風貌だ。
「ああ、住職!八矢が・・・八矢がぁっ!」
小屋から飛び出した男性が住職にすがりついて泣いている。重苦しい空気の小屋から出たあかりたちは何も出来ずにただ佇むことしかできなかった。だが、司は違う。魂を抜かれた少年を見つめ、それから住職へと顔を向ける。笑みをそのままに。
「この子で何人目?」
その質問に全員が唖然となる。どういう意味なのか、と。
「8人目、です」
住職がそう呟き、男性がうなだれた。
「8、か」
司はそう呟くと笑みをかき消した。
「とにかく、八矢もウチで預かります。何とかします、必ず」
どうやって、そう表情で問いかける司を無視して小屋に入った住職は八矢を抱きかかえた。そのまま男性にこのことを村中に知らせるよう告げ、さらに九ともう1人を連れてくるように言った後で6人に着いてくるよう促したのだった。
*
その寺は村にあるには大きすぎる印象を受けた。本堂もかなり大きく、司のいる神咲神社の拝殿よりも大きいだろう。田舎の村の寺とは思えないほどの規模に全員が圧倒されてしまうほどに。そんな寺に案内された6人は本堂の奥にある小部屋に案内された。その中では8人の子供たちが眠っているように横たわっている。その全員が何かによって魂を抜き取られており、意識がまったくない状態にあった。食事も栄養も取れないという異様な状況の中でも命を永らえているのは何故だかわかっていない。第一、何故病院へ運ばないのかが気になってしまった。ひんやりとした部屋に毛布を敷き、これまた毛布を掛けられている子供たちは青白い顔をしてはいるが、規則正しい呼吸は続いている状態にあった。美咲が霊視した限り、魂は完全に失われているという。なのにこうして生体機能を完全に維持しているのは不可思議であり、ありえない事実だ。飲まず食わず、糞尿すらないとなると、これは呼吸をしている人形のようなものである。科学的にありえないとは思うが、こういう異常な現象には慣れた面々はさほど不思議とは思わない。来武に至っては前世の記憶の中でも類を見ない特異さに好奇心が湧き上がってくるほどだ。
「8人、この一ヶ月で8人がこの状態です」
「始まりは、1、かな?」
一番左端に寝ている少年の額に左手をつけた司がそう言い、住職が頷く。司の言葉を聞いても驚いた顔を見せないその様子を訝しがる来武であったが、住職の持つ霊圧のせいかと自分を納得させていた。並みの霊能者よりも遥かに高い霊圧を持つ住職は霊力もまたそれなりにある。それ故の洞察力なのだろうと納得したからだ。その後6人は本堂に通され、その正面に住職が正座したときだった。
「八矢もやられたって?」
そう言って飛び込んできた少年に美咲が目を細める。それはその少年がかなりの美形だったからではない。その言い知れない光り輝く霊圧のせいだ。凛が司を想うと光り輝く光天翼とはまた違った燃えるような赤い光。それがその少年の全身にまとわりついていた。
「まぁ、座りなさい、十夜」
住職にそう諭され、十夜と呼ばれた少年は興奮した顔をそのままに6人の横、美咲の隣に座った。途端にまぶしそうにする美咲を見やった十夜が不思議そうな顔をするが、美咲は十夜から視線を逸らし、前を向いた。美形すぎた十夜の顔を見れなかった、という理由も加えて。
「なに?」
怪訝にそう言う十夜を見れず、美咲は前を向いたまま少しだけ目を細めた。
「あなたの霊圧、すごく赤い・・・赤くて輝いていてて、まぶしいだけ」
その言葉に驚き、何かを言おうとした時だった。九もまた本堂に駆け込み、そこにいる十夜を見て顔をしかめると言いかけた言葉を飲み込んで十夜とは対極の位置、司の隣に正座した。
「9と10が揃ったわけね」
ポツリとそう呟いた司を九はキッと睨むものの、司は前を向いたまま欠伸をする。睨んだ意味は様々だが、何故部外者である司が全てを見透かしたような言動をするのかが苛立ったから、それが主な原因だった。
「皆さん、揃ったところで今回の天狗の件、お話しましょう。九と十夜、残るは2人だ。君たちも用心のため、今一度この話をするから」
頷く十夜に対し、九は不貞腐れたような顔をするだけだ。あの日以来、九は自分と十夜を嫌っている、それを知っていた。だからか、そんな九を見て苦笑した住職はまずは村に伝わる天狗の伝承を話し始めた。時は戦国時代、村の興りから始まる。小さな集落だったこの村に、ある日天狗が舞い降りた。赤い顔、そして見たことのない衣服を纏い、聞いたことのない言葉を話すそれは天狗だとされ、村人は彼を恐れてこれを除外しようとした。しかし天狗には不思議な神通力があり、手をかざすと病が治り、また手をかざすと枯れかけた作物が蘇るといった奇跡が起こったという。本物の天狗の降臨に村人たちは天狗を崇拝し、作りかけの大きな寺の横、元々は寺として機能していた小屋をあてがって食べ物を供給した。その見返りに天狗は村を守る。やがて噂が広がったのか、人が増えて徐々に村は大きくなったものの、戦乱の世にあってこの村だけは隔離されたかのように平和だったと言われている。勿論、城主の耳にも天狗の噂は届いたが、神通力のせいか、それともそれを恐れたからか城主は村を無視したという。しかしその平和も突然終わりを迎えることになった。天狗は徐々に弱り、そして村人の頭にこう直接語りかけたという。
『自分がもつ10の神通力を10人に分けよう。10人がそれぞれ交わることなく永らえ続ければ、村はずっと平和でいられるから』
天狗の胸から光輝く球体が飛び出すと、それは10個に分かれた後にその場にいた10人の女性の体内に入っていったという。やがてその10人がそれぞれ子供を産むが、その子供たちのおかげか村は平和だったという。病もなく、飢饉もなく、圧制を敷かれることもなく現代までずっと存在してきたのだ。そう、まさに平和だけがそこにあった。
「だが、先月のことです」
住職はそう言い、苦々しい顔をしつつ話を続けた。最初の異変は学校で起こった。12歳の少年が授業中、忽然と姿を消したのだ。理由もわからず悲鳴がこだまする教室は阿鼻叫喚と化したが、少年は何故か徒歩で1時間はかかるあの小屋の中で発見されたのだ。すぐに病院へ運ばれ、駐在が事件を詳しく調べるが、突然消えたとしかわからない。子供の意識はなく、それでいて生体機能は安定している事に医者は驚き、かなりの検査をしたが原因は不明だった。そして間髪入れずに2つ目の事件が起こる。2人目は10歳の少女だった。学校から帰宅後に自宅でトイレに行った少女が突然行方不明になり、これまたあの小屋で発見される。病状も全く同じ中、住職はその2人が天狗の神通力を受け継いだ末裔であることに気づいたのだ。生体機能が安定していることから2人は退院でき、そのまま寺へと運ばれた。あらゆるお経、除霊なども行ったが効果はなく、次いで第3、第4の犠牲者が発見されていく。どれも皆天狗の神通力を受け継いだ者であり、そして今日、8人目の犠牲者が出たのだ。奥で寝かされていた8人は近いとはいえ年もバラバラであり、性別もまた異なっている。ただ同じなのは天狗の能力を受け継ぐ末裔だということである。
「残ったのは貴布九と貴里十夜、そこにいる2人です」
「順番からいけば九って子なんだろうけど・・・けど、ま、アレかなぁ」
正座もせずどこかくつろいだ様子を見せる司が住職を見て、それから小さく微笑んだ。
「アレ、とは?」
「この女は変わった霊力を持ってる。あっちの男に関しては変わった霊圧だ。8番目の子の霊圧はごく普通だったからねぇ・・・9と10は何か特別なのか、それとも特別なものに変異したのか」
ヘラヘラした顔でそう言う司を睨む九だが、自分は生まれつき霊感のきつい子供だった。多くの霊を見て、多くの霊の声を聞いた。そして十夜は霊を見る能力はさほどないものの、多くの霊を排除し、成仏させてきた。だからか、2人は子供の頃からコンビを組んでそういうことをしてきたのだ。見える九と祓える十夜は天狗の力を受け継いだ村の守り神と言われるほどに。そう、半年前までは。
「九って子の霊力、十夜って子の霊圧を合わせれば、人間ではないものが出来上がる・・・いや、そういうのを作ろうとしてるのかもね」
「何が?」
「天狗、とか」
ニヘラと笑う司に住職は苦い顔をし、九と十夜は司を睨む。
「伝承に天狗の復活に関する事柄はありませんでした。村の平和を願い、朽ちていく自分の代わりに10人を用意したのでしょうから」
「だよねぇ」
司はそう言い、おもむろに立ち上がった。
「10人の魂と霊圧を喰らい、天狗の全てを手に入れよう・・・・ま、出来すぎのシナリオかな」
そう言い、住職を見やった司が不敵に微笑む。その笑みがまるで天狗との対決を楽しみたい、そういう感じに思えた凛の中で不安がより一層大きくなった。
「天狗は人ではない・・・喰らったら死しかないでしょうけども」
「だね」
住職の言葉ににんまりと笑い、司はさっさと本堂を出て行く。凛が住職に頭を下げて後を追い、残された面々は伝承に関する質問を住職に投げるのだった。




