5.イングワズ自警団 -前-
久しぶりの顔出しが仕事絡みになるとはなぁ……反省。
深夜を回ってもまだ街のあちらこちらの店には明かりが灯っていた。
夜遅くに街に着いた男女の旅人達が無事に首都に着いた祝杯を挙げるため酒と食事を店を求め歩く姿もあり、また仲間同士で飲み肩を組み、ほろ酔いで歩いている男達の姿もあった。
首都アーヴェラは東西南北を分割するように走る大きな通りを境に大まかに、朧たちが所属する協会の在ある『南東シゲル区』、アーヴェラの結界を担う守護教会のある『北西エイワズ区』、商店が数多く並ぶ『北東イングワズ区』、国唯一の闘技場と住宅街が集中する『南西ダガズ区』の四区に合わせ、『中央ジャラ区』と呼ばれる大通りが交差する噴水広場は最も活気があり、平和の神の像を頂に構えその足元に裾広がりになるように水が溢れる荘厳さも有名な一区だ。
もっとも夜中は水量が制限されており、近隣の住民達の安息を邪魔にならないせせらぎの音になっているのだが。
朧は簡単にシゲル区にある馴染みの店に数件に顔を出した後、協会の側にある転送機から北端にあるイングワズ区へ移動し、近くにある知人の居る自警団の詰所へと足を向けていた。
「はろぅ、遊びに来ましたよーっと」
ひょこりと顔を出すと夜勤で残っていた団員が慌てて談笑をやめて立ち上がった。
「久遠さん!」
「おおおお、お勤めご苦労様です!」
直立不動に立った少年に朧は苦笑いを浮かべ、二人の顔を見た。
二人とも男で一人は四十代を超えた貫禄を持ち、だが決して威圧感を与えず穏やかな雰囲気が漂い、もう一人は青い腕輪を付けた柔らかい栗色のくせ毛が印象の朧よりも年下のまだ幼さが残る少年だった。
自警団員と協会員とでは立場が違い、ましてや『白雷の朧』と言えばアーヴェラに住んでいればその名を知らぬ者はいないと云うほど。
しかし朧を知る男は最初、驚きはしたが直ぐに佇まいを直して奥へ入るように勧めたが、少年は思いもよらぬ有名人の来訪に未だに硬直状態だった。
朧はぐるりと中を見回したが、巡回に出ている者を除き残っているのはこの二人だけ、いや奥からもう一人、高らかないびきが聞こえるところから三人。
「テドさん、今日はサバスの旦那は休み?」
目的の大男の姿が見えないことに首を傾げて尋ねながら、菫色の瞳は少年に向かい緊張を解してやるように笑いかけた。
「クロウ団長なら先ほど休憩に入りましたよ。急ぎの用事なら場所知っていますから、呼んで来ますか?」
「マダム・ダーナんとこ?」
さらに聞き返すとテドは苦笑しながら頷き返してきた。朧は少し考えてから、奥の仮眠室へ視線を向けた。
「戻ってきたら声かけてもらって良い? 少しだけ寝させてもらえるとありがたいんだけど……」
「ええ、構いませんよ。イルドのいびきが煩いでしょうけどね」
「たぶん平気でしょ。あと、巡回に出てるの誰と誰?」
「アーヴァンとカイトの二人ですが?」
仮眠室の部屋の前で靴を脱ぎながら聞くと、二人は質問の意図が分からず首を傾げたが問いただす意味もないと考え仲間の名前を挙げた。
「なんか変わったことなかったか、聞いといてもらっていい?」
「はい、了解しました」
朧はその答えをほとんど背中で聞いて、仮眠室の中へと入った。
暗い部屋だが風を入れるため窓が開いていたためカーテンが揺れ、僅かに外の明かりを室内に入れていた。
サイドテーブルの上には差し入れらしきサンドウィッチや飲み物が置かれたままで、二段ベッドの下で高らかにイビキをかいている青年イルドが寝る直前まで食べていた事が伺えた。
朧は寝ているイルドを起こさないように気をつけながら上のベッドへ登り枕元にあった雑誌を適当に避け中に潜りこむと、瞬く間に意識が落ちていった。
疲れもそうなのだろうが、やはり『一閃』の反動が体に堪えていた。
それ故に浅く眠ろうとしていても体が休息を求めて深く眠りに落ち、会いに来た人物が戻ってきた音にも気が付かなかった。
サバス・クロウはこのイングワズ区自警団長として長く任についている男であり、快活ながら丁寧な応対が周囲の人間に好評を得ている人物だ。
彼は朧が来ていることを戻ると同時に副団長であるテドから聞いたが、先に協会から発信された情報を得ていたため用件に予想をつけ、もうしばらく寝かせるように二人に指示をしていた。
サバスが椅子に着くと、遅れてコーヒーが入ったマグが机の上に置かれた。
「アーヴァンたちはまだ戻ってないのか?」
差し出されたコーヒーに口をつけてからサバスは辺りを見回し、時計を見た。時刻は深夜一時をすでに回っており、戻って来ていてもおかしくない時間なのだが連絡がまだ入っていないという。
「どっちでも良いからとりあえず、イルドを起こして迎えに行かせろ」
「はい。エリク……任せますよ」
「えっ! イルド先輩、寝起きすっごく悪いんですけど……うー、はい、いってきます……」
さっくりと投げ渡されたエリクは渋々と仮眠室へと入った。
朧も寝ているため部屋の明かりは点けず、イルドの寝ているベッドまで静かに近づくと窓の外から声が聞こえたような気がした。
巡回に出ている先輩達かと思い彼は窓を開けて確認しようとしたが、その前に上から落ちてきた手に驚いて倒れるようにに尻餅をついた。
「び、びっくりした」
「ぅん……」
落ちてきたのが朧の手だと気が付いたエリクは、自分自身を落ち着けさせるようにニ度三度と深呼吸をしてから朧の手をベッドの中へ戻そうと取った。
「うわー本物だぁ。手細いなぁ……ヘタしたらボクより細いんじゃないか? それに寝てると何か女の人っぽいような雰囲気あるんだな……って、いやいや、それは流石に男に対しちゃ悪いか……」
「まあ、腕の細さはどうにもなら無い問題だし……」
「へ? え……うぅ、わああああっ!」
いきなり紫の瞳と目が合い少年が叫ぶと何事かと部屋の外にいた二人が飛び込み、同時に下で寝ていたイルドも飛び起きた。
「なんだよぉ……まだあと五分は寝れたじゃねぇか……」
ガシガシと頭をか掻きながら枕元にあった時計を見たイルドが文句を呟き、それを聞いたテドは明かりを点けた。
明かりの点いた狭い仮眠室の明るさに慣れないイルドは、眠たい目を擦りながら体を起こした。
「エリク、お前……なにしてんの?」
「え……? あぁ、ごめんなさいっ、ごめんなさい!」
ベッドの中にいるイルドは朧の手をしっかりと握ったままとなっていた青い腕輪の主の持ち主を見て呟き、少年は慌ててその手を離してぺこぺこと頭を下げた。
「おい、お前ら遊んでるならさっさと起きろよな」
サバスが呆れたように一同に声をかけて、先に戻りテドがそのまま後に続いた。
「あ、イルド先輩! 寝ないで、起きてって! 起きろぉ!」
「奪われた睡眠時間をもう一度……」
エリクは何事も無かったようにもう一度ベッドの中で蹲ろうとしていたイルドの背中を必死に押し上げていた。
それをいつの間にかベッドから降りた朧が笑いながら見ると、エリクは先ほどのことを思い出したのか、かぁっと顔を赤く染めて視線を逸らした。
「サバスの旦那、今日もマダム・ダーナを口説いてきたの?」
「あのな、お前と一緒にするな。それよりコーヒー飲むか?」
「紅茶ない? コーヒーは苦手なんだって」
「あるか、お子様」
二人の会話だけを聴きながらエリクは外から聞こえてきた声の事を思い出したようにイルドを投げ起こし、カーテンを開けた。
窓の外は特に誰の姿もなく、変わらぬ街の風景があった。
ほ、本当に団長達と顔なじみだったんだ……今度、団長と先輩に謝らないと……