32.飛び込むモノ
温かな場所に居れば、やっぱり落ち着くんだよな。
既に現場には野次馬の姿はなく、数人の守護者達が何かを探すようにあちらこちらを調べていた。
「何か見つかったか?」
「……いや。これと言ったものは何もだ」
朧の問いかけに近くにいた一人が答え立ち上がると、少しばかり恨めしそうな視線を向けてきた。
「まだ何かあるのか?」
「ブラックボアホンの行方について、何か新しい情報あったのか?」
「それはもう情報管理部へ回した。必要ならそっちを当たってくれ、仕事の邪魔だ」
鼻を鳴らし面倒臭そうな答えを貰い、軽く肩を竦めて詫びを入れ協会へと戻っていった。
二人は本館の情報収集カウンターへ向かいながら自然と耳に戻ってきた事件の噂を拾い集めていた。
ハンター達の会話からはやはり黒い獣の行方は不明らしく、同時に独自で調査に向かった者たちも居るようで朧はあからさまに溜め息をついた。
中には明らかに自分たちを名指しで中傷する者も居たが目も合わせることも無く、ざわめく声を聞きながらカウンターの奥へと入って行った。
表から見えるより更に部屋は広く、忙しなく走り回る者も居れば己の席で次々に飛び込んでくる情報を分類分けしながら処理をしている者などで表とは違う、どこか鬼気迫るような熱が部屋中を支配していた。
その部屋を入って直ぐに協会員専用の受付が在り、受付嬢も特に言葉を交わすことも無く直ぐに笑顔で手を差し出し、二人ともその手のひらにリード石を渡した。
「では、こちらにサインを」
リード石と共に渡された情報譲渡が済んだことを確認する書面に二人が署名し、その書面を受付嬢へ返すとこっそりと朧の手の中に忍ばせるものがあった。
朧はそれを落さないようにしながら受付嬢の手を取り「さんきゅっ」と小声で礼を述べた。
そのやり取りをセオは横目で見ながら先に奥にある閲覧室へと回った。
大抵は携帯用の記録読出機か自室に設置されている物を使うため閲覧室の中はさほどの人影は無く、彼は適当にリーダーを起動させ、遅れて入ってきた朧はその隣の席に座ると先ほど受け取ったばかりのメモを開いていた。
「相変わらずデートの申し込みか?」
「ん……そうだと嬉しいけどねぇ」
軽口に返しながら、簡単に書かれている数字の羅列に朧は首を捻っていた。
「朧、まだ四区の地図持ってるか?」
「ああ、ある」
セオに促されるままコートの内ポケットに入れっぱなしになっていた地図を渡すと、彼は表示されている情報の地点を地図へ直接書き込み始めた。
「集めたあの日を別にしても、結構な数だな……」
朧は横から書き込まれた印の数を横からざっと見ながらポツリと呟くとセオも頷いた。
「あぁ。聞いた話じゃ、大きな道具は必要としないらしいし、適当に召喚用の媒体を置いておけば良かったって事だ」
「ふぅん。どっちにしても単独でどうこう出来る数じゃないよな」
「まあ、終わった分の検証は次に回して今はブラックボアホンだ。例のハンターが襲われた現場がダガズ区から南門へ掛けての此処、それからブラックボアホンの目撃情報は蛇行したり、戻ったりしてるけど北東へ向かってた見たいだが、ジャラの手前辺りでブッツリ途切れたわけだ」
「ああ……」
気のない返事はいつものことだが、今回のような時にまで生返事を返す相棒にセオは些か苛立ちを露に振り返り、眺めていたメモを取り上げた。
「お前な、こういう時くらいは真面目に人の話し聞けないのか?」
「あ! あぁ、そうか裏か」
「なに……?」
取り上げられた拍子に裏返しになり明かりに透けた数字を見て朧は納得していた。
「セオ、ちょっと返して」
朧はメモと地図の両方を見てメモに手を加えながら指先で追って行った。
「何があったんだ?」
「気になる情報があったみたい。どうしよ、これでいきなり『親に紹介したい人がいるの』とか言う展開だったりしたら」
「阿呆。くだらない事言う暇あったらさっさと確認しに行くぞ」
「へーい」
朧の頭上に拳を落してからセオはリーダーに取り付けていた自分の石を首に戻し、朧も地図をたたみ再びポケットへと納めて外へと出て行った。
先程と変わらず混んでいるエントランスホールにまた飛び込むハンターの姿があった。ただし、その身に纏う血の匂いに場に居た者はざわめき、悲鳴を上げる者もあった。
朧とセオは目配せしあうと直ぐに近くにいた受付嬢に直ぐに救護班を回すように手配を頼み、ハンターの傍へと駆け寄った。
ハンターは共に女で、グッタリとした仲間を運んで来たもう一人は涙を拭うことも無く助けてくれと叫んだ。
朧が泣く女の体を支え、セオが担ぎこまれた女を支えながらゆっくりと地面に横たわらせた。
二人とも全身に傷を負ってはいたが致命傷と言えるようなものではなかったが、横たえられた彼女の右太腿は真っ赤に染まり今も、地面をじっとりと濡らしていた。
「おい、聞こえるかっ」
セオは意識の有無を確認するため、半ば怒鳴るようにして声を掛けると苦しそうに呻く声に続き荒く上下を繰り返し始めた。
「もう少し我慢しろよ」
声を掛けながら渡された救急箱からハサミを取り出すと血に濡れたパンツを躊躇い無く切り、傷の具合を確かめた。
「……朧、頼む」
乾いていない傷口は真っ赤に染まり、予想以上の傷の深さに思わず顔をしかめながらも、女の足を切ったばかりの布できつく締め上げた。
「あぁ……ちょっとキツいけど我慢しろよ。そこのアンタ、相棒の肩抑えててくれ。セオ、放されるなよ」
「わかってる、早くしてくれ」
云われるままにハンターは涙を乱暴に拭い、力を入れて仲間の両肩をセオがその足を押さえにかかり、朧は傷口に右手を触れさせ左手で背中のアルゲスを引き抜きその力の一部だけを発現させた。
「ぐっ、――――――ぎゃあぁああぁああああっ!」
弾けた痛みに女の体が跳ね上がり、何処にそんな力があったのか三人を一気に振りほどいた。
「いってぇ……すげ、力だな」
振りほどかれた瞬間に強かに尻餅をついた朧はその痛む場所をさすりながら、傷の具合と痛みに気を失った女の呼吸を確かめると一つ頷いて立ち上がった。
「セオってば、だらしねーの」
「悪かったな」
ワザと軽口を叩いた朧にセオも敢えて乗りながら、連れのハンターが持っていた外套を横たえた女の上に掛けた。
「あ、ありがとう……」
嗚咽交じりに礼を述べた彼女の血のついたままの頬を朧は指先で拭い、小さい子供にするように頭を一撫でした。
「予断は許さないだろうけど、大丈夫だから。ただ、暫くは狩りには行けないけどね」
「ん……助かったよ」
恥ずかしさからか耳まで顔を赤くしたハンターは俯きながら、涙を拭って見せた。
「どうも普通の怪我じゃなさそうだけどな……」
セオはハンターに聞こえない程度に呟きつつも視界に入った救護班の進路を確保させ、担架に気を失った女を乗せるとそのまま別棟にある治療室へと同行していった。
その間に朧はもう一人のハンターをロビーの奥に連れて行き自分の背を盾にして、好奇心を刺激された人の視線から彼女を隠した。
彼女は温かな飲み物を受け取り、相棒がようやく治療を受けられる状況に安心したらしくゆっくりと朧の質問に答えていった。
二人ともアーヴェラには着いたばかりらしく、前のハンティングで手に入れた宝石を換金するための店を聞きに来たと言うことだった。
宝石の鑑定の話で花を咲かせながら協会の門が見えてきたところで突然、黒い獣と遭遇し応戦となったが、物理攻撃が効かず道具による魔法攻撃に切り替えた処で、先に遭った事件同様に魔法を喰らい返すと獣は直ぐに姿を消たということだった。
しかしまた不意打ちのように現れるのではないかと恐怖し必死に門を潜り抜け、ここまで避難して来たという。
野次馬となり周囲に集まっていたハンター達の幾人かは協会に恩を売る機会と考え目の色を変えて外へ走り、周りの協会員達の制止の声など届くわけもなかった。
しかし朧は既に現場を見ていた筈の“他のハンター達が動いているはず”と側にいた情報管理部の人間を捕まえると伝令に走らせ、シオンには直接、自ら携帯電話で連絡をつけていた。
「後、頼むわ」
朧は話を聞き終わるとハンターに礼を述べ、残っていた救護班の一人に任せて外へと走っていた。
聞いた通り付近にブラックボアホンの影はなかったが、それでも大声を上げて獣を探そうとする他のハンターたちに内心で舌を打った。
協会員襲撃事件の際は一般人が襲われていないと言う事を踏まえ早い段階でハンター達に通達を出し、接触をさせないよう手を打てたが流石に事件は終わったと宣言された今ではもう手遅れだった。
朧は門の傍にある見張櫓を駆け上ると、備え付けられていた双眼鏡で街の中全体を見渡した。
獣の速い移動速度と協会内での異変を知らせるものが無い事を考え、一番近くの区へ双眼鏡を向けた。
辺りを窺いながらも身軽に軒並み連なる家々の影に身を潜ませながら移動していく黒い後姿を捕らえると、その後姿を見失わないようにしながら携帯電話を取り出し相棒へ回線を繋いだ。
「セオ、今から追いかける。方向はダガズの闘技場だ」
『気をつけていけ。直ぐに追いつく』
朧は短く返事を返すと櫓の梯子を途中で飛び降り、恐慌する人々の波に捕らわれないよう獣と同じように民家の屋根を上り後を追った。
無差別化してる今の状況のほうがよっぽど性質が悪いな。