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リハビリ短編

婚約破棄したいので、縁切り屋に依頼しましたわ!

作者: 白色野菜

何番煎じな、リハビリ作品その1

誤字脱字等ございましたら、お知らせくださると幸いです。

カラカラと。

回る糸紡ぎを夢見るようになったのは何時からだろう。


カラカラと

カラカラと

一定のリズムで、糸紡ぎは回る。


空空(カラカラ)

殻殻(カラカラ)

機械的に

無価値に

無意味に、糸紡ぎは廻る。


遥か昔に、その糸を紡ぐ女神は消え失せた。

昔々に、その糸を色付ける女神は去っていった。

なのに今も、私の手の中には錆びた鋏が握られている。


祝福は失せ

加護は絶え

呪いだけが息をしている


そんな、そんな夢を

見続けているのは、何時からだろう






「…………どうか、どうか。神さま、どうかお願いします。」

久方の祈りの声に、『 』は『      』。














「お前がマリアを虐めたんだろう!!」

「マリちゃんは優しいから、ずっとずっと我慢してたんだよ?!」

「忠告も何度も行った、なのに加奈子(かなこ)……いや、西園寺(さいおんじ)、貴様は耳を貸さず。忠告後も虐めを続けたな。」

「#&%£&#?£?!!!」

全員が一斉に怒鳴る。

その余りの五月蝿さに、眉を潜めながら紅茶のカップをソーサーへ置きました。

周りに視線を巡らせると、全ての客から視線をそらされました。

それに、大声に誘われたのか野次馬が出来かけてますね。

……ここは学校の中。併設されたカフェテリアのテラスなのですから、それも当たり前ですか。



私が彼等の話を聞き取れていないのに気が付いていないのか、彼女の取り巻き達は、背後にいる彼女へ良い所を見せようと功を取り合うように怒鳴り続けています。


彼等に守られている少女の名は…………いえ、彼女に名前なんて必要ありませんね。

彼等が見ている通りに、『お姫様』(ぎゃくたま)とでも、呼びましょうか。


お姫様はとある大企業の創業一族の溺愛された末の娘です。

えぇ、私の両親の会社が中小企業に見える程度の大企業です。

彼女に取り入り気に入られれば、出資に出世に起業まで、ありとあらゆる利益を獲られるでしょう。


取り巻き達が見ているのはお姫様の生まれだけ。

もっとも、お姫様の目は腐っているのか『皆に愛されているとっても可愛い私♪』

と、思ってるんでしょうね。

こんな状況でも、とても幸せそうに頬をピンクに染められるのですもの。

それはそれは、お花畑に住んでらっしゃるのでしょう。



「止めて!私のために、かなちゃんをいじめないで?!」



ピタリ、と。

取り巻きの怒号が止まりました。

お姫様は自分のセリフが、遮られるのが嫌いですから当たり前ですね。


視線でお互いを牽制しながら、お姫様の一番のお気に入り(私の婚約者)が、心酔した表情で、彼女の手を恭しくとりました。

「なんてマリアは優しいんだ。あんなに西園寺に苛められたのに、彼女を庇うなんて。」

「そんな……優しいなんて…………。」

「君の慈愛の心は海や大地よりも深い。あぁ、その心を一人占めしてしまえればどんなに幸せなことなんだろう。」

「だ、だめ。私は……だれか一人を選ぶなんて…そんなこと………。」

「………………分かってるよ、愛しい僕の姫。これは僕の我が儘だ。ただ、心の片隅に置いておいて欲しいんだ、姫は僕の唯一で。僕は姫の唯一になりたいと、願っていることを。」

「………………うん。」

茶番に満足げにお姫様は頷きました。

……3文芝居。いえ、私ならお金をもらっても見たくないほどの酷い出来ですね。

思わず口から溢れてしまいそうな溜め息を飲み込んで、野次馬の中に一人の生徒を見つけました。

これで、準備は整いました、ね。



「皆様。」

私が口を開くと、ぐるりと取り巻きの視線が私に突き刺さります。

彼等の瞳に浮かぶのは怒りではなく、獲物を狙う獣のソレ。

……お姫様に媚を売るための餌にしか見えてませんね。あれは。


「皆様の望みは、これ以上私が彼女に干渉しないことかと思います。」

「はぁ??謝る気ないのかよ??マリアをあんなに泣かせてさぁ???」

「謝罪をしたところで納得されないでしょう?ですから、私なりの誠意を見せようかと。」


そう言って立ち上がると、先程見つけた一人の生徒が私の横に駆けつけました。

彼女の特徴は、殆どありません。

なんと言いますか、存在感そのものが酷く酷く希薄で今日も事前に言われていたその片手に持っている錆びた鋏(・・・・)がなければ見逃してしまいそうなほど。


「良い、の?」

「えぇ、一思いにお願い致します。」

そっと、私は目を瞑ります。


しょきん

耳元で閉じられる、鋏の音


しょきん

頭皮が撫でられるような、微かな衝撃


しょきん

ぱらぱらと、肩に当たる微かな質量


しょきん

うなじを滑る冷たい風の感触


「……な。」

「そ、そんな…………。」

元婚約者とお姫様の絶句する声と、微かな喜びが混じった声が聞こえます。

そうね、貴女は私のこの淡い金の髪を何時も恨めしそうに見ていたものね。


「終わり。」

その言葉に、目を開きます。

俯いた私の視界。

飲みかけの紅茶の中に、私の服に、地面に、キラキラと細い金糸が無造作に絡んでいます。

自慢だった。

お母様から、継いだ私の金の色。


「対価にするなら、もう髪が今以上の長さに伸びることはない、けど。」

「……構いません。」


しょきん

彼女が、鋏で宙を切る。


散らばった私の髪がふわりと同じ色の光となる。

蛍のように丸い光が、私の頬を撫で空に消える。

その幻想的な、光景に私も彼等もお姫様も息をのみ。


しょきん

彼女が鋏を鳴らす


「対価は捧げられた。」


しょきん

糸は意図(いとはいと)絃は壱妬(いとはいと)縁は依人。(いとはいと)


しょきん

「裁ち切るは、糸

 断ち斬るは、絃

 絶ち刈るは、縁」


しょきん

「纏めよ

 交えよ

 統べよ」


鋏が開く

宙で細い赤い糸を刀身に絡める。


糸の根は私の指に

糸の先は彼の指に


感傷の見せる幻覚と、知りながらも。

痛む心をそっと労るように、眼を閉じる。


「さようなら」

呟いた声は届いただろうか。


しょきん

不回避たる終焉(あとろぽすおぶふぉーちゅん)


目を開ける。

何も、何も起こらない。

劇的な事は、何も。


閉じた前と開けた後

世界の色が変わるわけでも。

彼等の姿が見えなくなるわけでも。

何も、何も変わらない。


「……っ。」

彼が息を吸ったのが見える。

体が強張る。

息が詰まる。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。


「この騒ぎはなんだ?!!」

大人の野太い声が、辺りに響く。

たゆんたゆんと、蓄えた腹の脂肪を揺らしながら現れたのは中等部の、生活指導教員だったかしら?

真っ赤な顔で、唾を飛ばして話すのであっという間に野次馬が割れて先生の道を開く。


「また、貴様らか!!理事長がいらっしゃる時ぐらい大人しく出来んのか?!!もうすぐここを通られるんだ、早く散れ…………暇があるなら勉強をしろ、勉強を!!」

「…………はい、ごめんなさい。」

しょぼん、とした様子でお姫様が謝ると取り巻き達も渋々頭を下げていく。


「……あっ、そうだ!宿題を教えてもらう約束してたよね?!」

「ぁっ…………う、ん。」

お姫様が可愛らしい動作で、婚約者の腕を取る。

それに、生返事を返す彼。


彼の視線の先は、私。

もしかして彼も、あの糸を見てくれたのでしょうか?

その表情を刻むように、じっと見つめ返しました。


「教えて、くれるよね?今から行こう!!」

お姫様は、彼が私を見ているのが気に食わないのか強引に彼の手を引いて図書館へ向かいました。

もちろん、ぞろぞろと取り巻き達も引き連れていきます。

彼の視線も、すぐにその人混みに埋もれてわからなくなりました。


「あんまり余計なことしない方がいいよ。」

鋏を厳重に布に包みながら『縁切り屋』が、言います。


「今ある縁は断ちきったけど、強い人の思いはまた縁を繋ぐから。」

「……それはないでしょう。もう、彼と話すことも無いのでしょう?ずっと、彼の両親に断られていた婚約解消の件もこれで片付くでしょうし。」

「…………婚約解消は、確実に行われるよ。」

縁切り屋は、鋏を制服の内ポケットに仕舞うと私の手をとりました。


あら?いつの間にか強く握りしめてしまってたのですね。

爪が食い込んで、少しだけ赤くなっています。

強張った指を解すように、縁切り屋は私の指を一本一本伸ばしていきます。


「……報酬は、本当に要らないのですか?」

「縁なんて、人の目に見えないものを対価に報酬を、要求したら必ず不満が出るから。その代わり……。」

「困ってる友人に、あなたの事をこっそり教えればよろしいのですね?」

「うん。」

縁切り屋の手が私から離れます。

彼女を改めて見ますが、鋏を仕舞った彼女が人混みに……いえ、一瞬でも目を離したら彼女を彼女(えんぎりや)として認識することは出来ないでしょう。

ええ、それでも。私の感情が消えるわけではありません。


「ありがとうございました。これで、私は、明日から……歩き出せそうです。」

「そう。次は良い縁を。」

「…………はい。」

頷き、私は校門へ向かって歩き始めました。

背中に感じる視線は、彼女のものでしょうか。


ようやく、騒ぎを聞き付けたのか運転手のじいやが慌てた顔で校門から走ってきます。

その後ろを、来客用のネームプレートを持った警備員が追いかけて……思わずくすりと笑ってしまいました。


あぁ、貴方にもちゃんと宣伝しないとですね。

悪縁、腐れ縁、策略、謀略

絡みに絡まり、身動きが取れなくなったのならば。

桧倉稲荷の賽銭箱に、自分の連絡先を入れてごらんなさい。

えぇ、縁が繋がれば『縁切り屋』が貴方の前に現れるでしょう。

あの鋏を、持ってね。




主人公:西園寺加奈子。唯一、フルネームが出てきました。婚約者の事はそこそこ好きだったけれど、悪評がそれ以上に酷くなりばっさり縁切りを依頼した。失恋はまだ振りきれてないものの、次は打算的でも良いのでもう少し話の通じる婚約者が欲しい。


婚約者:名前設定無し。主人公は自分の事が好きだと思ってたのでフラれてショックを受けている。一手間違えるとストーカーとなるが、恐らくお姫様がそれを許さない。


お姫様:聖母と書いてマリアと読むキラキラネーム。私が世界の中心です♪を地で行く女の子。夢から覚めなければ、このまま生きていくある意味幸せが約束されたお姫様。


縁切り屋:連載小説ネタ帳より出張。地味に地味を足して地味で割った感じ。モブオブモブ。双子の姉がいる、訳ありちゃん。

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