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怪奇現象解決ユニット  作者: 夏みかん
第二章
12/23

生贄の少女 その二

更科さらしなと書かれた表札は年季が入っており、ずっとこの村にある古い家だということがすぐに分かった。五郎の娘であるりんの言葉で3人を家に上げたが、まだ不信感は拭えていない。この変な男に村に棲まう神様を倒せるとは思えないからだ。だが、鈴の言った天使という言葉が気にもなっていた。それに弓華の出した健介の名もその要因になっていた。幼馴染であり、16年前に家族で村を出て行ったきり何の連絡も取っていない。そんな健介が何故この連中をよこしたのかを知りたい、そう思ったことが一番の原因であった。田舎の一軒家は広い。とりあえず客間に3人を案内し、それから居間へと集合した。何故か鈴は司に懐き、ずっと傍にいる状態だった。突然やってきた3人の訪問者にお茶を出すのは五郎の妻である響子きょうこだ。清楚で美人だと思うその容姿にどこか影があるのはやはり生贄のせいなのだろう。


「健介が・・・・あなたに?」


話を切り出したのは五郎だ。司にべったりな鈴を見つつ響子もまた五郎の横に座った。


「健介さんはウチの神社の近所に住んでいます。仲がいいのは父とで、そこでこの村のことを聞いたのです。今年が20年目に当たる、生贄はこの家の子供しかいないはず、だから助けてやって欲しいと」


その言葉に五郎と響子が顔を見合わせた。幼馴染だった健介とは、村を出る際に喧嘩別れのような形になり疎遠になっていた。年賀状でしかやりとりはなく、それも形式的なものでしかなかった。それなのに何故健介が自分たち家族を助けようとしているのか。そんな顔をしている五郎と響子に弓華が説明を始めた。


「村の風習は本物だが、だからといって何もしないというのは腹立たしい。小さな子供の命で自分たちの命を永らえるなど間違っている、そうおっしゃってました」


健介一家が村を出た理由は風習から逃れるためだった。健介には好きな女性がいた。同じ村に住んでいる女性で、20年前に姉を生贄として失っている人だ。失意の中で村を出たその女性一家を追い、勝手に逃げたとされるその一家を追うことを良しとしなかった村人たちから恨みを買いつつ家族で去ったのだ。何の相談もなかったため、また、村の長である祖父がいるからこそ相談してほしかった同じ幼馴染だった太助は怒り狂ったほどだった。それでも、太助はその女性を好いていた。だから村から出られない自分への怒りを健介にぶつけていたのは理解している。そういう経緯もあって、健介一家のことはここではタブーとされていた。


「子供に罪はない、そう言っていました。それに・・・・」


そこで一旦言葉を切り、弓華がそっと目を伏せる。来武も横目でそんな弓華を見やる中、鈴はちょこんと司のかいた胡坐の中に収まる様にして座った。そんな鈴を見た弓華が続きを口にする。


「お前も知るようにアレは神なんかじゃない、と」


その言葉に一瞬体をビクつかせたのは五郎だ。響子もまた震えている。


「正体を知っているのですか?」


その様子に来武がそう問いかけると、五郎と響子が顔を見合わせて小さく頷いて見せた。


「子供の頃、絶対に入ってはいけない社に行ったんです・・・・俺と家内、健介と、みどりで」


つぶやくようにそう言うと、五郎は20年前のことを話し始めるのだった。



その夜は生贄が捧げられる夜だった。雲に覆われた月は満月のはずだ。生贄になったのは翠の姉であるあんずだった。当時12歳の杏が生贄に選ばれたのは5日前、伝承にあるとおり満月の5日前であり、鋭く尖った石弓が家の玄関に突き刺さっていた。姉妹がいる家に弓が刺さった場合は姉が生贄となるのが慣わしだ。両親や親戚は嘆き悲しみ、生贄を拒否しようとしたが村人を殺す気かとさんざん言われた挙句に無理矢理了承させられていた。見舞金も出るが、それが娘の命の対価ではつりあわない。何より、娘の命は金などには変えられないのだから。どうしようもない大人たちの対応に憤慨したのは健介だった。泣いて助けを請う8歳の翠のため、健介が神殺しを決意して立ち上がる。10歳の健介に賛同したのは杏と同じ年である12歳の五郎だった。五郎は祖父の家から刀を持ち出し、夜11時に出発する生贄のカゴに追従する形で後を追う。途中で待っていた翠、そして響子を追い返そうとしたが2人の意思は固くて同行を許していた。大人たちに見つからないように鳥居の階段を併走する形で藪の中を行き、そして古びた社のそばで息を殺した。大人たちは社の中にカゴを置くと厳重に鍵をかけてすぐに去っていった。4人は息を殺して茂みに身を隠し、会話も一切なくその時を待った。そして午前12時、わずかに差す月明かりの中、急に空気が変わったのが分かった。澱むというものでなく、重い。生臭く、それでいて気分を悪くするような空気だ。とても神様の降臨には思えない。邪気に包まれていく社に降りていくのは白い何かだった。それを見た瞬間、翠は気を失い、響子は気分が悪くなって胃の中の物を全部吐き出した。健介と五郎は動けず、やがて社の中で大きな音がした瞬間、杏の泣き叫ぶ声がこだました。絶叫、そう、それは恐怖に彩られて発狂する声だ。直後に獣のうめき声のようなものが聞こえた後、杏の悲鳴も消えた。刀を抜くことも茂みから飛び出すこともできない健介たちはただ震えることしかできなかった。やがて空気の澱みが薄れていくとき、白い煙のようなものが社から出て森の奥へと消えていった。


『あと2つ』


はっきり耳に聞こえたのはその言葉だ。正確には直接脳に響いたというのが正しい。健介と五郎は気配が完全に消えるのを待って気を失った翠を背負い、響子に肩を貸しながら山を降り、そのまま家に帰った。幸いどの家も大きいことと、この夜は生贄の家族を偲んで各家で酒を飲むという風習から見つかることはなかった。だが、はっきりとわかったことがある。アレは神様などではない、ということだ。



ひとしきり話し終えると2人は黙り込んだ。あの忌まわしい記憶を思い出したからだろう。消し去ることが困難な記憶、だからこそ健介は村を出て翠を追ったのだ。一家もこんな村に耐え切れずに村を捨てた。


「健介さんは翠さんと結婚しました。今では2人のお子さんがいます。男の子と女の子です」

「だからお前に依頼したのか」


司の言葉に弓華が頷く。健介にしてみれば、村で翠と結婚していれば今年生贄に選ばれたのは自分の娘かもしれない。そういう思いもあってのことだった。


「ウチに娘が生まれたことは告げてないのに、な」


五郎はそうつぶやくと目頭を押さえた。同じ忌まわしい記憶を持つが故の救済なのだろう。翠にしてみれば姉を失っていることもある。どこかで情報を仕入れ、そして弓華の家に相談したのだ。


「で、どうすればいいかな?」


弓華が司にそう問いかける。相手は得体の知れない存在である。純潔の乙女を喰らう化け物だろうが、霊的な存在というだけではないようだ。


「りん、だっけ?」


司は自分の膝の上にいる少女を見て、それから頭を撫でた。鈴はうなずき、司は少し複雑そうな笑みを浮かべて見せた。


「同じ名前の子を助けないわけにはいかないしな」


その言葉に来武が苦笑を漏らした。弓華は意味が分からず首を捻るだけだ。


「俺の大切な人も『りん』っていうんだよ。字は違うけどね」


照れに似た笑みを浮かべ、司はお茶を手に取る。そんな司を見る弓華は宮司養成所時代に彼女がいると言っていた言葉を思い出した。こんな変人に彼女がいるとは思えず、いたとしても相当なブスなのだろうと決め付けていたとことを思い出す。


「その神様が要求するのは純粋な乙女、だっけ?」


司の質問に五郎が頷き、伝承を説明した。二百年ほど前に突然現れたその神様は村を荒らし尽くした。そこで高名なお坊さんに退治を依頼するが、戻ってきたお坊さんは血まみれで瀕死の状態だったという。そのお坊さんが最期に遺した言葉が生贄を捧げよ、だったのだ。純潔な乙女、7歳から15歳までの子を神が選ぶ、そう言い、死んだ。村人はためらい、20年後、再び村が荒らされた際に昔からある使用されていない社に生贄を捧げたのだ。20年ごとに村を荒らすたびに生贄を捧げる中、荒らされる前に生贄を捧げることになり、災厄が村に及ばないように鳥居だけは常に綺麗にしているらしかった。それでも過去何度か村の若者が神様に挑んだらしいが返り討ちに遭い、村人が多く殺されたということらしい。


「純潔な乙女・・・・魂というよりも肉体を喰らうのか?」


考え込むようにしてそう呟く来武に弓華も頷く。さっきの五郎の話と伝承を統合すればそういう答えになるのだから。霊的な要因もあるだろうが、そうでないのであれば自分たちでは何もできない。


「汚れてない肉体と汚れてない魂、だろうな・・・そいつが食うのは」


司はそう言うと鈴を膝から下ろしてその顔をまじまじと見つめた。母親に似て整った顔立ちをしているのがわかる。将来は美人になるだろう。そんな鈴の閉じられた両目にそっと触れる。鈴は嫌がる素振りを見せず、両親が困ったような顔をするのが印象的だった。


「生まれつき、なのですか?」


弓華の言葉に響子が静かに首を横に振る。


「2年前、突然・・・・」

「そうなんですか」

「医者に診せたが原因もわからず治療もできず・・・・不幸は重なるものです」


五郎が暗い声でそう言い、自嘲気味に微笑んだ。痛々しいその笑みに弓華も来武も言葉を失うほどだった。


「まぁ、この目は後で治してやるよ。問題はその疫病神、だな」


司がにんまり微笑んでそう言った。


「今、なんと?」


言葉を発した五郎だけではない。その場にいた全員が司に注目していた。


「問題は疫病神だ」

「そうじゃなくって」

「目は後で治してやる」


その言葉に全員の目が点になった。


「治すって、どうやって?」


来武の言葉に不思議そうにする司が不思議でならない。司は鈴の目にそっと触れつつ、ニヤリと微笑んだ。


「これ、霊障だ。多分、澱んだ村の空気、瘴気かな、それを濃く見たんだ」

「どういうこと?」


すかさず弓華が問いただす。すぐに畳み掛けないと司ははぐらかすためだ。


「生贄の怨念とか、そういうのがこの村に滞留している。空気が澱んでいるのはそのせい。そんな澱みの濃いところをじっと見てたんだろ。この子にも霊力があるから、で、憑かれたんだ」

「じゃ、じゃぁ・・・元に?」

「疫病神を倒して村全体を浄化してからね。でないとまた同じことになるからさ」


にんまりと笑う司から響子へと顔を向けた五郎の目から涙が溢れた。響子も同じで夫婦は抱き合って泣いていた。そんな2人の声を聞いてきょとんとしていた鈴が司の方を見上げるようにしてみせた。


「治るの?また見えるようになるの?」

「なるよ」


軽い言葉でそう言いながら頭を撫でる。そんな様子を見ている弓華もまた涙ぐんでいた。


「天使だから?」

「天使じゃないけど・・・・ま、俺は半分ぐらい人間じゃないからかな」


自嘲気味に笑い、司はそう言って鈴を膝の上に載せた。頭を撫でるのを再開しつつ、司は来武の方へと頭を巡らす。表情はなかったが、その目から何故か嫌な予感しかしない来武。


「この子が純潔でなくなったら生贄にはならない、だから・・・・」

「できるかっ!」

「まだ何も言ってないけど?」

「純潔を奪えってことだろ?」

「さすが、理解が早いね」

「・・・・・どうも」


そのやり取りに五郎と響子、そして弓華も静かな怒りを湛えていた。


「すみません、こいつ、心が壊れてまして・・・・その、常識が欠けてるんです」

「心が壊れてる?」

「説明は後で・・・で、司、馬鹿な提案はそれでおしまいだ。具体的な案を出さないと」

「んんー・・・・純潔でない女を生贄にしたらどう出るかを知りたかったんだよなぁ・・・こんなことなら凛を連れてくりゃよかったなぁ・・・身代わりにはなったろうに」

「お前な、あいつ今年で22才だぞ」

「年齢的に処女でもダメかぁ・・・・非処女だったらクソ女が適任だったなぁ、失敗したなぁ」


腕組みして唸る司を見つつ、弓華がそっと来武に耳打ちをしてみせた。


「りんって?クソ女って誰なんです?」

「凛は司の彼女です。で、クソ女というのは司の神社で修行中の巫女さん、みたいな人ですよ」

「なんでクソなの?」

「まぁ・・・・・・・・性格に難がある、ってことで」


言い難そうにする来武の様子からよほど性格が悪いのだろうと想像できた。それよりも司の彼女の方が気になっていた。付き合って少なくとも3年以上は経過しているはずだ。養成所を卒業して1年以上が経っており、入所時に彼女がいると聞いていた。なのにその彼女が処女とは信じられない。今時プラトニックにもほどがあるからだ。


「その凛って人もクソなの?」


弓華の口からそういう台詞が出たことが驚きだ。来武は驚きつつも首を横に振った。


「司にはもったいないほどの女性です。容姿も性格も最上級でしょう」

「そんな人があんなのと?」

「ま、いろいろあって」

「いろいろって?」

「それはまた、今度」


愛想笑いを残し、来武は司の方へ向き直る。今回の本筋ではない部分に興味を持った弓華を責められないとはいえ、ここで話をする内容でもないからだ。


「とにかく、司、どうする?」

「武井は処女か?」


こういったことを平然と聞けることからして常識がないのはわかる。心が壊れている、それを証明するに充分な言葉だろう。弓華は顔を赤くしつつ小さく首を横に振った。


「彼氏、いるから、さ」


事態が事態だけに正直に言ったが、恥ずかしさが半端ない。


「そっか。んんー、しゃーない、鈴には悪いけど、生贄になってもらうか」


その言葉に五郎と響子が驚き、思わず立ち上がる。生贄になるのを回避するために来てくれたのではないのか、そんな思いが顔に出ている2人を見つつ、司はにんまりと笑った。

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