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42.途は交わることなく

何処までも素直だった。だから――――

「果たしてそうかな? マナを介さずとも陣を描くことは可能だ」

「それも無いだろ。だっておれ、あいつとよく風呂一緒に入ってるからな、隅々まで見たことあるし」

 少しばかり場違いな笑みを浮かべているなと自分でも思いながら、イルドはラゼルの背を追い越しアーヴァンの援護へと回った。

「視野が狭いな。つまりは、こういう事だ!」

 いつの間にか地面に魔法陣を描いていたラゼルがそこへ自らの力を流し込むと、光が杖の先から溢れ雪のように地面へ降り注ぎ始めた。

「しまった!」

 エリクが近くにいる以上魔法は使わないと、全員がどこか頭の片隅で思い込んでいた。

 しかし、ラゼルは発動させた魔法を止めることなく魔力を流し込み続けた。

「うっ、ああああああぁああぁぁぁ!」

 上がるエリクの悲鳴に、誰もがその場に凍りリ付いてしまった。

 短く打ち鳴らされた音に素早くブラックボアホンが反応し、少年が隠れている瓦礫へと走った。

 乱暴にだが慎重さすら伺わせる勢いで、黒い獣があたりの瓦礫を薙ぎ払うと埋もれるように小さくなっていたエリクの姿を見つけた。

「あやつの許容量なんぞ当の昔に知っている。そして反応の良さもな」

 満足げに顎鬚を撫でつけ黒い獣が暴れるエリクを抱えたのを、見つめながら笑った。

「……下手したらあんたの大事な孫が死ぬかもしれないってのに、よくも平気で出来るな」

「落ち着け、朧!」

 左肩を抱く相棒の言葉の端に怒りの棘を見つけ、セオは一歩前へと出て朧へ静止をかけた。

「けどっ!」

「良いから落ち着け。エリクもいるんだぞ」

 宥めるような口調で告げられ、朧は苛立ちを唇を噛み締めることで紛らわせるしかなかった。

「手も足も出ぬ状況とは正にこの事のようだな」

 鼻先で笑うラゼルに一同がその言葉の通りに何も出来ずにいた。

「イヤだ放せっ。放せよ! じぃちゃん、お願いだからもう止めてよっ!」

 孫の必死な願いも聞こえないように、言葉もなく背を向け杖を打ちおろした。

 そして音に反応したブラックボアホンはぐるりと顔だけを動かして口を開いた。

「い、やだ……やめろ!」

 体の中から冷たい何かが抜けたのを感じ、エリクは黒い獣の腕から逃れようと必死に身を捩った。

 しっかりと抱えているブラックボアホンはそんな抵抗も気に留めず、ソレを一気に眼前へと吐き出した。

「アルテミスッ、爆ぜろ!」

 咄嗟にセオは矢を炎へと変え、獣が吐き出した魔力の塊とぶつけ合わせ直撃を躱したが続けざまに吐き出されその全てを打ち落とすのは不可能だった。

 最後まで場に残っていた守護者の二人を痛打していった塊の残りが近くの壁や地面にぶつかると土煙を巻き上げその二人の姿を隠していた。

「朧ッ、セオ!」

 イルドの叫び声にカイトが煙の中へと飛び込み、微かに聞こえた声を頼りに走った。

 その間にも今度はアーヴァンとイルドを狙ったブラックボアホンの攻撃に、二人は必死に避けるしかなかった。

 太い腕から繰り出される拳は最初のときよりも更に速度と威力を増し、避けられた先の瓦礫を難なく粉砕し動じることなく口元から魔力の塊を二人へと吐き出した。

「どいつもこいつも、何故儂の研究の邪魔をする者ばかりなのだ」

 不可解としか言いようが無いと小さく付け加えながらラゼルは、獣の高らかな光の咆哮に飲み込まれていく男達を眺めていた。

 カツカツと短く杖を鳴らすと、黒い獣はようやく攻撃の構えを解きその失われた腕の先に少年を抱えたまま主の下へと戻って来た。

「これでもう儂の邪魔をする者は居らぬ様だな」

 ようやく一息がつけると言った具合にラゼルは獣に抱かれたまま嗚咽を漏らす孫の頭に手を伸ばした。

 柔らかな栗色の髪に触れるとビクリと体が振るえ、ゆっくりと顔を上げた。

 泣き腫らした目はただ苦しそうに己の祖父を見つめていた。

「ど、して……」

 途切れた言葉の続きを待つようにラゼルは不思議そうに手を離し、杖の上に手を重ねた。

 そして酸素の足りなくなった思考の中でエリクは、続けようとしていた言葉を肺に空気を必死に送り込むと同時に飲み込み、跳ねる胸を宥めるように最後にゆっくりと息を吐き出した。

「じぃ、ちゃん。頼むから、もう……下ろしてよ」

 もう一度だけ覚悟を決めた真直ぐな瞳にラゼルは、獣から孫の小さな体を開放させた。

 そのことに安心したのかエリクは震える膝で祖父の体に目一杯の力で抱きついた。

「すまなかったな、怖い思いをさせたな」

 優しくあやす様に背中を撫でられることに、ふとエリクの腕から力が抜けた。

「ねえ、じぃちゃんお願い……」

「どうした?」

 いつも厳しい祖父が時折見せる優しい声色に、唇を一度噛み潰しその体を離した。

「本当にボクのための研究なら、今すぐにこんな研究放棄して」

 揺らぐことなく真直ぐに懇願をするが、祖父の表情が一変したのを感じてエリクは咄嗟に祖父を追い越すように走り出した。

 その判断が正しかったのか、数瞬遅れて空を切った獣の腕から逃れると振り返ることもなく瓦礫の中へとその身を隠した。

「やっぱり、嘘だったんだ……」

 最後まで信じていたかった、けれど、どす黒く歪んだ祖父の表情が全てを打ち砕いた。

 胸の奥が痛い。再び溢れ出そうになった涙を白いコートの袖で拭いそして、弾かれたように朧たちが倒れたほうへ視線を向けた。

 咄嗟に思い出した事に少年は身を隠したまま、瓦礫を伝うように走り出した。


「エリクまで何故だ」

 今まで困惑して研究への理解を示しきれない孫だと思っていたが、たった今、真っ向から否定されラゼルは打ちひしがれていた。

「何故、理解しない」

「そりゃ、そうだろうよ……」

 ぽつりと呟いたラゼルの言葉に途切れがちに反応する影があった。

 瓦礫から必死に立ち上がり、隣では目に血が入ったことに悪態をつく声が聞こえていた。

「自分で制御できない力を使って、誰かを傷つけて喜ぶような奴じゃないでしょう」

「爺さん、あんたは自分の研究の為の道具としてしかエリクを見てないんだろ?」

「博士のこの合成魔物(キマイラ)の研究は過去に二度打ち止めされていますよね? 最初は協会から禁忌指定研究の為の施設差し押さえ」

「……黙れ、黙れっ!」

 ガッと鈍い音を立てさせブラックボアホンを呼び戻すとそのまま、よろめく朧たちへと嗾けた。

「セオ、あいつら任せていいよな?」

「もちろん、できるだけ離れてもらった方がありがたいけどな」

 黒い獣が到達するまでの僅かな一瞬の会話。セオは瓦礫に体を預けたまま弓を引き再び火炎の矢を放った。

 炎が尾を引きブラックボアホンの伸ばされた手で捕らえられると、そのまま炎だけが獣の体内へと吸い込まれていった。それは、昏倒している三人から引き離すための僅かな時間稼ぎ。

「二度目は、ある研究助手からの告発だよな?」

 朧は言葉を繋ぎなおしながら、ブラックボアホンの注意を自分に引き付けると吐き出された炎を間一髪といった具合に避けると、そのままラゼルの方へと走り始めた。

「その時は魔物研究に由るものじゃなく、魔力蓄積体質(マナアクムール)の研究だった。それを阻止したのはエリクの両親。つまりあんたの娘夫婦だっ」

「黙れっ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇえええいっ――――――――!」

 初めてラゼルから上がった絶叫の声に反応した黒い獣は主との間に立ち、細い剣をその体で受け止め吼えながら刃を掴み放り投げた。

「それもそうだろうさ、可愛い自分の子供が実験道具扱いだっ」

 放り出された勢いを宙で体制を整えなおし、瓦礫にアルゲスを突き立て勢いを殺して止まると同時に刀身に紫電を纏わせた。

「子供を守るためにあんたの前に立塞がった! それなのにあんたはっ!」

「朧さんっ!」

 沸々と知らぬ間に湧き上がっていた怒りに任せ、口を付いて出そうになった言葉をエリクの声に飲み込んだままブラックボアホンへと斬りかかった。

 地面を走る雷を獣はその手前の瓦礫ごと叩き付け被弾を防ぐと、朧の側へと走り寄る少年へ瓦礫を投げつけた。

 高速で投げつけられた瓦礫を朧は下から真っ二つに切り裂き、自分の後ろで荒く息を整えるエリクを思わず怒鳴りつけていた。

「自分から飛び込むな、バカ!」

「ご、ごめんなさい。でも、これ……」

 跳ねる息を整えながら朧に土まみれの白いコートを見せた。

「鎧代わりって、言ってたから」

「お前、そんだけの為に来るな! 第一、終わるまで貸してやるって言っただろ」

 思わず脱力しかけ、無理やりエリクに着せなおすと邪魔だと遠慮なく言い放ち、その背中をセオ達の方へと押しやった。

「安心しろ……自分は、何があっても死にはしないから」

 この時ばかりは朧の表情は一切見えず、ただ苦しそうに息を吐き出していた。その為か、エリクはそれ以上の言葉を掛けることもできず孤独に前に立つ後姿とその先にいる祖父の昏い表情をただ見比べることしか出来なかった。

「さて、爺さん。大分頭にキてるみたいで獣の制御出来なくなってきてるようだけど、どうよ?」

 ワザとなのか朧の挑発するような科白にセオは少し眩暈を覚えたが、エリクの手を借りながらイルドたち三人を獣から遠ざけてそれぞれに薬を渡した。

「それとも、可愛い孫にまで否定されたことの方がショックか?」

「儂の研究を何処まで虚仮にすれば気が済むっ! 奴らもそうだった! あのような出来損ないのような命でさえ有用に活す道だというのに!」

 その瞬間、どこかで何かが切れたような冷たい感覚が堕ちた。 



人の道を踏み外すのは行き過ぎた欲望。なら――――

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