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38.繋がり始める未知-5-


これ以上関係ない人間を巻き込むわけにはいかない。

 孫から聞いている通りの面子を見てふむりと考えるようにしながらも、獣に攻撃の命令を下す。

 たまの休みに家に戻って来ては楽しそうに自警団の話をするエリクの姿を思い出しながら、一人一人を当てはめていく。 

 一人足りんな。

 二度三度と思い出し当てはめても足りないと呟き、静かに瓦礫の上に腰を下ろした。

「テド・ベイアットと言うのは……あやつか?」

 言葉は誰に向けられたのか、離れた位置に居た四人に聞こえはしなかったが朧はその足を思わず止めて振り返った。

「そうか、此処には居ないか」

「爺さん、あんた……なんて顔で笑うんだ?」

 黒い笑顔と言うのか、低く喉の奥で笑い片側の口端を醜く歪め貼り付けていた。その表情が朧の古傷を疼かせる。

 醜悪な……最低の笑い方。

 思わず爪を立て左肩を掴んだ朧に、ラゼルは何かに気が付いたように向き直った。

「ほう、なにやら途方も無い屈辱にまみれた傷跡を触っているような表情だな……」

「っ! さあな、何の事かさっぱりだ」

 答えながらも爪は更に傷を抉るように握り締め、愛剣を持つ手は僅かに震えていた。

「意識の底に縛られ、それに抗おうとする瞳だ。ともすれば、刻を経て抗う術を見つけたとも言うべきか……」

「勝手に言ってろよっ」

 朧はそれ以上の会話を無意味と切り捨て直接ラゼルへと向かった。

「図星のようだな。噂通りなら、まずは儂より先に奴を沈めるはずだからな」

 手にしていた杖を軽く地面に打ち付け、ブラックボアホンが命令を受け真横から朧の身体へとぶつかって来た。

 いつもなら予想し避けれるはずの攻撃をまともに受けた朧は、バランスを崩しそのまま地面を転がった。

「どうした、この程度も避けられずに最強と謳われるか? それとも周りに目も行かぬほどの怒りか?」

 面白そうに笑うラゼルの声に朧は立ち上がり、頭を振るった。

 自慢の白いコートの土汚れを払い、先ほどとは打って変わって緩慢な動きで剣を両手で握り締めた。

「子の頃の傷は根底に残り振り解く事は叶わぬ。それに気が付いているから故にお前は無意識に傷を抱える。違うか?」

 問い掛けながら、黒い獣を傍に呼び寄せるラゼルに気が付きセオは走った。

「援護は任せた!」

 走りながら後ろで様子を見守っていた自警団の面々に叫んだが、咄嗟の出来事に三人は動けずにいた。

 鈍く地面を叩く音にブラックボアホンが応じ、口元を動かし雹弾を目の前に立つ朧へと吐き出した。

「朧っ!」

 相棒の叫んだ声が届いたのか朧は一瞬、顔を跳ね上げ目前に迫った雹弾を雷を纏うように全てを溶かし躱すが迫ってきた豪腕を避けるには間が無さ過ぎた。

 衝撃に備えるよりも後ろに飛び少しでも衝撃を軽くしようとした朧の前で、空気がふっと膨らみやんわりと弾けた。

 風船の割れる音によく似た乾いた音と風に自分が予想したよりも遠くに体が流れ、同時にブラックボアホンの拳を逸らしていた。

 着地がまろぶように崩れそうだったところをセオに支えられ、竦みあがりそうになった身体を優しく押し出され立て直した。

「世話を焼かれたくないならしっかりしろよ」

 声色こそ呆れたと云わんばかりだったが、彼は素早く矢を射りブラックボアホンの注意を自分へ引き付けていた。

「ほお、今度はパーシヴァル家の者が受けるか。己が父の呼び招いた獣を伏せれるか?」

「そうやって俺を挑発したいって云うなら無駄だと思ってくれ。俺は自分の意思で此処にいる。誰の為でもなく自分自身の為であり役割だ」

 ラゼルは片眉を跳ね上げるように笑いながら真直ぐにセオの碧眼を捕らえていた。

 僅かに浮かんだ迷いを払拭する意思を見つけ、喉の奥で更に深く笑っていた。

「自分の役割を果たしその結果を見届けて欲しいと願っている。儂にはそう聞こえたが?」

「……厭な爺さんだな」

 肩を竦め肯定の意をあっさりと表示したセオに老人は笑うことをやめ、つまらなさそうに溜息をついた。

「だがな、お前の父親の後押しがあったからこそ、この獣が生まれたのは事実。当時の儂には研究を続けるための費用を賄う術は無かったからな」

「それは違いますよ、ヴィナード博士。その獣が生まれた経緯に親父は関係なく、貴方の意思で生み出されただけですよ」

 至極いつも通りに話すセオに、隣に立つ朧は少しずつ瓦礫を背にするように移動していた。

 ブラックボアホンは其の様子を視界に入れながら、主へと向けられる矢先がいつ放たれるのかと低く威嚇を続けていた。

「そして、貴方の悪意で関係のない人々の安全が脅かされている事は間違いじゃない」

「よく言うわ。魔力蓄積体質(マナアクムール)と知らぬままテイマーたちの傍に居り、常に死の恐怖を与えられる者が居ると言うのに、それでは『悪意がなければ何をしてもよい』と言っているようなものではないのか?」

「けどっ、それで他人を犠牲にしていい理由にはならないだろ!」

「物事の危険性を周囲に知らしめる為の『必要な犠牲』と考えられんか? 何の犠牲もなく他に危険と知らしめるのは到底不可能だ」

「だとしても、他の道だって在るかも知れないだろ! 道を探す前に放棄しただけじゃないのかよ!」

 朧の叫ぶ声にセオが番えた矢を放し朧自身も鋭くブラックボアホンの懐へと踏み込んでいた。

「それは道を歩いたことがないから言える無知だ。人間はその身を以って体験したことでしか信用できん。それ故、この道こそが孫を、ひいては同じ苦境に立つ者を救う手立てとなりうるやも知れんのだぞ? そして同時に身内の憂いを晴らすことに繋がるとは考えられんのか?」

 連続で地面を打ち鳴らし、黒い獣はラゼルを抱えるとそのまま横へ飛び、二人の攻撃を避けた。

 着地と同時にブラックボアホンは足元にあった瓦礫を蹴り、追撃に入っていた朧の身体に叩き込んでいた。

「っが――――」

 血を吐き出し地面に落ちた朧の細い身体を踏みつけようとした瞬間、立ち上がった炎の嵐から主を守るために獣はその身を返し離れた。

「お前たちが今していることは、その手段を踏み躙る行為と気が付かんか? それとも神の使いと云われる者には凡夫の苦労知れず、死を恐れるという事が理解できぬか?」

 厭らしく笑ってみせるラゼルの言葉に、二人はそれぞれの神器を知れず握り締めていた。

 酷く痛む腹を抱えながら立ち上がった朧の暗澹とした紫水晶の瞳を見つけ、くっと喉の奥で笑った。

 簡単に我を忘れるほどか。

 ゆっくりと顎鬚を撫で付けるように口元に浮かぶ笑みを隠しながら、迫る朧に相対するようにブラックボアホンを走らせた。

 低く地面を走る剣線を睨みながら黒い獣が吼え、朧を追い越し迫った鋼鉄の矢を薙ぎ払った。

「この程度か」

 交差の刹那に呟かれた言葉に、再び地面に叩き伏せられ鈍い音がやけに響いた。

「そういえばこんな噂話を聞いたな」


 この地に人ならざる印を抱えた白き不死者が紛れ込んでいると――――



正論だとしても、全てを受け入れられるわけが無い。

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