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7.捜索と再遇


……あれだけで終わりなんて事、ありえない。

 朧はカイトと共に夜道を歩きながら、先の黒い獣に関して憶えている事と戦って分かった事を伝えておいた。

 同時に、カイトは歩きながら簡単に巡回の道を説明していた。重要な施設といったものより、どんな場所で子供達が遊ぶかといった具合だ。

「よくよく考えれば、いつまでも此処にいる保証ってないよねぇ?」

「ははは、そうっすね。でも、こっちに逃げて来た割にはさっきの巡回じゃ怪しい影も何も見てないっすから、まあ用心するに越した事はないって事っすよ」

 カイトが慰めるように朧に言いながら階段の下で止まったので、朧もそれに倣うように足を止めてなんとなくその階段の上を見上げた。

 煌々(こうこう)と明かりが点いていることだけは分かるが、階段の上は権力者達の豪邸が立ち並ぶ高級住宅地帯となりおいそれとその敷地内には一般人は入れない。

「一応、上見るっすか? さっきの巡回も上は個人警備員いるからって放っておいたんっすけど」

「んー……あんまりお偉いさんに関わるの好きじゃないんだけどね。とりあえず、様子だけ見てくるよ。カイトはここで待ってて」

「うぃっす。気をつけて〜」

 見送りの言葉に軽く答えると朧は重たい気分とは裏腹な軽快な足で階段を登っていった。

 流石に権力を象徴するよう他の家々より高い位置にあるだけのことはあり、街のの綺麗な夜景を見る事ができたのは役得といったところだろう。

 階段を上りきると、一軒一軒が広く大きな庭を持ち鉄格子の門の前に立つ影がちらほらとだが見えた。

 朧は階段を上りきった所で遠目に確認するがやはり、怪しい影はなく仕方なく歩き始めた。

 一つ目の邸宅の門が見えてくると朧の姿を見咎めた警備員はじっとその場から動かず顔だけでその姿を追ってきた。

 続いて二軒、三軒と同じように通り過ぎていくがやはり、尋ねてくる様子もなければ何事もないように門を守る警備員たちは銅像のように立っているだけで、そのまま適当な邸宅の周囲を回り終わると再び階段を下りていった。

「魔物の気配はなさそうだ。と言うか、こっちには来てはないみたいだな……」

「朧の見間違いだったんっすかね? それか途中でそいつが方向を変えて逃げたとか」

「無くはないだろうけど、そう簡単に回復するような傷じゃ……」

 状況を思い出して朧は何か引っかかりを憶えて言葉を切った。

 何か大事な事を忘れているような気がしてならないが、それが何なのかが分からなかった。

「あれ? 何か光ってるッスっすよ?」

「え……あぁ、ちょっと外すな」

 ポケットに入れていた携帯電話が応答を求めるように、赤い光を点滅させて小さく振動を始めていた。

 朧はそれを取るとカイトから少し離れた場所にある壁に寄り掛かって相手を確かめた。

「どうした?」

『少し、悪い知らせだ』

 相手はセオだった。先に連絡を入れたあと、彼には寮に戻り動ける仲間に街中を警戒をしてもらえるように動いてもらっていた。

 そんな折の通信に『悪い知らせ』ともなれば嫌な予感に胸中を支配されても文句は言えなかった。

『情報管理部の子が一人、襲われた』

「……誰?」

『セリカ・メイユって子。夜勤の休憩合間に外に出たらウルフタイプの方に鉢合わせしたらしい』

「無事……なのか?」

『全くの無事とは言えないけど、左腕骨折と頭を切ったらしくて今治療中。意識はあるけど話しを聞くには治療が終わった後じゃないと無理そう、っていうか追い返された』

「そっか。そっちは任せていいか?」

『ああ、分かった。朧……あんまり無理するなよ』

「大丈夫だって、自分のこと少しは信用しろって」

『それとこれとは別問題だろ。ホントに気をつけろよ』

「小言なら後で聞くよ。じゃあな」

 言葉の途中で朧は通話を無理やり終わらせ、携帯電話をポケットの中に戻すと面倒くさそうに頭をガシガシと掻きながらカイトの元に戻った。

「どうしたんっすか? なんか、浮かない顔してるっすけど」

「まあ……いい連絡じゃなかったからね」

「それなら戻るっすか?」

「平気。もう少し見てから戻ろう」

 怪我を負った人物のことを考え、自分の未熟さに底の見えない不安に支配される自分に対して苛立ちを覚えたが、あくまで平静を装い再びカイトと共に歩き始めた。

 しかし、細い路地を二つ三つと通り過ぎたところでカイトが足を止めたのに気がつき朧は不思議そうに振り返った。

 カイトはカンテラの明かりを路地の奥へと向けていたため朧は暗くなった周囲に警戒するように目を向けながら、ゆっくりと彼の元に近づいていった。

 まるで合図をするようにゆらゆらとカンテラを動かし、ぴたりと止めるとそのまま息を殺して何かを待っていた。

 朧もまるで釣られるように息を殺し、警戒の色を強めて愛剣へと手を伸ばしていた。

 柄に触れると僅かに震えた音が耳に届き、それを押さえ込むように力を込めて握った。

 そして、カイトの隣に立つまで後数十歩といったところで景色が後ろへと動いた。

「ふぇっ……?」

 あまりに突然すぎて、朧は完全に宙を舞いきっかり二秒後に地面に落ちた。

 呻くよりも何よりもまず、状況を把握するために紫の双眸を忙しなく周囲へ向け、立ち上がると同時に剣を抜き放った。

「カイトッ!」

 先ほどまでいた場所にカイトの姿が見えなかった。

 それどころか、彼が立っていた場所にはカンテラだけが落ち、辺りを一層深い闇が覆っていた。

 朧は神経を尖らせ全方向に意識を向けると後ろから微かに呼吸する音が聞こえた。

 振り返るよりも先に腕が動き、愛剣を盾に防御の体制を取っていた。次いで襲いきたのは強い衝撃。

 踏ん張っていた両足もまるで意味が無く、両腕に走った痛みとともに先ほどよりも遠くへ弾き飛ばされた。

「くっ、うぅぅ……」

 歪む視線の中で、朧は衝撃を繰り出した相手を見て驚きに目を開いた。

 地面に落ちたカンテラの明かりに浮かんだ相手は確かに探していた黒いゴーラだったが、驚いたのは出会いではなく確かに負わせたと思った傷が無かった事だった。

 黒いゴーラは振り切った腕をゆっくりと戻し、前後にゆるく振りながら力を溜めていた。

 その動作は淀みなく、セオが貫いたはずの傷も癒えていることを窺わせた。

「な、何なんだよ……コイツは」

 今まで出くわしたことの無い出来事に朧は混乱を隠せずにいたが、この場で再び黒いゴーラを取り逃がすのは絶対に避けたいことだった。

 眼前の敵を真直ぐに見据え、剣を両手で強く握り呼吸を正す。

 緊張と驚きで上がっていた息を瞬く間に整え、黒いゴーラに集中し合わせるように愛剣が白く光を帯び始めた。

 黒いゴーラはその異変に気がついたのか、地面を蹴るとその太い腕を振り上げた。

 朧は叩きつけられる腕の位置を予測して後ろへ軽く飛んだが、思った以上に伸びた腕が前髪をかすり切った。

「いくぞ、アルゲスッ」

 持ち主の咆哮に合わせ刀身が闇から切り取られたように白く輝き、黒いゴーラはその光に驚き腕で顔を覆った。

 その瞬間、朧は大きく踏み込み下からすくい上げるように剣を振るった。

 雷を帯びた剣は硬い毛に覆われた腕を切り裂くが、それでも朧自身の力不足か、確実と思える手応えが無かった。

 剣を振り切り跳ね上がった上体を円を描くように元に戻し、そのまま回転しもう一撃与えに掛かった。

「っりゃあぁぁああ――――――――――――っ!」

 腹に力を入れて叩き潰すように剣を横薙ぎに払った。

 今度はガツンッと痺れるような感覚が腕から全身へと抜けていった。

「――――――ッ!」

 防がれたっ、そう過ぎった時には黒いゴーラの血走った目と視線が交わっていた。直感的に朧はぐっと息を止め、体を硬くしたと同時に交差していた黒いゴーラの腕が十字を切り振り解かれた。

 弾かれた衝撃に鋭い爪が頬を裂き、鈍い痛みに思わず息が漏れ、壁に打ち付けられた衝撃が全身に走った。

 視界が真っ白に染まり、辺りが何も見えなくなる。

 しかし、それでも剣の重さを手のひらに感じると、強く握りしめ壁を支えに立ち上がった。

「くっ……ってぇな……」

 壁から体を突き放すように手の力だけで離れ、まだ視界は完全に戻らなかったが僅かに開けた視力だけで敵を捕らえていた。

 黒いゴーラはふらふらと動く小さな獲物に嬉しそうに、舌なめずりをしていた。

 獲物が弱り、トドメまであと一息。本能がそれを教えていた。

 弱い牙は己の命を脅かすには程遠い。

 なら、取るべき行動は唯一つ。


 ――――――――――――グォオオオォォォオオオォオオオオオッ! !


 勝利を確信した咆哮を高らかに上げ、地面を揺るがしながら走り始めた。

 腕を突き出し、小さな獲物の喉笛を貫をく目掛けた。

一閃アルゲスッ、閃光迅雷ッ!!」

 覚悟を決めた鋭い紫の双眸が獣を射抜く。

 瀕死の獲物が最後に見せる足掻きとは違う、命を脅かす獰猛な殺気に貫くはずの腕が止まった。

 同時に空から落ちた稲妻は朧の剣に落ち、そのまま白刃を伝い黒いゴーラの喉へと駆け上っていった。

 勝利の雄叫びは壮絶な最後を物語る悲鳴に変わり、黒煙を至るところから昇らせながら堕ち、黒いゴーラはその体を青白い炎に包まれて灰となって消えていった。

 朧はそれを全て見届けてから忘れていた呼吸を思い出したように長く息を吐き出し、その場に座り込んだ。

「くっ……!」

 喉が潰されたような擦れた呻き声を一つだけ漏らすと、剣を握り締めたまま意識を手放していた。



巻き込む割には、独りでどうにかしようとするんだよな……

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