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41.願いは盲目なまでに……

老獪となれば何も見えなくなるのか?

「何を、貴様は……」

 戦慄(わなな)くラゼルを尻目にセオの放った矢がその眼前を通り抜け、振り上げていた杖を下ろせなかった。

 ブラックボアホンは白刃から放たれた雷を飛び躱し、そのままラゼルの身を守るように前へと着地した。

 その間に朧は再びエリクの側に立ち、剣先を黒い獣へ合わせたまま深く息を吐き出した。

「博士、あなたの研究の本当の目的はエリクの治療じゃない」

 相棒の荒ぐ息を整える間を取りながら、セオは弓の構えを解いた。

魔力蓄積体質(マナアクムール)を利用した合成魔物(キマイラ)の生成ではないですか?」

 その言葉にラゼルは、ぎりっ……と奥歯を噛みしめた。

「元々、魔力蓄積体質は調律能力と共に先天的に人が持ちうる能力され、欠けているという認識はアクア事件まで推論程度にしかなくマナを圧縮して体内に溜め込んでいるとは考えも及ばなかった」

「仕方がないと言えばそれまでだ。マナを制御する術も無ければ、許容量を超えたら爆弾みたいに弾け無に還り、手掛かりになるものが無かったんだ」

 朧は淡々と話すセオの言葉に胸を握り締め俯いたエリクをあえて無視し、相棒の台詞に被せるように言葉を投げた。

「なら、何故に貴様らは生成を断定する? 例えエリクが居るとしてもマナが無き地では獣は意味を成さぬではないか?」

「居るだけでは、確かに意味は無い。あなたの隠し部屋に残ってた過去の魔獣資料とそのブラックボアホンの魔法吸収、放出能力を見た今でも実感がわかないのが正直なところですが……現にこうして存在しているわけですから」

 自分の立っている位置からイヤでも震えている少年の姿が見え、セオは無意識のうちに視線を逸らし一呼吸おいてから、真直ぐにラゼルへ視線を向けなおした。

「『生体核(ヴィダルコア)』があれば、その問題は難なく解決しますよね」

 確信を持った彼の言葉に朧は自然と柄を握る手に力が入り、離れた位置で黒い獣を警戒していた自警団の面々は背中が粟立つのを感じていた。

「冗談だろ……?」

「だと良いですが、もう弁明すら聞きたくないですね」

「同感っすね」

 三人とも互いの意見に納得しあうように頷き、少しでも強張った体を解そうと構えを作り始めゆっくりとラゼルとブラックボアホンを取り囲むように輪を広げ始めた。

 それを横目で確かめてからラゼルは、真正面に立つ守護者二人へ再び憎悪の篭った視線を向けた。

「自分にはあんたが目指したいモノなんてどうでもいい。ただ、その為に自分の家族を研究材料にする性根が気に入らないっ」

 履き捨てる朧は自然と体を低くし何時でも飛び込める体勢へとなっていた。

「ヴィナード博士、あなたの研究は確かに凄いですよ。でも人の道を外れた研究である以上、あの時と同じように実力行使で止めますよ」

「黙れ、若造が知った風な口を利くかっ!」

 緊張の均衡が崩れ落ちたかのように叫ぶラゼルの杖が地面に打ちつけられると同時に、ブラックボアホンは正面に立つセオへと突進した。

 風を切る音を聞きながら予測をしていたのか彼の姿は後ろへ自ら飛び退り、引き絞っていた弦を放していた。

 近距離で放たれた矢をブラックボアホンは腕で弾き、そのまま肩を突き出すようにセオの体を吹き飛ばした。

「セオッ!」

 誰かの叫び声が上がり、瓦礫の中へ叩き込まれた彼の元へとアーヴァンが走り寄って行った。

「エリク、隠れてろ」

 その言葉だけを残し、朧は既にブラックボアホンの胸元へ吸い込まれるように飛び出していた。

 獣は真直ぐに伸びてくる剣に併せカウンターを放つように豪腕を振り下ろしたが、白刃と交差する一瞬、剣先が下がり視界の外へと消えうせた。

 無理やり攻撃のタイミングをずらした朧は、崩れた瓦礫を蹴り宙に舞うと一気に雷を宿したアルゲスを振り下ろした。しかし、手応えは硬く逆に頭を掴まれ地面に投げつけられていた。

「イルド、坊ちゃんを頼むっす」

 恐怖のせいか固まったままその場から動けないでいたエリクの腕を引いたカイトは、獣から一番離れた場所にいた仲間へ託し、背後からブラックボアホンへと迫った。

 彼の拳の連撃を躱し最後の一撃を掌で受け止めると、そのまま回転の勢いをつけ援護射撃の体勢に入っていたセオたちの方へと投げつけた。

 それでも、セオはカイトの下から這い出るとアーヴァンの助けを借りて矢を放った。

 目測も定まらないまま放たれた矢はブラックボアホンの遥か右へずれ近くの瓦礫に突き刺ささるだけだった。

 好機を逃す手は無いと命令を下すラゼルに従い、ブラックボアホンは己の拳よりも大きな瓦礫を掴み上げ、三人へと振り下ろした。

 鈍く耳に届く破砕音と苦悶の声に思わず耳を塞いでしまったエリクに気がつき、イルドは自然と表情を硬くしていた。

「どうして……なんで……」

 素人目にも明らかに分かる劣勢を見せ付けられているようで、エリクは再び体を震えさせ始め地面に膝を落としてしまった。

 それを危険と判断したイルドは後輩を立ち上がらせようとしたが、拒絶するように激しく体ごと手を振り払った。

「おいエリク、危ないから離れるぞ」

 何とかこの場から離れようと声を掛けしゃがみこんだイルドだったが、体に触れようとすれば再び全身で拒まれてしまった。

「いやだ……イヤだ! みんな死んじゃうよ、もうやめてよ……」

 喉の奥に引っかかり途切れながら呟かれた言葉に、彼は俯いていた顎を掴んで強制的に視線を合わせた。

「いい加減にしろよ。大体、爺さんを止められるとしたらお前だけだろ」

 怒りを押さえ込んだような低い声に反射的に嗚咽すら止まったエリクの驚いた顔に、イルドは掴んでいた手を放しそのまま拳を作った。

「それに、お前にそんな風に言われたら、おれ達は……何の為に立ち上がるんだよ」

 トンッと力なく胸に押し付けられた拳はすぐに離れ、彼は立ち上がるとエリクを引きずってラゼルたちの死角になる位置の瓦礫の影へと押し込んだ。

「可愛い後輩のためにもう少し頑張らせてくれよ」

 いつもと違う笑顔だけ浮かべていることだけ、気が付いた少年は声を失ったまま上がる咆哮に身を竦ませていた。

 黒い獣の凄まじい雄たけびの声に空気が打ち震え、場に居た者達の足を竦みあがらせようとしたが崩れた瓦礫の音を皮切りに朧が再び飛び出していた。

 鋭い呼気に合わせ袈裟斬に振り抜かれたアルゲスは防御のために差し出されたブラックボアホンの腕をなぞるが、僅かな鋼鉄の毛が地面に落ちるだけだった。

「いい加減に諦めぬのか? 貴様らがエリクに義理立てする道理は何も無いのではないか?」

「そんなの決まってる! あいつが何処までも一途(バカ)な爺さんッ子だからだよ! エリクはあんたの為に強くなろうと、生きたいと願った!」

 朧の叫びに一瞬、驚きを見せたラゼルは杖を打ち付けるタイミングを失い獣の防衛本能で、横薙ぎに払われた剣を避けていた。

「要するに、オレ達は守護者としてより個人の意思でここに居るって事ですよ。最悪な偶然で任務遂行となってしまいましたがね」

 ふっと溜息をついたセオだったが、矢は容赦なく黒い獣へと連続して放たれその足を止めさせていた。

「ついでにこんな凶暴な獣をいつまでも街の中に徘徊させられないっすからね!」

 セオの攻撃がぴたりと止まった次には、朧とカイトの二人が剣戟と打撃の嵐を浴びせ始めた。

「だが、既に次の段階に移行しているとしたらどうするのだ? 儂が長い年月を掛けこの研究を続けていた事を知っているのなら、何の手を打ってもいないとは思うまい?」

 厭らしく黒い笑みを浮かべたラゼルの言葉に、カイトの手が思わず止まり反撃の隙を許してしまった。

「カイッ――――――――!」

 吹き飛ばされたカイトへ視線を向けた瞬間、叩き込まれた獣の蹴りを予想もしていなかった朧はアルゲスの腹で受け止めたが衝撃を吸収しきれずにカイトとは反対側へと吹き飛ばされていた。

「答えは『していない』ですよ、ヴィナード博士」

「ですよね。例え他の獣を作っていたとしたら、このブラックボアホンを使う理由が無いですし、エリク自身に何かを施すにはマナの許容範囲が明確に判明していない以上危険が多すぎる」

 セオの援護を受けたアーヴァンがブラックボアホンとラゼルの注意を引きながら、吹き飛ばされた二人との距離をとった。



純粋に願っていたから、ここで終わらせないと。

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