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彼の人は守護者―想い繋ぐがヒトの尊き所以也―

居場所を失う、そんな覚悟しか自分には出来なかっただけだ。

「雷轟燼滅っ、破――――」

 鋭く振りぬかれた軌跡を辿り雷が黒い獣を音も無く飲み込んだ。

 瞬きかそれとも長い合間なのかも不明瞭になるほど、辺りは光に包まれていた。

 断末魔もなにも無く、ふとエリクが気が付いた時にはブラックボアホンの残された黒い硬質な毛がサラサラと雨風に流されて行くところだった。

「っつ……」

 強く両耳を抑えていたせいか、頭に鈍く響いた痛みと耳鳴りに少年は思わず顔をしかめ、治まるまでの間身動き一つ出来ずにいた。

 雨足が弱まり、黒い雲の切れ間から柔らかく夕焼けの光が地面を指しはじめたことに気がつき、エリクはがばっと顔を上げた。

「じぃちゃん!」

 無事だと頭の片隅で理解はしていても、実際に目にするまで安心できないと体現するかのように辺りを見回し祖父の姿を探した。

 自分がいた場所からそう離れていない場所に居るはずの祖父の姿が見えず、エリクは焦りを浮かべて歩き始めようとした。

「落ち着けよエリク。こっちにいるって」

 苦笑いを浮かたセオから声を掛けられ、エリクは痛む体を支えながら近づいた。

 瓦礫の影に地面へと俯き座り込んだままのラゼルの姿に、いつもの凛とした面影も見えずエリクは声を掛けることもできずに立ち止まってしまった。

 何でもいい、何か話をしたいはずなのに……

 手を差し伸べることも出来ず、唇を噛み締め再び目頭が熱くなるのを感じた。

「もう、良い……全て終わったのだ」

 孫の戸惑う気配を察してかラゼルは小さく呟き深く長い溜息を吐き出した。

 エリクは目元を拭い、意を決したかのように大きくラゼルの元へ一歩踏み出した瞬間、小さな呻く声と共に剣が地面を跳ね踊った不快な音が耳に届いた。

「朧っ」

 辛うじて倒れずに踏み留まった朧の元へ、相棒は今まで握り締めていた銀鎖をあっさりと手放して駆け寄った。

「大丈夫、なわけないよな」

 肩を貸そうと腕をとると、初めて酷く震えていたことに気が付いた。

 それの意味するところに気がつき、彼は気が付かれない程度に側に居た男達の表情を伺っていた。

「大丈夫だよ」

「そっか、よかった……」

 喋るのも辛そうにしながら、エリク達から身を隠すように瓦礫の裏へと周りそこでついに崩れ落ちた。

「も、平気だから、戻れよ」

「お前をこのまま放って置けるか、阿呆」

 俯いたまま今の醜態を晒したくないと含めて相棒を追いやろうとしたが、セオは泥に汚れた黒髪を軽く叩きながら断った。

「もう他の連中もくるだろうし任せて平気だろう」

 カイトたちへ改めて瓦礫越しに視線を向けると彼らはようやく到着した協会の医療班が運んできた担架へイルドを乗せているところだった。

「イルドたちなら無事そうだ。今、運ばれてった」

 見たままを伝えると、痛みに呻きながらも不服そうな視線を向けられていた事に気がつき慌てて手を離した。

「あー……すまん?」

「久遠さん、セオさん! どちらにいらっしゃいますか?」

 ばつが悪そうにしたままセオは駆けつけた仲間の呼び声に立ち上がり応じた。

 おそらくラゼルの身柄を引き渡すための手続きをしているのだろうと彼女は予測をつけ、少しずつ息を吐き出した。

 その度に軋み激痛の走る体を恨めしく思いながら、いつものようにポケットを漁ろうとして気がつく、コートは貸したままだと。

 朧は無理やり首を動かしこっそりと様子を覗うと、ちょうどラゼルが守護者たちに挟まれ連れて行かれるところだった。

「じぃちゃん! ボク、じぃちゃんの家族でいいんだよね!」

 意を決して叫んだ言葉に、誰しもがぴたりと手を止め薄く汚れた白いコートに身を包んだ少年へ振り返っていた。

 ただ真っ直ぐに向けられている真摯な瞳の先に映る老人は足を止め、振り返ることもなく凛と背を伸ばして応えていた。

「変わったのぉ」

「シ、オン、さん……」

 すぐ側で聞こえた少女の声に朧は驚いたように名前を呼び、目の前に立つシオンを見上げた。

「あの臆病な泣き虫が良くぞ、とな」

「そ、だな」

 途切れがちに同意した朧の体に手にしていた毛布で体を隠してやると、シオンは「お主もだ」と付け加えて笑っていた。

 そして、そのまま朧の体を抱き寄せ胸元に埋めた彼女をあやす様に優しく髪を撫で始めた。

「泣きたいと思えば泣けばよいであろうに。お主は最善を尽くしたのでろう?」

「なんで、そう……今言うかなぁ」

 気が付いた瞬間には声を押し殺し溢れていた感情をただシオンにぶつけるしか出来なかった。

 誰のためにでもなくただ自分のために。それを律することが出来ずに友を死の淵に立たせ、挙句、業を知らせる羽目になった。

 一番知られたくなかったことを自ら目の前で体現した事実が朧の中でずっと燻り続けていた。

「だが少なくとも死者は出ておらぬ。お主を含めて、皆無事であることが私にとっては喜ばしいことだ。悔いる必要などありはせんよ」



   *   *   *



 協会のすぐ側にあるお気に入りのカフェで少し遅めの朝食を一人で取っていた朧は、深い溜息をつきロイヤルミルクティの入ったカップを眺めていた。

 ラゼルの拘束により黒い獣に関する一連の事件が全て終わり、アーヴェラの街には慣れた喧騒が戻っていた。

 一週間ぶりに退屈な時間から抜け出せたはずなのに、彼女は再び深い溜息をついて窓際から差し込む柔らかな日差しに顔を向けた。

 すっかり冷めてしまったロイヤルミルクティをようやく口に含み、カランと涼しげな音を立ててベルがなったので何気なくそちらを振り向きあわや紅茶を噴出しかけていた。

「え、なんでっ?!」

 汚れた口元を紙ナプキンでこっそり拭き立ち上がってしまったことに後悔していた。

「ホントにここだったな」

「セオさんに先に聞いておいてよかったですね、先輩」

 二人とも朧の姿を認め、躊躇うことも無く同じ席に着いた。

「いやぁ、互いに退院おめでとうってところでどうよ?」

「あ、えっ、いやありがとうおめでとう?」

「疑問系ですねぇ、朧さん」

 珍しく朧の慌てふためいた姿にイルドとエリクは笑いながら、コーヒーをそれぞれ頼み「まあ、座れよ」と促した。

 席に着いた朧は二人の来訪に全く予想が立たず、何よりどう話して良いのかが分からなくなり緊張したように視線を彷徨わせていた。

「何だが最初と逆ですね」

 笑いながらタイミングよく運ばれてきたコーヒーに砂糖を入れ、一息ついてからエリクはテーブルの上に紙袋を置いた。

「ずっと朧さん面会謝絶で会えなかったし、謝絶が解けたと思えばすぐに協会に戻って面会もしてくれなかったので直接会いに来ました」

「つーか、お前なんでそんなに逃げんだよ? カイト相手とかならわかるけど団長達にすらからも逃げてたって話じゃねぇか?」

 ようやく捕まえた相手を逃がすまいと詰め寄ったイルドに、エリクも同じように頷いていた。

「そ、それは」

 あまりに真直ぐに問い詰められ、言葉に詰まった朧は胸中を過ぎった言葉に苦しそうに拳を握り締めていた。

「怖いと、思わないのかよ……?」

 呟きながら俯き、テーブルの下で隠れるように両手を握り締め直し少し合間をあけてからエリクの表情を窺っていた。

 少年は視線を感じてか困ったように笑って返すと、紙袋の中から白いものを取り出して朧の目の前に差し出した。

「これ、ありがとうございました」

「あ、あぁ……別に、捨ててもよかったのに」

 綺麗にクリーニングされた自分の愛用のコートと気がつきそれでも有難うと受け取った。

 わざわざ届けて、二度と会いたくないとか言われた日には本気で泣いていいよなぁ。

「って、これっ!」

 手に取り、広げて初めて気が付いた。新品でもない見慣れた自分のコートでありながら守護協会の加護が一つ増えた証である印が裏地に一つ縫いこまれていた。

「ボクたちからの感謝の気持ちです。あんまりレベルの高い加護は無理でしたけど」

「耐火魔法の加護な。本当は全属性の加護とかで返したかったんだけど、ありゃ無理だ。一番レベルの低い奴で十万ガルとかありえねぇよ」

 いつもと変わらないイルドの態度が余計に彼女の中で鈍い痛みとなって心苦しくなっていると、エリクは紙袋を朧へと押し付けた。

「団長達からの手紙も預かってます。あとでゆっくり見てください。それと」

 一度言葉をきった少年は、深呼吸を繰り返してから深く頭を下げた。

「じぃちゃんを止めてくれてありがとうございました。あのまま誰も止められなかったらもっと沢山の人に迷惑をかけてただろうし、それにボク自身もどうなてったのか……でも、それでもじぃちゃんは大好きだから、朧さん自身にも凄く辛い思いさせたんだろうなって、思ってます」

「エリク……」

 その言葉に彼らは彼らなりに色々と考えてくれていたことに気がつき、不意にまた泣きそうになったのを悟られないように目をしばたかせ誤魔化した。

「朧、おれはこいつから話を聞いただけだから、正直実感はない。だけどな、それでもお前はお前なんだろ? だから、なんつーか上手く言えないけどそれで良しってことにしてくれないか?」

「してくれないかって……そんなの」

「ボクだって自分のこの魔力蓄積体質(マナアクムール)を受け入れきれたわけじゃないですよ。だっていつ皆を巻き込んで消えてしまうかも分からない体ですからね。それでも、周りの先輩達が受け入れてくれたのが凄く嬉しいんです。

 だから、今できる事を精一杯やろうって思ったんです」

 一言一言を大切にしながら、伝えられているのか少し不安げになったエリクは相対する朧を見て驚いた。

「え、あ? 朧さん……ボクなにか不味いこと言いました?」

「台詞遮ったのがまずかったんじゃねーのか?」

 からかいながらも、イルドもまさかコートで顔を隠しながら小さく震えてる朧の姿に面を喰らっていた。

「だって、お前らが、あんまりにも、バカだから……」

 途切れがちに唸り声にすら聴こえる朧の言葉にどこか肩の力が抜けたように笑い始めた。

「お前なぁ、せっかく土産まで持って来たのに言うに事欠いてバカ呼ばわりかよ」

「そうですよ、ボクだって必死に朧さんから教わったこと実行して行こうって思ったのに」

 不貞腐れたエリクに朧は照れくさそうに笑い返した。

「違うよ」

 返しながら、微かにいつもの虚勢を張るように息を吐き出して真直ぐにエリクを見つめ返した。

 少しばかり赤くなった菫色の瞳に吸い込まれるように、少年は目を逸らすことが出来ずに続きを待った。

「自分がエリクに教わったんだよ。目を逸らしたい現実からも受け入れて乗り越えて行こうって、決めたんだろ?」

「はい。一人じゃ苦しいかもしれませんけど、一人じゃないですから頑張れそうです。それに、じぃちゃんが戻ってこれた時には一緒に研究しようとも約束しました」

「ほら、そういう風にちゃんと傍に居てくれる人が居るって気づかせてくれた。だから、エリクのおかげだよ」

 ニッと笑ってみせたところで、隣の椅子においてあった朧の携帯が激しく揺れ表示されていた文面にちらりと目を通して軽く肩をすくめた。

「仕事ですか?」

「そんなところだな」

 どこか誤魔化すように声を掛けたエリクに返し、伝票に代金を乗せて立ち上がった。

「気をつけてくださいね」

 見送りの言葉に散々心配かけた人たちの顔を一緒に思い浮かべながら朧は、改めて二人に視線を向けた。

「ありがとうな」

 本当は何か言葉を続けたかった、けれど色々な言葉が浮かびすぎてどれも当てはまりそうで当てはまらなくて、結局その一言に全てを込めて言うしか出来なかった。

「お互い様ってところだ、また暇あったら来いよな」

「あぁ、分かってるって。それとコートありがとうな、大事に、できるだけするよ」

 少しだけ言い直し、裾を大きく翻しながら羽織ると手紙入りの紙袋を手に引っさげてそのまま二人を残して店を後にした。



「あ、朧の奴ちゃっかり自分の分しか払ってやがらねぇや」

「まあ、そういうのも含めて朧さんらしいって事ですよね?」


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