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43.Pluvata kaj Displuva

 ふと気が付くと、空のどこかで雷が鳴り響き肌に纏わり付くような霧雨が降り始めていた。

「エリク、動けるなら今のうちに皆と一緒に此処を離れてくれないか」

 雨に濡れ固まりかけていた血を拭い去りながら、一同へと視線を向けたセオは小さく呟いた。

「なんでだよ、今更足手まといだとか言う気かよ!」

「そうっすよ! 大体、坊ちゃんが狙われてるってのにじっとなんかしてられ無いっすよ」

「セオさん、確かに貴方達にとって足手纏いにしかならないかも知れませんが、それでも最後まで見届ける権利くらいはありますよね?」

 何を言い出すんだと信じられない表情で問い詰めるが、彼はもう一度だけ同じ言葉を紡いだ。

「ボクは怖いです……でも、逃げたって何も変わらないんですよね?」

「お前がいたら出せる力も出せない、って言ったらどうする?」

 意地の悪い言い方になったと思いながらも彼は、少年の後ろを見やれば真摯に目を向けて退こうとしない意だけを無言で伝えてくる男達がいた。

 四人の意思が変わらないという事だけ再確認したセオは、長いため息を漏らしていた。

 あいつが嫌われたくないって本気で思ってるから、離れてて欲しかったんだけどな。

 声には出さず、せめて下がるように指示をすると四人はそれに素直に従った。

 黒い獣からの距離としては十分とは言えないが、最悪な場合でも対応が取れるセオにとっての最良の位置。

 矢を番えたままで腕を下ろし、最後にもう一度だけ溜息をついた。

「まあ、嫌いにならないでくれよ」

 どこか暗いニュアンスを含み零した言葉に、エリクは前にも聞いたような気がして意味を尋ねようとしたが、空を走った閃光と轟音にタイミングを逃してしまった。



 雷の音を皮切りに霧雨を裂くように地面を蹴りつけ、ブラックボアホンは振るわれた刃の切っ先が主を切り裂く前に朧の細い体を横から弾き飛ばした。

 強すぎる衝撃に頭から瓦礫に突っ込むかと思われた瞬間、朧はアルゲスを地面に突きたて勢いを殺すと姿を一瞬のうちに消していた。

「ふざけんなっ!! 必死に生きようと戦う奴が足掻いて何が悪い!」

 叫ぶ声は黒い獣の背後にあった。

「なんだ……なんだっ、それはっ――――!」

 狼狽するラゼルの、一同の目には空を翔る雷のように黒い獣の攻撃を消えながら飛び躱す朧の姿があった。

 跳躍魔法ならばその詠唱も魔法陣も無しに出来る技ではない。そして何よりマナを必要としていないのかエリクの体に異変を来たす事が無かった。

「誰だって自ら欠けて生まれたわけじゃない! それは誰よりも家族のあんたが知ってるはずだろ!」

 怒りはそのまま雷を伴い荒れ狂うように黒い獣を圧倒し始めた。

 自慢の剛毛で刃を受け止めることも出来ない攻撃を速度だけで躱し、瓦礫を粉砕し目晦ましがわりに使いながら死角から拳を振るうが、その全てが空を切り次の瞬間には思いもよらぬ場所から斬りつけられ悲鳴を上げていた。

「くっ、神器使いとはかくもデタラメな力を持つものか……」

 先ほどとは打って変わった苦境に歯軋りするラゼルはぐるりと、体を向き直した。皺に覆われ眼窩のくぼんだ目が見開かれぎょろりと動き、必死にそれを受け止めた少年の顔で止まった。

 しわがれた不気味な詠唱を短く紡ぎ、杖を突きつけるようにエリクに差し向けられた。

「――――――     ッ!」

 何が起きたのか、蝙蝠たちが叫び合うような甲高い音は隣に立つ男たちにはなんら影響も与えずただ、エリクの細い体だけを締め上げ、声にならない叫びを上げさせ続けた。

「「エリクッ!」」

 バチンッ―― と、激しい音を立て必死に繋ぎとめようと握ったカイトの手から離れ一瞬のうちに宙を飛び、ブラックボアホンは朧の攻撃を振り切り再び手首を失った腕にエリクの細い体を収めた。

「っの、ジジイ!」

 明らかな攻撃を認め、最初に走ったのはイルドだった。

「よせ、止まれ!」

「戻れ!」

 アーヴァンとセオの叫びは一瞬遅く、ショートソードを下段に構え走りラゼルの元まであと数歩と言うところで一気に踏み込んだ。

 憎悪が(たぎ)る瞳と視線が交差した瞬間、杖が地面を打ち付けイルドの体は見えない壁に阻まれあらぬ方向へと弾き飛ばされた。

 そして、その方向は鋭い爪で飛来するものを貫こうとするブラックボアホンの元だった。

 空中で身動きが取れない彼は激しい衝撃をその体で受け、骨が砕ける嫌な音が耳に届いた。

「ぐっ、……がは!」

 全てを焼けつくような激しい痛みに悲鳴が上げられない。全身を走る痺れに似た感覚が喉を締め付けていた。

「悪い……届かなっ……!」

 側で聞こえた声が途切れ、勢いの余ったまま壁材の残骸を貫き止まった。

「く、はははは! 見捨てていればそんな目に遭わずに済んだのにな」

 狂い笑うラゼルは黒い腕と壁に繋ぎとめられたものに向かい言葉をかけていた。

「う……あぁ……、ウソだ!」

「残念だが現実だ。エリク……儂に逆らえば誰もがこの末路を辿る」

 涙を堪えようとしても間近に映る赫い血と匂いはそれを現実と証明し、痙攣する喉からは嗚咽が漏れ出ていた。

 霧雨は次第に大粒の雨になり、血の川を生み出し地面の上を流れていく。

 獣は初めて息の上がったような低い声を断続的に発しながら、壁に埋もれた己の腕を一気に引き抜き地面へ投げ落とし、止めとばかりにもう一度胸を貫いた。

 最後の足掻きのように微かに両手足が跳ね、力なく掌から乾いた音を立て切っ先が地面に落ちた。

「さてはて、残るは三人……いや、二人か?」

 面白そうに笑うラゼルの言葉に返せるものは少なかった。

 実際、アーヴァンはブラックボアホンに手を出せないで居た。マナテイマーである以上、魔法を使えばその魔法は吸収され獣に強力な攻撃の手を与えてしまう。そして何よりエリクの体に掛かる負担の方が気がかりだった。

 じっとりとした嫌な汗が落ちるのを手の甲で拭い、カイトは動けないで居た。

 普通に飛び出していけばイルドの二の舞になるだけだ。そして、何より目の前で起きた光景を信じる事が出来ないでいた。

 しかし、足元にたどり着いた夥しい血は紛れもなく一人の守護者のもの。

「勝利の声を挙げるのは、まだ早いと思いますけどね……」

 静かに呟いたのはセオだった。

 おもむろに矢を足元の矢筒に戻すと立ち上がり、距離を保ったまま二人から離れて歩き出しはじめた。

 一歩ずつ動くたびに弓から銀月色の淡い光が徐々に輝きを増し始め、ふわりと蛍火のように小さく浮かんだ光は見る人の心を穏やかにさせるように宙へと飛び立っていく。

 幻想的ともいえる光景に僅かな合間に目を奪われ我に返り淡い光の中を探すと、彼は空の弦をただ静かに引き絞っていた。

「契約の下に応え給え、神羨(こうぜん)と舞い踊る汝の名は月の狩人(アルテミス)

「マナを介し放つか……愚かな」

 その姿を滑稽な道化芝居を見るように笑うラゼルを他所にセオは弦を弾いた。

「咲き誇れ、月天乱華(ルノツェロフルール)

「全て薙ぎ払ってくれるわ!」

 杖を振りかざすラゼルを覆いつくすように高い余韻の音色にあわせ、弦から弾けた光が無数の矢となりあたりに降り注ぎ轟音を上げた。

 周囲の視界を遮るほどの砂埃が上がりアーヴァンたちはラゼルの姿を探したが、それよりも早くセオの居た場所に向かい走る炎があった。

「あぁ、うあああぁぁぁぁぁあああっ!」

 上がる悲鳴はエリクのものだった。しかし、炎が爆ぜ巻き起こった風が砂埃をかき消すとセオの姿は何処にも無かった。



ボクのせいでっ、ボクの我が侭のせいで――――

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