生贄の少女 その七-終-
五郎の家にあるワゴン車に荷物を入れ、見送りに来てくれた太助たちと挨拶をかわす。村人がどっと押し寄せてきたが、司はその誰にも挨拶をしなかった。来武と弓華は形式上の挨拶はしていたが、司は徹底的に無視をしている感じだ。やがて村長が司の前に立つ。さすがに無視できないと思ったのか、司は自分を見つめる村長に軽い笑みを見せた。
「本当にありがとうございました」
「まぁ、どうも」
「あなたの怒り、理解しております」
「そう」
「慰霊碑は責任を持って建てさせていただきます。もしよろしければ、祭司としてお越し願えませんでしょうか?」
「断るよ。それにもうあそこには何もないよ。誰の魂もない。皆、天へ還った」
「・・・・わかりました」
村長はもうそれしか言えずに黙り込む。そんな村長を見ても何も感じない司は足にまとわり付いてくる鈴へと笑顔を向けた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「あいよ」
「またいつか怖い目に遭ったら、その時はまた助けてくれる?」
「ああ、いつでも行くよ」
鈴は心底嬉しそうに笑った。司もまたにんまりと微笑む。鈴は笑顔のままだが寂しさを少しだけ見せる。だが笑顔だけは崩さない。司はそのまま腰を屈めて鈴と同じ視線になった。
「今度は俺の家に遊びにおいで」
「行ってもいいの?」
「ああ。みんないいやつばっかだよ・・・変な女がいるけど、年内でいなくなるから来年おいで」
横でそれを聞いていた来武が苦笑し、それを見た司も苦笑を漏らした。
「うん!」
とびきりの笑みを見せ、鈴は司に抱きついた。司もまた鈴の小さな体を抱きとめる。
「もう大丈夫だからな、もう怖いものはいない・・・・だから、元気でな」
「うん!」
鈴はずっと笑顔だった。霊障でヒヒをまともに見なかったことや、霊障自体の影響か、鈴の感じた霊圧は司のものしかなかったらしい。暗いカゴの中で怖かったとはいえ、それでも司の背後にある天使の翼が見えていたためにそれも和らいだと宴会の時に語っていた。土地の気配に紛れさせるために羽織った藁はヒヒに効果はあっても鈴に効果はなかった。来武などは戻り次第その現象について詳しく調べようと思ったほどだ。誰にも感じることが出来なかった光天翼をこうまではっきり、しかも司の中に感じたのは鈴が初めてだ。しかも、霊障を解消した今でもまだぼんやりとした形で光天翼は見えているらしい。
「ではそろそろ」
五郎がそう言い、車に乗り込んだ。弓華と来武が村長と太助に頭を下げる中、司は鈴の頭をわしゃわしゃとしてからさっさと車に乗り込む。こんな村からはさっさとおさらばしたい、そんな風に。来武が五郎の車に、弓華も自分の車に乗り込んで窓を開けて最後の挨拶を交わした。村を出れば司たちと弓華は別方向に向かうためにここでお別れだ。電車の駅に向かう司と来武とは違い、彼女は遠距離でも車で移動すれば苦にならない程度だからだ。そう、彼女はドライブが趣味なのだから。下見の時は電車とバスを使ったが、今回は村の異様な雰囲気を感じた場合はいつでもすぐに逃げられるように、と考えての行動だった。司も仕方なく村人たちの方を見れば、向こうに見える鳥居の前に立つおかっぱの女の子がこちらを見ているのに気づいた。どうやら弓華も来武も気づいてはいない。いや、そもそも見えていないのか。
「いい来世を」
司がポツリとそう呟くと少女はすっと消えた。最後の最後まで見送りに残ってくれたことに自然と笑みが漏れた。彼女から感じられたのは心からの感謝の気持ち、そしてこの村が好きだという気持ちだった。
「村人が感謝の気持ちを忘れなければ、この村は残り続けるだろうな」
呟くようにそう言ったその言葉に来武が頷いた。
「さ、帰ろうぜ」
司の言葉を合図に五郎は車を走らせた。ずっと手を振り続ける鈴に手を振り返し、司は満面の笑みで村を見送ったのだった。
*
「おっかえりなさーい!」
最寄りの駅で出迎えてくれたのは凛と、そして何故か両手を広げて来武に抱きつくあかりだった。来武は両手に持った荷物のせいかされるがままの状態にあり、ここに自分の彼女である未来がいないことにどこかホッとしていた。
「おかえりなさい」
「ただいま・・・疲れたよ」
「お疲れ様でした」
凛は優しく微笑むとそっと司に寄り添う。離れていたせいもあるのか、いつもにも増していい香りがしていた。
「じゃ、行こっか」
凛が司と腕を組み、司はふと弓華にもこうされたことを思い出した。
「どうしたの?」
「え?いや・・・別に」
微妙な司の変化を見逃す凛ではない。組んでいた腕に力を込めるとさらに体を密着させた。
「浮気したな?」
「してねーって・・・・ただこうされただけだって」
そこでハッとなる。司にとって弓華に腕を組まれても何も感じない。凛にこうされた時だけ恥ずかしさと嬉しさがこみ上げてくるのだ。そしてそれを凛も理解している。
「へぇ、されたんだ」
「不可抗力ってヤツだな」
いつもの笑みがなく、明らかに焦っている。こういった感情も凛にだけ見せるものだ。
「そっか・・・私もねー、寂しかったしねー・・・・・今日はもうずっとくっついていようと思うの」
「ずっとって?」
平静を装っているが内心はドギマギしている。そんな司の心理を読み取っている凛はそっと司の耳元に触れそうになるほど唇を寄せた。
「ずーっと!ご飯の時もお風呂の時もトイレの時も、寝るときもね」
悪戯な笑みを浮かべた後で耳にそっとキスをした。司は情けない悲鳴を上げて顔を離すと心底困ったような顔をしてみせた。
「勘弁してくれぇ・・・」
情けない声を出す司にケラケラ笑う凛だったが、冗談で済ませようという気はまったくないのであった。
*
未来が用事で来れないのをいいことに来武にちょっかいをかけるあかりだったが、疲れもあるせいか来武は素っ気なかった。そのせいかさっさと家に帰ってしまったために、あかりは憮然としたまま夕食を取っている。司は父親である信司に今回の内容をさらりと伝えつつ冷えたしゃぶしゃぶ用の豚肉を頬張っていた。そうして一通りの報告をした後でふとあることを思い出した。あかりは同行できなかったことを残念がり、ぶつくさと文句を言っている。妹の美咲はお茶を飲みつつご機嫌な凛を見て心の中でニヤニヤしていた。やはり司と離れているのは凛にとっても苦痛なようで、よくため息をついていたのを知っているからだ。以前よりはこまめに連絡をするようになった司だが、それでも凛が思うほどの回数ではなかったのだ。美咲が少し凛をからかってやろうと口を開きかけた時だった。
「凛、寂しかったか?」
突然司がそう口にした。意外な言葉に全員が司に注目をする。
「そりゃあ、ね」
珍しく凛が赤面するのも無理はない。司が普段絶対に口にしない言葉を発したのだから。
「会いたかった?」
「うん」
素直に微笑む凛ににんまりと笑う。と、美咲とあかりが同時に凛から顔を背けた。その表情はどこか眩しそうだ。いや、実際に眩しかった。
「凛がまぶしいよな?俺じゃないよな?」
「はぁ?あったりまえでしょ?」
美咲が腹立ちげにそう言うと肉をパクつく。
「なんだ、ノロケかよ」
あかりもまたうっとおしそうに味噌汁を口に運んだ。凛は何が何だかわからないという顔をし、司は腕組みをして考え込むような格好を取る。
「で、なんなの?」
美咲が睨むように兄を見つつそう尋ねた。司は鈴のことを話し、彼女が自分の中に光天翼があるようなことを言っていたと伝えた。途端に訝しがる美咲とあかりだったが、凛は困ったような顔をするしかできない。何せ自覚のない光が出るなどと言われてもどうしようもないからだ。
「でも、ありえないよね。おねーちゃんから出てる光と、前に見たお兄ちゃんの持つ光は同じだった。なのにその子は具現化した状態の翼をお兄ちゃんの中に見てる・・・・おっかしいよ」
「でも嘘はついてないと思う。あの子の魂は純粋だった」
「霊障のせいでしょ?わけわかんないけど」
「だなぁ」
美咲とあかりに否定的な意見をされたが、それでもそれが正しいと思う。今までそんなことを言われたことがない上に、鈴は目に霊障を負っていた。
「なら、天狗様に聞いてみるといい」
ずっと黙ったままだった信司がビールを掴みながらそう言った。全員が何を言っているんだという顔を信司に向ければ、信司は小さく微笑んでからビールをコップに注いでいく。
「新から連絡があってな、あいつの住んでる町の奥にある村で天狗が出て神隠しをするらしい」
今度は佐川新の話かと思う司と美咲は意味がわからないといった顔をするが、ピーンときた凛とあかりが顔を見合わせた。
「天狗かぁ、興味あるなぁ」
「私も」
ニヤリとしながらその言葉を聞いていた信司の顔を見た司と美咲もその真意を悟った。要するに次の依頼だと。
「帰ってきて早々かよ」
「でも近いじゃん」
「今度は私も行くから!」
「みんなで車で行こうか?」
何故か美咲もあかりも、そして凛までもが行く気満々だ。司だけが嫌そうにしつつ肉を口一杯に頬張った。
「近くにキャンプ場もあるし、みんなで行くといい。夏休みの思い出つくりにね」
「絵日記に天狗と遭いました、ってか?冗談きついぜ」
憮然とした司を無視して話を進める女3人は食事後に未来にも連絡を入れ、翌日にはちゃっかりとキャンプ場を抑えるほど手際がいいのだった。
*
旅の疲れも残る司だったが、凛の存在に怯えてもいた。さすがにトイレまでは一緒ではなかったが風呂は強制的に一緒に入られていた。新しく買ったという水着を着て、だったが。随分と凛とのスキンシップにも慣れてきた司だが、こういったシチュエーションはまだだめだった。それでも弓華と腕を組んだという罪悪感が少なからずあるせいか、渋々ながら凛の我侭に付き合ったのは優しさからか。その後は当然一緒に寝ることになる。狭いベッドに体を並べる中、凛はそっと司の肩に頭を乗せる。
「ねぇ」
間近で見る凛の顔は美しい。いい香りにクラクラしつつ、それでも司はまっすぐに凛を見つめた。
「なに?」
「もうさ、結婚までそういうこと、しないでおこうか?」
あかりが居候するようになってからも、凛は何度か司に体の関係をもちたいと告げてきていた。好きだからこその提案だったし、何より依頼を受けて家を空ける司と離れることが寂しかったからだ。
「・・・・いいのか?」
「うん。でもね、もうどうでもいい、じゃないよ?なんか、ここまできたらその方がいいのかなって」
「なら、後2年、待ってほしい」
その言葉に凛が顔を上げた。今までそういった話は一度も出ていなかったからだ。このままいけば結婚する、そういう意識は常に頭の中にあったとはいえ、口にしなかったのはやはりまだどこか深い関係になりきっていないということが大きく影響している。
「後2年したらさ、俺は親父の跡を継ぐ。そしたら、そしたらさ・・・」
「うん、待ってる」
凛は優しく微笑み、そのまま司の胸に顔を埋めた。司は凛の長い髪をそっと撫でてその心地よさを感じていく。
「ありがとう」
その言葉に凛が顔を上げた。そのまま2人は優しいキスをする。何度かキスをし、やがて司が凛を腕枕した。これ以上いちゃつけば美咲やあかりから苦情が出てしまうだろう、その配慮だ。凛が司を想うと光り輝く光天翼、なのに司はそれを感じず鈴は司の中に翼を見た。
「魂が繋がってるのかな?」
司はそう思いながらも口にしなかった。よほど前世での後悔があるのか、凛と自分の魂の繋がりは太いように思える。何も知らず、偶然出会った。だが凛はすぐに自分に恋をして、自分はそういう心を失っていた。やがてその心も凛にだけ取り戻して今に至っている。凛は自分の全てを問題なく受け入れてくれ、自分もそんな凛を大事にしたいと思っている。
「天狗、本当にいるのかな?」
「さぁな・・・・でも猿の次は天狗か、テレビの企画みたいだ」
苦笑してそう言う司に凛もまたクスクスと笑った。司と出会っていない自分だったらこんな話は信じられなかったし、そういう人たちがいるとも思っていなかっただろう。
「怪奇現象解決ユニット、2人の霊能者が数々の奇妙な事件に挑む、みたいなね」
「だな」
笑いあい、さらに体を密着させる。今までなら暑いから離れろと言っていただろう司の変化が嬉しかった。
「2年したら、ちゃんと言ってよね?」
「何を?」
「何でしょう?」
凛は微笑みながらもう一度だけキスをした。そうして2人はすぐに深い眠りに落ちるのだった。
*
満月が輝いていた。それを見上げる自分の横には腰にまで届くほどの長い黒髪をした女性が寄り添っていた。女性もまた月を見上げている。
『生まれ変わっても、こうして月を一緒に見たい、そう思います』
『そうだな』
心底そう思うが、どこか素っ気無くそう言ってしまったことを後悔する。だが女性は気にする風でもなく微笑をそのままにじっと自分を見つめていた。
『月は癒し、太陽は恵み、星は安らぎを与える光を放つ・・・らしい』
『アマツ様はその全てです』
『ミコトの方がそうだと思うよ』
『お互いがお互いの月であり、太陽であり、星であるというのは理想的です』
『そうだな、そう思う』
2人は指を絡ませてもう一度綺麗な月を見上げた。
『いつかは3人でこうして空を眺めたいです』
3人という言葉に、アマツは親友であり幼馴染でもあるカグラの顔を思い浮かべていた。
『アマツ様と私、そして、その子供です』
そういうことかと苦笑をし、自分の至らなさを痛感してしまう。恋人同士になってわずか数日、まだ結婚の意志は2人の間にはなかった。それでも、いつかはと思っている。
『いつか、その言葉を聞かせてください。私は待っていますから』
『わかった』
そう言い、アマツはそっとミコトの肩を抱いて自分の方に寄せた。お互いの温もりが心地いい。心すらじんと温かくなるのを感じつつ、2人はそのまま言葉もなく月を見上げているのだった。
*
「これってさぁ、もう・・・・・そういう関係になってるよね?」
珍しく寝坊をしている凛を起こしに来た美咲の言葉に同行していたあかりも頷いた。
「写真撮っとこう」
あかりはスマホを取り出して2人の状態を写真に収め、ご満悦の表情を浮かべた。
「この胸の半分でいいから欲しい」
「ホントね」
2人はため息混じりにそう言うと顔を見合わせて笑いあった。司のベッドで寄り添うように眠っている2人の姿はかなり乱れている。Tシャツがめくれてお腹丸出しの司はまだいい、問題は凛の方だった。こちらのTシャツはめくれあがって胸が下着のない状態で丸見えになっており、その上に司が手を置いているのだ。
「私もらいちゃんとこうなりたいなぁ・・・」
「それに関しては同意できないけどね」
あかりの願望を否定し、美咲がベッドにダイブした。その様子をスマホの動画で撮影するあかりはしばらくはネタに困らないなと微笑み、凛の悲鳴に顔を歪めつつも口元の笑みは消さないでいるのだった。




