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8.強制凍結


大技やると、ホント……全身が錆付いたみたいだ。

 ざわざわと響く人の声の煩さが聞こえ、忌まわしげに呻いた。

 しかし、擦れた声に喉を整えようと思っても体が全く付いてこず、ギシギシと嫌な音を立てて関節が動く痛みにもう一度呻いた。

「久遠さん! 気が付きました?」

 安心する少年の声は目覚めたばかりの朧の頭に響き、ただ一言「うっさぃ……」と返したところで、未だに開かない目に確かに明るい日の光が入ってきていることに気がついた。

「少し明かりを抑えてくれぬか? ほれ、多少は起き易いだろう?」

「……まあ、何とか。ってか何でシオンさんが……?」

 初めに気が付いた疑問を口に出し、それから光が遮られ薄暗くなった瞼を持ち上げ開きようやく辺りを見回した。

 白い天井に微かに鼻に付く薬品の匂いに此処が病院だと理解した。

 朧は視線をシオンの声がした方へ動かすと側にはシオンとエリクだけでなく、自警団員のイルド、カイト、アーヴァンの姿も見えた。

 そして、カイトは罰の悪そうな顔で朧が目を覚ましたのを確認して一歩後ろへ下がった。

「朧、心配したんだぞっ」

「久遠さん、無事で何よりです」

 今にも怪我人の体に鞭打つような飛びつき方をしかねないイルドを抑えながら、アーヴァンは安心したように側にあった水差しから中身を移すと朧の前にグラスを差し出した。

「あー、サンクス……」

 体を起こそうと思っても、やはり思うように動かずシオンの助けを借りて朧はグラスを受け取りようやく喉を潤した。

「お主、何があったか覚えておるか?」

「いや……ってか、あの黒いゴーラを倒したとこまでは一応」

 グラスを戻そうと手を伸ばしたが途中で力が抜け、空のグラスが毛布の上に落ちた。

 それを拾おうとしたが震える腕を覆うように湿布が貼られているのに気がつき朧は記憶を辿った。

 しかし、燃え尽きた黒いゴーラを見届けた後のことは何も思い出せなかった。

「イルド達に感謝するのだな。気絶していたお主を見つけたのはこやつらだからの」

 シオンは朧の腰元に枕を重ね置き、体を起こしたままの姿勢をとらせると大げさに溜息をついて見せた。

「あぁ……そっか。ありがとな……って、そうだ! カイトッ! い、てて……」

 思い出したことを確かめようと急に体の向きを変えたせいで全身に激痛が走り蹲った。

「あ、カイト逃げるな!」

「うぅ、か、勘弁っす!」

 入り口の方から聞こえたイルドとカイトの声を追うように、アーヴァンが無言で足を二人の方へ向けた。

「カイト、お前がもっとしっかりしていれば彼が怪我をする事はなかったんだよな?」

 辛辣な一言にカイトは視線を逸らし、申し訳なさそうな表情のまま二人に腕を挟まれゆっくりと戻ってきた。

 朧はシオンの助けのもと再び体を起こしていたが、シオンはふと耳に付いたアーヴァンの言葉に小さく笑う朧を見やった。

(朧……お主、まさかとは思うが……)

(ん? ああ、別に関係ないじゃん)

 微かに暗く笑った朧に、シオンはゆるく首を振ってカイトに場所を明け渡した。

「あー……あのぉ……」

「まあ、お互い無事で何よりだよ」

 年下に対して恐縮する男の図というのは傍目には滑稽だが、当人は真剣に落ち込んでいた。

「ホントッ、すんませんっした! 俺があん時もっとしっかりしてれば!」

 がばっと両手を合わせ頭を下げたカイトに朧は、とりあえず形式程度に尋ねた。

 しどろもどろに話をしようとするカイトだったが、元から説明が苦手な彼は結局その説明をアーヴァンへと委ねることになってしまった。

 つまりカイトがあの時姿を消したのではなく、黒いゴーラ(協会から命名された名はゴーラタイプはブラックボアホン、ウルフタイプはアンドックアンドッグとなった)の初撃から朧を庇った直後、ブラックボアホンから返しの一撃をまともに喰らってしまい気を失っていたという事だ。

 それを証明するようにカイトの額にも腕にも真っ白な包帯があった。

「怪我は?」

「え? あぁ、ちょっとヒビ入った程度ですんだっすよ。一週間ばっかり安静らしいっすけど、肝心な時に役に立てなくて……」

「気にしなくていいよ。なんだかんだで、ブラックボアホンだっけ? 倒せたし、とりあえずこの騒動も終わりだろ?」

 苦笑いを混ぜながら朧が言うが、一行の表情は決して明るいものではなかった。

「その事なんだがの、朧……」

「なに?」

 真剣なシオンの表情に気が付いたのか朧は、改めて辺りを見回した。

「ブラックボアホン、アンドックアンドッグ共にお主らが倒した二体だけではないらしい。セオ、クロウも共にお主がブラックボアホンと戦闘中にに別の個体に襲われた。まあ、怪我らしいものは互いに無かったが」

「えっ……? それホントに……?」

「本当ですよ。団長もセオさんも別々の場所でしたけど……」

 そう言葉を繋いだのはエリクだった。深く落ち込む朧の姿を目の当たりにした少年は思わず先輩イルドたちへ視線を向けたが、彼らも小さく首を振って見せただけだった。

「すまぬが、こやつと二人だけにしてもらっても良いか?」

「えぇ。久遠さんお大事に。では、先に失礼します」

「了解っと。朧、大事にしろよ」

「朧……その……お大事にっす」

「それじゃあ、先に戻ってます……」

 それぞれが別れの言葉を残し部屋をあとにした。

 瞬く間に静かになった病室の中で朧はシオンにカーテンと窓を開けてもらうように頼み、真新しい空気をゆっくりと全身に送り込むようにしていた。

「シオンさん……」

「……この大戯け者が!!」

 振り返ったシオンの小さな手が風を切り、朧の頬を思い切り打った。

「お主、一体何をしていた。敵を倒すだけがお主の役目か! 先の一件もそうだが、同じ事を繰り返してどうする!

 確かに、アルゲスの力の行使は認めた。しかし、死んで来いとは言うてはおらんだろう! ましてや、関係のない人間まで巻き込むとは何事だ!」

 この、戯け者が……最後の言葉はとても小さく、朧の耳に僅かに届く程度だった。

「この治療を期に、お主の活動はしばらく凍結させてもらうぞ……」

「……セオは今どうしてる?」

「今のお主に教える必要はない。アルゲスも私が預かる、しばらくは治療に専念するが良かろう」

「あっそ。シオンさん……別に、自分が悪いとは思ってないよ。こうでもしなけりゃ被害はもっと広がってたかも知れない。最小限の犠牲で全てが収まるなら、それでいいだろ?」

 安穏とした口調のままだが朧の呟いた言葉に、シオンは胸が酷く痛かった。

「そう言うことは思っていても口にするでない……妙な真似はするでないぞ。今はセオに任せて体を休めておけ」

「自分の性格、よく知ってるくせに」

 小さく笑いながら、朧はその手が動く事を確かめていた。小さな変化だったがシオンはそれを見逃すことなく手刀を眼前に突き出していた。

「もう一度言っておく、今はセオに任せ、お主は妙な真似はするでないぞ。聞き分けなければ、無理にでも休ませてやろう」

「怖いねぇ、そんなんだから旦那にも逃げられるんだよ」

「それとこれとは別問題であろう? 第一、あやつのことを思い出させるでないっ」

 明らかな敵意が噴出したシオンを見て、朧は改めて目の前の小さな少女に恐怖していた。

 ――流石……協会随一の元恐妻家。これ以上はやめておこう。

 ズルズルと体をずらしながらベッドの中へ戻ると、ようやくシオンは肩から力を抜いて朧の背中を邪魔していた枕を外してやった。

 そして、部屋を出る前に入り口の側に立てかけられていた剣の前に立った。

「アルゲスよ、主の傷を癒す間は私の監視下に置く。拒絶は認めん」

 一言一言を強く言い聞かせ柄へ触れた一瞬、僅かにバリッと音を立て指先を弾くように瞬いた剣を睨み、大人しくなったのを確かめるとその手に握り締めた。

「うわー、アルゲスの裏切り者。主人の傍から離れるのかよー」

「阿呆なことを言うな。主の身を案じるからこそ離れる事もある。大人しく療養しておけ」

 結末は予想していたが、こうもあっさりとシオンの手に委ねられる事を選んだ愛剣に朧は些か複雑な心境になっていた。

 魔絋石(デミヴァラル)と呼ばれる特別な素材で出来たものは、元から扱える人間を選ぶ傾向にあった。それは人間の持つ力の属性の相性に深く関わっているのだが、持ち主以外に対しては自ら防衛のためその力を呼び覚ます事がある。

 一閃(アルゲス)の名を持つ雷の剣は今は主の怪我の重さを案じて沈黙を保つ事を選んだ。

「ちぇっ……まあ、確かに調子に乗りすぎたか。カイトにも悪い事したな……」

 正直なところ、解放技を使う状況にまでまで陥るとは全く持って予想していなかった。

 ブラックボアホンのあの驚異的な体の作りには斬るより、突き通し強力な一撃を与える必要があった。

 それ故のこの結果だ。

 しかし、それもまた己の実力不足と……シオンに釘を刺される前から分かっていた事で、同時に神器を上手く扱えない事にも苛立っていた。

 そしていきなり空いてしまった時間をどうやって潰そうか、そちらに思考を傾けているとドアが再び軽く鳴った。



気が付いているはずなのに、何故逸らすのだ……

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