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4.瑕ノカゲ


背中が怒ってるのは、キノセイじゃ……ないよなぁ。

 シオンは自室まで朧を連れて行くと「適当に掛けていろ」とだけ告げ、自身はクローゼットの方へと足を進めた。

「先も言ったが、お主の非常識加減は知っているが……傷をそのままにしておくのは感心せぬぞ」

「ちゃんと後でやるって……それに、傷は戦士のクンショーって言うし」

「ど阿呆(あほう)、そういう問題ではなかろう。ほれ、傷を見せんか」

 救急箱を探し当てた彼女はそれを机の上に置き、朧は白いコートをベッドの上に置き、シオンへと背中を見せた。やはり傷が開いていたらしくセオに見せた時よりもシャツには大きく赤黒い染みが広がっており、彼女はその形のいい眉を(ひそ)めていた。

「全く……とやかく言うつもりなど無いが、もう少し己の体は大事にせぬか」

「いつっ!」

 シャツを脱ぐにしても一部の乾いた血が傷にべったりと張り付き、ベリベリと剥がすたびに痛みを伴い、それに朧は顔をゆがめた。

「思ったより傷は浅いようだが……とりあえず、血は流して来い」

「へーい……」

 ここまで来れば文句を言う理由もなくなったのか、朧は素直にシャワールームを借りたに赴いていた。

「うむ、やはり共同より個別にあるのは羨ましい限りだ」

 朧は一人頷きながら、ルーム内に備えられていた大きな鏡に己の背中を映した。

 しかし、菫色の目に映っていたのは血に汚れた真新しい傷ではなくその下にある古い火傷痕だった。

 ――誰かの物になるなんて、絶対にいやだ。絶対に……

 冷たく闇い嫌な記憶を呼び起こす古傷が疼くと同時に、血の滲む傷と無意識の内に噛締めた唇が痛みを主張し過去から今へと、引き戻した。

 朧は軽く頭を振り鏡の中の自分に「よしっ!」と強く笑いかけてからゆっくりとシャワーから湯を出した。

 傷口に直接当たらないように気をつけながら血を流し、次いで古い記憶を洗い流すように更に蛇口を捻り頭からも浴びていた。

 傷見たぐらいで思い出すとは……まだまだ、だな……

 零れそうになった溜息を飲み込み、顔をバシャバシャと乱暴に洗いながら気持ちを入れ替えて、シャワールームを出た。

 脱衣所にはシオンが用意しておいた真新しいタオルと黒地のシャツがカゴの中に置いてあった。

「出たのなら早く来ぬか」

「そんなに急かさんでも、いいでしょう? それとも自分の裸でも見たいですか?」

「容赦せずに殴るぞ?」

「ごめんなさい」

 シャツを借りるべきか悩んだ挙句、結果タオルだけ肩から掛けて様子を窺うようにひょこりと顔を出すとシオンが早く来いと手招きをして待っていた。

 それに従い朧は空いていた椅子に座ると真新しい晒し布を渡された。

「あー、どうも」

「新しいものを渡さなければ、お主は汚れていても気にせず使うだろうが」

「じゃあ、気にして使う」

「……頼むから即座にそういった返事をするでない」

 ハンター時代はそれどころじゃなかったよ、と小さな声で笑う朧にシオンは肩をすくめた。

 彼女は守護者になる以前の朧を知っていた。だからこそ余計に目をかけてしまうのだ。

 考えながらもシオンは朧の肩口にうっすらと滲む血を拭きとり、真っ白なガーゼに薬をつけ手早く固定していた。

「まあまあ。それで、自分を呼んだ理由はこれだけ?」

「おぉ、忘れるところだった」

 手当てを先に済ませる方に気を向けていたシオンは、思い出したように呟いた。

「まあ、大したことではないのだが、用事が入っての少々忙しくなるのでな。黒い獣に関しては実質、お主らだけで対応をしてもらいたい。出来る限りの手助けはするがの」

「用事って任務? 珍しい。明日の天気大丈夫かな?」

戯言(ざれごと)を言うとる場合か。一応、大事をとってアルゲスとアルテミスの解放許可は取っておくが、無理はするでないぞ」

「それは大丈夫だと。失敗したら自分の命に関わるし。死にはしないよ、多分だけど」

「だから、心配なのだ。セオはともかく、お主は自身を(かえり)みないところがあるからの。

 今日とて、黒いゴーラを一閃(アルゲス)をもってしても倒せなかったらしいからのぉ……神器使いの名が泣くの」

「うげっ! し、知ってたの?」

 悪戯が見つかった子供のように嫌な顔をした朧にシオンは当然と頷き、包帯を巻き終えると同時にその背中を叩いた。

「リード石の記録を見れば当たり前であろう」

「いって! 何も叩かなくても良いじゃん……」

「阿呆、このくらいで済まされていると思えんのか? セオがいなければ死んでいたかも知れんのだぞ」

「ったく、携帯確認する彼女かよ……」

「朧」

 真剣に怒っているシオンに朧は口をつぐみ、そのままキツく真白(ましろ)い晒しを巻きなおしていた。

 更に文句を言ってやろうかとも思ったが、結局のところ、何も言わずに汚れたままの己のシャツに袖を通した。

「朧、分かっておるだろうがお主は一人で行動しているわけではないのだぞ」

「分かってるって。シオンさんってばホント心配性なんだから」

 やや投げやりに答え白いコートを手に持ち羽織ると些か乱暴にドアを開け部屋を後にした。

 歩廊(ほろう)を歩き一つ角を曲がったところで、朧は長く息を吐き出した。

 鬱屈(うっくつ)した気持ちを体の中から全て追いやるように長く、長く吐き出し、顔を上げると同時に新たに空気を肺に送り込み歩き始めた。

 考えすぎる自分を知っているから、気持ちを切り替えるタイミングを逃さずにやるべき事に集中することに全てを傾けた。

 そして、寮へは戻らずセオに一本だけ連絡を入れて再びアーヴェラの街を歩き始めた。



こやつと比べれば、歩き始めたばかりの赤子の方が遥かにマシなのではないだろうか……

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