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怪奇現象解決ユニット  作者: 夏みかん
第二章
16/23

生贄の少女 その六

各自が家で待機していたのだが、謎の咆哮に身震いしつつも異変を感じたのだという。太助が立ち上がり、五郎たちを連れて鳥居の前に来て見れば数人の村人が武器を携えてそこに立っていた。攻めに行くのではなく、社へ行こうとする者を押しとどめるのが目的だったらしい。だが太助と五郎たちはそんな連中を押しのけて社へ行こうとし、村人と衝突した。やがてやってきた村長の一声で社へ様子を見に行こうということになったそうだ。実際は社ではなく、その手前まで、だったそうだが。とにかくそうしていると途中で司たちに出くわしたのだ。結局、太助と五郎たち以外は神の報復を恐れていただけだった。それを見抜いたからこそのさっきの司の言葉である。結局、消費した霊圧を取り戻すために昼前まで寝ていた司が起き、昼飯を平らげてから鳥居の前にやってきた。来武と弓華、五郎に響子、そして太助一家も同行して。そうして鳥居の前に来れば、数人の村人と村長がそこにいるのだった。司は表情も変えずに鳥居の前に立つとそれを見上げた。村人たちはそれを取り囲むようにして見つめているだけで沈黙している。


「陸奥村長・・・・いいのかい?」


誰かが嫌そうにそう言い、村長がそっちを一瞥する。男はその眼力に黙り込むが司を見る目に不信感がこもっているのが見て取れた。本当に昨夜、神様を倒したのかどうかもわからない。夜が明けて社に踏み込んだが、カゴが残されている以外は何の変化もなかったからだ。だが鈴が無事な上に村に変化もない。だから多くの村人は救われたと思っていたが、それでも数人はいまだに報復を恐れているほどだ。それほどまでにこの村に根付いた風習は深いものなのだった。


「どうするの?やらないで帰ってもいいけどね」


司は自分を睨んでいる数人を無視して村長にそう尋ねた。村長は頷くだけで何も言わない。司は無表情のまま村長から鳥居に目を戻し、そっとその鳥居に両手をつけた。


「鳥居に霊的な力を取り戻させるね」


司はそう言い、日差しのきつい中でそっと目を閉じた。ぶつぶつと祝詞と唱える司の両手が淡く光って見える。どよめきが起こる中、1人の老婆がぽつりと呟きを漏らした。


「この方こそ神様じゃ」


その言葉に村人はただ黙るしかなかった。勝手なことをと思う弓華だったが、にこやかにしている鈴を見れば怒りも引いていく。一番辛い思いをした鈴がこうして無事に笑っている、それだけで来た甲斐があったといえよう。実際に自分は何も出来ていない。全てを解決したのは司なのだから。


「神様、ね」


来武はぽつりとそう漏らして苦笑した。前世の司もよくそう言われていたことを思い出したからだ。そんな彼を誇らしく思い、同時にねたましく思った自分の前世に苦笑が濃くなる。今はもう何も思わない。ただ、司は前世ほど人望はない、それだけは言えるだろう。そうして30分ほどし、司は鳥居から手を離した。次に地面に左手を当てて同じように祝詞を口にする。すると弓華の目に白い球体がいくつも空に舞い上がっていく様が映った。弓華だけではない。霊力を持つ者たちは皆その光景を目にしていた。無念の内に死んだ生贄の魂か、生贄を偲んで村に残った家族の魂かはわからない。だが、無数の球体が地面から空へと舞い上がっていった。


「天使の、羽が・・・・いっぱい降りてきてる」


鈴がそう言いながら天を仰ぐ。みんなは空へ舞い上がる球体を見ているのに鈴は逆に天から舞い降りる天使の羽を見ているのだ。司はそんな鈴に優しい笑みを見せるとその両手をそっと鈴の両目に当てた。


「温かい」


つぶやく鈴に笑みを濃くした司が小さく言葉を発した。


たち


その瞬間、鈴の閉じた目の中でまばゆい光が瞬いた。眩しがる鈴が体をよじり、司の両手は自然と鈴から離れてしまった。五郎と響子が鈴を気遣う中、鈴は目を何度か瞬かせる。


「あれ・・・目が・・・・開く」


霊障のせいで目を開くことも出来ず、開けていた時でさえも何も見えなかった鈴の目は見慣れた村の風景を映し出していた。


「見える・・・・見えるよ!」


鈴が両親の方を見つつそう叫んだ。しっかりと目が合い、五郎と響子は涙を流しながら鈴を抱きしめた。そんな様子をにこやかに見つめる司が天を仰ぐ。澄んだ濃い青をした夏の空がそこにあるのだった。



その夜は村を上げての宴会を催すといった申し出を辞退し、更科家と陸奥家だけで宴会を行った。もう生贄を欲する神はおらず、鈴の目も元に戻って何の悩みもない。五郎と響子はただただ司に感謝をすることしか出来ず、司もそれでいいと言った。弓華はそんな司がますますわからなくなり、宴会の後で散歩に誘っていた。虫の鳴き声、蛙の鳴き声、そんなものしか聞こえない田舎の暗い夜道を2人だけで散歩していた。空に浮かぶ丸い月が外灯のないあぜ道を照らしてくれている。昨日までのあの澱んだ空気ももうない。


「不思議ね・・・・あれだけあった暗い空気がもうないなんて」

「猿もいないし、怨念も消えたからな」


素っ気無い返事が実に司らしいと思う。養成所の頃からやる気がなく、人とのコミュニケーションも下手糞だった。同期を仕切っていた関東にある大きな神社の跡取り息子ですら司には手を焼いていたほどだ。傲慢でわがままだったその男すら煙に巻く司は変人であり、畏怖なる存在でもあった。


「あんたって、昔からそんななの?」


人間としておかしいと思う。性格の問題かと思うが、それだけでもない気がする。壊れている、そう来武は言っていた。それはおそらく正しいのだろう。


「さぁな。そうなんじゃない?」


他人事のようにそう言い、弓華の方は見なかった。そんな司に弓華は小さく微笑んで見せる。


「でも、ありがと。私の頼みを聞いてくれて、鈴ちゃんを救ってくれて」


一度この村に単身乗り込んでみたものの、自分ではどうすることもできないと判断した。そして考え、司のことを思い出したのだ。養成所の最後の合宿で行った肝試し。仕切っていた男が封印されていた悪霊を興味本位で解き放ち、全員が戦慄する中で平然とそれを浄化した司のことを。


「こういう依頼は受けたがるんだよ、親父や凛やらいちゃんは、ね」

「あんたは?」

「めんどくさいことはゴメンだよ」


本当にめんどくさそうにそう言い、司は鼻でため息をつく。相変わらずだと思う反面、それでもきちんと全てをやり遂げたことは尊敬に値する。


「そうだね・・・だから今度は1人で解決できるよう、頑張る」

「ひっくい霊圧で?」

「んー・・・・その霊圧ってのから勉強しないとね」

「無理」

「えー・・・そうなの?」


憮然として頬を膨らませる弓華に微笑む司。いつもへらへらしている司にしては優しい笑みだった。


「でも、いつかはあんたと肩を並べたい。どんな状況でも笑って人を救いたい」

「ま、頑張れ」


どうでもいいのか、やはり素っ気無い。だがそんな司にとびきりの笑顔を見せると司の腕に自分の腕を絡ませた。それを見た司が鼻でため息をつく。


「彼氏いんだろ?」

「まぁね・・・でも、ま、いいじゃん」

「しらねーからな」

「彼女に怒られる?」

「・・・・・想像したくもないね」


うんざりしたその顔に思わず噴き出した。あんなに怖いヒヒの化け物すら笑って退治した男が浮気と取られるこの行為を恐れている。それだけ彼女の存在が司の中で大きい証拠だ。


「あんたの彼女、ブスでしょ?」

「可愛いぞ。元芸能人だしな」

「はぇっ!?」

「桜園凛、聞いたことないか?」

「えぇぇぇぇ!マジ?」

「マジ」

「マジでマジ?」

「・・・・・めんどくさいやつ」


疲れたようにそう言う司だったが、結局、明け方まで根掘り葉掘り質問を受けて寝不足になったのだった。



珍しいほどに早起きをした司はまだ薄暗さを残す外を歩いていた。宴会の翌日は社の解体作業に付き合い、今日、帰路に着くことになっていた。社の解体中に綺麗な状態の頭蓋骨がいくつか出てきたが、司によればヒヒがよほど美味しかったと認識した結果の霊的なもののせいだということだった。反吐が出そうになるのを堪え、村人はそれらの骨を丁寧に扱って司が浄化を行った。社の跡地には慰霊碑が設置されることになったとはいえ、だからといって村人が現代まで行ってきた生贄の儀式の風潮が伝承となって風化しないということはないだろう。人はすぐに忘れてしまう。たとえどんなに悲惨なことであっても。


「怨念は浄化したけどね、無念は消えないよ、ずっとね」


崩れた社と頭蓋骨を見つつ淡々とそう言った司の言葉は村人の胸に突き刺さった。


「村は滅びると思うよ、悪いけどさ」


最後にそう言って供養を終えた司の言葉に村長は俯くことしかできなかったほどだ。確かに神様に成りすましていたヒヒの悪霊は退治された。だが、生贄にされた少女たちの無念と家族の恨みと悲しみはこの土地に根付いている。いつかはそれが村を滅ぼすのだろう。司は朝日が昇るのを見つつ、鳥居にもたれるようにしてみせる。霊的な力をほとんど持たない鳥居はひんやりとした感触を与えるのみだ。


「ん?」


そんな司の目の前にいるのは赤い着物を着たおかっぱ頭の女の子だった。時代錯誤な服装のその女の子はにこやかな笑顔を見せたあと、そっと司に右手を差し出した。


「なに?」


笑いながら司も右手を差し出す。その上に置かれたのは白い小さな石だった。


「これ、くれるの?」


その言葉に返事もなく、笑顔のままで少女は走り去って行った。朝日に紛れるようにして去ったその子を見送った後、司はその石をまじまじと見つめる。


「石じゃないのか」


笑みを苦笑に変えた司はその白い物、おそらくは骨の一部であろうその物体をギュッと握った。そのまま祝詞を口にしてそれを開けば、粉々になった骨が風に舞い上がる。


「まだ残ってたんだな・・・」


司は悲しげにそう言うと鳥居を越えて石段を上がっていく。そうしてまだ廃材でいっぱいの社の前に立った。


「俺を待ってたのか?」


そこにいるのは20人程度の少女たち。服装も着物から今風まで様々だ。ゆらめくような少女たちは皆無表情でばらばらの位置に立っている。司は小さく微笑むと一番近くにいる少女の前に立つ。そしてその足元に左手を下ろして祝詞を唱えていけば、少女は小さく微笑んですっと消えた。それを全員分行い、立ち上がる。社の跡にもう少女の姿はなかった。司はもう一度祝詞を口にして祈りを捧げていく。昨日の供養も完璧に行ったはずだったのにと思う司はそれほどまでに少女たちが無念に感じていてのかと一筋の涙を流した。幼いながらも死を覚悟していたのだろう。親のため、村のために死ななければならない無念、怒り、悲しみ。それらを喰らって喜ぶヒヒと同様、村人への怨念も強かったということか。


「清らかな水の中でこの世に生まれ、聖なる火で焼かれてこの世を去る。大地から天へと昇る御霊に安らかな眠りを」


祝詞ではない言葉で空を見上げる。無意識的に出たその言葉はかつてアマツであった頃に口にしていた癒しの言葉である。その瞬間、さっきのおかっぱの少女が社の真ん中辺りに姿を現す。その表情は安らかな笑みをたたえていた。


『天使の翼を持つ人、ありがとう』

「天使じゃねーよ、俺は」


せっかくのお礼にすらそう返し、司は優しく微笑んだ。おかっぱの少女はにこやかに微笑むとすっと消えていく。おそらくは最初の生贄だった少女の魂なのだろう。その少女は最後に天使を見ていた。司の背中にある金と銀、そして青と赤の翼を。自分を闇の中から解放し、親にすら向けていた怒りと悲しみと恨みを消し去ってくれた人は彼女たちにとって天使以外の何者でもなかった。


「今度は絶対に幸せになれる、きっと、な」


司はそう言い、社に背を向けた。昼間でも薄暗かった石段も今は明るい。それは既に昇った朝日のせいだけではないのだろう。司は鼻歌を口ずさみながら軽やかに石段を降りていく。木々の間から漏れる太陽の光が自分に温かなものをくれている、そう自覚しながら。

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