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6.イングワズ自警団 -後-


なんでか、つい落ち着いちゃうんだよねぇ。

「どうした?」

 イルドは眠い目を擦りながらエリクと同じように窓の外へと視線を向けた。

「いいえ、何でもないです。それより、まだアーヴァン先輩たちが戻って来てないみたいですよ」

「ふぅん……どうせ、いつもみたいに客引きにでも(つか)まって遅くなってるだけだろ」

 大きく欠伸をしながらまだ戻らない二人の同僚を特に心配した様子もなく答えたイルドにエリクは納得いかない様子で口を尖らせた。

「だから、イルド先輩に様子を見て来いって団長が」

「もう、帰ってくるよ……今日も今日とて平和な一日がある。それが首都のイイトコロ」

「でも!」

 文句を言い足りないエリクに、彼はやれやれと首を振ってようやくベッドの中から這い出してきた。

 同時に外のドアが開くベルの小さな音がして、イルドは「ほらな」と後輩へと視線を向けた。

「あれ? 朧だ。どうしたんすか?」

「こんばんわ、久遠さん」

「サバスの旦那にちょっと用事があってねぇ、遅くまでご苦労さん」

 ドアを挟んで聞こえる声にエリクは二人の先輩に大事がないことを確かめられると、ようやくカーテンを閉めた。

「さて、次はおれ達だったな。エリク、さっさと準備して行くぞ」

 いつの間にか己の巡回の準備まで整え終わっていたイルドに、少年は慌てて同じように準備を始めた。

 とはいっても持って行く物といえば連絡用の携帯電話に護身用の剣、不審者を捕縛するための封印の銀鎖(ぎんさ)くらいだ。他の町の自警団たちのように魔法を使うマナテイマーたちの犯罪やそれに準ずる事件はおいそれと起こりはしない。

 その最大の理由がバラスト国の首都であるアーヴェラの街全体に魔物避けの忌避結界と要所に組み込まれた強力なマナ封じの封殺結界が張られているため、協会員たちに渡されるリード石を所持しているか、禁呪クラスが扱えるような底抜けの魔力と威力を持つマナテイマーでもなければ大抵の魔法は発動出来ないようになっていた。

 つまり、このアーヴェラの街の中ではマナテイマーは一般人とほぼ変わらず、魔法研究家たちは協会や守護協会(エンゼラス)から提供される特別な場所でしか活動が出来ず、常に監視されているのが現状。

 そのため自警団での装備は必要最低限ですむのだ。

「おい、少し待ってくれ二人とも」

 外へ出ようとしていたイルドたち二人をサバスが引きとめ、朧にその続きを委ねた。

 不思議そうに二人はドアの前で振り返り、全員の視線を一身で受けた朧は少し考えてから、テドが入れてくれた甘めのカフェオレに手を伸ばした。

「何かあったのか?」

 イルドが戻ってきたばかりのアーヴァンとカイトの二人へ視線を送った。

 それにアーヴァンは落ちてきた前髪を掻き揚げながら小さく首を振り、彼の隣に座るカイトも首を捻ってみせていた。

「そんなに期待されても困るんだけど、一応注意しにね」

 ヘタに間を空けたのが悪かったのか、予想以上に真剣な眼差しで注目を浴びた朧は罰が悪そうに頬をかいた。

「黒いゴーラ……らしい魔獣がこっちの方に逃げてきたんだよね。手負いだから、ヘタに手を出さないように気をつけて巡回いってらっしゃい」

 にへらっと脱力させる笑みを浮かべた朧は言い逃げるように全員に背中を向けて、ゆっくりとカフェオレに舌鼓をうった。

 それを聞いたイルドはわかったと頷いたが、エリクは自分の巡回前にそんな危険な事を言われるとは思っていなかったらしく、おろおろと先輩や団長へ視線を向け慌てていた。

「魔獣ですか……という事は、獣系か知能があるって事ですよね、はぁ……」

 エリクの悲痛な呟きに朧は少し感心したように後ろを向いたまま頷いた。

「朧、そいつの他の特徴ってないの? 遭った瞬間にあっさり殺られたら忠告聞いた意味がないからな」

「大丈夫! イルドなら殴られようが蹴られようが生きて帰ってくるって」

 肩越しにちらりと視線を送った先は、イルドではなく隣に立つ少年のほうだった。まだ、筋肉が付ききっていない体つきは他の団員たちと比べるまでもなく緩い。

 それにこの程度のことで震えるようでは本当に黒いゴーラと出遭ったときに足手まといになるが、イルドはふむふむと何度か首を縦に振ると、ニカッと笑いエリクの背中を叩いた。

「それなら平気だな。よぅし、エリク行くぞ!」

「えぇぇっ! はい……ってイルド先輩、待ってくださいってば!」

 既に歩き始めていたイルドをエリクは慌てて追いかけようとして、一度振り返ると、朧に向かい深く頭を下げてから走り始めた。

 二人の様子にサバスたちは笑っているが、朧は(いささ)か不安そうに見送っていた。

「そんで、朧。来た理由はそれとなんだ?」

「ん? それだけ。って言いたいトコだけど、エリクだっけ……あれをビビらせると悪いと思って言わなかったんだけど」

「もう、十二分に怖がって行きましたけどね」

 アーヴァンもテドから新しいコーヒーを貰い受けながら呟くと隣に座るカイトも笑った。

「確かに。あの坊ちゃん、頑張っちゃいるっすけど、実戦経験はほとんどないっすからね」

 からからと笑ってパシッと音を立てるように拳と手のひらを打ちつけた。

「カイトみたいに、見掛け倒しの筋肉でもあれば少しは違うんだろうけどね」

「ヒデぇっ!」

「間違ってはいないだろう?」

「んなぁっ! アーヴァンなんか、街の中じゃ魔法使えないじゃないっすかぁ!」

「それでも、貴方よりマシな自信はありますよ」

 朧の冗談から飛び火したように勝手に燃え上がるカイトとアーヴァンの二人に、テドが仲裁に入った。

「まあまあ、二人とも。それで、久遠さん続きは?」

「うん……アルゲス使っても倒せなかった……」

 視線を逸らして告げると流石に一同にも驚きの色が走った。特にこの自警団をまとめるサバスの動揺ぶりはそう滅多に見られるものではなかった。

「それで、セオは……シオンは何て?」

「シオンさんは何か用事が入ったらしいから、ほとんど手が出せないって。んで、セオには情報探してもらってる。最初にあった黒いウルフタイプはとりあえず倒せたけど、ゴーラタイプは……」

 言いながら、セオが黒いゴーラを貫いたと同じ右肩をトントンと示して首を振った。

「まあ、自分と違ってセオはアルテミスを使いこなしてるから、そう言う差もあるんだろうけどね。で、そいつが逃げた方向がこっちなわけ」

「要するに、リベンジしたいから協力しろってことか?」

「流石サバスの旦那。でも、新人研修やってるなら諦めるよ。貴重な人材潰すわけにもいかないしね」

 思惑としてはやや外れたが、踏ん切りをつけるには丁度いいと言った風情に肩をすくめて席を立った。

「ちょっとは睡眠も取れたし、これ以上邪魔したら悪いから行くよ」

「朧、お前……シオンから言われなかったか?」

「小言ならいつももらってるから……どれ?」

「選ばせるのかよ……『一人で行動しているわけではない』って、言われなかったか? 何のためのチームがあると思ってるんだ?」

「それなら今日言われた奴だ」

 苦く笑いながら朧は、その言葉を決して反芻しようとはせず出て行こうとした。

「カイト、もう少し外出れるな?」

「大丈夫っすよ。出る前まで寝させてもらったすからね、眠気無しのバッチリっすよ」

「だそうだ。エリクの奴のことなら気にしなくていい、タイミングが悪かったがシオンの用事は俺が頼んだものだ。その代わり、お前のフォローは俺たちでさせてもらうさ」

 ニカッと笑ったカイトとサバスの言葉に朧は素直に礼を述べた。

「じゃあ、カイト……頼むわ」

「任せろっす!」

 頼もしく拳を突き出し、巡回用の道具を再び持つと朧より先にドアをくぐった。

「テド、アーヴァンお前らはここで待機してろ。念のため俺は、情報管理部に顔出してくる」

「了解です」

「クロウ団長、念を入れるならせめてリード石くらいはきちんと持って行ってください。夜間の出入りは管理が厳しいんですから」

 テドが気を利かせて、小物が入っている引き出しから取り出したのは朧たちが持っているものと同じ薄い紅赤色のリード石だった。

 彼は結婚を機に街の外での任務が多い協会と掛け合い、自宅のあるイングワズ区の自警団に入ったのが始めだった。

 本来なら自警団に入るにあたり協会を退会しようとしていたが、シオンを始めとする幾人かの友人らの取り計らいと街の中の情報網を確立する制約の元、退会せずに距離を置く形となりに現在に至った。

 サバスはリード石を受け取り、携帯電話だけ持つと詰所を後にした。

 残ったアーヴァンはテドに先に仮眠を取るように勧め、彼はそれをありがたく受けて仮眠室へと入っていった。

「平気だとは思いますが……アイツのクジ運の悪さも並みではないですからね」

 心配したところで仕方がないとは頭の中では理解していたが、やはり仲間のことは心配になってしまった。

 日誌をまとめる手は休みがちに、何事もなく夜が明けるのを祈っていた。



結界の内側で魔物騒動とは……全くもって穏やかじゃないな。


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