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なろう公式企画

リンゴのタルトを召し上がれ

作者: 烏屋マイニ

 王妃は自分の見ているものが信じられなかった。老婆に姿を変え、毒リンゴを手に、憎き白雪姫が住まう小人の家を訪れてみれば、ぞっとするほど醜い少女が、その窓に顔を覗かせたからだ。魔法の鏡が世界で一番美しいと告げた、白雪姫はどこにもいない。ひょっとして、訪ねる家を間違えたのかしらと首を傾げるが、七人の小人が住むなどと言う珍しい家が、世の中に二つも三つもあるわけもなく、何より彼女は前に二度もここを訪れていたし、その時は確かに白雪姫がいた。

 どうにもわけがわからなくなった王妃は、ともかく出直そうと腹を決めた。ところが、リンゴをかごに戻して布きれをかぶせ、いとまを告げようと顔を上げてみれば、あの美しく愛らしい白雪姫がいるではないか。さっきのあれは目の迷いかしらと、改めてリンゴを取り出すためにかごの布を外してみると、白雪姫の顔はいきなりくしゃりと歪み、またもやおぞましい不細工な娘が現れる。

「ひょっとして、リンゴは嫌いだったかね?」

 王妃がたずねると、白雪姫はさらに醜い顔になってうなずいた。どうやら、リンゴと言う言葉すら苦手なようだ。王妃はリンゴをかごに戻し、しっかりと布をかぶせた。

「それは、もうしわけないことをしたね」

「いいえ、私の方こそ。おばあさんが、せっかく持ってきてくださったのに、受け取ってあげられなくてごめんなさい」

 美しい少女に戻った白雪姫は、しょんぼりとうなだれた。

「なんだって、そんなにリ」王妃は言い直した。「()()を嫌うんだい?」

「私もよくわからないんです」

「味が嫌なのかい?」

 途端に、白雪姫は「なんて恐ろしい」とでも言いたげに青ざめて、ぶるぶる震えだし、しまいにはこう叫んだ。

()()を食べるくらいなら、死んだ方がましだわ!」

 つまり、食べたことは一度もないようだ。こんなことなら、苦労して毒を仕込まなくてもよかったかもしれない。家の中をリンゴで一杯に埋め尽くすだけで、彼女はころりと死んでしまいそうではないか。

「でも、これではいけないとわかっているんです。この前だって、小人さんが()()をたくさん持ってきて、何か美味しい料理を作ってくれと言うものだから、それはもう大変なことになって」

 白雪姫は形の良い眉毛を、ぎゅっと寄せて言った。

「へえ、何があったんだい?」

 興味をひかれて王妃はたずねた。

()()を持ってきてた小人さんは、私の顔を見て飛び上がり、毛布をかぶってぶるぶる震えだしました」

 王妃は「まあ、そうだろうね」と思いながらうなずいた。

「もう一人の小人さんは部屋のすみにうずくまって、しくしく泣き出しました」

 気の毒に。

「そして、もう一人の小人さんは、悲鳴を上げて家を飛び出して行きました」

 いや、さすがに大げさすぎやしないかね?

「残りの四人は、泡を吹いて倒れました」

 王妃は少しばかり頭痛を覚え、目と目の間をぎゅっとつまんだ。

「なんとか正気に戻った小人さんたちは、もう二度と()()は持って来ないと誓ってくれましたが、私はもう気の毒でならなくて」

 白雪姫は目元に浮かんだ涙を指先で拭い、その真っ黒な瞳に決意を込めて、こう言った。

「食べるのはともかく、せめて()()を見たり触れるようになって、小人さんたちに()()の料理を作ってあげたいんです。おばあさん、どうか私に知恵を貸していただけないでしょうか?」

 なんで私がとも思ったが、王妃はすぐに考え直した。実はこの白雪姫、二度も殺したと言うのになぜかしぶとく生きている。一度目は飾り紐で絞め殺し、二度目は毒の櫛で刺し殺したのだが、次の日にはけろりとしてよみがえっていた。そして、三度目の正直とばかりに毒リンゴを食らわそうとして、この有様だ。こうなれば、白雪姫の望みを聞くふりをして、今度こそ間違いなく彼女を仕留めた方が賢いと言うものだろう。

 それに、白雪姫を守る七人の小人たちは、王妃が二度も彼女を殺しかけたせいで、ずいぶんと用心深くなっているらしい。今こうして窓越しに話しているのも、誰が来ても戸を開けてはならぬとの小人たちの言い付けを、白雪姫が守っているせいだ。しかし、王妃の化けたこの老婆が、何の危険も無いばかりか、リンゴ嫌いで悩む女の子の助けになる良い人だと白雪姫に思わせれば、彼女を殺す機会はずいぶんと増えるに違いない。

 そう考えた時、王妃の頭に素晴らしいアイディアが閃いた。どうせなら、この毒リンゴを、自分から喜んで食べてもらおうじゃないか。

「いいとも。けど、自分で食べられない料理を他人に食べさせるなんて、ちょっと厚かましい考えじゃないかね。味見も出来ないんじゃ、美味しい物なんて到底作れやしないよ」

「やっぱり、そうですよね」

 白雪姫は、しょんぼりとうなだれた。

「まあ、引き受けたからには、この(ばば)がなんとかしてみよう。まずはどうすればいいか考えるから、今日のところは引き上げさせてもらうよ」

「はい、おばあさん。よろしくお願いしますね」

 すっかり自分を信じ切っている白雪姫を見て、王妃は心のうちでしめしめと笑いながら、急いで自分が住むお城の部屋へ戻った。まずは、魔法の鏡に向かってたずねる。

「嫌いな食べ物を食べられるようにするには、どうしたらよい?」

「これはまた、珍妙な質問ですね」

 魔法の鏡は言った。

「余計なお世話だよ。それで?」

 王妃がたずねてしばらくすると、魔法の鏡は答えた。

「まず、出来るだけ、その嫌いな物を目にする機会を増やす事です」

「しかし、見るのも、その名を口にするのも嫌だと言うのだ」

「だからと言って遠ざけていては、いつまで経っても苦手はなくなりません」

 王妃はううむとうなった。鏡の言う事はもっともだが、果たしてうまく行くのだろうか。ともかく、翌朝になって王妃は老婆に化けて、再び小人の家をたずねた。

「まあ、おばあさん。本当に来てくれたんですね」

 白雪姫は窓の中から笑顔で王妃を出迎えた。

「約束だからね。けれど、お嬢さんにとってはつらいことになるかも知れないよ?」

「かまいません」

 白雪姫はきっぱりと言ってうなずいた。

「最初にやることは、リンゴを見たり聞いたりしても平気になること――こらっ、またひどい顔になってるよ。ちょっとは辛抱するんだ」

 怒られた白雪姫は醜い顔を悲しそうに歪めたから、おぞましさはさらに増し、王妃さえも背筋にざわざわと鳥肌が立つほどだった。

 おっと、いけないけない。王妃は慌てて笑顔を取り繕った。あまり厳しくして白雪姫が音を上げたり、老婆に化けた王妃を嫌ってしまっては意味がない。

「まあ、でも、昨日よりもずいぶんましな方だ。よく頑張ってるじゃないか」

 王妃が嘘をつくと、醜い白雪姫は唇の端をぐにゃりと持ち上げた。どうやら褒められて喜んでいるようだ。

「よし、次はリンゴをよおく見るんだ。なに、今度はちょっとくらい嫌な顔をしたっていい。まずは、リンゴがあることになれないとね」

 王妃はリンゴの入ったかごを白雪姫に差し出した。白雪姫は醜い顔のまま、ぴんと伸ばした手でかごを受け取り、顔を背けながらも一所懸命になって、リンゴに目を向け続けた。

「おお、素晴らしい」王妃は拍手した。「特訓を始めたばかりでここまでできるなんて、お嬢さんは実に勇気のある子だ」

 白雪姫は歪んだ顔で照れ笑いを浮かべた。王妃は「器用なものだね」と、むしろそちらに感心した。ともかく、そんな特訓が何日か続き、白雪姫はリンゴと言う言葉を聞いても、眉間にちょっぴり皺を入れる程度にまで我慢できるようになり、リンゴそのものを見ても、どうにか(とお)を数える間くらいは美しい姫のままでいられるようになった。

「ずいぶんと辛抱できるようになったもんだね。上出来だよ」

 王妃はほめて、リンゴのかごにそっと布を被せた。

「みんな、おばあさんのおかげです。あの大嫌いなリ、リ、リンゴを見ても、普通の顔でいられるなんて」

「だけど、まだまだ気を緩めちゃあいけない。なんと言っても、最後にはリンゴを食べられるようにならなきゃ行けないんだ。明日からは、そのための訓練をしようじゃないか」

「食べるの?」

 白雪姫は真っ青になった。

「まさか」王妃は首を振った。「いきなり、そんなことをしたって、うまく行きっこないさ。まあ、明日までお待ちなさいな」

 しかし、王妃もどうすればよいのか、まったく考えていなかったから、お城へ戻るなり魔法の鏡にたずねた。

「あの子も、どうにかリンゴになれて来たようだ。次はどうすればよい?」

「そうですね」魔法の鏡はちょっとだけ黙り込んで、答えた。「それが食べて美味しい物だと思えるように、まわりの人たちが目の前で食べてみせるといいでしょう」

 王妃は腕を組んで、ううむとうなった。まわりの人と言っても、白雪姫の近くにいるのは小人くらいだ。またもや白雪姫が殺されやしないかと神経を尖らせている連中に、得体の知れない老婆が協力を頼んだところで聞いてくれるはずが無い。そもそも白雪姫の醜い顔を見て、いちいち泡を吹いていたのでは、リンゴを食べるどころではないだろう。鏡が言ったことをやろうとするなら、別の手が必要だった。

 あれこれ考えるうちにすっかり夜が明け、王妃はまた小人の家へと向かった。途中、彼女は一匹のウサギに魔法を掛けて、それを捕まえた。

「まあ、可愛らしいウサギね」

 白雪姫はふわふわのウサギの背中を、うっとりしながら撫でた。彼女はもう、王妃が化けた老婆をすっかり信用し切っていたから、小人たちの言い付けを破り家の外へ出て来ている。今なら鋭いナイフを突き刺すだけで、簡単に殺せてしまえるだろうが、それでは少しばかりつまらない。

「今日の特訓は、こいつにリンゴを食べさせる事だ。さあ、やってごらん」

 王妃は、小さく刻んだリンゴの入ったかごを、白雪姫に差し出した。白雪姫はかごからリンゴをひとかけら、恐る恐るつまみ上げ、ウサギの鼻先に差し出す。ところが、こらえきれなくなった白雪姫はあの醜い顔になり、それを見た臆病なウサギは、恐ろしさのあまりころりと死んでしまった。

「ああ、なんてこと」

 白雪姫はリンゴを放り出し、醜い顔のまま死んだウサギを抱いて、おいおいと泣き出した。まさか、彼女の顔が動物にまで恐れられるなどと思ってもいなかった王妃は、ため息をつき白雪姫の肩をそっと叩いた。

「あんたのせいじゃないさ。今度は、もっと肝の据わったやつを連れてくることにしよう。ともかく、そいつはシチューにでもして、今夜の食事に出すといい」

 白雪姫は涙を拭いて、しょんぼりうなずいた。そして翌日、王妃は小人の家へ向かう道すがら、一頭の牡鹿を魔法で捕らえ、白雪姫のもとへ連れて行った。

「まあ、とても立派な鹿ね」

 白雪姫は鹿の大きな角を眺めて言った。

「こいつなら、ウサギよりもずいぶん肝が据わってるから、お嬢さんがちょっとくらい怖い顔をしたって平気だろう」

 ところが王妃の期待通りには行かず、白雪姫が醜い顔になると、牡鹿はキャッと叫んで森の中へ走り去った。次の日になって、今度は恐ろしげな熊を連れて行ったが、やはり結果は同じだった。

「やれやれ、まったくどうしたものか。熊よりも肝っ玉の太いやつなど、他には思い付かぬぞ」

 城に帰った王妃は、魔法の鏡の前で愚痴をこぼした。すると、鏡は言った。

「私には心当たりがあります」

「そうか。では、お前の魔法で、その者を映しておくれ」

「いえいえ、魔法など使わなくっても、その者はもうとっくに映っております」

 王妃は目をぱちくりさせた。確かにそいつは、白雪姫の歪んだ顔を見ても、死んだり泡を吹いたり逃げ出したりはしなかった。まったく、余計な手間を掛けたものだと、王妃は鏡に映った自分の顔に苦笑いを浮かべて見せた。

 次の日の朝、王妃はリンゴやら小麦粉やらをどっさり持って、小人の家を訪れた。

「ちょいと台所を貸してもらうよ。お嬢さんはオーブンの用意をしてくれるかい?」

 山ほどあるリンゴを目にして、世界一おぞましい顔になった白雪姫は、それでもうなずいて、てきぱきと料理をする王妃を手伝った。そうして彼女たちはリンゴのタルトを焼き上げると、小人の家の前に大きな布を広げ、その上に食器やらお茶やらを並べて座り込んだ。

「我ながら上出来だ」

 王妃は一度手をこすり合わせてから、ナイフでタルトを切り分け、一切れを手にとってパクリとかぶり付いた。甘く煮たリンゴの味が口いっぱいに広がり、彼女は思わず笑顔になった。白雪姫は醜い顔のままお茶を淹れ、カップを王妃に手渡す。

「おや、ありがとう。お嬢さんも、リンゴのお菓子は無理でもお茶はいけるんじゃないかね」

 白雪姫もカップを手に取り、一口お茶を飲んだ。ふと、歪んだ顔が緩んだ。もう一口飲むと、それは普通のしかめっ面になり、三口目を飲んだところで、彼女は世界一美しい少女になった。

「そうそう」王妃も一口お茶を飲んだ。「せっかくの美味しいお茶なんだから、嫌な顔をしてちゃもったいないってもんさ」

 白雪姫は、まったくその通りだと言いたげに、輝くような笑顔でうなずいた。そして、楽しいお茶の時間はあっと言う間に過ぎ、王妃がタルトの最後の一切れを食べ終えたとき、白雪姫は暮れはじめた空を見上げて大きな声で言った。

「ああ、楽しかった!」彼女は満面の笑みを王妃に向けた。「私、お母さんとこうするのが、ずっと夢だったんです」

 お母さん? 王妃はぎょっとした。まさか、いつの間にから老婆の変身が解けてしまったのだろうか。慌てて自分の手を見るが、それは皺くちゃの老婆の手だった。

「この婆は、ただの百姓さね。お嬢さんのお母さんなんかじゃないよ」

「それは、そうですけど」白雪姫は少しだけ寂げな目をした。「私、生まれてすぐに本当のお母さんを亡くしているんです」

「そりゃあ、気の毒に」

「新しく来たお母さんとも、よく知り合えないまま、私は猟師にさらわれ森に捨てられました」

 それを命じたのは私だけどね、と皮肉っぽく思いながら、王妃は相づちを打った。

「だから、こんな風にお母さんから、お菓子の作り方とか、色んな事を教えてもらいたいって、ずっと思ってたんです。もちろん、おばあさんはお母さんではないけれど、それでもお母さんと一緒にいるような気がして、この何日かはずっと楽しかったし、今日はそのなかでもとびきりの一日でした」

 白雪姫は、王妃の皺くちゃの手を取った。

「おばあさん。また明日もリ、リ、リンゴのお菓子を作ってくれますか?」

「もちろん、そのつもりさ。お嬢さんがリンゴを食べられるようになるまで、嫌だと言っても続けるからね」

 そんなわけで次の日も、またその次の日も、王妃は小人の家に通い、色々なリンゴのお菓子を作り続けた。時には失敗してひどい代物が出来上がることもあったが、そんな時はくすくす笑い合って、お茶とおしゃべりだけを楽しむのだった。

 そして、ある日。また焼きたてのリンゴのタルトを囲んでいると、王妃とのおしゃべりに夢中になっていた白雪姫が、タルトの一片をほとんど何の気もなしに手に取り、口へ運んだ。ぎょっとする王妃を見て、白雪姫は自分がしたことに気付き、目をぱちくりさせた。

「おいしい」

 白雪姫は言った。

「そうかい、そうかい」

 王妃はうなずいた。

「おいしいわ、おばあさん」

 白雪姫は微笑み、ぽろぽろ涙をこぼした。

「ああ、そりゃあそうだろう。二人でがんばって作ったんだからね」

 王妃も涙をこぼしながら、何度もうなずいた。そうして二人は、涙がしみて少しばかりしょっぱくなったタルトを分け合い、それをきれいに平らげた。

 城へ帰った王妃は、鏡に言った。

「うまく行ったよ。あの子は、ちゃんとリンゴを食べられるようになった」

「それは何よりです」

「お前にも、世話を掛けた。ありがとう」

「あなたがお礼を言うなんて、珍しいこともあるもんですね」

「余計なお世話だよ」

 王妃はふんと鼻を鳴らして鏡の前を離れると、戸棚からリンゴを一つ取り出した。みずみずしく、いかにも美味しそうに見えるが、それは三度目に小人の家を訪れた時に持っていった毒リンゴだった。王妃は毒リンゴをかごに入れ、上からそっと布をかぶせた。そして次の日の朝、王妃はかごを手に、老婆に化けて小人の家を訪れた。

「おばあさん!」

 白雪姫は小人たちの言い付けをまたもや破り、戸を開けて笑顔で王妃を出迎えた。

「ひょっとしたら、もう来てくれないんじゃないかと心配してました」

「そうだね。お嬢さんは、ちゃんとリンゴを食べられるようになったんだから、もうこの婆も要らないだろう」

「まあ。どうか寂しいことを言わないでください」

 白雪姫は悲しげな顔で言った。

「小人たちには、リンゴの料理を作ってやれたんだね?」

「はい」白雪姫は嬉しそうにうなずいた。「夕食の後にリンゴのタルトを出すと、みんなとても喜んでくれました」

「そうかい、そうかい」王妃は満足げにうなずいた。「それじゃあ、婆ともこれでさよならだ」

「そんな!」

 白雪姫は息を飲んで、真っ黒い瞳のある目を真ん丸に見開いた。

「ちょっと、やることができたんでね。もう、お嬢さんの相手をしてられなくなったんだ」

 王妃が言うと、白雪姫はしょんぼりとうつむいた。

「これこれ。お別れなんて、いつか必ずやってくるものだし、その度にしょげてたんじゃやってられないよ。それに、今日はこれまで頑張ったご褒美を持って来たんだ」

 そう言って王妃は、手に提げたかごの布を外し、中からみずみずしいリンゴを取り出した。

「まあ、美味しそうなリンゴ」

 白雪姫は言って、手を差し出した。しかし、王妃はリンゴを渡さず、くすくす笑い出した。そして、不思議そうに自分を見つめる白雪姫の前で老婆の変身を解き、美しい王妃の姿に戻った。

「お母さん!」

 目を丸くする白雪姫を見て、王妃はほほほと高笑いをくれる。

「ああ、そうさ。猟師を使ってお前を森に捨て、きれいな飾り紐で絞め殺し、毒を塗った櫛で刺し殺した、お前の継母だよ」

 白雪姫は信じられないと言いたげに小さく首を振って、ずいぶん経ってからこうたずねた。

「どうして?」

「お前が、私より美しいからさ。しかし、お前は殺しても殺してもよみがえった。だから、この毒入りのリンゴで、今度こそ本当に始末してくれようと思ったのだ。ところが、お前は大のリンゴ嫌いと来る。こうなったら何としてでも毒リンゴを食らわそうと、一芝居を打ってリンゴ嫌いをなおす特訓をしてやったと言うわけさ」

 そして王妃は小さくため息をついた。

「けどね、これでお前をまんまと殺したとしても、ひょっとしたらまた生き返ってしまうかもしれない。そうなれば、またぜんぶ一からやり直しだ。そう思うと、私はもう、なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまってね。でも、世界一の美女でない自分になど耐えられないから、私はお前の代わりに毒リンゴを食らって死ぬと決めたのだ。お前は、私に受けた仕打ちを父親に話し、私の死体を指して言わねばならぬ。今度は見た目が良いだけの女じゃなく、もっとましな優しい母親を選んでくれとね。それが、私からお前へのご褒美だよ」

 言うことを言って、王妃が「では、さらばだ」とリンゴにかじりつこうとした時、白雪姫は継母に飛び掛かって彼女を地面に押し倒した。そうして、王妃がぎょっとしている間に、その手からリンゴをひったくって走り出し、少し離れた場所で振り向いた。

「お返し!」

 王妃は立ち上がり、白雪姫を睨みつけて叫んだ。しかし、白雪姫はリンゴを背中に隠し、いやいやと首を振る。

「私はもう、四度もお前を殺そうとしたのだぞ。さっさとそれを返して、私にこれまでの仕返しをするのだ」

 しかし、白雪姫は王妃をきっと見つめてこう言った。

「例えお芝居でも、お母さんと一緒にお菓子を作って、おしゃべりをした毎日は、本当に幸せでした。それなのに、どうして仕返しなんてできるでしょう? それに、私は一生に二度も、お母さんを失いたいとは思えないので、これは返しません。でも、世界一の美女なんて名前はちっとも欲しくないので、代わりにそっちをあげますね」

 白雪姫にっこり笑って見せると、王妃が止める間もなく毒リンゴを芯まで食べつくした。そして、王妃が最初に望んだ通り、彼女はばったりと地面に倒れ息絶えた。

「なんてこと!」

 王妃は白雪姫に駆け寄り、その身体を揺すった。しかし、彼女が息を吹き返すことはなく、王妃は自分の娘が本当に死んでしまったのだと気付いた。

「なんてこと!」

 王妃はもう一度叫び、それからぴくりとも動かない白雪姫の胸にすがって、おいおいと泣いた。彼女は夕暮れまでそうやって泣き続け、そのうち七人の小人たちが仕事から戻ってきた。

「これは何事だ」小人の一人が言って地面に倒れる白雪姫を見て、ぎょっと目を見開いた。「白雪姫が、死んでいる」

「これは、あんたがやったのか」

 別な小人が王妃にたずねた。王妃は泣きはらした顔を上げ、うなずいてからまたおいおいと泣いた。

「自分で殺しておいて泣くとは、一体どんな了見(りょうけん)だ」

 王妃は泣きながら、洗いざらいを白状した。小人たちの何人かは怒りだし、王妃をフライパンに乗せて焼き殺すべきだと言ったが、泣き続ける王妃があまりにも気の毒になって、とうとう彼女と一緒になって泣きながら、白雪姫の死を悼んだ。そうして朝が来て、王妃は小人たちを前に言った。

「私は、このきれいでかわいそうな子を土に埋め、朽ちるにまかせるのはどうにも忍びないと思うのだ。そこで私は、彼女が永遠に美しいままでいられるよう、魔法を掛けるつもりでいる。そして厚かましい願いではあるが、この子を収めるにふさわしい棺を、お前たちで作ってはくれまいか?」

 七人の小人たちは顔を見合わせ、こそこそ相談した。そうして、一人の小人がこう言った。

「ガラスの棺を作ろう。そうすれば、あんたと俺たちが、いつでもこのきれいでかわいそうな子の顔を拝めるだろうからな」

 すると、もう一人の小人がこう言った。

「それなら、もちろんガラスがいるな。俺は、湖の氷よりも透明なガラスの板を用意しよう」

 さらに、もう一人の小人が言った。

「だったら俺は、ガラスの板と板を接ぐ金を掘って来よう。混じりっけの無い上等な金を」

 また、もう一人が言った。

「その金を、ちょいと多めに採って来てくれたなら、俺は金の板にこの子の名前を彫ってやろう。そうして棺に、それを飾るんだ」

 もう一人が横から口出しした。

「どうせなら、この子がどんなに素晴らしい女の子だったかも、一緒に書いておいたらどうだ?」

 王妃も含めてみんなは実に良い考えだと感心し、彼の意見に賛成した。

「俺は石を集めて、ガラスの棺を置く土台を作ろう。地べたにぽいと置いたのでは、どうにも粗末に扱ってるように思うのだ」

「俺はその回りに植える花を集めて来よう。季節の花を色々植えて、年がら年中、何かしらの花が咲くようにする」

 アイディアが出尽くすと、彼らはさっそく仕事に取り掛かった。小人たちは、本当に腕の良い職人たちばかりだったから、ガラスの棺はあっと言う間に出来上がり、王妃の魔法で守られた白雪姫はそれに収められた。そうして八人は棺を運び、輝くように白い石の土台へ載せ、その回りをたくさんの花で飾り立てた。

 それから、誰が言い出したわけでもなく、八人のうちの誰か一人がいつも棺のそばで番に立つようになり、何日も、何日も、雨が降ろうが雪が降ろうが、彼らは白雪姫を守り続けた。そして、冬も間近なある秋の日の夜、二人の男が小人の家をたずねた。一人は金色の巻き毛をした美しい青年で、彼の家来を名乗るもう一人の男が言うところによれば、青年は隣の国の王子で、狩りの途中、森に迷った末にここへようやくたどり着いたとのことだった。気のいい小人たちは王子たちを気の毒に思い、みんなで相談して一夜の宿を貸す事にした。

 小人の一人は言った。

「明日は私が麓まで案内して差し上げますから、今夜はうちに泊まってゆかれるとよいでしょう」

「ありがとう。お言葉に甘えさせていただきます」

 王子は礼を言うと、小人たちの小さなベッドを借りて一夜を明かした。翌朝、小人の家を出た王子は、前の晩に暗くて気付けなかったガラスの棺を見付けて、それに歩み寄った。棺は真っ白い霜に覆われ、朝日を浴びてきらきら輝いていた。表の霜を拭い、中を覗きこむと、そこにはまるで、ただ眠っているように見える美しい少女が横たわっている。王子はしばらく我を忘れて見とれてから、麓までの案内役を買って出た小人に目を向け言った。

「この棺と中に眠る娘を、どうか私に譲っていただけないだろうか。もちろん、ただでとは言わない。私は引き換えに、この棺と同じ大きさの黄金を用意すると約束しよう」

 しかし、小人たちは首を縦には振らなかった。

「王子様。私たちの白雪姫は、黄金なんかとは引き換えにできる娘ではございません」

「では、黄金に加えて私の両腕をくれてやろう」

 王子は言うが、小人たちはうなずかなかった。

「では、両脚もだ」

 それでも小人たちはうなずかなかった。

「ならば、私の血と肉を何ポンドでも削いで持って行くが良い。ただ、この命と片目だけは残して欲しい。この美しい白雪姫を見られなくなるなど、それはもう死んだも同じだからだ」

「何をいただこうとも、この子を差し上げることはできません。この子は本当に、何物にも代え難い娘なのです」

 小人の言葉を聞いた王子は息を飲み、地面に膝をつき、頭を垂れて涙を流した。

「まったく、私は愚かだった。お前たちの言う通り、このように素晴らしいものが、この世の何かと引き換えに出来るはずも無い。そうとなれば、私が差し出せる物は自分の誠意しかない。私は白雪姫を妻としよう。そうして彼女を心の底から敬い、命の限り大切にすると誓う。どうか、それで聞き入れてはくれないだろうか」

 小人たちは、それほどにまで言うのなら、白雪姫をまかせても良いのではないかと思うようになった。しかし、その日の白雪姫の番のために、お城からやってきた王妃がそこへ現れ、王子を恐ろしい目でにらみ付けて言った。

「いいや。たとえ天上の神が降りて来て、お前と同じことを言ったとしても、私は決して自分の娘を渡したりはせぬぞ」

 王妃の美しさは、この国だけではなく隣の国々にまで知れ渡っていたから、王子も彼女の顔を良く知っていた。彼は立ち上がり、お辞儀をしてから言った。

「それでは、殿下。私はどうすればよいのですか。この心は、もう彼女に囚われてしまい、このままここを離れれば、きっと私は遠からず死んでしまうでしょう」

「では、死ね」

 王妃は冷たく言い放った。王子はぽかんと口を開き、ただ王妃を見つめるばかりだった。すると、王子の家来が自分の主に言った。

「殿下、実に簡単なことではありませんか。どいつもこいつも譲らないと言うのであれば、ただ奪えばよいのです」

 そして家来はガラスの棺に駆け寄ると、それを担ぎ上げるなり全速力で森の中へ駆け込んだ。

「おのれ、この痴れ者め。私の娘をお返し!」

 王妃はスカートの裾を持ち上げ、娘をさらった家来を恐ろしい形相で追い掛けた。家来はちらりと肩越しに振り返り、王妃の顔を見て「ひっ」と声を上げた。そうして、ひどく慌てたおかげで地面から飛び出した木の根に気付かず、それに足を引っ掛けて盛大に転び、すっかり気を失ってしまった。

 家来の背中から放り出されたガラスの棺はぱかりと蓋が開き、中から白雪姫の身体が飛び出した。白雪姫はころころと地面を転がり、森の木立の一本に背中をぶつけてようやく止まった。ところが、その拍子に白雪姫の口から、毒リンゴの芯やら欠片やらが飛び出して、彼女はぱちりと目をあけ身を起こした。

「あら、ここはどこかしら」

 白雪姫はきょろきょろ辺りを見回し、それから駆け寄ってくる王妃を見付けて笑みを浮かべ、言った。

「お母さん」

「そうさ、愚かにも可愛いお前を、四度も殺そうとした継母だとも」

 王妃は娘を抱きしめ、言った。

「そうですね」白雪姫はくすりと笑った。「でも、私にリンゴの食べ方と、お母さんがいる幸せを教えてくれたのも、やっぱりあなたです」

「ああ、白雪姫。よくも、よくも生き返ってくれたな。一度ならずお前のしぶとさを呪ったこともあったが、今は心より感謝しているぞ」

 二人は抱き合い、たっぷり喜びを分かち合ってから、手をつないで小人の家の前へと戻って来た。そして、王妃は王子を紹介し、白雪姫にたずねた。

「王子は、お前がいないと死んでしまうと言っている。お前はどうする?」

 白雪姫は首を傾げてしばらく考えてから、王子を真っ直ぐに見て言った。「殿下、どうぞ私のことはあきらめてください。私は殿下の命を踏みにじってでも、やらなければならないことがあるのです」

 すると王子は青ざめて言った。

「ああ、白雪姫。あなたは、どうしてそんな恐ろしいことを言えるのですか?」

「そりゃあ、私の娘だからね」

 王妃は代わりに答え、白雪姫と二人で顔を見合わせ笑い合った。

「では、私の命と引き換えに、あなたは何をなさるというのですか?」

 王子がたずねると、白雪姫はにっこり笑って答えた。

「お母さんに、リンゴのタルトを作ってあげたいんです。そうして、二人でそのお菓子を食べながら、お茶を楽しみます。でも、もし殿下がお一人で国へ帰られても、まだ生きていらっしゃれば、ひょっとするとその席への招待状を受け取ることが出来るかも知れません」

 王子は目をぱちくりさせ、しばらくしてから苦笑いを浮かべてうなずいた。

「わかりました。それを支えに、なんとか生き抜いてみるとしましょう」

 小人の案内で山を下りる王子を見送り、白雪姫と王妃もお城へと帰った。王は娘が戻ったことをたいそう喜んで、国をあげてのお祝いをした。それが終わると白雪姫は、隣の国の王子と、七人の小人たちに宛てて紹介状を書いた。そうして、お茶会の日の朝はとても早起きをして、オーブンを温め、粉をふるい、たくさんのリンゴを刻んでから、リンゴのタルトをたっぷり焼いた。

 白雪姫がお茶会の席へ向かうと、王と王妃が揃って笑顔を娘に向けてきた。七人の小人たちは「待ってました」と口笛を吹いたり拍手をしたり、ちょっとばかりお行儀が悪い。王子は白雪姫にうっとりと見とれ、その隣では棺を奪って逃げようとした、あの家来が少し居心地の悪そうな顔をしている。

 白雪姫はタルトを切り分け、皿に乗せ、みんなの前に置いてから、ぐるりと彼らを見回し思った。ここには優しい両親と、たくさんの友だちと、美味しいお茶とお菓子がある。きっと自分は世界一幸せな娘に違いない。そうして彼女は世界一美しい笑顔を浮かべて言うのだった。

「さあ、どうぞ。リンゴのタルトを召し上がれ」

白雪姫って七歳らしいですね。強制はしませんが、うちの白雪も七歳設定で見てあげてください。

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